弦を張り替えるときの注意事項、チェロの話など | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

前回はメンテナンスの話でしたが、今回は弦の交換についてです。
チェロの話もあります。






こんにちは、ガリッポです。


弦楽器というのは奥が深いと思いがちなのですが意外と浅いということを知ってもらいたいですね。奥が浅いものはそれが良いものであるということに気づきにくいです。入門者にとってはっきりしないものはわかりにくいのです。それが奥の浅いものの良さが分かるようになるのです。「良さ」ですらないかもしれません。強く良さを求めてしまう時点で未熟だということも言えます。

世界的に評価の高い楽器というようなことよりも今ここで良い音だと分かるかどうかなのです。
世界的な評価なんて幻想ですから。


製作学校の学生の頃、加工の手本を見せた先生に対して一人の生徒が「こんなんでいいんですか?」と言いました。先生はひどくショックを受けたみたいで気にしていました。

生徒には悪気は無くて言葉のチョイスがまずかっただけです。
「なるほど、これくらいが良いんですね?」と言えばまだ印象は違ったでしょう。


腕が良い職人でも神様ではないので精神は繊細なものです。


弦の選定について



まずは弦の選定についてから。

日本には定番とされている弦がありますがそれは日本だけの話であってそれほど絶対的なものではないということです。

ドミナントやエヴァピラッチは私のいるところでは人気がありません。チェロのスピルコアとラーセンの組み合わせも過去のものと考えられています。ベルギー駒とともに使われることが流行りました。流行とは過ぎ去るものです。

ヴァイオリンのE線ではレンツナーのゴールドブロカットももう使っている人はほとんどいません。ドミナントにゴールドブロカットという組み合わせも見たことが無いです。

ドミナントのトマスティクはオーストリアの会社でかつてオーストリアは東側の国と西側の国との窓口の役割を果たしていました。そのためドミナントは共産国で使われる時代遅れの製品とバカにされているくらいです。日本で教育を受けてしまうとそれくらいマイナスのイメージを聞かされないと正当な評価ができないでしょう。

弦に関しては資本主義体制の行き過ぎた部分もあると思います。
メーカーの言いなりになってしまうとお金をどんどん使わされますし、かといって新しいものを全く何も受け入れないというのは現実逃避です。



鋭い音→鼻にかかった音→→→→柔らかい音

私はたくさんの楽器の音を聞いているのでどのへんかなというのがすぐにわかります。
特別こだわりが無いならゴールドブロカットで鼻にかかった音が出ていれば柔らかい音のE線を薦めます。
アルミニウムを巻いてあるタイプのE線、ピラストロのNo.1やカプランのソリューションなどです。
楽器について言うとE線が柔らかすぎるというヴァイオリンは割合としては少ないです。他がナイロン弦でE線だけスチールになりますから基本的にE線が弱すぎるというケースは少ないはずです。

あくまで本人の好みを聞きます。
もっともっと手ごたえを求めていてる人にはそれらのE線では弱すぎますから強いテンションのむき出しのスチール弦になります。
私が聞いていて「鋭い方の音だな」と思っていても本人がそれで良いならそれで良いのです。

私は大雑把に全体のバランスの中から適度なものを勧めることができます。しかし演奏するときの感触は人それぞれであって微妙な感覚を優先するなら別の次元で選択する必要があります。


E線はそれほど高価でもありませんから定番のものを絶対的なものだと思い込まずに試してみると良いと思います。E線を変えるとE線だけでなくて他のすべての弦の音も変わります。ガット弦に比べるとナイロン弦は他の3本の張力も強くなっていますからE線の強さが必要なくなっているかもしれません。知識が形骸化している可能性もあります。




最近はインターネットで安く買うことができるようになったので自分で買って試すことができます。ただし問題は、弦を使った感想などが共有されないことでみな自分で試さなくてはいけないことです。

東京の弦楽器店で弦のオンライン販売をする会社の人の話によると、オンラインで弦を買う人は誰もお店には来ないという事でした。調整や相談を受けることがないのだそうです。店員にもフィードバックが無いということになります。

オンラインショップのサイトでは主観で下手なことを書けないということでカタログの説明をそのまま書いてあるだけです。実際のお店なら店員がいろいろなお客さんが試した結果を知っていますのでそれを言ってくれると思います。ところが公に発表するとなると尻込みしてしまいます。


そもそも日本では「明るい音、輝かしい音」を良しとしてきた風潮があるのでヨーロッパで好まれる「暗くて柔らかい音」の弦を求める人は少数派になります。ヨーロッパでは「暖かい音」として高く評価されるものです。カタログでもそれを売りにしている製品は少なくないです。

そうなると途端に日本では情報のないか酷評されているマイナー製品から探すことになります。それらのものも「私は好きですよ」と教えてくれる人もいます。



もちろんこだわりを持ってすでに考えがある人はそれでいいですが、一般的には価格帯を決めてその中で代表的な銘柄から試してみると良いと思います。


ヴァイオリンのナイロン弦の高級品では・・・

(ドイツ、ピラストロ)
エヴァピラッチゴールド
エヴァピラッチ
オブリガート

(オーストリア、トマスティク)
ピーターインフェルト

(アメリカ、ダダリオ)
カプラン アモ&ヴィヴォ

(フランス、サバレス社コレルリ)
アリアンスヴィヴァーチェ
カンティーガ

(デンマーク、ラーセン)
ヴィルトーゾ


明るい強い音が欲しいならエヴァピラッチシリーズ、カプラン
暖かみのある音ならオブリガート、アリアンスヴィヴァーチェ
きめ細やかな音ならピーターインフェルト、カンティーガ

分類の仕方は他にもあると思いますが、たとえばこのようにある程度方向性を絞っていくと求めるものと違う方向のものはわかりやすいですね。
すべてを満たしているものは無いと考えたほうが良いでしょう。魔法ではありませんから、あきらめることを知って自分は何を優先するかということを考えてください。

メーカーによっても特徴がありますから、好きな弦が見つかれば同じメーカーの他の製品を使ってみるのも良いでしょう。

基本的には全部試さないとわからないわけですが、普通は高級品を使う気があるのならこの中から選べばよいわけですし、弦にそんなにお金を出せないと言うのなら安い値段のカテゴリーの中で探せばよいと思います。安くてもひどく嫌な音がするわけではありません。もちろん高級品より安い製品のほうが良いこともあり得ますがはじめからすべてのカテゴリーを考えると製品が多すぎます。

エヴァピラッチゴールドはゴールド版のG線が異常に高いので初めから手が出ないことも多いと思います。シルバーのほうはそれほど高くはありませんが、それでも高いですから価格帯で絞ることは買い物としてはおかしなことではないと思います。


弦が古くなって交換が必要になった時、いつものものともう一つ違うものを買ってみるのはどうでしょう?気に入らなければいつものものにすれば良いのです。勝ち抜き戦スタイルです。オンラインショップで安く買えるようになったのでそれほど高くないと思います。高いと思うなら安いカテゴリーから選ぶことです。

「はずれ」を買わなければそれがはずれだと知ることはできないのです。そうやって自分の好きな弦がはっきりするのです。


エヴァピラッチのような弦を張るとよく鳴ると気に入って満足する人もいます。
一方で「個人的にはあまり好きではない」という人もいます。むしろこういう意見をよく聞きます。

エヴァピラッチやカプランのようなものは「グローバル指向な製品」と感じます。私のいるヨーロッパのローカルだとあまり好まれません。日本にいると海外のことをグローバルと思うかもしれませんが、ヨーロッパにいても「どこか遠くでの話」という印象を受けます。ヨーロッパ大陸から見て海外というのはヨーロッパ大陸の外の国をイメージします。

どこの国の人もそう感じるとすれば「グローバル」というのはどこの国の人にとっても「どこか遠くでの話」になってしまいます。私は海外に住んでいますが自分をグローバルな人間だとは思いません。二つのローカルを知っている人間というだけです。

エヴァピラッチのような弦が好きでない人にはコレルリが良いかもしれませんよ。
フランス以外ではそれほど営業力を持っているとは言えませんが検討する価値のあるものです。
根強いファンがいます。
日本の場合にはおそらくドミナントが圧倒的に使われているため次に手を出すのはトマスティクの上級のものかピラストロのエヴァピラッチかというくらいでしょう。コレルリに行くのはずいぶん先になりますね。

私の地域で定番なのはオブリガートです。うちの店ではオブリガートをスタンダードの弦として多くの売り物のヴァイオリンに張っています。安い価格帯では定番はバラバラなのですが、強いて言えばピラストロのヴィオリーノです。
これは荒々しい音の安い楽器も上等に聞こえますし、初級者でも鳴らし易いものです。
何を使っていいか分からない人にはお薦めです。
経験豊富な人でも好きだという人がいます。

オブリガートにすると多くの人は高級感を感じて満足してそれ以上求めません。
こっちの人はヴィオリーノ→オブリガートからスタートです。日本ならオブリガートにたどり着くまでの道のりが長いでしょうね。


チェロは

(ピラストロ)
パーマネント・ソロイスト
エヴァピラッツィ・ゴールド

(ダダリオ)
カプラン
ヘリコア

(トマスティク)
VERSUMヴァースム

(ラーセン)
ラーセン(A,D)
ラーセンソリスト(A,D)
マグナコア(D,C)


チェロの場合にはスチール弦なので基本的に耳障りな金属的な音がするものです。高価な製品ほど嫌な音が少なくなっていると言えます。最新の高級弦は弦を持ってみるととてもスチールとは思えない柔らかさに驚きます。

この中ではヘリコアが安めのものです。
うちの地域でトマスティクのスピルコアやヤーガーはなどはひどく耳障りで時代遅れと考えられています。プリムなんて針金です。

ラーセンのA線は耳障りな音のチェロにはそれしかないというものです。
マグナコアは楽器によっては力強く、楽器によってはバタバタして上手く鳴らないです。スピルコアの高級番という感じです。

ピラストロの二つは、ラーセンほど柔らかくはなくスピルコアほど荒くはなく4弦揃えて使えるということでうちではパーマネント・ソロイストがスタンダードになっています。チェロ自体がバランスが良ければこれで良いということになります。ゴールドのほうが柔らいボリューム感がある明るい音です。Perpetualという新しいものがあって注目しています。試した人が少ないのでまだわかりません。

トマスティクのヴァースムはスピルコアに比べて耳障りな音を軽減していますが、スピルコアの性格は残っています。楽器によってパンチが無いなというときには良いと思います。上品すぎる楽器には良いなと思います。値段はピラストロより安いです。高音が荒い楽器の場合はA線だけ、エヴァピラッツィゴールドとかラーセンに変えると良いでしょう。

ダダリオは単純に材質が良くコストパフォーマンスに優れています。カプランでもピラストロに比べるとずっと安いですが楽器によっては何の不満もないです。安い楽器にはヘリコアを薦めています。


チェロはもともと耳障りなスチール弦なので良いものが限られています。
ヴァイオリンはもともとナイロン弦がひどいものではないので候補に挙がる銘柄の数もずっと多く違いも微妙なのでおすすめをはっきり言えません。




ビオラは「チェロのような音」を求めるならスチールもあるかもしれませんが主流はナイロン弦です。
うちではピラストロのオブリガートが一番スタンダードです。
4弦揃えて使える上にビオラにあった暖かみのある暗い音だからです。
あとはいろいろな弦の愛好家がいます。
ビオラのA線はスチールなのですがA線が鋭すぎる場合にはピラストロのトニカのA線が裏技です。これはナイロン弦です。

ヴァイオリンのようにヴィオリーノがあればいいのですが、ビオラにはヴィオリーノは無いです。ヴィオリーノというのは「ヴィオラの小さいもの」という意味のイタリア語です。



弦を張り替えるときの注意


弦を張るときに注意するべき点です。張り方は他のところで紹介されているでしょうから気を付けるところだけ言っておきます。

1.全部を一度に変えない
弦を全部下してしまったほうが巻きやすいと言えばそうなのですが、駒の位置がわずかでも変わってしまうのも音が変わる原因になります。弦を比較するのに駒の位置が違うと誤差が増えます。また魂柱が倒れてしまうこともあります。この前も説明しましたが、倒れるくらいの魂柱は交換が必要です。ただこれから弾こうと思っているのに倒れたら面倒ですね。



2.駒の傾き
日頃の使用でも、新しく弦を張る時でも気を付けなくていけないのが駒の傾きです。

画像のように表板のエッジの下のラインに対して駒の後ろ側を90度にするのが標準です。
古い楽器になると表板のラインもグニャグニャですから厳密には測れないですが大体90度の感じです。表板にはアーチがあるので目の錯覚で少し後ろに倒れて見えます。

弦を張るときは巻いていくときに駒がネックのほうに引っ張られて傾いてきます。新しく弦を張るときは常にこの傾きに気を付けてください。両手で駒を持ってぐっと押してください。どこまでも押すのではなくて少しずつ動かすようにしてください。

気を付けていないと駒が倒れて「バチン!!」とすごい音がします。
この時テールピースにはアジャスターが付いているのでこれで表板に傷がつきます。そのため万が一のためにテールピースの下にはハンカチのような布などを挟むようにしてください。

日頃も常にこの角度には気を付けてください。駒が痛んで交換には費用が掛かります。

ペグで調弦するとネックのほうに駒が曲がってきてしまいます。
アジャスターを多用するとテールピースのほうに曲がってきます。
高音の2弦をアジャスター、低音の2弦をペグで調弦していると駒がねじれてきます。

数年使って駒が曲がってしまい、クレームで交換してくれと言ってくるお客さんがいました。使い方によっては10年経っても綺麗なものです。消耗品です。変形しないくらい丈夫な駒にすると音が悪くなってしまいます。一番使い方の荒い人に合わせるわけにはいきません。


3.左右のずれ
駒は指板に対して正しい位置にある必要があります。
極端にずれていればどちらかの弦が指板の端っこに来てしまいます。

指板のエッジの延長線(赤線)とはみ出ている駒の量(青丸)が左右同じになるようにします。指板のほうが幅が広いこともありますからその場合は逆です。いずれにいても左右が対称になるようにします。

この時、安価な楽器やアマチュアの作者、下手な職人の楽器の場合には指板の端が真っ直ぐになっていません。どこが指板のエッジのラインなのかよくわかりません。職人の腕を見る分かりやすいポイントです。

バスバーや魂柱との位置関係にも影響してきます。

駒の中心がヴァイオリンなら195mmが標準です。チェロなら400mmです。ビオラはいろいろです。

このためにメジャーを一つ持っておくとよいでしょう。ホームセンターで売っている一番コンパクトなものが便利です。


普通は左右とも測れば良いのですが、厳密に言うと弦の長さを測って同じにすることです。ヴァイオリンならE線側の駒の位置を195mmにして弦のナットから駒までの自由に振動する長さをはかり、G線も同じ長さになっているようにすれば良いです。もちろんこの時駒の傾きが左右同じになっていることです。楽器を真正面から見ればわかります。

この場合駒のE線側のほうがネック側に引っ張られています。


4.そのほか
駒やナットの溝に6B以上の鉛筆を擦りつけると滑りが良くなります。

ペグは古くなってくると変形してきたり摩耗してきたりしてうまく回らなくなります。完全な円錐台(円錐の先端が平面になっている形)の形では無くなると止まらなくなって弦がすぐに緩んでしまいます。そこで無理やりギュウギュウ押し付けると余計に摩耗してしまいます。ペグが勝手に曲がってくることもあります。そうするときれいに回らずギッコンバッタンします。

その場合にはペグを削りなおす必要があります。削ると中に入っていくので短くなります。それを何回か繰り返していると終わりまで行ってしまうので新しいペグに変える必要があります。

工場で仕上げた量産品ではまずダメですね。

私の作った楽器の場合は面が合いすぎていて初めはペグが硬くなってしまいます。


アジャスターのネジも奥にだんだん入っていきますので弦を変えるときには一番上まで緩めてください。手応えが無くなったら緩すぎますのでもう少し締めるようにしてください。新しい弦が伸びるとどんどん奥に入っていきます。アジャスター自体がテールピースからグラついているのもメタリックな音になる原因です。テールピースに締め付けるネジがちゃんとしまっているか確認してラジオペンチなどでしっかり締めてください。ただし強く締めすぎるとテールピースが割れます。適度にお願いします。



以上は問題のない楽器で弦を交換するときの話ですから、時々職人に見てもらってそもそもの問題が無いようにしておいてください。

楽器によって弦の性格が違って聞こえる

世界的に有名な演奏者が使っているということは何の参考にもならないという話をしてきましたが、演奏技量や演奏スタイルだけでなく楽器自体にも合う、合わないというのがあります。

技術者らしく言ってみますと弦が振動して生み出された音が全て同じように楽器で増幅されているわけではないということです。

楽器によって出やすい音と出にくい音があるのです。初めに弦で作り出しても出にくい音は聞こえにくいのです。

理想的なのは好きな音の楽器に同じ性格の弦を張ることです。それが一番パフォーマンスを発揮できると思います。既に良い楽器があるなら色付けのないもののほうが良いとも考えられます。

しかし気に入らないところをカバーしようと製品を選ぶことが現実にはよくあることです。

楽器が響きにくい音を多めに作り出す弦を張ることによって少しでもましにしようとするのです。そもそも無理な企てであることも理解しておく必要があるでしょう。

チェロでよくあるのはA線が耳障りだというケースです。
この場合はラーセンを張るしかないです。ラーセンは寿命が短いのでプロなら数か月で交換が必要です。もともとそういう設計です。

チェロが柔らかい高音を持っていれば他の弦を選ぶことができます。


先生のチェロがラーセンを張るしかないチェロだったときに多くの場合生徒にもラーセンを薦めます。先生も人間だから自分がそう思ったから良かれと思って薦めているのです。でも持っているチェロが違えば必ずしもそうではないのです。


理屈で考えるとどの周波数の音がどれだけ出るかということと、時間軸での変化です。
実際にはかなり複雑なのでそれを把握しきるのは無理で試して感じるしかないでしょう。

駒近くを弾いたときがどうだとか、低弦の高いポジションを弾いたときがどうだとか気にされる方もいます。


あとはテンションです。
伝統的に張力はスチール弦は高いテンションで、ガット弦は低いです。
ナイロン弦はその中間です。

スチール弦の場合にはちょっとペグを動かしただけで調弦時に音の高さが大きく動きます。そのためアジャスターを使うのが一般的です。ヴァイオリンでE線にアジャスターを付けるのはE線がスチール弦だからです。

バロックヴァイオリンでE線にガット弦を張っているとアジャスターは要りません。ペグで調弦すると動かしても音の高さがなかなか上がって行かないので慣れないと気持ち悪いです。


スチール弦は金属的な鋭い音がするので上級者が高い楽器にガット弦を張るのに対して、初級者が安い楽器に張っていました。そのため未熟な人の弾くヴァイオリンの音は周囲の人にとって最悪でした。本人はそれほど気にならないようです。

ガット弦もほんの50年前までは羊の腸から取ったガットをそのまま使っていました。G線にガットに金属を巻いたものが戦前にはすでに使われていたようです。そのあとE線にはスチール、A,D,Gにはガットに金属を巻いた弦が主流になりました。金属を巻くと重量が重くなるので細くしたり張力を強めたりしても同じ高さの音にできます。荒々しさも抑えられます。

今でもそれらを最高級弦として愛用している人もいます。

ただし、価格の高さや扱いにくさもあり主流ではなくなっています。
ナイロン弦も当初はガット弦の代わりになるものとして「ガット弦に近い」ということを開発目標にしていたでしょう。ガット弦を弾いたことがない人が多くなると音の強さや輝かしさを求める割合が多いので強い張力のものが開発されています。



チェロの場合には音域が低いということもあってほとんどの人がスチール弦を使っています。ガット弦の愛好家はほんのわずかです。ナイロン弦もわずかです。


いずれにしてもスチール弦のチェロの場合アジャスターが必須になります。
機能性に最も優れているアジャスターが埋め込まれたテールピースはドイツのウィットナーのプラスチック製のものです。

木製のものは中途半端なものだと、金属部分と木材の部分の接合がうまくいかないため調子が悪いです。壊れたり異音が出たりすることが多くあります。ウィットナーに迫るメカニズムの確かさを持ったものは値段も高いです。

音についてはプラスチックのものより黒檀のほうが多少良いと思います。
値段は多少の差ではありません。


安くて機能的に優れた木製のアジャスター付テールピースを私たちはいつも求めていますがメーカーにその気はないようです。ヴァイオリンでも最近は4弦にアジャスターを付ける人が多くなってきました。奇妙な奇天烈な新製品を開発するのが好きなのが現代の企業ですが、普通のしっかりしたものを作る気はないようです。

見た目もプラスチックのものを高価なチェロに付けるのはふさわしくないですね。



張力の話でしたが、ガット弦やスチール弦のようなものは大きく違います。
それに対してナイロン弦も製品によって差があります。

強い張力の弦を張ったほうが音量があるというのは一般的には言えることです。
しかし現実的には楽器がうまく機能しなければ強い張力でも「音量がある」ということにはなりません。

強いテンションであれば細くて鋭い音になり、低いテンションのほうが豊かなボリューム感を生み出すこともあります。音量があると評判の強い張力の弦を張ったのにさっぱりだったということもよくあります。


上級者は問題なく弾くことができてもアマチュアの人や初級者の人には強い張力の弦は弾きにくいということもあります。かといって上級者の人がガット弦の愛好家だったりします。


メーカーが公表している数字もありますが、それと弾いたときに感じるイメージは多少違うこともあります。
数字が好きな人がいて、その人はマニアックで言う事には説得力にあふれもっともらしく聞こえますが、弦楽器の世界ではそういう意見は嘘くさいと思ったほうが良いです。

弾いてみて感じることが全てです。




チェロは大雑把だという話




前回チェロの話題を少し取り上げました。
同じ量産メーカーのストラディバリモデルとゴフリラーモデルの音の特徴がよくわからないというものでした。これまでもいくつも販売しているものですがそれぞれのモデルの規則性が分かりません。
私が考えているのはチェロなんてものはチェロくらいの大きさがあれば形は何でも良いということです。

実はチェロくらいの大きさのチェロで300年も前のものになると数が少ないです。

これは1700年代のフランスのチェロらしいです。モダン楽器が成立する前の時代のものでアマティなどをもとにした楽器作りがされていたころです。ざっと250年くらい前のものでしょう。現在はバロックチェロとしてプロの演奏家に使われています。

しかし、状態がひどいです。このヒビ割れの数々・・・・・。
古いチェロではこのようなものが当たり前です。

このチェロは実は3/4くらいの大きさしかありません。いわばピッコロチェロです。
この時代にはチェロの大きさが確立していないというのも問題です。

チェロくらいの大きさのオールドチェロで健康な状態のものというのがいかに貴重かということです。

ストラディバリも初期の頃はとても弾けないような巨大なチェロを作っています。

チェロのサイズはいろいろあってアマティでもなぜか、ワイドなものと普通のものがあります。モンタニアーナはワイドなチェロで普通のケースには入らないこともあります。ストラディバリは細いものです。どっちも音が良いわけですからどうでも良いということですね。

アマティになぜワイドなものがあるかはわかりませんが、5弦のチェロの設計や木枠を流用したんじゃないかとも考えられます。

小さいチェロは各地で作られたようです。理由は分かりませんが、ビオラ・ダ・ガンバから移行したとすれば演奏者にとっては小さいほうがなじみやすかったのかもしれません。


チェロはどういうものが音が悪くて、どういうものが良いのかは外見ではよくわからないです。
結局弾いてみないとわからないです。

特に良くないのは板が厚すぎるものです。
板が厚いと低音が出にくくなるのでチェロらしい音ではなくなります。ただし、100年以上古くなってくるといろいろなところがヘタってきて落ち着いては来ます。

あまり板が薄いと今度はコシが無くなってしまいます。
ヴァイオリンに比べるとサイズの割に板が薄いので強度が落ちます。外骨格の節足動物も陸上では巨大化できません。少なくとも他の生物に負けてしまいます。ヴァイオリンなら強度が無さすぎるということはあまり起きないです。フラットで薄い板の楽器でも問題ないです。

チェロで難しいのは強度を保つと低音が出なくなって、低音を出すと腰が無くなってしまうのです。上手に年を重ねた楽器なら厚めのものでも低音が出て、薄いものでも発音が良いということもあるでしょう。そういう意味では有利になるということは言えます。ただし、上手く年を重ねた場合であって、そうでないこともあります。


一方でチェロを作るには膨大な作業が必要となります。
その割に高い値段で買う人が少ないのでほとんどは手抜きで作られます。
板の厚さは初め厚いものを削って薄くするわけですから手抜きの楽器は板が厚いわけです。
それに対して、薄い板を曲げて作ってあるチェロもあります。そういうものは逆に薄すぎることがあります。ミルクールの100年以上前の量産品で裏板が弱すぎるものもあります。

したがって普通に作ってあればチェロは十分良い物でありしっかり弾き込んでいけばそれなりによく鳴ると思います。

私も「すごく音が良いチェロ」の作り方は分かりません。
いくら頑張って作っても労力の割にパッとしないです。

たくさんの量産品を試奏してその中から選んだほうが宝くじに当たるように「よく鳴る」チェロに当たるのではないかとも思います。


ただし、丁寧に作ることできめ細かく上質な音のものは作れます。
それでも過半数の人はパッと引いて強く音が出るほうを高く評価するでしょう。

それが10年~20年弾いているとまた変わってくるのだと思います。
うちの会社の80年代や90年代に作られたものはやはりよく鳴ります。
普通に作ってさえおけば鳴りに関しては問題ないと思うんですけど。
出来てすぐはやはりパッとしないです。自分が作ったものを「よく鳴りますよ」と言うのが商売なんでしょうけども労力をかけて作ったので「もうちょっと鳴ってほしい」とは思います。

他の作者の新しいチェロでも同じようなことで見事な美しいチェロに限って少し物足りなくて、調整に来るお客さんはことごとく粗い仕事の汚い楽器をどこかから買って持ってくるのです。最初の印象で買うからです。


文句なく作ってあるチェロならいじってもしょうがなくて、あとは「ガンガン弾き込めば大丈夫ですよ」と背中を押すだけです。

おそらく日本ではブランド志向で実力のあるチェロが少ないと思いますから、私が作ったチェロでも「よく鳴る」とおっしゃられる方は少なくないと思います。ヨーロッパとの差は肌で感じます。


チェロを作る上ではそれこそ規則に縛られる必要が無いと思います。
最近もストラディバリのチェロの資料を集めていますが、「これくらいなら普通だろうな」と思います。モンタニアーナくらい横幅があるとまた違うのかもしれません。ストラディバリは資料が多くなってくると大体こんなもんというのが見えてきます。少ないとたまたまその時手にした資料の影響を受けてしまいます。

私が多く数をこなしているのは量産品を改造することです。
板は薄すぎても、厚すぎても思ったようにいかないものですが、多く経験することによって大体こんなもんというのが分かってきます。表板の材質によって大きく音が違うのでチェロの場合には見極めが難しいです。

答え合わせしてみるとストラディバリもやはりそんな感じです。


これは作られて10年もしない大量生産品のチェロですが同じところが2か所もひびが入っています。量産品では新しい木を使うということも木材が変形し割れが生じる原因ですが、一回直してすぐにその近くが割れたのです。

何らかのストレスが表板にかかっていると思います。

何となくAとCの地点に比べてBの地点の表板のエッジが低いように見えます。横板がB地点のところが低いように見えるのです。A地点のところは内側にブロックという木材が入っています。そこが少し高いのだと思うのです。横板の高さがそろっていないのだと思うのです。

私たちが楽器を作りを学ぶときにはこの高さが一緒になるように厳しく言われます。完成した楽器を見たときに誰も気づかない部分です。こんなに恐ろしいリスクを抱えているとは。

A地点の内部に入っているブロックが高いのだと思います。というのはひびが入るだけでなく割れたところが段差になっているのです。表板のB地点のところを持ち上げると段差が無くなるのです。ブロックの部分は木口と言って削りにくい硬い木目になります。それに対して横板だけのところは板も薄くて柔らかい材質になっています。刃物がうまく使えないとブロックの部分を削るのが難しいのです。初心者が必ず苦労するところです。機械を使っているのか手作業なのかは知りませんが量産品には必ずと言っていいほど見られるものです。割れにつながるかどうかが運にかかっているというだけです。



品質というのはこういうことです。
割れが進行するとバスバーに達してしまいます。そうなると修理は大変です。

逆に考えると表板を開けて修理して、ブロックを削りなおせば解決します。チェロは10万円くらいの修理代はいつでも出せるように用意しておくくらいの覚悟が必要だと思います。今回も表板は開けず応急処置で済ませたのでまた3本目の割れが生じるかもしれません。

「欠陥品を売りやがって・・・」と思いかもしれませんが、すべて完璧に作っていたら300~400万円になりますから100万円で買ったチェロを10万円で修理したほうが安いです。



ところで古いヴァイオリンではエッジのB地点が薄くなっています。
名器を調べてすべてに共通してB地点が薄くなっているのを発見して「これが音の良さの秘密だ!!天才は計算してそう作ったに違いない!!」とぬか喜びするようでは典型的なオカルト思考です。昔あご当てがなかったから削れてしまったのです。アゴ髭でブラッシングされていたのかもしれません。

いくら古い楽器を研究したと言ってもそこから何を学ぶかは重要です。
詳しければ良いというものではありません。

いくら熱心でも興味関心の向け方が間違っていると何も知らないより間違えてしまうのです。



量産品の白木のチェロを改造してニスを塗るという事をよくやっています。
値段が150万円くらいで量産品の欠点を直して天然樹脂のニスを手塗にしていますから価格的には妥当なものです。
手作りで150万円で雑に作るよりも充実しているのではないでしょうか?

この前ヴァイオリンで練習していよいよチェロのニス塗をはじめした。
チェロのニスを塗るのは桁違いに厄介です。なぜかと言うと・・・・


大きいからです。
そんなことは言われなくても分かっていると皆さんから声が聞こえてきそうですがその想像よりも厄介ですから。

この前のヴァイオリン

ニスの表面を仕上げて指板を取り付けました。天気の良い日があったので改めて写真を撮ってみました。





新品のハンドメイドの楽器は明るいオレンジ色のものが普通です。
量産品はアンティーク塗装をしているものが多いですからそういう意味では珍しくもないかもしれません。質感はもっとチープなものでイミテーションもリアリティに乏しく大げさなものです。

暗いところと明るいところ、色の濃いところと薄いところのスムーズさが自然な感じを産みます。いかにも「塗りました」という筆のタッチが見えてはダメです。ムラなく均一にニスを塗ることが基本的な技術となります。それができないとアンティーク塗装は大変に汚いものになってしまいます。均一にニスが塗れないからとアンティーク塗装に逃げるというわけにはいかないのです。


チェロでもこんな感じにできれば良いのですが、もう少し作業は簡略化せざるを得ません。大変すぎるからです。そういう意味ではもう少しマイルドなものになるでしょう。

弦選びは利き酒のようなもの?

弦の選定については人によって感じ方が違うので、自分が気に入った弦を他の人が酷評していると腹が立ちます。

私は売り物の楽器に弦を張るわけですが、どれを張っても「この弦は好きじゃない」と言われてしまいます。何を選んでも間違いです。私は間違いしかしません。弾く人が分からなければ何が良いかなんてわからないです。その人の希望ですぐに違うものに張り替えれば良いのです。

間違いは恐れずに試してみることを楽しみとできるかどうかですね?



職人さんによっては自分の好きな弦が決まっていてそれしか使わせない人もいます。
自分で感じることを放棄したい人はそういう方のお世話になると良いでしょう。


張り替えるときの注意を守ってもらえれば自分でもできる部分ですから楽しむのが良いと思います。自分の好きな音も分かってくると思います。これも勉強だと思います。


定番というものに縛られる必要はなくあくまでスタート地点だと考えてください。
有名な演奏者が使っていても使っている楽器も演奏技量も違います。どのメーカーの広告を見てもプロの演奏者が絶賛しているコメントが出ていますから。

いくつかあげましたがうちのローカルな話というだけですから、別に大した弦じゃないとか、嫌なところがある、私の好きな弦が挙がっていないとか言う人がいてもおかしくないです。


所変われば定番も変わるよということを分かって欲しいです。


とはいえ弦にできることはわずかです。楽器の性格を全く逆にすることはできません。