ピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンを作ります | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちは、ガリッポです。

ピエトロ・グァルネリのモデルでヴァイオリンを作り始めました。
何も考えずに作るのではなくて楽器を作るときは毎回新しいアイデアを入れたいところです。
今回はオリジナルのアマティを見た事もあって、よりオールドらしい楽器を作ることに燃えています。

まずは木材のチョイスから。

前回作ったピエトロ・グァルネリのコピーでは板目の一枚板を使いました。通常の板とは90度向きが違うものです。モデルにした1704年のものと同じです。しかしピエトロ・グァルネリ自体は様々な木材で作っていて、これでなくてはいけないというものはありません。アマティなどもみなそうです。
ビオラなどはとても数が少ないので。アンドレア・グァルネリのビオラはビオラの中でも最高峰です。しかしそれでも木材は中級以下のクオリティのものを使っています。アンドレア・グァルネリといっても家族経営の町工場ですから、息子のピエトロやジュゼッペの手も入っています。スクロールはジュゼッペ、胴体はピエトロのように見えます。

同じようにアマティでも、ニコラ・アマティの楽器でも息子のジローラモが作ったものがあるようです。有名なイギリスのコレクションでこれまでジローラモ・アマティ作とされていたものが、最近見ると「ジローラモ・アマティの手によるニコラ・アマティ」と書かれていました。
ジローラモが作った本物のニコラ・アマティです。
私が見た晩年のニコラ・アマティも同様かもしれません。

ホンダの自動車も本田宗一郎本人が作ったもの以外ニセモノというわけではありません。普通のことです。

オールド楽器でもこのようなもので、作者の名前と実際に作った人が一致するとは限りません。だからと言ってニセモノかといえばそうではありません。今風に言えばその会社の製品であることには間違いないからです。
このような事があるので弾いてみたり買った楽器を実際に作った人が誰なのかわからないことも多いのです。

このためあまり特定の作者を「天才」とか考えないほうが真実に近づけると思います。


木材のチョイスの話に戻るとピエトロ・グァルネリが使ったものに特別な傾向は無くいろいろなものを使っています。アンドレアはランクの低い木材を多用しているようですが、ピエトロは上等な物も使っています。クレモナから移ってマントヴァの宮廷の楽器製作者になったからかもしれませんが、材料は良いものを使っています。しかし決まったものではなくいろいろなものがあります。同じ時期には同じような木を使ったかもしれませんが、少なくとも資料で見る限りではバラバラです。

コピーなどを作るときはイメージも重要です。有名な楽器と同じような木目にするとか、よく知られているイメージで選ぶこともあります。実際にはレアでも何かのきっかけでイメージが広まることがあります。
またストラディバリやアマティなどのイメージがついている木目の物を避けるということも考えられます。ストラディバリやアマティっぽく見えてしまうからです。

このようなものです。
1703年の楽器にこのような木目のものを使ったものがあります。モデルは1704年ですが見た目は1703年のもののようにします。どちらも同じ形をしていて、おそらく同じ木枠で作られたものでしょう。

ビオラが作れるくらい大きな板でもったいないですが、ヴァイオリン用の板というのは大概ビオラが作れるくらいの大きさがあります。特にビオラ用として売られているものはもっと大きくて必要ないくらい大きいです。

うちの師匠の好みでこのような材料は古いものがたくさんあります。2003年に買ったものですがその時すでに古くなっていたものです。30~40年は経っているでしょう。

柾目板の部類には入るでしょうが、ちょっと斜めで完全な柾目板ではありません。それくらいのほうが杢と呼ばれる横縞模様に変化が出て私は好きです。

ストラディバリのコピーなら杢が太いものを使いたいですし、アマティなら細かいものを使いたいものです。実際にはいろいろな木を使っていますがイメージがあるのでそれらしく見えます。

ピエトロ・グァルネリはあまりイメージが無いので他のイメージの強い作者のものと違えば良いとも考えられます。

単純に杢が深く材料として上等です。音響的には違いは分かりません。縦の木目は年輪なのですが間隔はすごく細かくはありません。しかし最近のルーマニア産などの安いものは間隔の広いものが多く私などは安物だと見抜くことができます。一つは標高が高いと気温が低く木材の成長が遅くなるからです。低い土地では成長が早いので密度が低くなります。

この木材は密度は高く硬い材質です。それは削る作業をすればすぐにわかります。作業が難航しくたびれ方が違うからです。硬い岩盤のところにトンネルを掘るようなものです。

木材は単純に上等な物で、珍しい変わった木目ではありません。イタリアの近代の作者は割と珍しい木目のものを使うことが多くあります。これは整った方で間違いなく上等な物です。

杢の強さは通常左右の合わせ目の中心付近は強く周辺に行くと弱くなるものが多いです。なのでエッジのところの杢が弱いことが多くあります。エッジまで杢が強いといかにも上等な材料という感じがします。この木はエッジどころが端の端まで深い杢が入っています。特にチェロになるとエッジまで杢が深い上等な木材は珍しくなります。

杢が深いと加工は大変です。とても割れやすくなります。削っていてもこの材料が上等な物であることを痛感します。



表板もとても古いストックで、去年デルジェスのコピーを作ったのと同じ時に買ったものです。どれくらい古いのかわかりませんがこちらも30~40年は経っているでしょう。
この材料が珍しいのは割ってある点です。
薪を斧で割るようにのこぎりで切るのではなくて割ってあるのです。割るとまっすぐに割れないのでかなり厚めになっています。これもチェロが作れるくらいの厚みのあるものです。

何が良いかといえば、繊維の向きにそって割れていることです。木材の強度が一番出るのです。バスバーなどは特に重要で必ず割ってある材料を買います。
割ってある表板は材料のロスが多いので贅沢です。最近は売っているところを見た事が無いです。そういう意味でも古いストックに間違いありません。
普通はのこぎりで切ってあるものを使います。ひどい物だと光の反射で左右で色が違って見えます。多少繊維が斜めになっているのはしょうがありません。自然の物なので完全にまっすぐも無理です。

今回作るピエトロ・グァルネリのオリジナルもアーチはとても高いものですから、通常の材木では高さが足りなくなってしまいます。そういう意味でもチェロ用くらいの厚みが必要になります。


木目自体はややイレギュラーなものです。これくらいのほうがクレモナ派のオールド楽器っぽい雰囲気が出ると思います。典型的なのはストラディバリで中央が細かく外に行くにしたがって年輪の間隔が広くなっているものですが、そのようなものを使うとストラディバリっぽくなってしまいます。
アンドレア・グァルネリはやはり上等では無い木材を使うことが多く、ピエトロではもうちょっと上等でこれくらいがあっていると思います。プレッセンダやロッカ、フランスなどの近代の作者は間隔の広い表板を使っているものがよくあります。
ものすごく細かいものを好んで使うのはドイツのミッテンバルトの楽器です。

ストックの中でも整い過ぎているものはストラディバリのコピー用に取っておきます。

表板の場合は、木目で言うと最上級でないちょっとイレギュラーなものが私にとっては重要なものです。他の職人がいらないと手放した安いものを大量に持っています。

この表板は、分厚い塊であるわりには驚くほど軽いものです。去年のデルジェスのコピーでもお客さんに好評だったので期待できます。

もう一つ重要なのは合わせ目の加工です。

今回は自宅でやったので集中してできました。前回のビオラは勤め先でやったのでこのカンナはうまく機能せず別のものでやりました。調整が狂ったのかなと思っていましたが家ではできました。
職場は人がいるので集中力が落ちてしまいます。

職人の仕事はそれくらい繊細なものです。工場で大量生産するのとは全く違います。工場製品は機械の電気カンナを使って木工用ボンドでつけていることでしょう。

削りくずがひと続きになって出れば接着が可能です。ずいぶん前ですがこのようにカンナを調整するのに2か月かかりました。それでも鉄製なのでそれ以降はずっと使えています。木製の場合にはその都度微調整が必要です。

このカンナがあれば接着面を加工する作業は10分くらいのものです。それ以上やっても刃を研ぎ直さなくてはいけなくなってしまいます。

単純に上等な木材です。師匠は左右対称のものを好みます。楽器製作の仕事では左右対称に作るというのは仕事の精度の高さでもあります。加工精度の高い職人は左右2枚を対称に合わせた「ブックマッチ」を好む人も多いでしょう。正統派です。

私は一枚板を好みます。オールドの作者は一枚板を使っていることが多いだけでなく、立体感が見やすいからです。ブックマッチだと杢がVの字、またはヘの字になっているので目の錯覚でアーチの立体感が見にくくなります。

私のストックは一枚板ばかりなので勤め先の仕事でないと経験ができないものです。左右が対称できちっとした印象を受けるでしょう。

そういう意味では、師匠の好みを反映してちょっときちっとした感じの楽器になるでしょう。歳を取ると保守的になって来るので趣味がそうなっていきます。

宮廷の楽器製作者として美しい楽器を作っていたピエトロ・グァルネリとの相性も良いでしょう。当時高いアーチはどちらかと言うと保守的です。1703年のものはこのような木材を使っているのでイメージもばっちりです。


今回のコンセプトはオールド楽器でもデルジェスのような荒々しい作風ではなく、独特の丸みがあって美しい物です。

しかし現代風にしてはいけません

パフリングも白と黒の太さで言えば機械で作られた市販品でちょうど良いものがあります。しかし、ピエトロのものは太さにばらつきがあります。ストラディバリに比べてもばらつきが大きいです。

これも市販品は使わずに自作しようと思います。もちろん誰もそのような違いには気づかないでしょうし、機械で作られたもののほうが加工精度は高いですが、あえて手作りのばらつきを持たせようというわけです。手作りすればパフリングだけで数万円の「作品」になります。

これがデルジェスの場合にはパフリングの仕事が粗く、くねくねとうねっていたりします。デルジェスのコピーではオリジナルと見比べて同じ場所に同じエラーをしなくてはいけません。今回はそこまでは必要ないと思います。適当にばらつきが出ればそれで良いと考えています。

ピエトロはクレモナ派の中でもトップクラスで整った楽器を作っていますが、パフリングには多少グァルネリ家の特徴が出ています。
溝を掘ってパフリングを入れる作業は綺麗ですが、埋め込むパフリング自体がグァルネリ家のクオリティーなのです。

パフリングに手作り感があるとオールドっぽさはぐっと強まるでしょう。でも誰も気づかないでしょう。あくまで雰囲気です。


アーチは高く、板は思い切って薄くすれば音には、普通の物とは全く違う濃い味が出るでしょう。そのうえで見た目も美しいものですが、現代の基準とは違うものです。
特定の楽器のコピーではなくいくつものピエトロの楽器を見ながら感覚をつかむのが目標です。
このような作業はとても重要な訓練になります。

単にコピーであれば何も考えずお手本と同じに加工すれば良いわけですが、作者の癖を自分のものにするということです。オールドの作者は一台一台ばらつきの大きな作者もいます。ピエトロはほとんど同じものを作っています。
スクロールだけは型に忠実にというよりは、フリーハンドの感じがあって全く同じではありません。それはグァルネリ家の仕事の仕方なのかもしれません。アマティ門下でもフランチェスコ・ルジェッリになると独特の形があって、そういうことも面白いです。