オーバーハングについて | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

今日はオーバーハングについて話をしましょう。
オーバーハングというのはヴァイオリン族の弦楽器の場合に、表板や裏板が横板に比べて大きめに作られていて張り出している部分のことです。
これがギターなら横板と表、裏板とは一致しています。

なぜこのようになっているかは初めに作った人に聞かなければわかりませんが、結果的に修理のしやすさや、摩耗への耐久性に優れていると言えるでしょう。

コントラバスではオーバーハングが無いものがあり、修理のために表板を開けて再び接着するときにとても苦労します。横板がゆがんでしまいぴったり合わなくなってしまうからです。また摩耗によって横板と一緒に角が削れてしまっているものもあります。バスを横に置いた時直接横板が地面に接触するのでダメージの原因にもなります。

また現代ではヴァイオリンやビオラには肩当を使うことが多く、一般的なものはこの部分にはめ込むことで固定しています。オーバーハングが無ければ肩当がつけられません。

オーバーハングの張り出し部分の大きさはアマティやストラディバリのメディチ家のコレクションのもので~3mmです。とても状態の良いものですが、多くのものではエッジが摩耗して小さくなっているので2mm程度にまでなっているのが普通でしょう。場所によってはそれ以下になっているかもしれません。

これはドイツのオールド楽器ですがこの部分は2.6㎜くらいあります。

19世紀のフランスの楽器で私が調べたものは2.5㎜でした。
現在では2.25mmなどと言います。細かいのは英語圏ではクオーターで寸法を言うことが多いからですが、四捨五入すると2.3㎜です。

我々は師匠から2.3㎜と教わればそれで何も疑わず一生をその寸法で作るのが普通です。その師匠も師匠に教わったのです。

したがって現在なら2.3㎜になっていれば正確な腕前の職人による楽器だということになります。2.5㎜という流派もあるかもしれません。
量産品などはとてもいい加減でまちまちです。アマチュアが作ったものもそうでこれが異常に大きかったりします。
量産品でよくあって困るのはオーバーハングが小さすぎるものです。
横板のほうが大きいと接着が上手くできず、特にあご当ての下などで問題がある楽器があります。すぐにはがれて何度も何度も接着しなおす作業が必要になります。

この場合、横板を短くする修理が必要になります。
下の部分であれ横板のエンドピンのところを短くして詰めるのです。
古くなってエッジが摩耗しすぎた楽器でもこのような修理がされることが多くあります。

オーバーハングが小さすぎると肩当がつきにくかったり、すぐに取れてしまったりする原因になります。また、肩当の固定する部分が横板を傷つけてしまうこともあります。

一方オーバーハングが大きすぎる問題は、見た目に変だということなのですが、ニスを塗ったり、掃除するときには深くてやりにくくなりますし、厳密に言えば表板や裏板の自由に振動する面積を小さくしてしまうでしょう。

現代2.3㎜だとするとそれがなぜその数字なのかについて我々は考えることはありません。私が思うに、現代の新作楽器では多くの場合コーナーなどは丸みを持たせることが多いでしょう。オリジナルのストラディバリやフランスの19世紀の楽器のようにエッジやコーナーは完全に角張ったようには作らず、少し角を丸くするのです。これはアンティーク仕上げの一つです。1900年頃ミラノの流派でこのような手法が見られます。その後流行として広まりました。
オーバーハングが小さめになっていることは使い込まれたオールド楽器のような雰囲気になるというわけです。

しかし我々は師匠からそれが「正解」として教わるのでアンティーク仕上げだということは知りません。そんなところです。
ヴァイオリン製作コンクールのように角ばった「新品」として作るならもうちょっと大きめにすべきだと思います。フランスのように2.5㎜にすれば印象が違います。本当は3㎜近くあったわけですがそんなことは誰も知りません。そこまで行くと素人が作った楽器に見えてしまいます。

前回私が作ったビオラでは2.7㎜くらいありました。これも現代としてはかなり大きめです。これは設計したときは2.5㎜くらいのはずでしたが作ってみたら2.7㎜だったというのが正直のところです。

例えばザクセンの量産品では横板を厚めに作っておいて裏板や表板の大きさに合わせて削って形やオーバーハングを合わせることがあります。分業ですから横板と表板を作っている人が別です。
そのため部分的に横板の厚さが違います。場合によっては穴が開くギリギリの厚さになっているものがあります。外から見てもわかりませんからそれで売ってしまう「使い捨て」の楽器です。
一方厚い横板がそのままついているものもあります。
横板が音に与える影響ははっきりわかりませんが、構造として硬くなりすぎることが考えられます。


このオーバーハングは量産品を作るうえで難しい部分でもあります。横板と表板や裏板の形が合っていないとオーバーハングが均一にならないのです。もちろん型などを使って作るわけですが、横板を曲げるときに誤差が出やすく特にチェロでは誤差も大きくなります。

オーバーハングを均一にする方法があります。初めに横板を作ってそれより一回り大きく表板や裏板を作れば良いのです。その時に2.3とか2.5という数字が出て来るわけです。
この時の問題点は横板を曲げるときに誤差が生じやすいので出来上がる表板や裏板の輪郭の形がゆがんでしまうことです。内枠式の場合、枠と横板に隙間ができるのでちょっと横板がふくらんで大きくなってしまう事があります。うまく曲げても接着時にゆるんでしまう事があります。それに伴って輪郭の形も膨らむのです。特定の楽器の複製を作る場合このような誤差によって同じモデルに見えなくなってしまいます。

それに対してフランスの楽器製作では外枠方式を採用しました。これだと表板や裏板の輪郭は設計図の型によって作り、横板は外枠で作るので横板がゆがんで大きくなりすぎることが無いのです。小さくなりすぎることはあるかもしれませんが、トラブルにはなりません。
これによってフランスの楽器は表と裏板の輪郭の形でとても高い完成度のものもが作れましたので完璧な美しさを備えています。量産にも応用されました。

しかしオールドの時代はもっといい加減なものでした。
そもそもオーバーハングがあることで、横板と表、裏板は一致しなくて良いわけですから。均一でなくてもよかったのです。オールド楽器では摩耗していることもありますが、度重なる修理でもその都度ずれます。オーバーハングが不均一になっているのが普通です。

そのためオールドイミテーションで作る場合はどうでも良いわけです。
私などはそのような感じでいい加減に作ってきました。

ただ毎回どうなるかわからないのではスリルがあります。何回かに一回は失敗するかもしれません。注文制作で失敗したら大変です。そこで今考えているのは内枠式で外枠式に匹敵する品質にする方法です。

外枠式のデメリットは枠を作るのが大変で、違う形のものを作ることが難しくなることです。同じ形のものを作り続けるのに適した方法と言えます。フランスの楽器では完成度の高いストラディバリモデルを毎回全く同じものを作ることができました。アマティなどは毎回形はバラバラですから考え方が全く違います。

「決定版」と言えるような欠点の無い完璧なモデルを作り上げて弟子に受け継がれ同じものをたくさん作るのがフランス流なのに対して、その時のアドリブで何となく作ってしまうのがオールドのイタリア流なのです。イタリアに限らずオールドはみなそうですけども。

現代の職人はフランスほどの完璧さをも持っておらず、かといってアドリブで作るほど創造性がありません。現代のクレモナではそのようなアバウトさを伝統として教えているようですが、単なる手抜きと区別するのは難しいです。


私としてはオールドのイタリアのものも、フランスの19世紀のものも、人類が到達した最高峰だと思うのでそれ以下のものを作って揚々として暮らすわけにはいきません。


前回のデルジェスのコピーで横板の誤差が大きかったのはミドルバウツでした。
そこで今回はここの部分の木枠の厚みを増すものを取り付けました。木枠に対して隙間なく横板を曲げても高さがあるので表板や裏板の接着部分ではずれているのです。
このように高さがいっぱいまであればずれる心配が無いはずです。

外側からプラスチックの板と当て木で押さえつけています。これで外枠と実質的に同じことになります。

隙間なくピッチリ付けます。

出来上がりはこちら、完璧です。


上下の横板は肉厚のプラスチックの板が使えるのでこれで押し付けると事実上外枠と同じになります。

さらにこれを利用してライニングを接着します。

これも外枠と同じ効果です。

その結果オーバーハングがどうなったかと言えば、完全には均一にはなりませんでした。原因は裏板の輪郭を始めの設計通りに加工しようとしても0.1~0.2mmくらいの誤差は出てしまうからというのが一つ。木枠を作るときも同様です。しかし、寸法よりも視認で美しくなっていることやキャラクターが重要です。

もう一つは今回付け足したパーツが完全ではなかったこともあります。初めに木枠を作るときに一緒に加工しないと後から足すのは難しいからです。

それでもアンティーク塗装の楽器としては全く問題ないレベルで、誰が気づくでしょうか?安価な量産品のような大失敗はしていないので十分です。オールド楽器を再現するということで言えば完璧すぎます。新品の楽器としても十分通用するレベルでしょう。

前回ビオラでもこのような取り組みを始めました。今までオーバーハングが2.5㎜になることを想定して作っていたものが2.7㎜になったというのはそちらの方が正確に横板を加工できた結果です。結果的にはオリジナルのアマティとほぼ同じになりました。

普通は多少膨らんでしまうのでそれを見越して木枠を小さめに作ってありました。
これまではアッパーバウツでは誤差が少ないものの、横板の長いロワーバウツではふくらみが大きくなって、オーバーハングも上下で差が出ていました。

オールドイミテーションであれば周辺が摩耗した様子も再現するのでどうでも良いのですが、技術者としては腑に落ちないのです。

多少誤差はありますが、接着するときに古い楽器を修理するのと同様に微調整ができます。本当に古い楽器を修理したようになります。

これからはこれを使うことを前提に設計しなくてはいけません。品質が安定する上に一度当て木を作ってしまえば何度でも使え横板を接着する作業時間も短縮できます。




今回はロワーバウツの横板を一枚のものでやりました。現代ではエンドピンのところを境に2枚の板を張り合わせていることが多いです。継ぎ目がありません。
自分の楽器を見ればほとんどの人は継ぎ目があるでしょう。

オールドの時代にはよく行われていました。しかし修理で短くされたりして切れているものも多くどのように作られたかわからないものも多いです。
アマティやストラディバリなどのクレモナの楽器にも多く、ドイツのオールド楽器ではほとんどの場合一枚のものが使われたようです。
オールド楽器では写真の資料が少ないのでわかりにくいのですが、左右からの写真でグァルネリ家でも杢の向きを見ると続いているように見えるものがほとんどです。

これをやるためには横板の材料にかなり長さが必要になります。

今回用意した材料では長さがギリギリでした。余ったのは1~2mmでした。
逆にちょうどの長さだったのでやりやすかったこともあります。コーナーの曲げる位置が分かりやすいからです。

ミッテンバルトでは近代になってもこの方法が受け継がれていました。ノイナー&ホルンシュタイナーなどのモダン楽器でもひと続きになっています。


今回の取り組みは創作性と品質の高さ、生産性を両立する部分です。音楽家は気にしない所ですが・・・・。
もともとチェロを作るために考えていた方法で、チェロへの応用が最終目的になります。

リアルなコピーを目指す場合は違うやり方で、このくらいだろうと勘に頼ってつじつまを合わせる必要があります。