同じ作者でも違う音? マティアス・ハイニケのヴァイオリン | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

寒くなってきました。秋が短くて急に冬という感じがします。

冬といえば焼き芋です。
日本のようなおいしいサツマイモは無いのです。ヨーロッパではあまり栽培はされておらずアメリカ産などが輸入されています。このためアメリカのスイートポテトと同じものです。
それも知らないかもしれませんが、中身がオレンジ色で甘みも弱く、火が通り始めるとすぐにべちゃべちゃになってしまう難しいものです。

それでも薪ストーブの中に入れて焼き芋を作ってみました。これまで何度もやって食べられないことは無いという程度でした。今回は転がって火に近づきすぎて焦げたところもありますが過去最高の出来です。べちゃべちゃにもならず味が濃縮してお菓子のように甘いものになりました。とくに女性陣には大好評でした。甘さや食感とともに焼けた風味が他の料理法では得られないものがあります。

ヨーロッパではジャガイモはよく食べられますが、サツマイモはあまり知られていません。寒冷で栽培に適していないことが大きいでしょう。アメリカでもサツマイモは粗末な食材とみなされ日本人ほどの情熱が無いようです。


ボヘミアのマティアス・ハイニケ

マティアス・ハイニケは戦前のチェコ・ボヘミアの作者では有名な人です。ドイツ各地でも働いていますが、イタリアのベネチアでもエウジェニオ・デガーニの下で働いています。このために日本でも輸入している業者があります。

同じ日本人として恥ずかしいですね、「イタリア人の弟子」という肩書に興味があるのですから。いつまでこのようなことを続けるのでしょうか?


しかし実際にはデガーニとは全く似ておらず影響もうけていないでしょう。むしろハイニケのほうが職人として腕が上で仕事を任されたり師弟に教えたりする立場だったかもしれません。
デガーニはかなり個性的な楽器を作っていて、イタリアでも当時最新のモダン楽器は理解していないようです。自己流か田舎風といった感じです。

それでもハイニケは他のボヘミアのマイスターたちと作風は似ているし、大量生産も含めてその後のボヘミアの楽器はみなよく似ています。戦後はチェコスロバキアとなりますがソビエトが崩壊してチェコとスロバキアが分離すると日本にも量産品が輸入されていて戦前の作風が残っていました。

ハイニケのヴァイオリンは見た目は美しいですが、音は力強く鳴るという感じではなく大人しいものです。他のボヘミアの楽器のほうが音量があってよく鳴るものがあります。作者の知名度や楽器の値段と音が一致しない例です。そんなイメージのハイニケですが

これなんかもいかにもハイニケというものです。以前紹介したことがありますがそれはハイニケらしくないものでした。

裏板は本当に美しい一枚板です。完全な柾目板ではなく板目気味になっていることでイレギュラーな模様になっています。
形もバランスよく仕事も美しいですね。
ニスは琥珀色で柔らかく、縁や角は丸みを帯びています。当時はイタリアでもこのようなものが流行りました。ドイツのミッテンバルトやマルクノイキルヒェン、ドイツの各都市、ハンガリー、プラハなどではフランスの影響が強いのに対してボヘミアはイタリア的だということが言えます。

ニスにはいろいろな色がありいずれもオイルニスではありますがこのような軟質で琥珀色のものは珍しいでしょう。パフリングも染めた黒色が褪せて灰色になっているものがありますが、この楽器では黒々としています。

f字孔は独特な形です。これはストラディバリモデルではいつも同じですね。上の丸い所が斜めに楕円形になっています。仕事自体もきれいなものです。
パッと見て気付くのはf字孔の左右の間隔が広いことです。上の丸と丸の間が広いです。独特の雰囲気になる所以です。

この楽器は1932年にチェコのヴィルドシュタインで作られたものです。

スクロールはやや小ぶりな感じがします。


分かりやすい特徴は

緑の線のようにペグボックスの端が丸くなっていることです。それからペグボックスの内側とf字孔の側面には赤茶色の顔料で塗られているのも特徴です。ハイニケの特徴でもありますがボヘミアの特徴とも言えます。

フランス的なカチッとした感じではなく柔らかい感じがイタリア風と考えたのでしょうか?かなりの早さで作ったということもあると思います。また渦巻きを専門に作る業者から買うのがボヘミアでは一般的だったかもしれません。自己満足のために楽器を作るのではなく産業としてヴァイオリン製作を機能させるには製造コストが安くないといけません。ハイニケは何度も見かけたことがあるので数は多いはずです。驚くべき速さで作ってこの品質というものでしょう。数が一定数あることで歴史に名前が残るのです。

このようなストラディバリモデルは弟子や他の職人や工場でも写されて真似た楽器が作られました。音はハイニケが一番良いわけではないことはさっきも書きました。

気になる音は?

板の厚みは20世紀の楽器としては普通くらい、19世紀のフランスのものよりは厚めです。
ボヘミアの楽器には裏も表も同じ厚さのものがよくありますが、これは裏の方が厚めになっています。それは一般的には普通のことです。ドイツのオールド楽器も表と裏が同じような厚さになっていることがよくあります。それに近いものが近代のボヘミアでも作り続けられたようです。
この楽器に至ってはオーソドックスな20世紀のものです。

アーチも教科書通りの近現代のものです。

ハイニケは仕事の割には値段が安くて過小評価されている代表のようなところがあって相場では150万円もしなかったりしますが、音が特別優れているという印象もありません。

たまたま音大卒の演奏者がいたので弾いてもらうととてもよく鳴って力強い物でした。イタリアのオールド楽器と弾き比べても明らかに音量で勝っていました。今まで知っていたものとタイプがだいぶ違います。良い方に驚きました、弾いていた人も褒めていました。

音色もごくごくまともなものだと思います。たまに「よく鳴る」楽器がありますが、まさにそれです。耳障りで鋭い音を力強いと言うのとは違います。でもすごく柔らかい音ではありません。

他のハイニケと違う理由もわかりませんし、板の厚みも20世紀の普通のものです。普通に作ってあるからということかもしれません。


ちなみに1932年製のこのヴァイオリンは大掛かりな修理はしていません。ネックも指板も作られたときのままです。駒と魂柱、ペグ、付属部品、弦を交換しニスの補修を行っただけです。ニスも傷を目立たなくしただけです。6~7万円程度の修理です。

音を出した感じでは特にバスバーの交換も必要ないでしょう。


同じ作者でも音が違う

見た目がよく似たハイニケはいくつも見たことがあり、ニスの色はいろいろありますがいつも同じ形で作っていた方です。

それなのになぜか音が違います。
同じ作者でも違う音の楽器があるので、作者名で楽器を選んでも意味が無いということです。やはり弾いてみないといけません。

楽器の値段は作者の名前で決まりますが音で決めているわけではありません。値段と音が一致しないわけです。値段は同じでも音はバラバラなのですから。

同じ作者でも兄弟や弟子が手伝ったり代わりに作ったりしたこともあります。時期によって変わるかもしれません。値段は名前で決まっても音は名前では言えません。


またよく鳴る楽器は流派に関係なく存在します。ということは木材の産地もバラバラでどこの産地の木材にもよく鳴る楽器があるということです。前回のフランスのヴァイオリンよりもこちらの方が良いと思う人は多いでしょう。国名を決めて楽器選びをするのが愚かだという例です。

結局弾かないとわからないという当たり前のことを思い知りました。音についてはウンチクは関係なく弾いてみるしかありません。