新型コロナ、音の評価の基準など | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

いよいよ私のところにもあれがやってきました。
隣の席の同僚がコロナに感染したのです。
かなりひどい頭痛があったと言っていましたがその後も自宅に留まり鼻水が出るなど風邪のような症状になって行ったようです。ワクチンは3度接種していました。

同僚は先週の月曜日に出社せずにPCR検査を受けて陽性であることが確定しました。
先々週の金曜日までは一緒に働いていたので私も検査を受けましたが陰性でした。他にも職場にいた人で陽性者はいませんでした。

さらに火曜日には月曜日にお店に来ていた市営劇場のヴァイオリン奏者のお客さんから陽性とわかったと連絡が入りました。
市営劇場では感染が相次ぎたびたび公演が中止されていました。

本当に身近にコロナがやって来ました。
同僚が月曜日に気付かずに出社していれば会社全体やお客さんにも被害が広がったかもしれません。賢明な行動でした。

オミクロン株が流行して、過去2年間の感染が1か月の間に凝縮して起きたようです。
ヨーロッパでは人口の多くの割合がすでに感染したことでしょう。当然すぐ隣にもやってくるわけです。

私は何の症状もありませんでしたが、同僚が感染したと聞くと自分も感染しているかもしれないと考えました。そうすると普段よりのどが渇くと「おかしいな?」と思ったりしました。他の人も咳が出たりすると不安になったと言っていました。検査を受けないと自分がおかしくなりそうでした。

個人の印象ではそうなって初めて未知の病気から既知の病気、身近な病気に変わるんだなと実感しました。日本ではまだまだそこまで行っていないと思います。

感染のピークは過ぎたとはいえ、今がこれまでで最も感染のリスクが高い時であることは変わりません。お気を付けください。


職場の方は少ない人員で対応しなくてはいけなかったり、同僚が途中までやっていた仕事を受け継いだりと慌ただしかったです。



前回出来上がったチェロは土曜日には教師や常連のお客さんなど何人かが集まって試したそうです。一人の教師の方には好評だったそうです。
あのクラスのチェロは突き詰めなくてもコストパフォーマンスに優れています。ハンドメイドの楽器の半分の値段でそれに近い音や品質になっているからです。場合によってはハンドメイドの楽器よりも音が好まれることもあるでしょう。私は売り物になる範囲内で試行錯誤や実験をしています。それが安い楽器を仕上げるこちらにとってのメリットになり、その代わりお客さんにとっても値段を超えたようなクオリティになっています。ニスが塗れる設備ができたことが収穫ですからもっとたくさん作れると違う音色のものも用意できるでしょう。

このようなチェロはできてすぐに売れることもあれば、数年間残っている場合もあります。それでも5年以上残っていることはないですね。それなら100万円を超える弦楽器としては売れている方です。量産品でも音の面で人気のあるメーカーのものは1年もすれば完売しています。

めぐりあわせでお客さんとのマッチングの問題です。

趣味などでは製品や道具にこだわることはありますね。趣味には特定の価値観を共有してジャンルのようになっています。私は2輪の免許もなく詳しくありませんが、ハーレーダビットソンのファンとオフロードのモトクロスをやっている人ではオートバイの評価の仕方は全く変わってくると思います。
そうかと思えば、通勤や配達のためにオートバイが必要な人もいるかもしれません。

そのようなジャンルごとの評価の基準のようなものが弦楽器ではあやふやです。


特に厳格なのはドイツ人の自動車の評価です。日本のJAFに当たるような自動車組織にADACというのがあって、新製品の自動車が発売されると様々な項目で試験を行って点数を付けて公表します。エンジンの出力などを実際に測定したり、スラローム走行や急ハンドル、急ブレーキなどいろいろなテストをやります。荷物はどれだけ詰めるかなども重要です。ビールをケースで買うために車を買うというわけです。

最後に点数を合計するのがドイツ的です。
何か一つの目的に特化したものではなく、あらゆる要素が同じウエイトで評価されるのです。その結果値段がとても高くなりますが、それについては寛容です。値段が高ければ一つ一つの項目で優れているのは当たり前で、ユーザーは自分が使う目的に特化したものならもっと優れた性能のものがあるし、もっと安い値段で買えるものもあります。しかし「合計点方式」だと低い評価になってしまいます。

つまり使用者の目的によって評価は様々になるのではなく、統一された「客観的な」基準で「優れた車」が評価されるのです。こうやって作られているのがドイツ高級車の権威で、日本でも信じている人がいます。

でもみながこの基準にしたがって自動車を買っているかと言えばそうではありません。

消費者も「自動車好き」というような理系の趣味を持つ人は一見客観的と思えるこのような基準で評価するのは好きでしょう。しかし多くの人はこのような評価を見ずに買っています。見た目が気に入ったとかブランドのイメージとか営業マンとの付き合いとかいろいろありますね。
自分の車のエンジンの出力がどれだけか知らずに乗っている人も多くいます。コンピュータでもCPUの性能がどうだとか男性のマニアは言っていましたが、ソフトウエアを見事に使いこなしている女性は自分のコンピュータのスペックさえ知らないということがよくあります。

これがアメリカになると全く評価が変わって、専門家にも日本車が絶賛されてドイツ車が酷評されます。客観的な基準なんて無いのです。


同じ自動車雑誌を読んでいるマニアだけが買いに来るお店なら車の良し悪しを語っても良いでしょう。しかし不特定の趣味趣向の人が来る店なら全く通じません。


このブログを見ている人には、弦楽器マニアの方もいて一般の演奏者の中では偏った方でしょうが、年齢も性別もいろいろな方がいてお子さんのために楽器を買わなくてはいけなくて勉強されている方もいます。このブログの中でも特定の音の評価の基準を決めつけるのは危険です。弦楽器マニアと音楽教師では全く評価が違うかもしれません。学生さんが買うなら自分の趣味趣向は置いておいて練習してレッスンを受けるのに適したものを買わないといけません。何が適しているかも能力や目指すところによっても変わってくるでしょう。

それに対して弦楽器についてはこれまでは「音について語ることはタブー」とされてきました。弦楽器専門誌のThe Stadで楽器を紹介する記事があっても音については書いてありません。オールドの名器について書いてある本を私はたくさん持っていますがどんな音がするかなどは書いてありません。

前回はハイニケのほうがアマティよりも音量があるということを書きましたが、絶対そんなことは書いてありません。150万円くらいのハイニケと1億円を超えるアマティでも音だけで言えばそんなものです。


この前に、オールド楽器の修理をしていました。イタリアの作者のラベルが貼ってありますが、私が見た感じでは典型的なイタリアのオールド楽器だと思います。もしかしたらラベルが合っているかもしれません。しかし、別の作者のラベルが貼ってあっても似たようなイタリアのオールド楽器はたくさんあるのでその作者のもののように思えてきます。イタリアのオールド楽器であることは分かっても作者までは私にはわかりません。明らかにしたければ鑑定が必要です。持ち主の人が買ったのは何十年も前で鑑定はあやふやです。1000万円弱の値段がしたそうですが、作者がラベルの通りなら今では3倍はするでしょう。違ってもイタリアのオールドであの感じなら1000万円以下ということはないでしょうから大丈夫だとは思います。

アーチは高くぷっくらと丸みを持って膨らんでいて、ドイツ的なものとは違います。形はアマティ的なものです。古さや木材の感じからしても複製ではないと思います。板の厚みも典型的なアマティ派のオールドの厚さです。つまり薄めです。

弾いてみるととても強い音がして音量が明かにあります。柔らかいという感じではありません。私はオールド楽器が柔らかいと言っていますが、それすら当てはまりません。この楽器のほうがさっきのアマティよりも音量があると感じられるでしょう。つまりハイニケのようなモダン楽器だけでは無くてオールドでも音はいろいろで一つ一つ違うということです。モダン楽器のほうが音量があるということも言えません。

もうバカバカしくなりますが、私たちがヴァイオリン製作を学ぶ時、高いアーチは音量が無いと教わります。全く関係ありません。そのオールドヴァイオリンはフラットなモダン楽器と変わらない音量があります。職人は未だに「正しい知識」として信じている人の方が多いでしょう。

また「イタリアの音」というのもわかりません。強くて鋭い音量があるものはどこの国の楽器にもあります。音色は暗くドイツのオールド楽器とも変わりません。

私はこの楽器について音は強く味はありますが、優美な美しさは無いと思います。幅が狭いモデルで窮屈さもあると思います。そもそも私は高いアーチの楽器の音が柔らかいとは考えていません。フラットなアーチに比べて構造的に柔軟性がないので懐の深さがなく音が出る弓の加減のポイントはシビアです。音はダイレクトで余韻が少なく響きもすっきりしているので鋭さは強く出ます。シュタイナーでも細く強い音です。

しかしフラットなモダン楽器でも細く強い音の楽器があります。こうなるともう全く分かりません、法則性を言えないのです。弾いてみるしかないといつも言っています。

高いアーチの中では古い方が木材が弱っていて柔軟性は増していると思います。新品で作った方が成功する条件は厳しいと思います。

おもしろい楽器だけども個性が強く理想的かと言うと難しいですね。今なら3000万円くらいのものかもしれませんが、もうちょっと良いものを…と言い出すと5000万円、1億となっていくのがオールド楽器の世界です。腕でカバーする方がお金を稼ぐよりも簡単かもしれません。


このような経験がない人には、値段だけが情報として入ってきます。弦楽器の業界では値段しか語るものがなかったのです。同じ値段でも楽器の音は様々で同じではありません。だから指標としては意味がないのです。


うちの会社では楽器の音を評価するのに低音から高音まで音を出します。でも多くの演奏者はいきなり曲を弾き始めます、低い音を使わなければ評価されないままです。低音が出る楽器を作っても意味がありません。

また今使っている楽器との比較になります。
人によって使っている楽器が違うので評価は正反対になることも少なくありません。