オールド楽器の実際~ブッフシュテッターの修理~ その1 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

さまざまな神話に尾ひれがついているのがオールド楽器です。実際のオールド楽器について見ていきましょう。

こんにちはガリッポです。

去年の今頃はとても寒くて-10℃くらいになりました。
これはいかんということで防寒着をそろえました。選んでいるうちに寒くなくなったので結局着ませんでした。今年も一度もフル装備にする機会はありませんでした。それでも先週はこの冬で一番の寒さで朝の通勤時に―7℃近くになりました。備えがあったおかげでなんでもなかったです。
予報では週の後半から暖かくなるとの話でしたが土曜日になっても日中は0℃で雪も降っています。買い物も遠くまで行くのは面倒なのであまり普段いかない近くの店に行きました。
私はキウイフルーツが好きでよく食べます。
ただし年間に本当においしいキウイを食べられるのは何回かしかありません。
酸っぱくてしょうがないです。
店に売っているものはカチカチで食べられたものではありません。10日くらい待たないとどうにもなりません。
キウイはヨーロッパではイタリアやギリシャで作られています。ニュージーランドから輸入されているものもあります。ヨーロッパからは南太平洋は一番遠いところですから遠くからやってくるんだなと思います。
そんなこともあってか南国の果物は全く熟していないものが運ばれてくるのでこればかりは熱帯の国で木で熟した果物にはかなわないでしょう。

キウイはリンゴと一緒に袋に入れたりして工夫はしているのですが、慌てて熟していないのを食べてしまいます。ビタミン補給ということで納得しています。

その店は安さが売りで品物はあまりよくないのですが、搬入も頻繁にやっていないせいか店頭で果物が腐りかけています。新鮮ではないのですが果物に関しては有利だったります。夏には桃を買っています。

それで売り場を見るとキウイに値引きのシールが貼ってあるのです。見ると熟しているようです。腐りかけだから安くしているんだなと思って喜んで買おうとして値引き前の値段を見るとそっちの方が安いのです。食べごろになっているから高くしているのでしょうか?それとも間違っているのでしょうか?

こんなのは初めて見ました。
値引きのシールに書かれている金額が通常価格より高いのです。

珍しいこともあるもんだなと思って隣を見るとイチゴが出ていて500gで300円くらいです。不思議とスペイン産のイチゴは早い時期のほうがおいしくて最盛期になると酸っぱいという謎の現象が起きます。最盛期なら200円もしませんが、300円でもスペインの人には気の毒な値段です。日本の店頭で売られているものの倍くらい入っています。

食べてみると味にバラつきがあるのが日本の品質と違うところなのですが今年最高のイチゴになるかもしれません。イチゴは日持ちしないので買いだめもできません。

雪の日にイチゴを見ても酸っぱいだろうなと思ってしまいます。
実はそんなことはありませんでした、盲点です。






私が弦楽器の購入について考えているのは適正な値段というものです。

安価な量産品も入門用としてはもちろん意味があります。
しかしながら練習にさえ使えないようなものは量産品と言っても粗悪品です。

また練習に使えるとしても弦楽器の演奏を生涯続けている人が手抜きして作られた楽器を使っているのを見ると「もったいないなあ」と思います。表を開けてみるとどんなにずさんに作られているか知っているからです。多くの時間を演奏に費やしているのなら使用時間当たりの値段では高価な楽器でもそう高くは無いからです。ほとんど練習もせず眠らせておくならそりゃあ高いですよ。

一方でごく平凡な物や粗悪なものを高価な楽器だと勘違いして買っているのももったいないなと思います。そのお金があればもっと違うものが買えたのにと思ってしまいます。


楽器は作るのに手間がかかるわりには市場規模も小さく、加工が難しい木材を正確に加工するには手作業が現時点では優れています。そのため決して安くはなりません。良いものが欲しければそれなりの値段はしてしまいます。

しかしながらよく売れるのはとても安い大量生産品か有名な作者と紹介されているはるかに高い楽器のどちらかなのです。

真面目に修行した腕のいい職人によってまともに作られた適正価格のものが一番売れないのです。だから古い楽器にはそういうものが少ないのです。


良いものを作ろうと職人がしてきた努力よりも、安上がりなものを作ろう、平凡なもの粗悪なものを高く売ろうという努力のほうが実を結んできたのでした。


先日も教師と生徒が交代で弾いて3/4のチェロを買うために弾き比べていました。
最後に3つの量産品のチェロを試していましたが、私は子供用ということもあって低音のボリューム感はどれも無いなと思いました。3/4こそ私のノウハウを駆使してきっちり作ってやれば小さい楽器とは思えないほどの音が出ると思うのですが、使う期間も短いので普通は大量生産品しか需要がありません。4/4でも量産品であれば板が厚すぎたり削り残しがあるので低音はイマイチです。それも好みにすぎず、低音が出るのが良いという決まりはありません。


その3つの中で言うとどれも極端に悪かったり良かったりはしません。どれも同じ音ではなくて何となく違うのです。どれが一番優れているか決めるのは難しいです。そうなると購入する人の好みということになります。

これが楽器選びの実際のところです。
客観的に順位を付けて評価するなんてことはできないのです。

もしここにメーカー名がついていたら印象は変わります。
「イタリアの巨匠」を思わせる名前がついていればそれが良いものだと思い込みます。どれも悪くないのですから、えこひいきして長所を褒めれば良い音だと思ってしまいます。


実際にはどのメーカーが作っても同じようになり、同じように作ってもみな微妙に音が違うのです。言葉に表せないくらいです。
そのため楽器選びで何か画期的に優れたもの、抜きん出たものを探している人は一生楽器を買う日が来ないのです。能書きを信じる人は別ですが。

安く買えるからとか家族や親せきが持っていたからと「悪くない楽器」を使用することになる人もいます。職人から見て「この楽器はよくできていますよ」と言うので使っても問題はありません。しかし自分が好きで選んだものではありません。

私が楽器作りで目指しているのも「好きな人は好き」というものです。
どの楽器に対しても優れているものなんてのはできないと思っています。
音は偶然でそうなる部分が大半ですが計算でできる部分もあります。
好きか嫌いか判断できるように特徴のあるものを作っていきたいです。



人間というのは情報の中から決断するときに過去の経験や考え方を利用して直感を働かせるそうです。

これまで「こういう時はこうすれば良い」というのが頭の中に出来上がっているので弦楽器を選ぶという初めての出来事に対してもこれまでのやり方を応用するのです。これが見当違いなら大失敗ということになります。

弦楽器の理解を難しくする原因はこのような経験や知識です。

これも先週の同じ日の話で初めて子供にヴァイオリンを買うのに説明を受けている家族がありました。
一般に男性の方が工業技術に興味が強いです。そうなると本などを読んで良いヴァイオリンがどんなものか知ろうとします。師匠が応対していましたがより教えるのに苦労するのはそのようなお父さんの知識の間違いを正すことです。師匠はお父さんが勉強してきたことをすべて否定するのに時間を費やしていました。

弦楽器というのは夢をかきたてるものなのかもしれません。
現実からかけ離れたような知識が彼らには求められています。本を売りたいならそのような期待に応えることでしょう。

オールド楽器の実際について紹介していきます。

ドイツのオールドチェロ



オールドのチェロはとても希少で売りに出される量はヴァイオリンに比べるとはるかに少ないです。これはミッテンバルトのものと思われるオールドチェロでホルンシュタイナーのラベルが貼られています。ハーンシュタイナーと書いてあるようです。

現代の7/8くらいの大きさの小型のチェロでストップも1㎝程短いものです。このチェロはチェロ教師の方が使っているものです。
全体に小型なのですがミドルバウツの幅はストラドモデルと変わらないかそれ以上あります。半分より下の部分を見るとコントラバスのような形に見えます。全体的にコントラバスやヴィオラ・ダ・ガンバのような雰囲気も感じます。ミドルバウツのカーブもコントラバスみたいです。

以前にもスウェーデンのオールドチェロで似たようなものを見たことがあります。
現代の標準サイズに比べると小さいものは、ピッコロチェロといわれることもあります。

細工は丁寧にされていてf字孔のラインもパフリングのカーブもドイツらしい滑らかなカーブになっています。表板は細かい木目のもので木材の産地であるミッテンバルトでは細かい木目のものが良いとされてきたようです。標高が高く寒い所では成長が遅いため木目が詰まっています。

裏板も丸みに気を使っていて粗雑に作られたものではありません。色も黄金色です。イタリアのオールド楽器の特徴とされる黄金色も古くなればみなこんな色になる普通のものです。

スクロールは丸みを強く意識しています。形は独特で南ドイツらしい雰囲気があります。


近代や現代のものとは違う感じがします。

ヘッドやペグボックスもチェロにしては小さめのように見えます。

アーチは独特のもので定規の影を撮影しました。溝があるのが分かると思います。このようなものは現代では作れる人はまずいません。


現代の楽器とは全く違います。これでもちゃんとチェロとして機能するわけですから現代の職人の発想で作り方を変えた気になっていても微々たる差しかありません。そのためどの作者のものでも画期的に違うことは無いのです。それでも全く同じ音ということは無く、音は違いますが原因は分からないのです。

そのため現代の楽器であればどこのだれが作ったものでも、有名だろうと無名だろうと弾いてみないと音は分からないのです。

職人はそれぞれいろいろな持論があって、師匠の教えを信じてこうやると音が良いとか、音が良い作り方を見つけたとか言いますよ。でも客観的にはそのような言い分は無視して弾いてみるしかありません。

ひどくなければ何でも良い

このようなチェロでは現代と違い標準的なサイズも形も決まっていませんでした。そもそも作られた数が少ないのに状態の悪いものも多いですが、オールドでごく普通のチェロはきわめて少ないのです。そのため適当に作ってあっても「だいたいチェロ」であればすでに希少なものです。特にイタリアのものなら名人でも何でもなくただの普通のチェロでも5000万円以上になります。チェロで何億円したからと言っても特別優れたものという感じはしません。まともなものが少ないのです。

オールドの時代はどう作ればいいかということが決まっていなかったのでバラバラだったのです。ごく普通のものはすごく少ないのでこれらは貴重な名器となっています。

何か特別優れたものと言うわけではなくて古いものではひどく間違っていないというだけで希少なのです。


近代以降はお手本が確立したので教育を受け、手を抜かずにしっかり作ればだれでも十分な楽器を作ることができるようになりました。

実際には開けてみるとびっくりするような粗悪なものが多く作られました。近代以降のものは外見はよくできているのに開けると酷いものがたくさんあります。
それに対してオールドの時代は外見と中身が一致していたと言えるでしょう。

近代以降の楽器を見るときは外見がきれいに作られていることは最低条件ということになります。オールドの場合には外見が普通程度であれば中身も普通レベルです。その意味では近代以降のものよりは完成度は高くなくても音が良い楽器はあります。

古さも音響的には違いをもたらします。オールドの名器のような音がする珍しいものになります。
作者がそのような音をイメージして作ったというよりは当時の作り方で普通に作ったものが古くなるとそういう音になるということです。


いろいろなところで弦楽器自体を知らない科学者や編集者みたいな人が書く「オールド楽器の音が良い秘密」というのも見当違いになるわけです。

ブッフシュテッターの修理

この前ブッフシュテッターのヴァイオリンを紹介しました。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12348274481.html

これもオールド楽器の中では粗悪なものではありません。モダン楽器が定めた標準とは違う部分もありますが、作風がバラバラのオールド楽器の中ではそれほど離れていないので250年も経っている分有利にはなっています。
胴体は細長いモデルではありますが、ミドルバウツは標準的な幅があるため窮屈になることがありません。
私もいろいろ作りましたがミドルバウツの幅が広いほど音が良いということでもありません。しかし狭すぎると楽器の中央が窮屈な構造になるため難しくはなります。小型のヴァイオリンでアーチが高いものが気難しいのは事実です。
私も以前はオールド楽器とは関係なく理想的な楽器を求めてデザインしていたことがありました。ミドルバウツの幅の極端に広いものをデザインしました。これでパワフルな音が出ると思っていましたが完成すると意外とそうでもなかったです。スカスカでエネルギーが逃げていくような感じがしました。

ドイツのオールド楽器ではミドルバウツが狭すぎないものがあります。さっきの小型のチェロもそうです。そのため音を出す前から悪いものだと決めつける必要はないのです。


ブッフシュテッターに話を戻します。外見はひどく傷んでいる様子はありませんからそのまま売れないこともありません。たくさんの楽器を集めているコレクターなら弾くことは大きな目的ではないのでその線もあり得ます。それくらい本当に詳しい人が知っている名器なのです。しかしそれではもったいないので楽器の可能性を最大限に引き出せる状態にしたいと思います。

ネックはオリジナルのものが改造されてついていますが、現代のスタンダードなものではありません。継ぎネックによってヘッドは残してネックを新しくしたいと思います。それからバスバーも100年くらい前に付けられたもののようなので交換します。オールド楽器でそれくらいの修理で済むというのは珍しいです。

表板を開けてみます。

開けてみると今回目的であったバスバーが現代の標準からは小さすぎますしついている位置も楽器の中央寄りになっています。

何度か修理された形跡が見受けられます。割れには異なる修理方がなされていて違う時代に直されたことが分かります。

そのためエッジはひどく傷んでいます。
修理をした職人のサインが書いてありますが自慢するようなレベルの修理ではありません。いつもの「自分を過大評価」ですね。

こうなったらイチイチ直すのは面倒なのでぐるっと一周新しく板を張ってしまいます。そうすれば次の200年はエッジは持つでしょう。

このような修理が必要かどうかは表板を開けなければわかりません。修理で見積もりを立てるのはとても難しいのです。これが量産楽器であれば急に修理代が高くなってしまいます。

去年の今頃デンマークのヨルトというヴァイオリンを修理した様子を紹介しましたが、よくできている楽器の修理というのは単に作業を正確にこなせば良いので楽です。

こんなことを言う私は変わっています。一般的には決められたように正確に作業するのは難しいのです。特に初心者は正確に加工するのは困難な課題です。新作であれば「これがおれのスタイル」と言い張れば不正確でも許されますが、修理では新しい木を継ぎ足すときに100%の精度を求められます。接着面に隙間があればそれはできていません。

それに対して「正確に加工するだけで良いので楽」と私は言っているのです。精度に関して言えば修理のほうが高いものが求められます。腕に自信が無いからと言って新作をあきらめ修理に従事するというのもおかしいです。
腕に自信が無いと職人にできる仕事は無いのです。だから集中して根気強く真面目にやるのです。

それに加えて実際の古い楽器や安価な楽器の修理、過去にひどい修理がされた楽器では定められた方法の修理が適用できないことがあり、苦労するのです。

高い精度の仕事をせずに適当にやっている人ならどんな楽器にもずさんな修理をして終わりです。




今回はシリコンで型を作ってみました。水色に見えるものがそうです。これは歯医者で使われるものだそうです。接着は左半分だけやっていますが木枠にシリコンで型取りして表板がゆがまないようにカンナをかけてエッジを削ります。そこに新しい板を張り付けるのです。今回は1回目の修理なのでそんなに深くまではしませんでした。最終的には継ぎ足した部分は1.5mm位の厚さになります。たった1.5でもこんなに用意が必要です。型も何もなければ表板が歪んでしまったり接着面に隙間ができたりします。そのような修理を受けた楽器はよくあります。
シリコンは曲げるとゴムのように柔軟性はありますが押し付ける力については強くてしっかりしています。石膏も使うことがありますが、乾燥に時間がかかってしまいます。


下のブロックのところは損傷が激しいのでもっと深くまで行く必要がありました。アゴ当ての下の部分には割れもありこれによっても補強されます。
このような修理は接着面が両方とも完全な平面になっているのが正解です。好みの問題とかそういうものではないのでただただ正確さが求められます。

ピッタリとはめます。


白くて見にくいですが右下の部分はエッジが傷んでいたのでパフリングのところまで新しい木をぴったりに加工して取り付けます。下に板を張り合わせてあるので強度もあります。

ネックが来る部分と下のサドルが来る部分も埋めます。サドルはカッコ悪いものが付いていたので新しくします。

コーナーも摩耗がひどかったのですべて直してしまいます。しまいますというのはオールドの名器では摩耗しているのは普通のなので絶対に直さなければいけないということもないのです。しかしこれからも摩耗が続くとなるとエッジのダメージが大きくなりますから次の200年を見据えて直しておきましょう。アゴ当てのところもエッジがひどく傷んでいたのであたしくしました。ここはパフリングも度重なる修理でボロボロになっていたので新しくします。

パフリングはこのために作ります。
私は新作でも普段からパフリングを自作していますから残った材料がたくさんあります。

出来上がりです。サドルのところは切り取ってしまうので途切れています。

こんな修理もあご当てを付ければ見えないところなのですがこの辺の古傷が開いてくるとビリつきの原因になります。演奏中や持ち上げているときにアゴ当てと一緒にボロッとエッジが取れてしまっても落下して大きな事故になります。

エッジに張り付けた部分を加工しなおします。これからバスバーを付けるところです。このような修理ではオリジナルの厚さにするのが一つの理屈です。しかしこれからも修理されることも考えるとやや厚めにしておきます。音響的にも張りが出て元気よくなると思います。

接着は確実であることが重要です。隙間があってはいけません。

コーナーは復元しなくてはいけません。


オリジナルは失われているので裏板なども参考にして復元します。他の部分も摩耗しているので新品のようにするのは無理です。そもそも新品がどうだったかわかりません。本で調べてもこれが一番状態の良い楽器です。

これも非常に難しいもので、新作が苦手だから修理の仕事をするなんて甘いものではありません。
新作ならヘンテコでも「これがおれのスタイルだ」と言い張ればいいのです。
バスバーも付け、割れている部分で接着が甘いところは再び開けてつけ直しました。天然のにかわなら水分を与えて温めれば修理しなおすことができます。まずいのは木工用ボンドや瞬間接着剤のようなものです。
木片で補強すれば表板の修理は完了です。

修理は続きます

奇跡的に状態が良いものでもオールド楽器ならこんなに修理が必要です。

ブッフシュテッターは板の厚みを出す作業も気を使っているのが分かります。ザザッと雑に仕事をしていないのははっきりわかります。250年前の仕事のタッチは今でもわかります。外見と中身が同じようなクオリティになっています。近代以降の量産品では外見は悪くないのに開けるとびっくりすることがあります。

このような楽器の修理が気持ちが良いのは真剣に仕事に向き合えばいいだけだからです。これが安価な楽器ならそんな修理代は出ないので手抜きをしなくてはいけません。私は手抜きをするのはストレスです。しかし多くの人は手抜きができることを喜ぶでしょう。

おしゃべりな同僚も私にはストレスです。仕事に集中させてもらえないからです。私とは反対に集中力を要する作業をストレスに感じる人はおしゃべりでストレスを解消しようとするのですが、向いていないので職人を辞めたほうが幸せだと思います。

このような楽器の修理はやることは分かっています。
ただただ作業に時間がかかるのです。
時間がかかるということは修理代が高くなります。

安い楽器なら裏技のようなことは無いかと考えなくてはいけないのですが、その必要もないのが良い楽器の修理です。先人への尊敬と敬意で身が引き締まる思いがします。

このような楽器をバカにする人は何もわかっていないと強く思います。



今度はネックの修理があります。まだまだ続きます。