知らないほうが良い? バスバーの理論 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

またまた知らなければ知らないほうが良い話で特に説明はしてきませんでした。しかし知ってしまった人もいるかもしれません。私も聞いたことのある奇妙な理論があります。それは「バスバーの張力の理論」です。知らない人は読まなくても良いですが。

例えばこんな話です。
バスバーは取り付ける時に表板にピッタリではなく、両側に少し隙間が空くようにつけます。これによってバスバーが表板を押し上げ、弦の力に対抗するというものです。
この反発力が強い音を生み出すのです。

そして、何十年も経つとこの反発力を失ってしまうのでバスバーの交換が必要になります。あなたの楽器も音が弱っているのでバスバーの交換が必要です。


果たしてこのような話は本当なのでしょうか?
技術者に理屈で説明されれば疑う事すらしないかもしれません。職人も師匠から教わればそう信じるのが普通かもしれません。私は「断言するのは怖い」と思います。本当かウソかわからないと思います。

なぜそう思うかと言えば直感的にバスバーにそんなに強度がないと感じているからです。
表板にかかる力は計算がされていてよく言われています。計算が正しいのかわかりませんが25㎏以上かかるなどと言われています。

取り付けるときには高さがありますが、取り付けた後でこのように加工します。中央か駒の来るところで12~13mm、両端で3mmほどになります。両端はバスバーの高さが低くなるので強度もそんなにないはずです。隙間を開けてもバスバーに強度が無ければ何の力にもなりません。

バスバーの切れ端で材質や厚み、長さは同じです。高さは12mmと3mmの中間の8mmほどです。このように机に固定します。

指で押してみます。

簡単に机まで下ろすことができます。
木材が柔らかく「しなる」からです。こんなに簡単に曲がるものに表板を押し上げる力があるのでしょうか?
弦の力は駒の両方の脚にかかりますし、高音側のほうが張力が強いかもしれません。それでもキロ単位の重さを指先ひとつで曲がるような柔らかい木で支えられるのでしょうか?それとも私が怪力なのでしょうか?そんなことはないです。

6~7mmの隙間がありますが、指先ひとつでついてしまうほど柔らかいです。

今度は2本用意します。

計量カップに水を入れて載せてみます。

350mlで机に着く寸前です。
計量カップが47gあるので合計して397gです。2本で支えているので一本ではその半分になります。この実験が正しい方法なのかわかりませんが、少なくとも桁が違うと思うのです。

このようにバスバーは表板と同じスプルースでとても柔らかい木材でできています。木材は長い間押し曲げられているとその形で固まってしまいます。すぐに反発力は無くなってしまうでしょう。

数字は分かりませんが感覚的に仕事をしていて、とてもじゃないけどバスバーには弦の力に対抗するほどの力が無いなということは感じます。

そうなると理論は怪しいなと思います。絶対に間違っていると証明する気もありませんが、理論を断言するのはどうかなと思います。何も言わなくて知らないのがベストです。

バスバーは駒の低音側の脚にかかる力を表板の縦方向に分散させて支えるというものです。なめらかに両端を低くするのは力が均等にかかるようにというイメージです。実際はよくわかりません。バスバーの終わりのところがあまりにも強いとそこで表板が変形したり、割れてしまう原因になるかもしれません。実際5弦のコントラバスではそのようなトラブルがありました。コントラバスのバスバーはかなり大きくまるで柱のようで弾力があまりありません。駒に強い力がかかると表板をバスバーの端が割ってしまうのです。表板の周囲は横板と上下のブロックに固定さ入れていてバスバーが下向きに表板を引っ張るので表板を割ってしまうのです。コントラバスでバスバーの端が表板を下に持って行き、穴が開いたこともあります。そのため両端は弱くなっているほうが良いと思います。

木材で強い弾力を得たいなら弓に使う木材が良いかもしれません。私が一度見たことがあるのは、裏板と同じカエデ材をバスバーにしたものでした。このヴォイオリンはギャーッととんでもない耳障りな音で持ち主が不満で、普通のバスバーに交換しました。
音も柔らかくスムーズな音になりました。

それでカエデとスプルースを張り合わせたハイブリッドのバスバーを試したこともありますが、明るい音になりひきつったような違和感を感じました。

スプルースよりも少し硬い木材でどうなのでしょうか?
つけてみて調子が悪いとまた表板を開けて普通のバスバーに戻さないといけません。希望が持てません。針葉樹の中で日本と台湾にだけ生育しているというヒノキなどはどうでしょうか?ヨーロッパにも木目がスプルースより荒い針葉樹があります。


いずれにしてもバスバーが強いと低音は出にくくなり明るい音になるという結果は得ました。どちらかというと表板の振動を妨げるという感じです。バスバーを硬い素材で作って、弓もビオラ用のような太い弓で、弦は強力なスチール弦で…ヴァイオリンという楽器が持っているしなやかさが失われるかもしれません。

改良としてベストなのは今までと同じ使用感で音だけが良くなる、または希望の音になるものです。硬いバスバーを使えば弓の感触も変わり、弓や駒も専用のものを使わないといけないというのでは「変化」であって改良とは言いにくいものです。使いこなしのノウハウにも研究が必要でフィッティング全体の見直しになってしまいます。かなり研究は難しいでしょう。バネとしての適度な弾力でないと扱いにくいのではないかと思います。

それとは違って隠し味程度に変化を与えるということも考えられますが、比較が難しく効果があるのかないのかがはっきりしません。

実験としては面白いので興味のある人は職人に依頼して試したらいいかもしれません。その都度10万円以上かかるのは遊びとしてはなかなかのものです。表板も開け閉めを繰り返すと周囲が傷んでいきます。
普通のバスバーに戻す費用の用意も忘れずに。

なお一度つけたバスバーをそのまま外してまた使うことはできません。

もう一つの説

音を第一に「頭で」考えてもさっきのように怪しげな理論がありますが、職人独特の見た目の完璧さを重視する考え方もあります。

弦楽器は弦を張ると表板の低音側が沈みます。古い楽器では長く沈み込んでいるためアーチの左右が違います。ストラディバリやデルジェスなどの名器では低音側が低くなっています。ちょうどバスバーの入っているところを中心に変形します。

一方新品の楽器でも古い楽器でも弦を張っていない状態と張った状態でも違います。
弦を張ると駒の低音側のほうが沈み込みます。弦と指板との隙間を「弦高」と言いますがアーチと駒が沈み込むと弦高が低くなります。ヴァイオリンでは調弦するまで張力をかけると高音側はほとんど変わらず、低音側は1mmくらい弦高が低くなります。
このため私は駒を加工するときに低音側を高めにしておきます。
高音側は魂柱を通じて裏板で支えています。裏板も多少は変形しているはずですがネックも引っ張られて持って行かれるので相殺されてほぼ変わらないです。
それに対して低音側は1mmくらい沈み込みます。フラットなアーチのほうが深く沈み込み、高いアーチのほうが沈みにくいです。

チェロでも同じように低音側が沈み込みます。ただしネックが引っ張られたり胴体が変形するので全体的に動きます。高音側も変化することがあります。それでも必ず低音のほうが沈み込みます。予想はしにくく駒は高めにしておく方が無難です。新しい楽器や大修理後の楽器、または気候の変化などで動く可能性があるからです。

いろいろ言いましたが、要するに表板のアーチは低音側が沈み込むということです。現代の楽器製作ではアーチを作る時に専用の器具で左右の高さを調べることができます。ちょうど地図の等高線のように線を弾くことができます。線が左右対称になっていればアーチの左右の中心線から同じ地点の高さが同じということになります。
せっかく0.1㎜単位の精度で左右対称の高さのアーチを作ったのに、弦を張ると非対称になってしまうのは残念です。このため隙間を開けてバスバーをつけてあらかじめ表板を持ち上げておくのです。それで弦の張力がかかって変形しても左右対称になるという説です。

私の場合には見た目でアーチを作っていて器具で測定してないので別にどうでもいいですし、古い楽器では変形しているのが普通なのでオールド風にするなら下がったほうが本物らしく見えるのですが1mm位下がっても気付かないレベルです。

完璧主義者はいろいろ考えなくては行けなくて大変ですね。
バスバーの張力理論にはそんな重箱の隅をつつくような考え方もあります。

隙間を開けてバスバーをつける理由


私が隙間を開けてバスバーを取り付けるのはやりやすいからです。隙間無しでバスバーを表板の内側の面にピッタリに合わせるのは至難の業です。

そもそも表板の面と合っていないバスバーを無理やり接着すると表板との間に隙間ができたり、表板を変形させたりします。アーチの外側に変形が現れます。表板の内側にもヘコミができて次にバスバーを交換する妨げになります。接着が不完全ならはずれてくる可能性もあります。バスバーがはがれてると異音が発生します。

それで音が悪くなるかどうかははっきりわかりません。電気製品のはんだ付けにたとえます。はんだ付けがしっかりしていないとトラブルが起きるかもしれません。はんだ付けの質が高ければ工員の技能が高いことになります。しかし、はんだ付けの質が高くても電気製品として機能が優れているとは限りません。一方はんだ付けの質がそれほど高くなくてもトラブルが起きないかもしれません。最近の中国製品では工員に教育を施すよりも、トラブルが起きたら新品と交換したほうが安いと割り切っているようです。

ヴァイオリン職人の仕事は一つ一つの作業工程の完全さによってかかる時間が違ってきます。コストや楽器の価格に反映します。
すべての楽器が申し分のない質で作られたうえで、音の良し悪しを誰かが評価して値段がつけられているのではなく、多くの場合には手抜きでちゃんと作られてさえいないのです。一方完璧に作られているからと言って音が良いというわけでもありません。

最初は面が合っていません。このように置いただけで隙間が無くぴったりに加工するのはとても難しいです。駒の脚を表板のカーブにあわせるだけでも難しいのですが面積が違います。

この時表板を机の上に置いたとしましょう。机と触れているのはアーチの一番高い所です。そこに表板の重さがかかります。これだけでもアーチは微妙に変形します。チェロでは大きな変化となります。

表板は薄く作られていて、ふにゃふにゃで柔らかいものです。特に古い楽器では木材の質が変化して張りが無くなっています。修理で表板を開けてから時間とともに曲がってきます。湿度などの変化も影響するかもしれません。
形が定まっていないものにピッタリに合わせるのは不可能です。

もし可能性があるとすれば石膏で表板の型取りをした場合です。しかしバスバーの交換くらいで石膏の型を取っていたら、費用や日数がはるかに多くかかってしまいますし、その楽器にしか使えないので、廃棄していたら資源も多く必要です。その結果音が良いならまだしもそれもわかりません。

理屈をいろいろ言いましたが、単純に難しいです。
完全にすることは不可能に近いと思います。
不完全なものを無理やりつけることはできるでしょうが…。

バスバーの加工には最終段階で、このような小さなカンナを使います。このカンナの調整も微妙で、これが狂っていると何時間やっても進展がありません。
普通は平らなもので良いのですが、オールド楽器になるとバスバーが凹面になることがあります。アーチが現代の楽器と全然違うことが分かります。

隙間を開けると、表の面と完全に一致していなくても表板がしなることで接着が完全にできます。
この時隙間は、中央から端に行くにしたがって滑らかに広がっていくようにします。もし急に広がる所があると接着するときに隙間ができます。当然凸凹があっても隙間ができるので滑らかな弧を描くカーブになっている必要があります。


一番端っこを抑えると反対側が持ち上がります。

抑えるのを緩めると端に隙間ができ、接している部分が移動します。

バスバーのカーブのほうが表板の内側のカーブよりも急になっているので「転がる」のです。デコボコがあるとガタガタして滑らかに転がりません。
これでうまく加工できているか確認できるわけです。

隙間を開けて表板を接着したときに、表板が均等な力でしなるということです。

今の写真では1/4の区間を示したにすぎません。下側と向こう側も確認しないといけません。

滑らかにバスバーが転がっても対角線上に「ねじれ」が起きます。4本脚の椅子を作ったときに脚の長さが違うとガタガタしますよね。それと同じです。それが脚のような点ではなく曲面になっているのですから難易度がどれくらい高いか想像してください。

ねじれたまま表板を接着すれば表板にねじれの力が働きます。
正しく加工できていれば、クランプで固定すると隙間も無くなります。

もし正しく加工されていれば両端に二つのクランプをつけるだけですきまがなくなるはずです。実際は念のためにそれ以上の数を使います。今回は8個使っています。強い力で締め付けると表板を変形させてしまいます。にかわは水分を含んでいるため水分で木材が曲がってしまい、にかわが固まるとその形で固まってしまいます。
もし弱い力で締め付けるのならクランプの数はいくら多くても良いことになります。ただしクランプには重さがあり荷重がかかることを忘れてはいけません。

どれくらいの隙間を開けるべきかということですが、1mm~1.5mmくらいでしょうか。この楽器では写真で分かりやすいように多めにしています。余り少ないとうまく転がっているか確認しにくく、あまり多いと表板に負荷がかかります。ねじれも大きく感じるのでピタッと合っている感触が得られません。

このように表板を自由な状態でつけるのに対してフレームに固定することができます。古い楽器の修理では表板がふにゃふにゃだったり、開けてから刻一刻と変形が進んでいくものがあります。その場合はフレームに固定します。フレームに固定する場合ははるかに高精度に加工ができます。表板がグニャグニャしないからです。1mmもあれば十分です。
さらに石膏の型を使うともっと精度が出ます。逆に言うとごまかしがきかずに本当にちゃんとあっていないと隙間ができて接着ができません。

私はバスバーの接着にはヴァイオリンで最低半日は見ておいておいたほうが良いと思います。雑務や片づけを入れるとそれ以上です。午前中に始めれば夕方までには焦ることなく優雅に終わります。最初はバスバーを製材して木目の向きを揃えて厚みを出します。表板の内側を綺麗にして、取り付ける場所をマーキングします。粗く加工してだいたいあってくると位置を固定するための木片を取り付けます。そこから精密な加工が始まって2時間くらいでもう手を入れるところが無いくらいになります。

量産楽器なら「だいたいあってくる」くらいで接着していることでしょう。

その2時間の精密加工も新人の職人なら1週間くらいかかるのが普通です。それ以上短縮する必要はないと思います。

接着が完了すると高さを出します。およその目安はこの点線です。
私はストップの位置と両端、両端とストップの中間の5か所を計測ポイントとします。この計測ポイントの間を滑らかなカーブで結びます。

このようにバスバーが低くなると初めに説明したように強度が無くなって表板を曲げる力が軽減します。

バスバーの上のカーブは表板のアーチのよって変わることになります。この形をテンプレートの型で取ることはできません。
したがって私は見た目で美しい「山」を作るのではなく、加工が綺麗で一人前の職人がつけたバスバーだと分かれば良いと思います。未熟な加工のバスバーがついていると信頼ができず「交換が必要かな?」と思ってしまいます。

5点の計測ポイントを用いると言っていましたが、中央と両端の3点で計測する人が多いと思います。私はそれだと表板のアーチが違っても同じカーブのバスバーにしがちになると思います。オールド楽器では極端にアーチの形状が違うためバスバーの形も変えないとおかしいです。自作の楽器でさえアーチが普通の新作とは全然違うことがあるので気付いたわけです。現代の主流派の有名な職人の弟子となると、師匠は自作の楽器を作り続けますから、同じ形状の表板にバスバーをつける方法を身につけています。オールド楽器のバスバーには全く適用できない教えもあります。

このバスバーの高さの加工も職人によって様々で音には影響はあるでしょう。しかし法則性などはよくわかりません。表板をタッピングで叩いてみたり、軽く表板を曲げてみて強度を見たりもします。でもよくわかりません。

音に違いが出る要素

バスバーもその取り付けによって音に違いが出るはずです。しかし同じ楽器で何度も付け替えて実験をすることが難しく、何日も経った後で弾き比べても細かな違いは分からなくなってしまいます。

量産楽器のバスバーを交換するとギャーと急激な音の出方だったのが、滑らかでスムーズな音の出方になったという経験がよくあります。100年くらい前の楽器でオリジナルのバスバーを交換してもそのような感じがします。音量はあっても低音がもやっとし、高音が耳障りだった楽器では、低音がすっきりし耳障りで過激な高音はスムーズになりました。交換以前はこもった音だったわけです。100年くらい前の楽器がこもった音がしたとしても、健康状態が万全ではないだけです。バスバー交換などの修理によってこもりは解消され、音の大きさのメリットが享受できます。

なぜそのような変化が起きるのかはよくわかりません。このため逆に、おとなしい楽器を目が覚めたような過激な音にする方法は分かりません。

安価な量産品の表板を開けてみるとこのような感じです。
雑に作られていることが分かります。内側は購入するときには見えないのでコスト削減のために徹底的に手が抜かれます。音に重要な部位でも例外ではありません。
厚みも普通より1mm以上厚いでしょう。十分な薄さになるまで作業を続けなかったためです。したがって、ある程度ちゃんと作ってあればどこのだれが作ったものでも音が良い可能性があります。ただし「音が良い」の定義は人によってバラバラで決まった尺度はありません。「ひどくなければなんでもいい」「弾いてみないと分からない」といういつもの結論です。

他に音が変わる可能性のある要素としては、バスバーの位置やサイズ、厚み、材質・・・。細かいことはいろいろあります。厚みも接着面を厚く上に行くしたがって細くするピラミッド的なものもあります。しかしはっきりしたことはよくわかりません。唯一可能性があるのは材質で、同じスプルースでも硬さが違います。特に目が細かく柔らかい材質なら音をきめ細やかで柔らかいものにすることができるかもしれません。

バスバーの木材は我々は割ってあるものを使います。割りばしでも経験があると思いますが割ると正確に割れないのでかなり大きめに割ってあります。それに対してのこぎりで切って売られている材木があります。ロスが少なく歩留まりが良いからです。
バスバーには繊維が走っていて割ってあると繊維に沿って割れています。のこぎりで切ってあるものはこれを無視してあります。

弓では高級な弓は割った材料を用い、安い量産品はノコギリで切った材料を使うそうです。弓職人じゃないので聞いた話にすぎませんが、そのような違いがバスバーにもあります。

また最低10年以上寝かせたものを使っています。


今回の写真はマルクノイキルヒェンの戦前の量産品です。通常は作者のオリジナリティを尊重するためできませんが、量産品であれば関係ないのでバスバーを交換する機会に表板の厚みを変えたり、削り残しがある際を仕上げたりすることもできます。この楽器は割れがあり、外から接着しただけでは万全とは言えません。売りに出すには表板を開けて修理する必要があります。

そのため表板を開けたわけですが、「ついでに」バスバーも交換してしまおうというわけです。それくらいルーティーンで日常的な仕事です。

量産品としては丁寧に作られていて表板には削り残しもなく、厚みも十分に薄いので厚みも変える必要はありませんでした。

例によってラベルはアントニウス・ストラディバリウスです。この前の魂柱パッチの後にまたストラディバリウスの修理です。
コーナーのブロックはこちらの方がちゃんと接着されています。裏板は普通くらいの厚さで変えなくてはいけないということはないでしょう。

量産品としては質が高いもので、このような修理を施して売りに出す価値は十分にあります。職人目線で音が悪くなるような欠陥は見当たりません。作業に当たった人はアマティやストラディバリを知らないだけで、決められた型や寸法に対して品質がコントロールされています。

アマティやストラディバリを知らないのはハンドメイドの楽器を作った職人でも少なくありません。イタリアの作者なら「個性がある」と宣伝されます。

そんなバカなことと思うかもしれませんが、古い時代の楽器に興味がある人はまれで、多くの人は自分の師匠や流派しか知らないものです。自分の時代が最高だと思い込み古い楽器と弾き比べはせず自分の楽器は優れているとうぬぼれているのも普通です。頭で考えた理屈を信じ、人から聞くと「良いこと知った」と鵜呑みにしてしまいます。

工業製品で歴史に興味がある人なんて本当に少ないですから。古い車がカッコいいと思っても、忠実に古い車のような車を作る大手メーカーは世界中に一つもありません。新しいものが欲しい人が圧倒的多数派でビジネスにならないのです。ヴァイオリン職人も普通の人間です。


ともかく、バスバーの張力理論に私は納得していません。バスバーの木材が柔らかすぎるからです。

よく分からないことを言って、交換の修理を迫るとすれば、霊感商法と変わりません。確実でない説明はしないほうが良いでしょう。
ちなみにバスバーの老朽化による交換頻度は50年~100年に一度くらいでしょうか?
たとえば1960年代に作られたヴァイオリンなら特に問題はないと思います。元の仕事の質が低い場合には音を変えられる可能性があるとは言えます。

電気製品のはんだ付けの話も職人の腕前の例えとして分かりやすいと思います。そのあたりは読む価値があったかなと思います。