弦楽器のアクセサリーについて | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

前回はオーディオのアクセサリーパーツについてお話をしました。同じようなことが楽器の世界でも考えられるわけです。ポピュラー音楽のジャンルであれば全く同じことが言えます。楽器や録音に使うケーブルがあるからです。

オーディオマニアというような人は世界中にいてとても熱心です。日本ではブームになったころがあるようですが、私の世代では絶頂期を知りません。それが完全に衰退したかといえば、インターネットで各自の試みや意見が交換されるようになったり、売っているお店が少なかったものが通販によって買えるようになってむしろじわじわと人気が出ているようです。また携帯音楽プレーヤーからヘッドフォンがブームとなりそれをきっかけに入門者も増えた事でしょう。昨今のステイホームも追い風になっていて品薄になっている製品が多くあるくらいです。

これに比べると弦楽器の世界はずっとマイナーなままです。個人レベルでもヴァイオリンの製造は始めることができるので小さな規模の事業者が多く大手電機メーカーのような研究体制は持っていません。
大量生産を含めても中小企業がほとんどで有名なメーカーもありません。ヤマハやGEWAのような大手楽器メーカーもありますが、弦楽器の世界では会社は大きいほど低く見られるのも事実です。職人が重んじられる世界ということです。

一方で職人の私からすると、職人の手作りだから自分の作っているものは良い楽器だと偉そうにしていると成長がありません。

そんな中でもアクセサリーパーツは未熟な分野です。手作りでパーツを作ることができても、消耗部品では値段が高すぎます。やはり機械を使って大量に生産する必要があります。私もバロックヴァイオリン用のテールピースを量産工場のために設計をしたことがあります。
でもバロックヴァイオリンの中で音が良くなるというものではなく、そもそもバロックヴァイオリン用のテールピースが量産されていないので何かしら必要だから作ったまでです。

私はいくつも異なる試作品を作って音を聴き比べて設計を完成させていったのではなくて、わずかに残っているオリジナルのテールピースの写真などから具体的な形を起こしただけです。もちろん実際にバロックヴァイオリンで使用して機能性は保証できます。それすらヨーロッパの製品というのは怪しいものです。こちらに来てすぐ野菜の皮をむくためのピーラーを買いました。しかし全く切れませんでした。工場で製品を作っている人やそれを販売すると決めた人は一度もそれを試したことが無いのでしょうか?そんなレベルです。
それに比べれば私が設計したものはちゃんと弦を留めて演奏で不具合なく使えるレベルのものです。しかし、音を良くするために設計を何度も変更したりはしていません。

モダン楽器用のテールピースでも同じようなものです。昔から決まった形がいくつかあって、それぞれ黒檀、ツゲ、ローズウッドの3色がありました。音を吟味した製品というよりは単に伝統に従って作ってあるだけです。それがヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、さらにミリ単位でサイズ違いがあり、3/4,1/2,1/4,1/8,1/16とサイズ違いも作らなくてはいけません。製品を揃えるだけで大変です。小さい方はほとんどアジャスター付きのプラスチック製です。かつては金属でした。

私は異なる素材でテールピースを作ったこともあり、ブログでも紹介しています。
今はローズウッドの取引が難しくなり、それに代わる代替の素材が検討されています。各社バラバラのものを使っていて統一されていません。
例えばタマリンドというマメ科の木材などは硬度や密度が高く、しっかりとした音で音色に暖かみもあると思います。そのようなものが業界として統一されれば自分で作る必要はありません。やはり大量生産された方が使いやすいです。手作りなら値段も高いですが、私は朝から晩までその仕事ばかりをすることになるでしょう。やはり専門メーカーがあるわけです。

新しい形状のあご当て


同じようなことはあご当てにも言えます。
音が良くなるように吟味して作ってあるというようなものではありません。そもそもあご当てはあごに挟んで楽器を安定させるためのものです。それが一番大事な機能で安定した楽器からしっかりした音が出るというものです。


あご当てはうちではGEWA(ゲバ)のものをスタンダードとして使っています。昔から多くの種類の形状の物あり、演奏者が好みに応じて選べばいいというものです。品質はものすごく高くはありませんが、他のものよりはましというものです。値段は25~30ユーロ(3000円~3500円)位のものです。GEWAはドイツのメーカーでケースなどは有名ですがあご当てはドイツ製ではありません。中国かインドかそんなところです。

一番一般的なのは「ガルネリ」というもので普通ヴァイオリンを買うとついているものです。もちろんグァルネリ・デルジェスが設計したものではありません。当時はあご当てはありませんでしたから。特定のメーカーのものではなく、メーカーによって微妙に違います。
それで何の不満もなく弾いている人は多いと思います。

ただ現代の木工機械の性能が上がっていてもっと3次元で凝った立体造形ができます。昔からある標準的な形には改良の余地があります。

GEWAなら「カントゥーシャ」というモデルがあってうちでは多くの人がフィットするのでよく使っています。写真でもほとんどこれがついていると思います。
これがそうです。ガルネリよりは少し真ん中寄りについています。あごの骨にフィットしやすい形状になっています。とはいえあごの骨には個人差があるので全員に合うというわけにはいきません。

これと似たようなデザインのものがオットー・テンペルからも発売されました。GEWAのまねとは言いません。オットー・テンペルモデルと書いてあります。とても高価なものです。

さらにユニークなものがあります。コンラッド・ゲッツというマルクノイキルヒェンのメーカーです。

形自体はさっきの2社のドイツのメーカーと似ています。この製品では「超軽量」を謳っています。値段は定価が29ユーロとなっています。GEWAと変わりませんが見た感じの品質は良さそうです。

私は「軽いから音が良い」ということに根拠があるのかわかりません。しかし一般に弦楽器業界では基本的な知識としてそう信じられています。実際に試した人がいるのでしょうか?

それでも製品として薄く加工する方が精巧であるとはいえると思います。高度な技術で美しく作られているということです。この時点でクオリティが値段と比べれば高い製品だということは言えます。

ただしGEWAのガルネリと比べると明らかに小さいです。あごの骨が当たる部分は限られているのでそれ以外の場所は必要ないと言えばそうなのでしょう。

実際に試してみないと何とも言えません。人によっては合う人もいるかもしれません。各社が新しいモデルを作っていることは注目に値すると思います。製造機械が進歩しているので付属部品の安価な製品に品質の良いものが出てくることを期待しています。

手ごろな価格で上質なものは常に求められています。そのようなメーカーが現れるとすぐに人気になってしまい商品が手に入らなくなってしまいます。
いつも手に入るのは、中国製のひどい物か無駄に高い物のどちらかしかありません。良質な中級品を私は求めています。

もう一つは昔からある古典的なモデルしか売れないということもあります。テンペルの新しいオットー・テンペルモデルも注目度は高くありません。マイナーなゲッツともなれば鳴かず飛ばずです。
私が期待しているのは音ではなくあごにフィットする形状と見た目の綺麗さです。多くのメーカーの古典的なモデルは教科書通り決まった形に作っているだけであごへフィットはあまり考えていません。
この製品に期待したのは効果があるかないかに関わらず「超軽量」という謳い文句を付けることで有名ではないモデルでも店頭に並べる理由になるのではないかということです。

惜しい部分もあるメーカーです。有名ブランドでないために贅沢に製造コストをかけることもできないし、仕上がりや材質もひどい物よりはましという程度です。

それが日本に入ってくると「高級ドイツ製」となり値段が何倍にもなるでしょう。

ピラストロからパーペチュアルのビオラ弦が登場




詳しくはメーカーのHPを見てください。
https://www.pirastro.com/public_pirastro/pages/en/Perpetual-00010/
チェロ用から登場しました。個人的には嫌いな音ではありません。引き締まって角の立った力強い音で、暖かみのある暗い音色です。それでいて金属的な嫌な音は抑えています。一方で値段が異常に高いことは不満点です。

次にヴァイオリン用が出ました。これは手放しに歓迎できるものではありません。チェロと同じように強い音ではあると思います。しかし耳障りで無理やり音を強くしているような印象を受けます。好き嫌いは分かれて高級弦ならこれと取りあえず薦められるものではないでしょう。

ビオラならチェロに近いので面白いかなと思っていたところに製品が出ました。

特徴はC線がスチールだということです。ビオラはナイロン弦が一般的です。ヴァイオリンのE線と同じでA線はスチールなのが普通です。それだけでなく一番低いC線もスチールになっています。さらに巻いてある金属はタングステンでチェロの低音用の弦に使われているものです。
ビオラは低音が弱かったり、甘い音のものが多いのでスチールのC線で力づくで鳴らすということでしょうか。

ピラストロくらいになれば試作品をいくつも作って多くの音楽家にサンプルを試してもらって製品化までこぎつけているはずです。

ただしスチール弦の場合ちょっとペグを動かすだけで調弦が大きく変化してしまうのでアジャスターを付けるのが普通です。こうなるとA線とC線にアジャスターが必要になります。

また弾いているときにでもC線とG線で急に弓に伝わる感触や音が変わってしまうかもしれません。当然ピラストロもそんなことは分かっていて商品化したので配慮はしているはずですが。

製品としては変化球的なものです。個人的にはシンプルなものでいい結果が得られる方がよりベターだと思います。

まだ手元に届いていませんのでわかりませんけども速報です。

アクセサリーに求められるもの


私は音を調整できる手段が増えることは歓迎します。イメージする音に近づけることができれば好きな音で演奏ができるからです。

しかしユーザーが求めるために商業上「音が良くなる」アクセサリーが求められるでしょう。特に日本人はこのようなことに熱心です。音が良くなると称して高価なフィッティングパーツを薦められたという話を聞きます。

「音が良くなる」と言って商品を売ることは「儲かります」と言ってリスクのある金融商品を売るのと同じことです。ヨーロッパでは責任をあいまいにするためにそこまで言わないと思います。ゲッツのあご当てでも「超軽量」と書いてありますが、音が良くなるとは書いていません。軽量というのは重さを測れば分かることですが、音が良いかどうかは主観によって変わってしまうからです。


私は自分の楽器の不満点を解決するということが重要だと思います。音が鋭くて困っている人には柔らかい音に変化するもの、音にパンチが無いという人には鋭い音に変化する全く別のものが必要で、誰にとっても「音が良くなる」ということは現実的ではないと考えるからです。

したがってメーカーはあらゆる方向性の音の製品を用意して、ユーザーが自分の問題解決に合うものを選べるべきです。

現実にそのようなことは実現していません。ユーザーが理解していないからです。

こちらはヴァイオリンのテールガットです。もともとはガットが使われていたのでその名前ですが、現代ではそれ以外の素材もあります。

左からプラスチック、カーボンやケブラー、スチールです。
音はプラスチックが一番柔らかく、カーボン系のほうがダイレクトで力強く、スチールが金属的な音だと思います。

カーボンのほうが音が良いというのではなく、場合によってはプラスチックのほうが甘い音になるので良いというわけです。
スチールは力強さが最も期待できますが細くてナットに食い込んでいくのであまり使いたくはありません。私はチェロの弦でテールガットが作れないかと思っています。スピルコアなら力強くラーセンなら柔らかいと音の違いまで作れるでしょう。
しかしばらけないように留める方法が分かりません。弦の力は強いのでしっかり留めないと演奏中に外れしまう恐れがあります。

先日もっと太いものを使っているのを見かけました。これは何だろうかと思ったらチタン製のものではないかと思います。チタンは「軽量」を謳い文句にします。
私はそんなことはどうでもいいです。金属特有の鋭い音が出るようなものが使えれば、楽器によっては目が覚めるような音に変わるのではないかと期待が持てます。
チタン製のものは中国メーカーのものでちゃんと試奏して作っているのか疑問があります。しかしながら一つの選択肢として試してみたいと思います。


とはいえ、アクセサリーによる効果はわずかなものであり、楽器本体がそもそも持っている音が圧倒的に重要で、しっかり弾きこなすほうがはるかに重要でしょう。10メートル以上離れたときの音の違いが聞いている人にわかるかも疑問です。

それでも自分が好きな音で演奏ができれば気分も違うでしょう。
ユーザーの希望がビジネスを成立させるのです。