弦楽器の手入れ方法、現代と昔の楽器製作教育、中国の楽器製作、ニス塗の試作など | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

ニスの手入れの仕方からいろいろな話もあります。



こんにちは、ガリッポです。
手入れの仕方について考えてみます。



1.余計なことはしないほうが良い

弦楽器用にポリッシュ液が売られています。
液を布に付けて磨くことによって光沢が得られます。

一見きれいになったように見えますが…・



楽器の表面にはほこりなどのほか、松脂、皮脂、汗などが付着しています。ポリッシュ液はその上に膜を作ることで光沢を出しています。つまり汚れは取れていません。

光沢はニスの表面が滑らかになっていることによって生じます。表面に微細な汚れ、凹凸や傷があれば光が乱反射を起こすのですりガラスのように光沢を失い、透明度が失われるのです。

ポリッシュには溶剤が含まれていることがあります。これによってニスや松脂が溶けます。

ニスの表面を溶かし液体を塗って膜を作ることによって微細な凹凸を埋めることで光沢が得られるのです。


強力な効果が得られるものはニスと松脂を溶かして汚れと一体化させニスの上に層を築きます。つまり汚れをこびりつかせるのです。

我々の間で特に悪名が高いのがViolというものです。使用しないでください。


2.まめに松脂を除去する

弦楽器を買う時にお店の人に言われると思いますが、演奏が終わった後には布で松脂をふき取ることが基本です。これを放置すると松脂がニスにくっついてしまい、ベタベタしているのでそこに汚れが付きます。力を入れないことがポイントです。押し付けると細かなゴミなどでひっかき傷ができます。


また弓の毛が古くなってくると音が出にくくなってくるのでついつい松脂を多くつけがちになってきます。したがって毛の交換もまめに行うことが必要です。プロの人なら年に何回も交換します。使用する時間によるので期間では言えません。交換は職人に頼みましょう。ヴァイオリン職人は普通の弓の毛替えはできるはずです。

松脂も古くなっていると脂分が蒸発していき劣化していきます。寿命は2年が目安です。小さなジッパー式ポリ袋で空気を抜いて密封しておくのもおすすめです。


弦に付いた松脂も発音を悪くします。
これも演奏後にから拭きすればある程度取れます。こびりついたものは専用のクリーナーが売られていますが量の割に高いです。基本的にはアルコールで十分です。日本の場合にはどっちにしても酒税の関係でエタノールは異常に高いです。わずかしか使わないので仲間で小瓶に分けても良いかもしれません。ただし絶対にニスに触れないようにしてください指板は普通は塗装されていませんので触れても構いません。黒い色が取れるようなら控えてください。
酒税の安いところにいるのでエタノールをふんだんに使ってしまっています。メチルアルコールや消毒用のアルコールはどうなのでしょうか?


弦が劣化して音が悪くなったと言う前に一度弦をクリーニングしてみる事をお勧めします。


乾いた筆のようなやわらかい毛のブラシを使えばアジャスターのところなども掃除できます。
放っておくと取れなくなります。



アゴ当てやネックは水拭きでも構いません。ニスが塗られていないからです。



3.楽器は水に濡れてもだいじょうぶ?


弦楽器についてはっきり説明がなされていない部分です。
普通の家具などの木工製品なら水拭きをするのが普通です。一方で濡れてしまうのは心配でもあります。


結論は・・・

程度によるということです。


普通のニスは水に濡れても問題がなく、水滴がついてもダメになることはありません。ところが水没してしまうと楽器はバラバラになりひどくゆがんでしまって直すのは難しくなります。
弦楽器用の木材は水を吸い込むと変形してしまいます。乾いても元には戻りません。接着につかわれているにかわは水溶性なので水に浸されると柔らかくなります。

したがって表面が濡れるのは問題が無いが水没させるのはダメです。屋外のコンサートなどで小雨が降るようなこともありますし、ストリートミュージシャンもいるかもしれません。霧雨くらいなら大丈夫でしょうがずぶ濡れは止めたほうが良いと思います。


われわれが楽器をクリーニングするときは洗剤や磨き粉を水と共に使用しています。
問題はそのあと光沢を取り戻すことです。濡れること自体は問題ありません。
濡れるだけで光沢が失われることがあります。


ただしニスによっては水に溶けるものがあります。

まれに水に溶けるニスのものがあり、我々も扱いは非常に気を使います。その場合はクリーニングに油をつかいます。アルコールニスによく使われるシェラックのような樹脂も多少水に溶ける性質があるようです。したがって長時間濡らしておくのはよくありません。



4.それ以上はプロに任せる

乾拭きで松脂を取っていれば汚れは少ないものです。もちろん古い楽器では松脂がついているのが普通で味と考えることもできます。考え方次第ですが、長時間放置すると松脂は取れなくなってしまいます。溶剤を含むポリッシュ液はニスと松脂を一体化してしまいます。

汗の雫も跡が残ります。
蒸発するときに周辺部分の濃度が濃くなるのでしょう。きれいに輪っかになってニスを侵食します。

体が触れる部分は特にニスが侵されやすいです。
これはニスの質だけでなく体質などによっても差が出てきます。乾拭きではどうにもなりませんので職人に任せるしかありません。

長年ニスが無い状態が続くと木の中にまで水分や汚れが浸透していきます。もう取れなくなります。チェロの裏板のエッジやコーナーなどは緑色に染まっていることがあります。これはジーンズの染料が染み込んでいるのです。青い染料によって緑色に見えます。ステージでフォーマルな衣装を着ていても普段はジーンズをはいて練習していることが分かります。

弓の毛の交換とともに定期的にメンテナンスを任せることをお勧めします。
プロの人なら年に一回、アマチュアでも数年に一回はやってもらったほうが良いと思います。

この時に、普段から松脂を落とす乾拭きができていれば作業が短くなりますから値段が安くなります。

この場合、弦や駒は外す必要があります。クリーニングが終わった後にまた弦を張ると微妙に音が変わりますから演奏会の直前などにはしないほうが良いと思います。



5.楽器やニスの違い

同じ弦楽器でも楽器によって扱いも違います。
安価な楽器であれば一般的な家具のようなものと同じアクリルのニスですから特別なことはないです。古い時代はラッカーが塗られていました。アルキド樹脂などもあったかもしれません。

高級品は伝統的な天然樹脂を使っています。個人レベルで作っていることもあって品質は様々です。これらは耐久性が人工樹脂に比べて劣るので扱いは気を使います。

さらに300年くらい経ったオールド楽器になるとオリジナルのニスはほとんど残っておらず塗られているものの80~90%は後の時代に塗られたものです。これも修理した職人によってさまざまです。


私たちにとって修理やメンテナンスするのが難しいのは、自分の会社の製品だけを直すのではなくてありとあらゆるメーカーのものを直さなくてはいけないことです。自分のところの製品であれば同じニスが残っていることがあります。剥げたところや修理のために剥がしたところに同じものを塗れば色も厚みも光沢も一緒になります。

自社のものならメンテナンスもきれいに仕上がります。
どこのだれがどうやって作ったかわからないものも直さなければいけないのが職人なのです。



ハンドメイドの楽器ではわずか10年くらいでニスがボロボロと剥げてくるものもあります。
体が触れるところだけ変質してしまうものもあります。
ぽろぽろ剥げ落ちてくるものもあれば消しゴムのに擦れて減っていくものもあります。
ベトベトして汚れがくっつきやすいものもあります。
柔らかすぎてグニャッとなるものもあります。

人工樹脂の場合もメーカーで大量生産されるニスは30年くらいしか耐用年数は考えられていません。普通の工業製品は何百年も使われることを前提に設計されていないからです。ラッカーなどでは溶剤が蒸発しひび割れが生じることがあります。


ニスの質や楽器の状態によって修理にかかる時間が大きく異なります。
ニスのメンテナンスにかかる費用は楽器によって大きく差が出ます。
軽く考えずに職人とよく相談してしください。全体に保護用のニスを塗る必要がある場合もあります。


6.自分でできる?

あまりおすすめはできませんが、お金をかけたくないという人には自分でできる方法を考えてみましょうか?自己責任でお願いします。何かあっても私のせいにしないでくださいね。

安価な楽器でアクリルで塗られているものならニス自体はタフです。
弦を下す必要があるので正しく駒を立て弦を張ることができなくてはいけません。知り合いのヴァイオリン職人などがいるのなら教わると良いでしょう。ブログでは難しいです。一時間くらいヴァイオリン職人の横で弦の張替を教わればできるようになるでしょう。教師などの方はそれくらいできて欲しいです。

弦を下すと魂柱が倒れる場合があります。
掃除するときに横板を押すと表板や裏体がたわんで倒れることもあります。
楽器を置くときの衝撃でずれることもあります。

その場合は職人に立ててもらうしかないです。
魂柱を立てるのはとても難しく、私でも難しいです。自分でやらないでください。
合っていない魂柱は表板や裏板の内側を痛めます。そのあとで魂柱をぴったり合わせるのは難しくなります。これを削って直すには表板を開ける必要があります。(もちろん板は薄くなります)。費用がかかるため修理することはなく魂柱が不安定なまま使い続けることになるでしょう。

そもそもしっかりあっている魂柱は弦を下しても倒れません。
倒れるようであれば長いものに交換が必要です。
安い楽器こそ魂柱があっていませんから倒れるリスクは高いとも言えます。木は伐採されて間もないものを使っているため表板や裏板の変形が大きく緩んでしまうことが多いと思います。




そもそも安い楽器なので将来の価値など考えずに何でも良いという人は洗剤を溶いて水拭きしてください。
さらにポリッシュ液で磨けばピカピカになります。

汚れがひどい場合にはキッチン用の磨き粉入りの洗剤(クレンザー)でごしごしとやります。その後表面の磨き粉をしっかりと水拭きで取り去ってください。
そのあとポリッシュ液で磨けばピカピカになります。


さらにきれいに仕上げたければ自動車用のコンパウンドが使えます。業務用のワックスなどが含まれていないものです。私は3MのFast Cut Plusの緑のキャップのものを使っていますが日本では正規販売されていないはずです。
http://www.3m.co.uk/3M/en_GB/company-uk/3m-products/~/3M-Perfect-It-Fast-Cut-Plus-Compound?N=5002385+8709313+8709338+8711017+8711413+3293211323&rt=rud
柔らかいきれいな布に水で少し薄めて擦ると磨かれていきます。細部は硬めの筆を使うと良いのですが日本では売っていないので柔らかめの歯ブラシなどを工夫してください

これだけでアクリルのニスなら汚れを取りつつ光沢まで出てきます。ひつこい汚れは取れませんのでクレンザーのあと、コンパウンドをつかうとクレンザーで曇った表面に光沢が出てきます。
手磨きではあまり細かい目のものだと役に立たないので自動車用としては荒めのものでなおかつ、軽く光沢が出て来るものが理想です。Perfect-Itのシリーズでは一番荒いものですがアクリルやラッカーのような硬いニスなら光沢が出てきます。

日本の3Mの製品は分かりません。
試した人がいたら教えてください。


さらにポリッシュ液を使えばピカピカです。黒檀のアゴ当てなども同様にするとピカピカになります(ポリッシュ液は不要)。アゴ当てなどはバフで磨いても良いです。

ただし、ゴミなどがあると磨き傷が付くのでそれは残ってしまいます。
また磨き粉がくぼみなどに残っていると白く見えます。


自己責任でお願いします。
繊細な天然樹脂のニスは自分でやらないほうが良いと思います。

傷やニスの剥がれている部分は治りません。
ニスを磨くだけですので。


さらに荒い方法は無色のラッカーのスプレーで上から塗ってしまうことですが・・・・。ガラクタみたいな楽器なら使えるかもしれません。指板は塗らないように。ネックはニスを塗るとぺたぺたしますから好みです。ペグボックスの穴に入るとペグがうまく動かなくなります。f字孔も穴がありますし…・どうなるかわかりません。私はやったことが無いです。



やはりプロに任せることをお勧めします。



7.そのほか

今回はニスについてでしたがペグや駒など演奏に関わる部分は次の機会に紹介しましょう。
最後に一つだけ、裏ワザです。

日本でどうなのかわかりませんが、たまにケースに入れておいた弓の毛が何本も切れてバラバラになってしまう怪事件が起きる人がいます。新しく毛を交換してしばらくしてケースを開けるとバラバラになっていることもありました。お客さんは毛の交換のミスじゃないかと訴えていらっしゃいました。

事件の犯人は虫です。


私個人の考えですが防虫剤をケースに入れておくと良いかと思います。
楽器自体の虫食いにも効果があるのではないかと思います。
楽器のエージングに影響があるのかはわかりません。

私は弓を保管するのに樟脳というクスノキから取れる昔からの防虫剤を布にくるんで入れています。お菓子と間違えて子供が食べないように気を付けなくてはいけませんが、樟脳はニスを柔らかくする材料として日本産のものがニスの材料を扱っている業者から買えます。ヨーロッパには防虫剤が売っていないからです。

動物性の毛を食べる虫でそういったものには着物の文化のある日本のほうが歴史があるのかもしれません。日本なら防虫剤を買うほうが簡単でしょう。





こういう普通のハウツーものの記事は珍しいですよね。
私がやらなくても他の人がやりそうなのであまり書かなかったです。
始めて来た人は続きをぜひ読んでみてください。

弦楽器について正しく理解するためには間違った思い込みを捨てることが重要です。そういう事をブログでは書いてきました。
弦楽器に興味を持つことは楽しいものです。私がまずその一人です。
しかしながら、間違ったことに興味を持つことは間違って理解する原因です。


弦楽器に限らず普段さまざまな意見が交わされますが「なぜそのことに興味を持つか?」という問いかけはあまりされません。「今気にするべきことはそれではない」という意見を聞くことがありません。

しかし興味関心の持ち方が間違っているときの正しい知識ほど厄介なものはありません。
興味を持つ必要が無くそんなことどうでも良いのに、そのことに関して熱中して議論することは大事なことを見えなくするのです。



そんなエピソードを一つ。

私の勤め先でいつも買っている量産メーカーのチェロがあります。
主にストラドモデルとゴフリラーモデルです。表板や裏板の輪郭の形がストラディバリのチェロやゴフリラーのものを元にしています。ゴフリラーを知らない人もいるかもしれませんが、チェロの世界ではストラディバリ、モンタニアーナとともに有名で最も高価なものです。

形もだいぶ違うので音がどう違うのか興味があります。

これまで多くこのメーカーのものを扱ってきた印象でストラディバリモデルのほうが柔らかい音で、ゴフリラーモデルのほうがダイレクトな音だという印象を持っていました。

先週もそれぞれ一台をメーカーから買った完成品を演奏できるように仕上げました。

ゴフリラーモデルがダイレクトならよりそのキャラクターを強調するためにトマスティクのヴァーズムという弦を張ることにしました。ストラドモデルの方にはピラストロのパーマネント・ソロイストを張ることにしました。ヴァーズムのほうが荒々しい音でパーマネントのほうが柔らかいからです。


仕上がって試演奏が行われました。
その結果ゴフリラーモデルのほうが柔らかい音で、ストラドモデルのほうがダイレクトな音でした。


私のイメージは間違っていました。その時々で違うということです。
同じメーカーでもストラドモデルとゴフリラーモデルの違いというのはよくわからないというのに違うメーカーともなれば音は全く違うわけですからモデルが何なのかは、どんな形をしているかで音の違いに法則性を見出すのは不可能だと思い知らされました。

信憑性は血液型占いくらいのものです。


ストラドモデルだからどうだとか、ガルネリモデルだからどうだとかお店で説明を受けても気にする必要はありません。気にする必要のないことです。どれだけストラディバリのことを詳しく知っていても楽器選びでは忘れたほうが良いということです。
見てもどっちがストラドモデルなのかゴフリラーモデルなのかわからないような営業マンのほうが気にするもんです。


また弦についてもそうです。
同じ楽器に張れば音の違いはありますが、違う楽器に張って試すと弦が与える影響などはわずかであることが明らかになりました。どちらの弦も優れた製品なのです。これがはるか昔のスチール弦なら耳障りなひどい音がします。




ゆったりした昔のヴァイオリン製作


初めてヴァイオリンを作る人にグァルネリ・デルジェズのようなものの作り方を教えるのは困難です。今で言うと小学校を卒業したくらいから昔は仕事を習い始めたのでしょう。仕事を手伝う中で少しずつ学んで行ったと思うのです。ところが現在では子供に働かせることは将来を奪う「人権の侵害」として悪だとされています。

そのあとの時代に資本主義の時代が来ると強制的に労働させられたり人身売買のようなことも行われました。

今では中等教育を受けてからヴァイオリン製作を学校で学ぶのが一般的です。短い期間の中で合理的にヴァイオリン製作を習得する教え方になっていますから、かつてのオールドヴァイオリンの時代のようなものは作ることができなくなっています。

現代のヴァイオリン製作のセオリーは寸法表を見て一つ一つ順番に決められた寸法に加工していけば、誰にでもそこそこのヴァイオリンを作ることができる優れたものです。それでも注意力のない人は寸法を間違って切りすぎてしまって失敗します。今度は慎重になりすぎて作業が遅くなりすぎます。

セオリー通りの楽器を作ることも難しいことです。
細かいことは大目に見れば誰にでもそれなりに見栄えのする楽器ができるようになるのが現代の教育です。
これでも独学で学んだアマチュアの楽器製作家ではなかなか届かない領域なのです。
苦労の末、相当自慢できるレベルの楽器が作れて大満足でしょう。

私は音が「?」という感じで納得しませんでした。


それに対してオールドの時代には現物合わせでアドリブで作っていました。フリーハンドで目の感覚だけで形を作っていました。初めてヴァイオリンを作る人に「見た感じでちょうどいい感じなるように加工しろ」と教えてもさっぱりわかりません。ここを8.0mm、ここを14.5mm・・・・と具体的な寸法を与えればずっとわかりやすいです。

ここで真面目な人が勘違いしてしまうのは14.5mmと指定されると14.3mmや14.8mmなら「失敗した」と考えてしまうのです。未熟な人が見た目の感じだけで作ると訳が分からないから目安として数字を与えただけです。だからプラスマイナス1mmくらいどうでも良いのです。古い時代はもっともっとアバウトです。ストラディバリやデルジェズも毎回寸分たがわぬものを作っていたのではないのですが、それで音が悪いということはありません。

初めからアバウトな作り方を学ぶのは相当難しいです。
訓練して感覚を身に付けていく必要があるからです。


楽器作りを学んでいる過程で私も理不尽だと思ったのはある部分では細かいことはどうでも良いから見た目の感じでやれと言われる一方で別の部分では厳密な寸法が要求されます。
弦楽器製作では細かい寸法がどうでも良いところと必ず守らなくてはいけない部分があります。おおさっぱでも良いところと神経を使うべきところに比重の違いがあるのです。

この意味が分かってくるのは相当後のことです。
失敗したり具合の悪い楽器を修理することでわかってきます。
何は厳密にしなくてはいけなくてで何はアバウトで良いのか分かるようになってくると相当楽器のことが分かってきたことになります。

最初の段階では楽器として最低限守るべきことをしっかり身に付ける必要がありますのでアバウトな教育が良いとは思いません。
アーチは中央が高いドーム状になっていて弦の圧力に耐えることができなくてはいけません。そのことの方が決められた寸法に0.1mmまで正確に加工することよりずっと重要です。

ただし教えている方もマニュアルが形骸化して意味を分かっていないのが困ったところです。




いずれにしても現代の教育を真に受けてしまうとオールド楽器とは全く違う発想で楽器作りに挑むことになります。


デルジェズのような楽器を作ることはストラディバリのようなものを作るよりさらに難しいと言えます。丁寧に仕上げられたものならごまかしていけますが、雑に作られたものを同じように作るのはとても難しいです。
ストラディバリと同じものを作るのももちろん超難度ですが、デルジェズは超超難度です。本人ですら同じものを二つと作れませんでしたからコピーを作るのがいかに難しいかということです。その必要もなかったのですが。

一般的には仕事が雑なのでデルジェズのほうが簡単だと甘く考えて似ても似つかないコピーを作る人が多いです。

モディファイされ別物になってしまいましたが、ストラディバリのコピーの作り方は近代になって研究されフランスでセオリーとして確立しました。そのセオリー通りにうまく仕上げればストラディバリとは別物ですが文句のつけようのない立派な美しいヴァイオリンが出来上がります。
現代の楽器作りのセオリーはストラディバリのコピーの作り方として確立したものなのでデルジェズはそれに合わないのです。例えばジュゼッペ・ロッカのガルネリモデルを見るとコーナーはフランスのストラディバリモデルのようになっています。

フランスのガルネリモデルは大きさがはるかに大きなものに作り替えられました。作風も全く似ていません。f字孔には決まってパガニーニが使ったカノーネのようなものになっています。カノーネのようなf字孔はデルジェズの中では主流ではありません。

現代の基準で「良い楽器」というのにまったく当てはまらないのがデルジェズなのです。ストラディバリモデルは微妙なため精巧な加工が必要なので腕に自信のない職人によって現代の作風を雑にしただけのガルネリコピーが作られます。



ちなみに私が「グァルネリ」とか「デル・ジェズ」と書く時と「ガルネリ」と書くときはちゃんと区別しています。詳しくは省略します。



職人にとってもとても難しいことを私は考えています。
初めて楽器作りをする人に教える内容ではありません。

初心者に教えるには自分とは差が開きすぎていると難しいと思います。
レベルを合わせるのがめんどくさいと思ってしまって教えたがらないです。


前回も説明したように初心者にとっては刃物の使い方を学ぶことが重要です。
セオリーどおりに特徴のない無味無臭な楽器を刃物を正しく使って作ることが目標なのです。アマチュアの作者はその基礎を学んでいないのです。

セオリーに対して0.1mmの誤差もなく楽器を作ることができてゴールだと思ってしまうとそれ以上違うものを作ることができません。

なぜニスが特別なのか?



なぜニスにそんなにこだわるのか不思議に思うかもしれません。
これも確かにおかしなことで楽器の一要素にすぎないと思われます。

なぜ気にするかというと、楽器の値段というか格みたいなものに直結するからです。逆に考えるとニス以外はそんなに安い楽器も高い楽器も見た目は変わらないということが言えます。

ニスを塗る作業はとても手間がかかるので、安価な楽器では効率の良いものが使われます。そうすると見た目の雰囲気が安っぽく見えるわけです。

安っぽいというのは、パッと見た印象で「安い楽器に見える」ということです。


ニスを手作業で塗るとムラなく塗るのが難しいです。
小中学校で絵を描いたことがあれば、水彩絵具で広い面積を均一の色に塗るのは難しかったと思います。ニスの場合には透明度がありますので、塗る回数ごとに色が濃くなっていくのです。ペンキのような不透明なものなら分厚く塗りまくればその色になりますが、ニスの場合にはわずかな厚みの差が色ムラの原因になります。

そのため安価な楽器ではスプレーを使います。そうするとスプレーで塗った質感が出ます。エレキギターならスプレーの技術が腕前として評価されますが、ヴァイオリンの場合にはスプレーを使った時点で伝統的な高級品ではないとみなされます。ストラディバリはスプレーを使わなかったからです。


手塗で塗るほうが高級品なのですが、下手くそな人が塗ればムラだらけで汚いものです。
一人前の職人になるにはムラなく塗れる必要があります。ヴァイオリン製作コンクールではその技術が競われます。

ところがすごくうまく塗っていくほどスプレーのものと変わらなくなってきます。
何年も修行して苦労してニス塗の技術を習得した結果、一番安い楽器にそっくりになります。



以前もf字孔について書きましたが、安い量産品は形がゆがんでいるのに対して、私が仕上げ直した量産品は「機械で加工したようにきれい」とメッセージをいただきました。

職人にとってはちょっと不本意な言い方なのです。

厳密に言うともともと機械で作られた楽器を私が仕上げ直したのです。機械には美を感じる心が無いのでプログラムされた設計に動くだけです。弦楽器の場合には機械では美しい形が出ません。人間にはイマジネーションがあり出来上がっていく過程を見ながら美しさを感じているのです。そのため美しい形にできるのです。

機械のように美しいというのはおかしくて、人間だから美しくできるのです。


「スプレーのようにきれいに塗られた楽器ですね」と職人をほめるとがっかりされます。


機械にはできないような美しさをどうやって作るかが我々の情熱を注いでいる部分なのです。




それに対して古い楽器を見ると美しさに魅了されます。
単に値段が高い楽器に似ているからという人もいるでしょう。
その場合にはお金の臭いをかぎ取って目がくらんでいるのです。


それだけではなくて古いものに風情を感じるというのは世の東西を問わずあると思います。

汚い楽器は汚いだけです。
それを手入れをし続けて大事にしているものは美しく見えます。

単純に色彩でもいろいろな色彩が含まれています。新品では色の種類や幅が少ないです。それらが相互に影響し合ってある種の効果が生まれて人間の目には見えます。



それだけ見た目の印象に大きな影響を与えるのがニスなので単なる塗装以上に我々は注意を払うのです。弦楽器の場合には古くなっても、ニスを塗り直さないほうが良いです。塗り直すことは価値が下がります。補修して使うことです。音も変わってしまいます。


ニスと音の関係については、楽器本体との相性と考えてください。
これを塗れば音が良くなるなんてものは無いです。

自分の楽器に合うニスの組み合わせを見つけるのが職人のすることです。
配合のレシピを人から教わってもダメです。

最悪な組み合わせは、荒々しい音の本体にラッカーのような硬いニスを塗って100年も経ってさらに状態が悪いと酷い耳障りな音になります。ザクセンなどの古い量産品にあるものです。

ラッカーでもすべての楽器の音が悪いわけではないようです。しかしラッカーを塗ってあれば音の良し悪しに関わらず安い楽器とみなされます。ラッカーかどうかはにおいでわかります。酷いものはメンテナンスの作業をしていると「オエッ!!」と吐き気がします。空気中に漂わせたらそうなります。


中国のヴァイオリン




これは中国人の作ったヴァイオリンです。
中国のヴァイオリンと言っても粗悪な量産品ではなくしっかり作ってあります。ハンドメイドの楽器らしいです。このような楽器はあまり見たことはありません。30万円くらいで買ったそうですが、ハンドメイドの楽器としては破格の安さです。

パッと見て真っ先に思うことは「現代のクレモナの楽器にそっくり」ということです。
クレモナにはたくさん中国人がいて、ヴァイオリン製作コンクールにもクレモナの作者と全く見分けのつかない楽器を出しています。安価な量産品に見られる手抜きのいやらしさは感じません。

f字孔もきれいに切ってあります。ラインがシャープですね。パフリングもきれいに入っています。



スクロールもきちっとしすぎていないのがイタリア的です。


これが面白いのは、意欲的で腕の良い日本人や他のヨーロッパの人であれば、「イタリアの楽器よりも優れていますよ」と越えようと努力すると思うのです。ところが中国のこの作者の場合「クレモナの楽器と全く同じですよ」ということを目標にしていると思われます。腕の良い中国人ならイタリア人より高いクオリティの楽器を作れると思います。しかし、あえてイタリアのマエストロのクオリティに寄せているのです。

イタリアの楽器と見分けがつかないのは当たり前です。
イタリアで修業するなりしているからです。

私も何が違うというのはよくわかりません。
何となく見た感じで「クレモナっぽいな」と思います。



いずれにしても同じような作りですから音も似ているはずです。「明るい音」がするでしょう。明るい音が好きでイタリアの楽器を購入しようと考えている人にはおすすめです。

職人の私が言います。下手なイタリア人よりもうまいです。でもあくまでマエストロのレベルに抑えています。


ただよく見ると木材はおそらく中国産のものを使っていると思います。ちょっと見た目が違います。一般の人にはわからないと思います。


駒にはメーカーの焼印が残っています。
普通は駒を加工するときに自然と削り落とすことになります。


日本や韓国など東アジアの人の考え方でとにかくメーカー名にしか興味が無いのです。


この楽器は幸いにも中国人の作者の名前が貼ってあります。


ニスがものを言うということは先ほど説明しました。もしこの楽器にイタリアのマエストロが自分のニスを塗ってラベルを貼ったら見分けがつくでしょうか?

技術的にはクレモナのマエストロと同じ楽器を中国人は作ることができるという事でした。それ以上は私は知りません。関わりたくもありません。



19世紀後半のドイツやハンガリーではあくまでフランスを目指していましたから、中国の楽器はドイツの楽器とは違います。量産品でもドイツのものとは伝統が違います。20世紀までの楽器ならイタリアのラベルが貼ってあった時に真っ先に疑うのはドイツやチェコやハンガリーなどの楽器でしたがイタリアの楽器とは雰囲気が違うので見分けがつきます。これからは中国の楽器ではないかと疑われますが全く見分けも付きません。



この楽器を30万円ほどで買った人はインターネットで新品を買ったそうです。現物を見ずに買うのはリスクも高いのですが、お買い得だったと思います。本人は音が気に入らなくて別の楽器に買い替えました。日本でもこのような楽器を買う人、結果的に買っている人もいるかもしれません。ちゃんと作ってありますからクレモナの楽器と同様で決して悪い楽器ではないので安心して良いと思います。並みのイタリア人が作るものより良いかもしれません。

持ち主の人は買い換えました。自分の音の好みは経験を積む中で分かってきます、入門用としては良かったと思います。
クレモナのヴァイオリンを買い取ってもらうとすると買ったときに比べて100万円以上損するので結局使い続けることになってしまいます。この中国のヴァイオリンなら売れなくても30万円しか損しなくて済むのです。5万円でも売れれば25万円しか損しません。


イタリアの教育はあまり細かいことに意識を集中させず全体的に楽器を見ろということが特徴だと思います。離れて楽器を見てバランスを大事にしましょうという考え方です。虫眼鏡で見るような楽器の作り方はダメとされます。それ自体は立派な考え方ですが教育は形骸化するものです。ただの雑なだけの楽器になってしまいます。

背景としてはイタリアの楽器の値段が安いということです。


おかしいな?と思うかもしれませんが日本での値段ではなく現地での値段のことです。
日本でもバブル期に値上がりする前は安く売られていたそうです。

イタリアは西ヨーロッパの中でも所得水準の低いところです。日本の業者も安い楽器を仕入れたいのです。他のヨーロッパの楽器よりも安く買える上に他のヨーロッパの国の楽器よりも高く売れるのですからそれしか仕入れないわけですよね。

イタリアの方もヨーロッパでは売れないので日本向けに特化しています。
私は現代のイタリアの楽器を見ることが普段はないので皆さんより知らないかもしれません。休暇で日本に帰ると見る事ができるので多少知っています。


産業ですからそういう教育になるのは当然です。

イタリアのオールド楽器の大ファンの私としてはアマティやストラディバリより劣るものを作るように教育されるのは残念ですね。
イタリアの楽器の多くを買っている日本の業者がもっとお金を払えば丁寧な楽器も作られるようになるでしょう。個人レベルでは丁寧に作りたい人もいるはずです。





日本の経済力も落ちてきていますから今やイタリアの方も中国の富裕層を次のターゲットにしているようです。かつての日本人(今も?)のように訳も分からず「イタリア製」をありがたがることでしょう。

ニスの研究の続き



前回まではこんな感じでした。

軽石の粉を使って研磨しました。耐水ペーパーも使えます。800~1000番あたりです。仕上がりが違います。
ニスを塗った後には凹凸ができます。サンドペーパーは高いところからまっ平らに削れていきます。地形で言うと例えば800mのようなある標高の高さで切り取ってしまう感じです。

粉を使うとデコボコの角が甘くなりながら減っていく感じです。急な絶壁が甘い丘陵になっていく感じです。

軽石の粉ですからいわばストーンウォッシュですね。ちょっとジーンズとは違いますけど。
その結果・・・

わかりますでしょうか?周辺の溝になっているところが暗いまま、アーチの高くなっているところが少し明るくなりました。

表板で見てみましょう。まずは軽石で研磨する前。


次に磨いたあと・・・

濃いところと明るいところのメリハリが付きました。

表のほうが分かりやすいと思いますが、裏板でも同様になっています。
表板には松脂が付着し掃除もしにくいからです。表板の中央は松脂がついて汚れが付着したものを擦り取ったせいでオリジナルのニスも剥げて薄くなっている様子が再現されています。一旦中央が真っ黒になった後、クリーニングした時に周囲よりも明るくなったケースです。
今回はトリノのあるモダン楽器をモデルにしています。
多くのアンティーク塗装では空想でこうなるはずだと考えてやっています。理屈上は中央は汚れて黒くなるはずです。ヴィヨームのアンティーク塗装やそれを模したフランスやドイツのものにはよく見られます。しかし実際はそれと反対のことが起きる場合もあるのです。

このような変化は楽器を使いこんでいると自然と起きるものです。50~100年でも起きています。言われなければそうなっていることに気付かないレベルですが、雰囲気としては全くの新品と違って見えます。


この作業には4時間かかりました。量産メーカーではとても無理です。
4時間の割には微妙な変化ですね。でも本来なら50年や100年かかるところですからたった4時間ということが言えます。

ただし、今回目標としたのは軽いオールドイミテーションでした。これでは本格的なアンティーク塗装ですね。そこでもう少しメリハリを抑えます。全体に赤くしていきましょう。


言われなければただ赤茶色のニスが塗られているだけに見えるでしょう。しかしよく見ると周辺が黒っぽくなっています。100年くらいで自然とできる色の濃淡が再現されています。

100年くらい経てばこれくらい汚れている楽器もあります。


軽いイミテーションのつもりがやっているうちにかなり本気モードのモダン楽器のコピーになってきてしまいました。傷やエッジの摩耗などのダメージは与えていませんが、古い感じが出ています。

別の角度で・・・

言われなければ同じ色に均一に塗られているだけに思うでしょう。しかしよく見ると微妙な色合いの違いがあって雰囲気があるように見えます。これは工場で作られた大量生産品に私がニスを塗っただけで高級品でも何でもないですよ。

クローズアップしても100年くらい経っている楽器の感じです。

やはり風格があります。指板や駒などが付くと調和のとれた自然な雰囲気になるでしょう。

こんなんですよ。
予定いていたものとは違うことになってしまいました。そういう意味では失敗ですね。
アンティーク塗装が施されているのが分からないくらい自然に新品の楽器に風格を持たせるのが目的でしたが明らかにアンティーク塗装がされている楽器になってしまいました。

2週間前は偉そうに大げさなのはダメだと言っていたのにです。
あんなに言っていたのに失敗です。自分をアホかと思います。



でも結果的にはこれはこれで良いでしょう。師匠も気に入ってくれました。

うちの会社がいい加減で助かっています、作業時間が当初の予定よりも大幅に増えています。原価を計算するような会社(普通の会社)だったら怒られるものです。美しくできればOKというのがうちの師匠兼社長です。

面白いのは新作としてフランスの楽器のようなものを作りたいとしても全くの新品では出来上がるとイメージと違ってガッカリすることを経験します。フランスの楽器のようなものを作りたければこのような塗装にする必要がありそうです。

これからすぐにチェロで同様の塗装をやっていきます。良い練習になりました。

ビオラの試作のためという目的もありましたが本気のイミテーションになりすぎたので考え直す必要があります。アンティーク塗装のチェロのための試作ということにしておきましょう。


写真では伝わりにくい部分ではありますが、ニスというのが楽器の見た目の印象に大きな影響を与えることが分かります。大量生産品とは全く雰囲気が違います。

木の着色について

良い機会なので下地の着色の効果について見てみましょう。

これは十年ほど前に作られたヴァイオリンで木には着色がなされていません。

このようなニスの塗り方は陰影をつけると業界で言います。同じ色のニスの強弱だけですから正しくは濃淡です。下地に色を付けなくてもニスに色があれば濃い色にはできます。

カエデには杢と呼ばれる横縞の模様があります。無着色ではニスの色の濃いところと薄いところで縞模様の強さが違います。着色してあるものはニスの色の濃さが違っても縞模様の強さがそれほど変わりません。無着色ではニスの色が明るいところは杢も明るくなります。

今回のものは着色してあります。左右が逆で右側が明るくなっていますこっちが肩の当たるほうです。



つまりニスをすべて均一に塗ってしまえば違いは分かりにくいということです。逆にオールド楽器を再現する場合もっと濃淡の幅が大きく黒い部分があるとさらに杢が弱く見えるのです。そのため無着色でオールドイミテーションをやるのは自殺行為なのです。古い木では色がついているので無着色では同じになりませんし、昔の職人が着色している場合も多くあります。見分け方は説明の通りです。

修理で新しい木を足すときにこれを間違えると終わりです。


文字数が制限一杯なので急ですが終わります。また次回。