長和町議会は3日に、初日の一般質問を行い午前中は3議員が質問した。

 

 ◆新会社による新たな公設民営に移行するブランシュたかやまスキー場について、原田恵召議員と荻野友一議員が質問。

 新体制移行への不明点や、今後10年で38億円というスキー場への投資計画に住民の懸念の声などがあることなどを念頭に置き、事業概要について確認した。
 ◇町側の答弁によると、スキー場は昭和60年12月にオープン。

町民の健康増進や冬の基幹産業として地域経済に影響を与える一方、老朽化や指定管理料などの課題がある。

経営戦略などについては、あり方検討委員会や会が設置した専門部会で協議か行われ、町はこれを踏まえて方針を決定してきた。

 今月までは、長和町振興公社が指定管理者として運営する公設民営で営業。

4月からは、地域の事業者などから出資を募り、町も出資している新会社「マウント長和」の運営に切り替わり、新たな公設民営となる。
 公設民営では、町が資産を保有し施設を整備することで、国の補助金や有利な起債の活用が可能で、民間経営には無いメリットがある。

 現行の振興公社によるスキー場運営も、公設民営となっているが、町が振興公社の株を98%保有していることで実質的な民間経営とは言えないこと、資産管理が町と振興公社で曖昧、振興公社には収益部門と福祉部門が混在することなどの課題があった。

そこで、新会社による新たな公設民営が望ましいとされた。
 今後、新会社は施設使用料を町に支払う。

町は、この使用料を今後町が事業主体となって実施する起債事業の償還などに充てる。

余剰金は積み立て、将来的な設備更新の費用として備える。

町は補助金や有利な起債などを活用して施設の保守や修理を行う方針で、償還は使用料で対応するため、一般財源への負担は無いと見込む。

 なお、町から新会社への指定管理料支払いは無い。
 

 ◆原田議員はスキー場の収益がないケースを想定し、起債償還をするうえで、使用料が町に入らない場合の対応を確認。

現時点で町は、新会社から使用料が入らないケースは想定していないという答弁だった。

 原田議員は、今後具体化するやりとりの行方などについて、追究していく意向を示した。
 

 ◆荻野議員は、国内スキー需要が減少傾向の中、今後の誘客施策についても確認。
 ◇町側の答弁によると、効率的に利益を出せる設備投資を前提に、様々な事業の掘り起こしや夏場利用が示されている。

また、世界的なスキー需要は、日本と韓国以外は増加しているという調査もあるといい、アフターコロナでは、ビーナスラインエリアの事業者と連携し、外国人観光客向け取り組みを進める。

 このほか、首都圏と関西圏の団体修学旅行や九州方面誘客に向けた営業、夏場のスキー場活用検討、広い世代に向けたイベントなど、多くの誘客を目指した施策を実施する方針。
 ◇羽田健一郎町長はスキー場について「町民の皆さんの健康増進、レクレーション施設に加え、町の冬の基幹産業として140億円の外貨を稼ぎ、この内50億円は地元雇用として還元され、町内及び周辺エリアの宿泊施設や飲食、商店、ガソリンスタンドの収入や、農畜産物の消費を生み出すなど地域産業をけん引してきた。

 今回、新たな公設民営により、民間活力を結集し地域創生、良質な雇用の場の提供、次の時代に向けての事業構築、地域観光の推進役を担うなど新会社の設立構想に基づき、地域産業のみならずビーナスラインエリアのスキー場をけん引し、インバウンドを取り込みながら発展していく存在であると考えている」と述べた。


 ◆この日午前の質問内容は

 ▽原田恵召議員は、ブランシュたかやまスキー場、林道・作業道の管理、コロナ対策について

 ▽渡辺久人議員は、羽田町長の公約と新年度予算、事業「ヤングケアラー」への町の対応について

 ▽荻野友一議員は、ブランシュたかやまスキー場と新会社設立。

 

なんと

【雷電為右衛門化粧まわし姿

(一人立の図、春亭画)。

全盛期の雷電の充実した姿が見事に描かれている】

 

【故・田中邦文さん】
 昭和19年生まれ。

元長野県大相撲東関会会長。

東関大五郎氏(元関脇高見山)、曙太郎(元横綱曙関)と親交があった。

旧東部町の相撲巡業「雷電場所」ほか、恒例の「雷電まつり」、相撲甚句会など大きな行事に関わった。

著書に雷電自筆の文書を解説した「雷電為右衛門旅日記」。

享年60歳。

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 御嶽海の大関昇進で脚光を浴びている雷電為右衛門。

大石村(現・東御市)に誕生した雷電は彗星のごとく現れ、負けを知らない力士として江戸中の人々の心をつかみ、天下無類の力士として後世に語り継がれている。

 文書の解読を通じ、長野県の相撲史研究に勤しみ、平成7年から4年間、雷電の連載を本紙、東信ジャーナルに寄せた故・田中邦文さん(1944―2005、元県大相撲東関会会長)の遺稿を振り返り、謎に包まれている雷電の強さに迫る。

 

 宮本武蔵という剣客がいた。生涯不敗であったと本人が言う。「本当かな?」というのが素人の正直な感想である。だが、武蔵は、相手の力量を見切って危ないと思ったら戦わなかったのが不敗の秘訣であるとも言う。それなら負けぬわけだ。
 「強いだけの人」というイメージの中に、もう一人の人物がいる。雷電為右衛門である。怪力の持ち主。力だけで相手を突き倒し、ねじりふせる力士雷電…。ベールの先の雷電の人物像がなかなか見えてこない。行き着くはては「だから横綱になれなかった」である。
 「心・技・体」と言われるが、この三点セットを具備した力士はきわめて稀である。まして、雷電は200年前(平成10年執筆時)の歴史の彼方にいる。不敗の人、雷電に何とか血を通わせてみたいものだ。
 雷電は対戦相手の方が急に都合悪くなって休場してしまうこともあった江戸時代の勧進相撲の世界にいた。そして勝ち続けた。あたかも、自分が人間であることの証拠を示すかのように、それも、どうということのない相手にごくたまに負ける。これが雷電の力士人生であった。勝率、実に9割6分2厘。この記録は破られていない。これからもないだろう。
 ただ、今日の大相撲と少々条件が異なることを考慮しないといけないだろう。その一つは、雷電は西方大関であり、同じ西方力士とは対戦せず、東方の力士とのみ戦ったことである。さらに、東方大関力士以下、番付のランク上位10人ときちんと当たるかというとそうでもなかったこともある。幕下力士とだってどんどん当たっている。雷電の強さは本物だろうか。
 (「雷電とともに 田中邦文遺稿集」田中澄子編 抜粋)

 

【町内放送をする北沢さん(左)と丸山さん】

 

 

【ラジオ体操をする増田さん(中央)ら

(いずれも千曲町自治会館)】

 

 

 上田市の千曲町自治会は毎日午前10時から約10分間、自治会内の2カ所にあるスピーカーを使った町内放送で、ラジオ体操第1などを流している。

 

 厳しい寒さと「新型コロナウイルス第6波」の影響で、外出を控えて家に閉じこもりがちな住民の”フレイル”を予防しようと先月から始め、5日まで実施する。

 ※フレイルとは、加齢により心と身体の活力が低下した状態。

 

 自治会役員や民生児童委員らが中心となって、一昨年と昨年もそれぞれ1カ月間ほど実施。

 「庭先やベランダ、家の中でもいいので、それぞれの年齢や体力に合わせて体を動かしましょう」と呼びかけている。
 

 増田栄二さん(79)は日課の散歩中に放送が流れると千曲川の堤防や自治会館前の公園で体操をしているといい「コロナの感染が広がり家に閉じこもっている状態。体操して体を動かすと調子がいい」と話す。
 

 同自治会の民生児童委員は、北沢育夫さん(73)と竹内靜世さん、丸山和枝さんの3人。

「新型コロナウイルス感染拡大防止」のため、日常活動は家庭訪問を控えて電話や手紙で、こまめに連絡をとるなど工夫。

専門講師を招いて週1回開いてきた高齢者対象のストレッチ教室「元気で生きる会」は中断してる。
 

 北沢さんらは「一人暮らしの高齢女性からラジオ体操の放送を聞いて、同じ地域の皆さんも頑張っているんだなと感じてうれしくなったとの感想が寄せられた。年齢を重ねても心配なく生活できる地域でありたい」とうなずき合っていた。
 

 ラジオ体操などを録音したCDは北沢さんと城下地域包括支援センターが協力して制作。

 「信濃の国」で始まり、ラジオ体操第1の後に「パプリカ」か「上を向いて歩こう」の曲があり、「自分にあった運動を心がけて元気に過ごしましょう」などの言葉も収録されている。
 

 同センターの生活支援コーディネーター、矢嶋宏さん(52)は「千曲町自治会の取り組みを1つのモデルとして市内の各地に広めたい。フレイルの先には介護が待っている。(コロナ禍で)趣味の集まりやサロン活動が中止になるなど高齢者が外に出る機会は減っており、知恵を絞って何かしらの対策を講じなければならない」と力を込める。


 CDの貸し出しなども行う。

 問い合わせは(電話)0268・22・2360(城下地域包括支援センター)

 

 

【企画展

「~赤い橋を渡って電車がやって来た!

~上田地域の鉄道」】

 

 青木村の五島慶太未来創造館は、3月31日まで、企画展「~赤い橋を渡って電車がやって来た!~上田地域の鉄道」を開催している。

 

 同村出身の五島慶太(1882~1959年)が設立に関わった上田温泉電軌や上田電鉄など上田地域の鉄道の歴史を紹介している。

 

★内容は

 ・最盛期の1937年には5路線があった上田地域の鉄道の歴史をまとめたパネル

 ・台風19号災害で崩落した別所線千曲川橋梁が復活するまでの経過を記録した写真パネル

 ・上田電鉄の硬券・定期券・ゴム印・制帽の展示ーなど。
 

 5路線のうち上田温泉電軌の青木線は、1921~1938年まで上田駅から青木駅を運行。

現在の国道143号線と平行して路面電車が走っていた。

 上田電鉄の別所線は、上田駅から別所温泉駅まで1921年から運行している。
 

 この2路線は当初、三好町駅から出発していたが、1923年に千曲川橋梁が完成して上田駅まで路線が伸びた。

別所線は存続しているが、青木線は乗り合いバスとの競合激化によりわずか17年間で姿を消した。
 

 五島慶太は当時、後の鉄道省となる鉄道院にいたため、上田温泉電軌の設立時には指導や援助を行い、路線の敷設や千曲川橋梁の建設時には専門の技師を派遣。

 開通時には玉川電気鉄道(現東急田園都市線)の中古車両13両が譲渡されている。
 

 このほかに上田地域では丸子線(1918~1969年)、西丸子線(1926~1963年)、真田傍陽線(1927~1972年)も運行していた。
 

 開館時間は午前9時~午後5時。

 月曜日(祝日の場合は火曜日)休館。

 入館料無料。

 (電話)0268・49・0303

 

 

  


3月10日午後1時~2時(開始5分前に入室)、Zoom開催。
 

講師は高見康昭さん(公益財団法人長野県中小企業振興センター 長野県よろず支援拠点チーフコーディネーター)。
 

参加費無料。
定員50人(先着順)。

個別相談会あり(4社程度・先着順)。
★7日までに要申込。

 

(電話)0263・27・3925(長野銀行)

 

 

 

 「手書きの字には温かみがあり、その人らしさが出る。同じ文でも気持ちが伝わり、読む人の心に響くのではないかと思います」。

 浜村敏雄さんは東京ペン字教育会正師範で同会上田支部長を務める。
 

 上田市出身。小学生のころはお手本を見ながら鉛筆で、一画一画をていねいに書く「かきかた」の授業が好きだったという。

信州大学繊維学部に進んでからペン字の通信講座を受講し「毛筆と比べると制約が少なく、実用的で気軽に練習できる。ペン字は自分の性格に合っている」と実感。

 その後も仕事をしながら練習を続け、46歳で文部省認定硬筆書写検定1級に合格し、日本技能検定協会連合会長賞を受賞した。
 

 仕事を退いた後にペン字講座を開講。

楷書や行書、はがき文、手紙文などテーマに沿って手本を用意し「シンプルな線で読みやすい字を書けばいい」と指導する。
 

 一昨年の夏に大病を患い2回の手術に耐えた。

 しかし、闘病を支えてくれた妻が昨年12月、病名を告知されてからわずか4カ月で他界。

 「脱力感しかない」状態はいまも続くが、妻を看病しながら時間を見つけては一首ずつ書いた「小倉百人一首」をペン字の教本として一冊にまとめることができた。
 

 4月からは生涯楽習上田自由塾の講座を再開し、長野市のカルチャーセンターでも再び講師を務める予定だ。
  「人に教えることは張り合い。ペン字の仕事があるから現状を乗り越えられる」と確信する。

 

 



 上田市は3月16日まで、令和4年度の「文化支援事業」の募集を行っている。


 上田市の市民団体が、令和4年度中に企画、運営する鑑賞事業を支援する。

 補助金は補助対象経費からチケット収入を差し引いた50%が上限。

 

 鑑賞は、上田市内の会場で、主催者が自ら発表するものではないもので、参加は一般に広く呼びかけ、営利、政治や宗教的な活動でないもの。
 

 応募要項・申請書類は、市の交流文化スポーツ課や生涯学習・文化財課などで配布。

 上田市ホームページからもダウンロードできる。

 

 

 

 問い合わせ(電話)0268・75・2005(交流文化スポーツ課)