フランスのモダン楽器はマネするのが難しい | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

今年の夏はとんでもない冷夏でした。20℃以下の日が続きました。木の葉は黄色くなり始めています。
日本帰るめどは立ちません。


最近はモダンヴァイオリンをよく紹介しています。当たり前のようなものでも意外と貴重なものです。今回はこんなものです。

すぐにガルネリモデルだとわかりますが、ラベルにはイポリート・シルベストゥルと書いてあります。

楽器は美しく作られ、プロの演奏者が愛用しているものです。

しかし私には本物とは思えません。見た瞬間に違うと思うからです。イポリートはヴィヨームの弟子でいくつか見たことがあります。その時と感じが違うのです。



フランス的な作風であることは分かります。しかし本当のフランスの一流の作者のものの感じがしません。
本などで見比べれば特徴は似ているかもしれません。しかしパッと見た瞬間にフランスの楽器という感じがしないのです。

それ以上調べると本物に見えて来てしまいます。最初の印象だけで十分です。

私程度の経験でも「どうかな?」と思うような時はたいてい偽物です。本物の時は「そうそうこれ!」という感じがします。
このためどこがどうだの具体的なところは見る必要もありません。ニセモノを作る場合にはそこを似せるわけですから。

自分の手元にある楽器の場合には、「最初の印象」というのが分からくなってしまいます。本などを見だすと本物に見えてしまいます。半信半疑で買ってしまうと本物だと思い込んでしまいます。

多くの場合はただの量産品に偽造ラベルを貼ったものです。美しく作られた楽器なら本物の可能性が高いです。しかしフランスのモダン楽器の場合には独特の雰囲気があって、別の流派の人が真似することは不可能でしょう。
ドイツのモダン楽器の場合には品質が高ければ本物の可能性はかなり高いです。違ったとしても値段が変わらないので問題になりません。
イタリアの場合にはどこの国にでもいる素人の作ったような楽器が1000万円くらいすることもあるので品質は関係なくただただ権威のある鑑定が必要になります。自分で判断してはいけません。

私でもフランスの一流の楽器は見ればわかりますが、作者が誰かは鑑定に出さないといけません。
ドイツの場合には品質が高ければ、ついているラベルの作者でほぼ間違いありません。
イタリアの楽器は全く自分では判断すべきではありません。量産楽器に偽造ラベルを貼ったものかどうかを見るだけです。他の国の流派の特徴がはっきりあればニセモノだとはわかります。しかし品質はニセモノのほうが高いかもしれません。

「審美眼」が通用するのはドイツのモダン楽器だけということになります。それも一般の人には難しいでしょう。


この楽器はオールドイミテーションで作られたようです。ラベルに書いてある年代のシルベストゥルよりも新しい感じがします。20世紀以降のものだと思います。

楽器自体は美しく、音もプロの演奏者が愛用しているものです。それでもシルベストゥルでは無いと思います。
ラベルには製作地をリヨンと書いてあります。リヨンの他の作者とも思えません。もっとフランス的だからです。
フランスでは無いと思います。

平面の写真ではわかりにくいでしょう。現物を見たときは瞬間に違うと思いました。今、記事を推敲するために見直すと本物に見えてきます。
この前のマンチェスターのシャノーのほうがフランスっぽいです。
写真で判断するのはとても危険です。

具体的にどこがどう違うのか非常に難しいです。わかりません。当時フランスで訓練を受けるとフランス的な楽器ができたのです。

音響的に近い楽器はそうじゃなくても作ることはできるでしょう。職人の目よりも、演奏家の耳のほうが騙せるというわけです。

でも何がどう違うかになるとわかりません。
同じものが作れてはじめてわかったということになります。


モダン楽器をいくつか紹介してきましたが、ニセモノのほうが圧倒的に多いということを忘れないで欲しいです。
このヴァイオリンの場合にはそのものは良いものです。ただし値段が全く違うのでやはり鑑定は重要です。これはフランスの楽器を意識して作られたものではあります。職人の腕前も一人前のものです。どこのものなのかもわかりませんが、ハンガリーの可能性がありそうです。ドイツのモダン楽器の感じではありません。しかし中にはフランスの影響を強く受けている人もいます。各国でフランス風の楽器を目指して作った人たちはいます。この前のイギリスもありました。もちろんフランスにも一流ではない職人もいたでしょう。モダン楽器はそれ自体がみなフランス風なのです。

少なくとも偽物が作られるくらいですから、フランスの楽器がどれだけリスペクトされていたかが分かります。

フランスの楽器のニセモノの中ではこれはレベルが高い方です。ほとんどの場合は単に量産楽器に赤いニスを塗っただけのものです。それもイタリアの偽造ラベルに飽きてフランスもやってみようかというだけで作風まで似せていることはほとんどありません。黄金色のニスならイタリアの作者の偽造ラベル、赤いニスならフランスの作者の偽造ラベル、それくらいのものです。
あとはミルクールの量産品です。フランスの楽器であることは間違いないのですが、一流の作者のものとは品質が違います。

今回のような楽器でも金銭が絡むと本当に深刻な問題になります。ご注意ください。