寒いです。 冬に気を付けること | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

寒くなってきました。

日中も氷点下で通勤時には-9℃になった日もありました。でも雪のない地域で生まれ育った私には雪景色は嬉しいものです。

11月に日本にいたころは20℃くらいあって昼間は上着もいらないくらいでしたから信じられない差です。

こちらではクリスマスから新年にかけて休暇を取る人が多いでしょうが、私は11月にすでにとってしまったので仕事です。クリスマスと元旦も日曜日と重なって祝日も少ないです。

年末年始も仕事です。

今のところ皆さんに紹介するほどそんなに面白い仕事もないのですがボチボチやっていきましょう。

毎年寒さを忘れて-9℃を経験するとー3℃くらいなら暖かいくらいに感じます。
燃料価格も高騰しているので省エネに心がけつつ風邪もひかないように難しいかじ取りです。皆さんもお気を付けください。


寒さについてですが、楽器自体は温度はあまり影響がありません。
問題は湿度です。
暖房を使うと半ば自動的に空気が乾燥します。

乾燥でまず起きるのはペグが緩くなることです。
放置していると勝手にペグが回って弦が緩くなってしまうこともあります。
当然ペグを押し込んで弦を巻き直す必要があります。その時に駒が引っ張られるので戻すようにしてください。

特にチェロの場合にはスチール弦を使っているのでアジャスターしか使用したことがないと気候の変化に対応できなくなります。

その他には表板や裏板の接着面がはがれることもあります。もっとひどい場合は割れて来たり、古い修理箇所が開いてきたりします。そのほか駒の高さが変わってくることもあります。もちろん駒はそのままで胴体とネックが変わっているのですが。

ヨーロッパではもっぱら乾燥が楽器の問題となります。
暖房を多用するリビングよりも、寝室など温度が上がらない所に置くと良いでしょう。

日本の場合にも太平洋側は乾燥するでしょうから同様です。
それ以外にも夏場の湿気があります。したがって日本の人たちのほうが湿気に対して敏感です。湿気は伝統的に楽器の敵で、和楽器の時代から火鉢で温めて演奏したなんて話もあります。日本人のほうが気候には神経質なようです。

特に湿気には敏感で湿度が高いと音も湿っぽい感じがするのかもしれません。
楽器だけでなく音の性質や聴覚に影響があるのでしょうか?
このため「こもった音」をとても気にします。こちらでは「こもった音」を訳す言葉ありません。だから誰も「音がこもっている」ということを気にすることがありません。ヨーロッパの北と南の天候から連想するイメージでイタリアの楽器を称賛してきました。科学的にはバカバカしい話です。アルプス以北でも雨の量は日本に比べて桁違いに少なく、数字で確認すると年間の降水量はイタリアのほうが多いです。どちらで作られた楽器でも日本に持ってくれば同じです。

文化や美意識に天候が影響していると考えるかもしれません。芸術作品であればそのようなこともあるかもしれません。しかし弦楽器の製作では、音を意図的に作ることが大変に難しく、もし北ヨーロッパの人が憂いに満ちた音の楽器を作りたくても作ることができず、南ヨーロッパの人が軽やかで情熱的な音の楽器を作ることもできません。
日本のクラシックファンはむしろ北ヨーロッパの音楽を評価することが多いでしょう。それでも北ヨーロッパの楽器を買っても意味がありません。


こもっているに近い言葉は「にぶい」くらいです。
にぶいはにぶいで良いですよね。
また開放的ではないと言えます。開放的であるということは西洋人は性格的に重視します。日本人は引っ込み思案ですから。ただし開放的と言わなくても「鳴る」と言った方が簡単かもしれません。

日本に3年近くぶりに帰国してメンテナンスをすると複数のヴァイオリンでA線のナットや駒の溝が深くなっていました。やはり調弦が安定せずA線を合わせることが多いのでしょう。ペグを前後に動かすと弦に巻いてある金属が糸ノコギリのように溝を削っていくわけです。
指板が摩耗するよりも先にナットが摩耗してしまうほどです。
ナットの溝が指板よりも深くなると指板に弦が触れ低音が発生してしまいます。

普通は指板を削ると相対的にナットが高くなるのでナットも低く加工しなおします。
溝が深くなっても指板を削ることで直すことができます。
ナットを交換するのはかなりの作業で、指板を削ったほうが安く上がりますし、指板も万全にできます。

A線が狂うことが多いなら、A線にもアジャスターをつけることが考えられます。ウィットナーではA線用のアジャスターがあります。E線とは太さが違うため別に設計されています。また4弦のアジャスター付きのテールピースや、2弦にアジャスターのついたテールピースなどもあります。日本では特別に考える必要があるかもしれません。

A線にアジャスターつける場合駒の高音側が指板の方に引っ張られ、低音側がテールピース側に引っ張られてねじれていくので、マメに直す必要があります。


またペグの軸も曲がってしまいスムーズに回らなくなってしまいます。ペグの穴はだんだん大きくなっていくので、ペグを交換するたびに太いものに変えていきます。しかしいつかは太くなりすぎてしまうので穴を埋め直す必要があります。ペグを穴埋めする作業で大変なのは新しく埋めたところの塗装です。これが非常に難しいものです。このため決して安くはない修理となります。

そこで新品の楽器や修理で穴を埋め直すとできるだけ細いペグを入れます。穴を埋め直す時期を遅らせるためです。しかしどうも細いペグのほうが軸の曲がりに弱い感じもします。湿気の多い日本ではペグはあまり細くし過ぎないほうが良いかもしれません。狂ったペグを削り直すとさらに細くなり耐久性が無くなってしまうでしょう。

ペグの材質も特にツゲは狂いやすいでしょう。特に日本には向いていないと思います。まだ黒檀の方がましかもしれません。黒檀よりもさらに硬い木材もありますのでローズウッドの代用品が定まってくると良いなと思いますが、まだ業界として定まっていません。ローズウッドの代用となる濃い赤茶色のものはあご当ての種類が限られてしまうので避けたほうが無難です。
ローズウッドは国際取引ができなくなったので、今では黒檀かツゲの2種類が実質使える木材となっています。
もはや日本なら黒檀一択という状況ですね。

黒檀も上質なものは入手が難しくなってきています。


湿度は弓の毛にも大きな影響があります。
日本のほうがシビアではないかと思います。ヨーロッパでも海岸に近い方はトラブルがあると聞きます。

弦ではガット弦に大きな影響があり、今ではプロの人ほどナイロンやスチール弦を使わざるを得ないというのが実情でしょう。


表板の剥がれなどは付け直すだけで簡単なものです。
それ自体はトラブルと言うほどのものではありません。
剥がれることによって表板のストレスを逃がして割れることを防いだくらいに考えれば良いでしょう。

ただしビリつきが発生するとややこしいことがあります。
すぐに原因が見つかれば何でもないですが、どうにもならないこともあります。


夏用と冬用の駒の話を聞いたことがあるかもしれません。特にチェロやコントラバスのような大きな楽器では気候の変化で表板などが変形し弦高が変わってしまうのです。しかし私は実際に夏用と冬用で駒を変えている人を知りません。自動車ならタイヤを冬用に変えたりします。うちは特にチェロのお客さんが多い工房ですが、「そろそろ冬用の駒に変えなきゃ・・」なんて人はうちのお客さんにはいません。
したがって私は必要な状況が分かりません。
どうなんでしょうね?

楽器屋としては仕事が増えて良いですけども。