読書日記、その他の日記 -7ページ目

「ハーピー」 ー 山岸凉子




山岸凉子はグラマーに萌えるようです。

「ヒストリエ」 8 - 岩明均


岩明均が他のマンガと違う点を考えてみる。

- 静か
- 時々、息せき切らしてかけこんでくる脇役が出てくる。あるいは突然、死体が出る。

- 主要な主人公は無表情
- 線がハッキリしている。
- セリフが現代的 (「見学」とか「おうおう、ゆってくれるじゃねえか」とか「けっこう偉いヤツかぁ?」とか)

「たそがれは逢魔の時間」 ー 大島弓子

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雪と言えば、ふつうは「音もなくしんしんと降り続ける雪の中」ですとか「ビョウビョウと降りしきる猛吹雪」のように、登場人物の静かな思いか、あるいはやりきれない荒れる思いを表現するために使われるのが相場ですが、


雪を効果的に使ったまんがとして思い出すのが大島弓子の


老紳士と中学生の少女が、日が落ちて、夜になるまでの間の、ほんのわずかな薄闇の時刻に、魔が刺すがごとくに出遭ってしまう、すこし危険なお話しですが、

このまんがの、クライマックスの告白のとき、それが、雪が降り積もった翌朝の、目も開けられないまぶしい世界の中で行われるという設定が、大島弓子さんは、この場面のこの設定で、なんとすばらしい天候を選ぶのだろうかと感心をとおりこして、感動しました。雪の降り積もった翌朝の晴れに、光がホワイトアウトするほどの真っ白の世界が、告白を受けて何もわからなくなって真っ白になる主人公の心と、すばらしく呼応していmした。
またその、「雪が降り積もった翌朝の、目も開けられないまぶしい世界」が絵で描けるというのが、すばらしい技術、センスだと思いました。なかなか描ける物ではないと思いますよ。だって、それは、「目も開けられないまぶしい世界」だから、何も見えないわけですから。

大島弓子のまんがは、真っ白のコマの中にセリフがぽつり3行というコマがよく出てきますが、そのどれもが、なぜこの絶妙の位置に絶妙の漢字とひらがなのバランスで、文字を置くのだろうといつも感心します。

夏の終わりのト単調のあまりにも有名なオープニング、「なんと その日は悪魔も遠慮しそうな上天気でした」にしても、あらためて見ると、「なんと」の後に読点「、」がありません。これはきっと意識的に気を遣ったのではないだろうかと思うのですが、どうなのでしょうか。

大島弓子さんは、コマの中の余白に細心の注意を払って絵を描いているひとだと思います。そういうところのテクニックや感覚をご本人が解説してくれるようなインタビューでもあるなら、それは読みたいですねえ。

その後の第二のクライマックスが来て、何もかも崩壊した後に、外で雪がびちゃびちゃときたなく解けていく描写も素晴らしいですねえ。

栄光なき天才たち、第二巻のアーベルの話や、KUJIRA 14と比べてしまいました。