中級品のチェロを仕上げる その3 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

早いものでもう雪が降っています。
ヨーロッパではコロナの感染が再拡大していますので、帰国の目途は立ちません。

弦楽器職人の仕事をしてると時間がたつのが早いもので、夏の終わりごろに始めた改造チェロも年内ニスが塗り終わるかそれくらいの感じです。すでに出来上がったチェロを使ってもそんなに時間がかかっています。

というのは何年か前に勤め先の工房を改装して、ニスを塗るための設備が無くなってしまったので再びニスを塗れるようにしないといけません。できれば以前よりも仕事がしやすく製品の品質も向上すると良いでしょう。まだまだ未完成なLEDに照明技術は変わってきているので長く使うことも考えて、今のうちに古い蛍光灯を使ったしっかりしたものを作りましょう。ニスを塗っている期間しか使用せず日本製の蛍光灯なのでしばらくは切れないでしょう。蛍光管も倍くらいストックがあります。

このようなことは珍しいことではなく、NASAの最新の火星探査機でも90年代のコンピュータが使われているそうです。火星で故障が起きると修理に行けないので絶対に故障しないものが求められます。そうなると古いものが使われるのです。

こんな事を日常的にやっていると世の中の変化にはついて行けません。
考え方という点で理解できないことが多すぎます。


去年から始めた音楽鑑賞のデジタル化もさらに進めています。クリスマスの休みになったらそんな話もしましょう。私が教えるような話ではなく、むしろ時代に取り残されている方です。それが何とか理解して最新の5年遅れくらいまで追いつこうというわけです。
でも、最新のものを使っている人と全く音楽鑑賞から離れてしまっている人の両極端かもしれません。後者の人にならヒントになるでしょう。

新たニス室となる地下室の写真を撮ってきました。不動産屋じゃないのでカメラのレンズが適していません。楽器撮影用に選んだレンズでは部屋全体が撮れないのです。私はスマートフォンは使わずにミラーレスのカメラを使っているのでこんな時には対応できません。これも私の頭の仕組みが現代に適応していない例です。

見てわかるように謎の配管があって昔のアニメやゲームの「未来」のようです。でも未来でも何でもありません。壁も床もタイル張りで浴槽を置いたら銭湯みたいに使えそうです。この地下室を改造してバスルームにしたら仕事終わりに良いかもしれません。夏は地下なので涼しいかもしれません。

完全に地下というよりは天井付近は地面から出ています。道路との間には植え込みがあります。通行人の声などは聞こえます。柵もあるので防犯上は大丈夫でしょう。製作中の楽器なんて盗んでもしょうがないですが、いたずらされたらたまりません。外で日光に当てるのが良いですが難しいですよ。
無理に小さな窓から忍び込むと出れなくなってしまいます。



前回はこんな感じでした。不要物が残っているだけです。

それがこんな作業スペースになりました。押し入れでテレワークしているようですが、楽器を作るわけではないので本格的な作業設備は無くても良いです。でも改装前に使っていた古い作業台などはとってあるので、本格的に利用するようになればもっと工房らしいものになります。
椅子が手前にあって大きく見えますが、チェロのサイズから見ても結構広さがあります。工房よりも余裕があります。かつての工房ではチェロのニスを塗っている横を人が通って邪魔になったりしていましたから。
電気水道暖房もあります。トイレだけが無いので気を付けないといけません。工房からは5分程度で、地下室から数分のところに公共のトイレもあります。
他の作業が行われないことで埃は激減するはずです。湿気も埃を抑える効果があるようです。塗装には良い環境でしょう。


紫外線の蛍光灯をセットしてみました。

どうでしょう?
印象的な写真になりました。
肉眼とは全く蛍光管の色が違って写っていますが、なんか弦楽器職人には似つかわしくない不思議な写真です。

横から見ても不思議な画像です。見たことはありませんがUFOの中みたいです。

手前にある低いテーブルは捨ててあった椅子を改造して私が作ったものです。

難しいのはチェロにちゃんと光が当たるようになっていることです。影になっているところがあるとニスが固まりません。
位置を計算して図面上で設計しないといけません。
おもしろいのはモンタニアーナモデルでは幅が広くなりますが、1~2㎝のものですからこういう次元ではほとんど違いがありません。
しかし0.1mm単位で仕事をしている我々職人にとっては1~2㎝というのはものすごい大きな違いに感じられます。モンタニアーナモデルのチェロを作るかどうかは工房でも議論になり、師匠は認めませんでした。しかしこうやって違う縮尺で見るとほとんど違いは無いことに気づかされます。楽器の構造を理解するには大きな縮尺の視点が重要になると思います。特にチェロはそうです。0.1㎜単位で物を見るとチェロは全く理解できません。

音響面で楽器を選ぶ時はストラディバリモデルだのモンタニアーナモデルなどは考える必要もありません。音を出してみるしかありません。

難しかったのは実際にスタンドを作ったのは作業場のある工房で、設置する場所から離れていたことです。ちょっと予想とは合わない所もありましたが、それもまた現場で工夫して対処しました。自然光と違って光が当たらない所があるとニスが固まりません。光が当たらない箇所があればランプを増やせば良いのですが、いかに最小のライトでチェロ全体にまんべんなく光が当たるようにするかを考えました。やってみて乾いていない所があれば小さなものを追加する必要があります。



ニスを作る方も新しくなります。

工房の外で電気コンロを使ってニスを作りました。電気のプレートは引火の危険性が低いので良いです。しかしIHでは温度が低すぎるのでダメです。工房にある古い電気のもので今のものはすぐに壊れてしまいます。実験室用に温度が管理できるものなら良いですが、値段がべらぼうに高いです。

直火にかける場合は「湯せん」のお湯の代わりに砂を使ってかつてはやっていたようです。温度はデジタルの温度計で測っています。業務用なのでとても高価でした。日本製のものでしっかりしているので10年経っても全く問題がありません。現代のIT機器とは寿命の考え方が違います。これがスマホに接続して画面に表示させる方式ならもう使えなくなっているでしょう。

昔は鳥の羽を煮たてた油に触れさせて焦げ具合で温度を見たそうです。そういう意味ではオイルニス製造の難易度は格段に下がったことでしょう。

一週間ごとにどんどん気温が下がってきて、この時は2℃くらいでした。ニスの温度も外気温の低さで不安定ですし、通行人に危険が及ばないようにずっと監視していないといけません。霧雨が降って来たので屋根を付けました。晴天ならいりません。アドリブDIYです。温度計のスタンドも自作です。

今は雪が降ってますから先週が最後のチャンスだったでしょう。

2℃でも実用的な作業服のおかげで風邪もひきませんでした。カーハートという作業服メーカーがアメリカのデトロイト近郊にあります。冬ではマイナス20℃くらいにはなるそうですから従業員の自宅の雪かきなど実地でテストも行われていることでしょう。とはいえじっとしているので土木作業員よりも寒いかもしれません。

2℃でも外でニスを作るのは楽器製作の情熱のなせる業ですよ。
通行人には何をしてるかたまに聞かれます。ヴァイオリンのニスだと言うと分かったような気になっているようです。


こんな感じでオイルニスが使える環境を作ったので年内にはニスが塗り終わるでしょう。演奏できるのは来年の初めになると思います。

出来上がってみればいたって簡単なものに見えます。簡単な仕組みのもので機能するものが「美しい」と思います。
現代の技術はそれとは逆の方向に進んでいるようです。私には美しくないのです。欲しいと思わないのです。

簡単なものを考えるにもイマジネーションの創造力が必要です。複雑な仕組みから考えてもっと簡素化できる方法は無いかと考えていきました。
ストラディバリの時代に比べれば近代的なものですが、新しすぎない技術を使う必要もあります。
師匠や先代の師匠はお客さんが来たときにスマートフォンで操作できるLEDの照明設備を自慢して「最新の設備だ」と見せびらかせますが、それが凡人のすることでしょう。私は実用的に機能することが重要だと考えています。いまだにスマートフォンで操作するアプリが使えていません。売るときに宣伝文句ばかりで実際にどうやって使えるかはわからないのです。
お金を稼ぐには市場規模の大きな「凡人」にあわせる方が良いでしょう。しかし何か優れた事をしたいなら違う頭の思考回路が必要です。


こうやって考えていくと一見無理そうなことでも可能になっていくと思います。かつて先輩が作ったニス乾燥庫は無用の長物となりました。
機能性を理解せずに作ったからです。