アーチのキャラクターと音 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

マントヴァのピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンを作っています。

フリーハンドで削っていきます。
とても硬い材料です。材質の特徴は嫌でも感じ取れます。
最初の板の形からヴァイオリンのアーチの形に作り変えなくてはいけません。

仕上げになれば表面をならす仕事になりますが、最初に形が取れていないとその名残が出ます。

この程度の大雑把さであとは表面をならせばオリジナルのアマティと同じような感じになるでしょう。多少キャラクターは違ってピエトロのほうがこんもりと膨らんでいるはずです。


今度は表板です。まず周辺をどんどん深くして行かないといけません。高い所はそれほど削らなくても良いのですが、周辺をどんどん彫って行かないといけません。
途中の段階ではこのように角ができます。この段階ではドイツのアーチに似ています。シュタイナーなどはこのような工程が名残として残ってしまったのかもしれません。さらにシュタイナーモデルのドイツなどのオールド楽器は特徴を誇張しています。
この期間にもイギリスのオールドチェロが来ていました。これもシュタイナーモデルのもので現代のものと違うことが一瞬で分かります。
イギリスでもドイツのものと似たものが作られていました。チェロのサイズは小さく7/8くらいしかありませんでした。
オールドで理想的なものは非常に希少です。


初心者はこの角を丸くしないといけないと思っています。しかし重要なのは周辺を深く彫ることです。周辺を彫っていないのに角を無くそうとします。そうすると断面が三角のアーチになります。周りがもっと深くなくてはいけないというのはイメージするのが難しいのに対して、角ができているところは目につきます。目に付くところだけ手を付けようとするので三角になってしまいます。

私はニュースなどでも目につく問題にだけに注目してはいけないと知っています。全体としてどうなっているかを知らなくてはいけません。そのような議論などは聞くに値しません。

そうなってくるともう危ないので指導者が見ていて「もうそれくらいにしておけ」と止められます。場合によってはこうやるんだよと手伝って代わりに作ってしまいます。教えるのが一番難しいポイントです。

そのあと小さなカンナでちょこちょこ削っていくのでアーチはいかにも初心者のものになるのです。
三角にならないように消極的になりすぎると台地状になります。これもモダン以降の楽器にはよくあるアーチです。

初心者の時のレベルで一生を終える職人も多いです。この前のヨハン・ルーザーなどもそんな感じです。

初心者のアーチだからと別に音が悪いというわけではありません。職人は作った本数が増えるほど音が良くなっていくわけではありません。初めて作ってもプロの職人のものと変わりません。

営業マンには区別がつきませんので知名度には反映されていません。名工だと言っているのが私からすれば誰でも作れる初心者的な物だったりするのです。
もし音が良くても同じような物はいくらでもあるということです。

角を丸くするとイタリア的なアーチになります。
特に表板はアーチが高く1704年のオリジナルは18ミリ以上あります。フランスの真っ平らなアーチで12㎜、現代のスタンダードで15㎜くらいです。

ただし表板の中央は弦の力で変形しているので元はもっと高かったはずです。18は低めの数字で20㎜くらいはあったのかもしれません。中央以外の部分もこんもりと盛り上がっています。20㎜あればフラットなチェロくらいです。
チェロとは横幅全く違いますから膨らみは大きくなります。

周辺が薄くなると輪郭の形を出すことができるようになります。
ピエトロ・グァルネリは綺麗なカーブをしているのが特徴です。バランスも良く中央のくびれが小さめで窮屈な構造になりにくいので私は特に高く評価しています。

表板です。
このような輪郭の形はとても重要で、もし不正確であれば、それが何のモデルなのかわからなくなってしまいます。
ストラディバリモデルで精度が低ければ何のモデルなのかわからなくなってしまいます。デルジェスのガルネリモデルは大きなf字孔がついていればはっきりわかります。そうなると消去法でストラディバリモデルじゃないかと推測することになりかねません。世の中のヴァイオリンのほとんどがストラドモデルかデルジェスのモデルだからです。

ストラディバリモデルに大きなf字孔がついてしまうともうわからなくなってしまいます。こうなると営業マンくらいなら見分けがつきません。

私の場合にはよりストラディバリモデルの中でも違いを出せるくらい正確に再現する技量が必要になります。アーチは大雑把に感覚で作るのに対して、輪郭の形は非常に精巧に作らなくてはいけません。


輪郭が決まると周辺の溝も正確に彫ることができます。溝から膨らみにつながる部分が特に難しいです。アンドレやピエトロ・グァルネリには特徴があります。トマソ・バレストリエリにも受け継がれています。
かなり高さがあるのではっきり形が見えるでしょう。


仕上げていくと写真ではアーチは見えなくなってしまいます。この段階のほうがキャラクターがはっきり出ています。逆に言えばこの段階でキャラクターを出さないとアーチに個性が出ません。

裏板の方がややアーチは低めです。この前のアマティでもそうでしたが、なぜそうしたかはわかりません。


フリーハンドでアーチを作ってキャラクターができます。やりようによってはシュタイナーのようにもなり、クレモナのようにもなるというわけです。
決してドイツ人だとかイタリア人だとか国籍で決まるわけではありません。
さじ加減一つなのです。

ドイツのオールド楽器でも四角いアーチではないものもたくさんあります。あくまで典型的なものです。一方モンタニアーナなどはドイツ的なアーチです。私が見たものはですが。



アーチはフリーハンドなので感覚だけが頼りです。具体的な寸法ではなく大雑把に形をとらえることが重要です。
0.1㎜にこだわって楽器を作っても意味が無い所です。しっかりとキャラクターを作れば音にもキャラクターができるでしょう。
ただし、法則性は分かりません。理由は分からないけど結果的に音が良いものを選んで自分の作風として行けば良いのです。

そのためにはまず違うものを作ることが重要でしょう。

弦楽器職人の世界はこれとは全く考え方違い、偉い師匠の教えに0.1mmでも外れないようにしようとそういう世界です。
アーチの高さが15mmが正しいと教われば14mmも16mmも失敗作とみなされます。「アーチの高さは15mm」と専門家として正しい知識を持っていると自信を持ち、お客さんにも説明することでしょう。職人は自分の仕事や専門知識に自信を持つことが満足感につながる職業です。そのためその流派では15mm以外のものを作ってはいけないのです。
誰も他の高さでやったことが無く、どんな音になるかは知りません。偉い師匠の教えが常識となり絶対的な自信だけがあります。


私は経験から12mmでも音が良いものができているし20mmでも音が良いものができています。だからアーチの高さは何でも良いと考えています。

一方輪郭の形にはとても神経を使います。ピエトロ・グァルネリも手早くパパっと作ったものではないはずです。
現代の優秀な工作機械でつくられたものでもこのようなレベルのものは無いです。

それについて今回は新しいアイデアを試しています、また次回。