テールピースの材質と音について実験です。 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

今回はテールピースによって音は違うのか?という疑問に取り組んでみたいと思います。




こんにちは、ガリッポです。

前回、板の厚い楽器は手を抜いて作られたものに多いと説明しました。
たまたま修理で手元にある楽器でもそんなものばかりです。
チェコ製の量産品です。

3.5mm以上で厚い方だと言いましたからかなり厚いですね。

オールドなら2.5mm前後でも普通です。

エッジも現代の楽器は3.0~3.5mmと言いましたがまさにそれです。オールドでは2.5mm以下が少なくありません。

外観は悪いものではなく、カーブもf字孔もきれいで設計した人はセンスがあるなあと思います。しかし量産品は違う人が分業で作っていたのかもしれません。厚いにもかかわらず割れています。多少厚くても耐久性はそんなに変わらないのに音へのマイナスは大きいのです。厚くても弾力が無いためにパキッとわれてしまうのです。

裏板も厚いです。音の好みにもよりますがこの辺は3mm以下にしてほしいですね。

エッジは表板と同じです。

他にもう一つチェロ、もう一つのヴァイオリンの例もありますが同じ画像ばかりになるのでやめておきます。
「安価な量産品は薄く作られていて鳴るけど安易な方法で鳴るようにしたもので本物ではない」というのは事実ではありません。手を抜かれた楽器の多くは板が厚すぎるのです。このような楽器を改造して薄くすると古くなっているぶんだけハンドメイドの新作楽器よりよく鳴ります。値段は50万円にも満たないものです。


今回はテールピースに注目してみましょう。
弦楽器の業界ではよくわかっていないことがたくさんあります。テールピースには材質や値段の違うものがありますが音はどう違うのでしょうか?

通常我々は音でテールピースを選ぶことはしません。なぜなら、色が違うテールピースに変えてしまうとペグやあご当てと色が合わなくなってしまうからです。テールピースとともにペグまで交換するとなると取り付けの作業が必要なのでそっちの方が値段が高くなってしまいます。

仕入れる際には安価な製品かとても高価なものがどちらかです。安価な製品は中国などで作られていて仕事が粗くてきれいに加工されたものはめったにないです。高価なものはそんな高いテールピースをだれが買うんだ?という値段です。日本人なら買うかもしれませんね。昔はドイツなんかでも中品質で手ごろなものも作っていたのでしょうから感覚からすると高すぎる値段です。今は両極端です。



我々の業界では「軽いほうが音が良い」という常識があります。金属製や黒檀のものは重く、ツゲやプラスチックのものは軽量で、さらに最近ではカーボンで作られたものもあります。カーボンの製品が売られるのは「軽いほうが音が良い」ということが業界の常識となっているため商品化されたはずです。

私も以前から重さを軽くするためにテールピースの内側を削るということをしてきました。何度かやってきましたが、同じ製品で削ったものと削っていないものを試してみました。その結果ほとんど違いがありませんでした。私はかねてから「軽いほうが音が良い」というのを怪しいと思っていました。そして写真のようなツゲのテールピースではいくつもの楽器で使用するうち「明るい軽い音」だという傾向が分かってきました。裏板や表板も薄く削ることで低音が出やすくなり暗い音になることからそのような効果を期待して内側を削っていたのです。しかし試してみると効果が無いようです。明るい軽い音が重厚感のある音にはなりませんでした。

ツゲという材料は硝酸を使って反応させて色を付けます。しかし酸の反応で木材がもろくなります。アジャスターの部分などに割れが生じ安いのです。そしてひびが入るとにかわはもちろん業務用の瞬間接着剤を使ってもくっつけることができません。

一時期人工的にヴァイオリンを古くするために硝酸をヴァイオリンの下地にに塗ることが流行りました。知り合いの職人に聞いた話では完成したヴァイオリンを使っていた所ひびが入って割れてしまったそうです。そして接着することができずに新しい表板を作ったということでした。

修理でも硝酸を使ったと思われる楽器があり割れの接着を試みたことがありました。接着してみると「なんだ?接着できるじゃないか」と通常どおり接着ができました。ところが軽く力を加えると接着したすぐ横がボロッと崩れてしまいました。

そういうわけであまり薄くすることはメリットもないのに危険だけ増えるということです。
先日もひびの入ったツゲのテールピースを交換しました。

材質が固有の音を持っている?

私が考えているのは材質というのはそれぞれ固有の「音」を持っていて弦を固定するテールピースには当然振動が伝わります。その時テールピースの振動が弦の振動に影響を与えるのではないかと考えています。ツゲを使ったときいつも軽い明るい音がするのはツゲという材質は木材の中でも硬く比重が軽い素材だからだと思うのです。

一方黒檀では重厚で引き締まったしっかりした音になる傾向があります。黒檀は木材の中では最も比重が重い部類のもので硬さもあります。

おもしろいことに白い木材の多くは比重が軽く、色がついているものは重いものが多いです。白い木材には硬いものと柔らかいものがあります。弦楽器の表板のドイツトウヒ(スプルース)は比重が軽くやわらかい木材で、裏板に使うカエデは比重が軽く硬めの材質です。黒檀はずっと重くはるかに硬いです。なぜわかるかというと作業しているときに手で持ったり削ったりすると比重や硬さが分かるのです。職人は手で材質が分かるのです。


ここでテールピースは重いほうが良いのか軽いほうが良いのかという問に対して私は、材質はそれぞれ固有の音があり楽器に合うか、個人の音の好みに合っているかということになると考えています。実際に金属のテールピースから黒檀に変えたことがありますが黒檀のほうが望ましいと思いました。金属よりも比重が軽いからだとするとツゲやプラスチックのほうがさらに軽くて良いはずですが、私個人としては黒檀のほうが好きです。

黒檀が理想的な音というわけではありませんが他に比べたらより気に入ったということです。



軽くて明るい色のツゲが明るい軽い音がして、重く真っ黒な黒檀が重厚で暗い音がするのは私の思い込みでしょうか?
私は素材の質を人間の耳というのは敏感に感知できるのではないかと思います。たとえば石を投げて下が落ち葉であれば「カサッ」という音がして下が岩だったら「カーン」と響くでしょう。もし飛び降りるのならカサッのほうが良いですね。金属なら金属、ガラスならガラス、液体なら液体・・・人間は音によって素材の性質を知ることができるようになっているのではないかと思います。音響測定器で測るのとは全く違う次元で音から連想することができるようになっているのだと思います。味覚によって毒性や体に必要な栄養素を見分けるのと同じことです。

「耳においしい音」を作り出す道具が楽器とも言えます。


そういえば以前にも「てんぷらは耳で揚げる」なんて話もしました。妙に気に入っているフレーズです。



弦楽器に用いられるのは黒檀、ローズウッド、ツゲの3種類です。3種類でも我々は様々な形のペグやあご当てをすべて品ぞろえするのは大変です。一般的に用いられているのはこの3種類となります。

じゃあどれをつけたらいいのかと言えば機能性で見たとき、もっとも密度が高くしっかりした黒檀が優れていて一般的であるのも当然と言えます。音は先ほどの通りです。これに対してオールドの名器などには慣習としてツゲが用いられてきました。ツゲは摩擦が大きくてペグの動きがカクっとなりやすいものです。硬い木材ですが密度が低いのでE線は食い込んできます。
ローズウッドも硬い木材ですが何となく頼りない素材ですね。ローズウッドはこの中では一般的でないので販売されている種類も限られてきます。


私は自作の楽器でアンティーク塗装のレプリカの場合、見た目の雰囲気を重視してツゲを使ってきました。ただ音としては「明るく軽い音」に不満を持っていました。黒檀のような重厚な音にしたいものです。そうすると見た目が地味になってしまいます。

自作のヴァイオリンです。アンティーク塗装の楽器にはツゲが似合います。


本来なら黒檀という材料はたいへんな銘木で貴重な高価なものです。将来は資源保護のためどんどん値上がりしてくるでしょう。人工的にで作られた黒檀の模造品の指板まで開発されています。決して安物ではありません。しかし明るい茶色のツゲはオールドヴァイオリンの雰囲気を感じさせるという現実も無視できません。したがってこれまではツゲを使ってきました。本当の名器なら貫禄があって高級感を演出する必要はなく黒檀はシックで通好みということでむしろカッコいいのですが何しろレプリカですからこういうところでも名器感を出しておきたいところです。

じゃあ、黒檀の表面にツゲの薄い板を貼り付けて見た目がツゲの黒檀のテールピースは作れないかと考えるわけです。こんなものを作ったことはありませんし、手間暇がかかって市販するなら5万円くらいにはなってしまうでしょう。

一般に木工で薄い板を表面に貼るのは無垢の高級木材に見せかけるために行うわけです。このアイデアは高級木材の表面に高級木材を貼るという珍しいものです。


こんなバカバカしいものを作る人がいるでしょうか?


そうです私です。

作ってみましょう





ベースは市販されている黒檀のテールピースを使います。ツゲの突板を張り付ける部分をなだらかな曲面にします。

ツゲの角材です。いろいろな産地があってアジア、ヨーロッパ、南米と種類もいろいろあります。手ごろなサイズのものを発注しました。南米のものです。地元ヨーロッパのものは売っている量の単位が多すぎたので今回の実験には必要が無いということで南米のものになりました。


まずは両サイドにツゲを張り付けます。黒檀のほうも削って一回り小さくし表面を整えてあります。こういう仕事は弦楽器のエッジの修理などでたくさん経験しているのでなんてことはないです。木材を曲げて張り付けたりするほうが面倒です。後で外れてくる危険が増します。



隙間なくぴちっと接着ができています。

シリコンで型を取ります。これで突板を押し付けて接着するのです。

位置がずれないようになっています。突板を曲げてから圧着です。


気持ち悪い感じになりますが、穴を開けていきます。

こうなるとテールピースっぽくなりました。このあと硝酸で着色します。

色がついたらカラーというのでしょうか?弦がまたがる部分を黒檀で作ります。安いものだとプラスチックだったりします。

完成です





突板なので真ん中に継ぎ目があります。それ以外は普通のテールピースです。
木材の質も一般的なものよりもいいですね。形も修正してきれいなカーブに仕上げました。



当然、大部分は黒檀できています。

装着するとこのような感じです。

上から見ると中が黒檀であることが分かるようになっています。ここにもツゲを貼ることができますがせっかくなので中が黒檀だとわかるようにしておきます。

せっかくの力作も言われなければわかりません。

気になる音は?

このようなものは劇的に楽器の音が良くなるというものではありません。テールピースには何らかの素材でできたものを使用しなくてはいけません。その中でどれが望ましいかということです。

去年私が作ったデルジェズのコピーに取り付けて実際に弾いてみたところ黒檀の音になりました。明るくて軽いツゲの音に対して、クリアーで引き締まった暗い音になりました。ツゲのほうが明るい響きが豊かでそういう意味ではボリューム感はあります。しかし、響きが多いことは言い換えるとぼやけてあいまいに聞こえるとも言えます。今回作ったテールピースでは弦の振動がよりダイレクトに感じられますし、弓のニュアンスもはっきり出てくるように感じます。低音を弾いたときに振動がブルブルと裏板に強く伝わっているように感じます。

100%私が望んでいた音にはなりませんでしたが、ツゲとどちらが好みかと言われればこちらのほうが気に入りました。


こういう弾き比べで気を付けなくてはいけないのは、駒の位置が少しずれただけでも音は変わってしまうので、本当にそれがテールピースの差なのか、他の原因なのかわかりにくいことです。弦を張るときに駒が引っぱられて指板側に傾くことでも音が変わってしまうのです。

駒の位置を微妙に変えてそれでも同じ傾向が感じられるとしたらテールピースのせいだと言えると思います。


繰り返しますが、どんなヴァイオリンでも飛躍的に音が良くなるというものではなく、どういう方向に音を持っていきたいかという楽器と使う人の好みの問題です。

5万円するとしたらそれほどの効果があるのかというと微妙ではあります。
しかし、暗くてダイレクトな音に持っていく手段というのはあまりないので私は自分の楽器には標準装備にしてもいいかなと思います。弦メーカーでも「柔らかくて暗い音」、「明るくて輝かしい音」という風に製品を作っています、製作時に板の厚さも薄くすると「柔らかくて暗い音」になりますからこのような効果は珍しいです。

5万円は高いですが、弦に比べれば頻繁に変える必要はありませんからものすごく高いということもありません。もちろん黒檀にすれば安く済みます、ペグ交換のタイミングで黒檀にするというのが現実的です。見た目は地味になりますが…


もう一つ重要なのは、今回作ったテールピースはツゲの中をくりぬいたものに比べて倍の重さがあります。にもかかわらず少なくとも私にはこちらのほうが良かったです。「軽いほど良い」という常識が間違っていたことになります。

弦楽器の世界で言われている常識は検証が行われていない理論だけのものが多く、こんなにいい加減なものだということを認識する必要があります。


軽いツゲのテールピースはそれ自体がよく振動するでしょう。その振動が弦の振動をあいまいにしてしまうのではないかと思います。重さがあったほうが弦の振動が損なわれずに表板にダイレクトに伝わるのではないかと考えています。ただし楽器によってはダイレクトすぎると耳障りになることもあるでしょう。重いほど良いというものでもないでしょう。

私はE線アジャスターとテールピースの間に振動を遮断するためゴムのシートを挟んだことがありました。テールピースの振動から遮断された結果、スチールのE線は金属的な音がモロに聞こえるようになってしまいました。

したがって楽器によって音がきつすぎるというのならツゲのほうがマイルドになるとも考えられます。また濃い音色を持っているオールドヴァイオリンには合うのかもしれません。


弦楽器には音質を調整する仕組みが備わっていないので調整はとても難しく、偶然に近いようなことを覚えておいて要望に応じて使えるようにしておくことが職人がするべきことだと思います。



逆のパターンもあるでしょう。黒檀のペグにツゲのテールピースを使いたいならツゲを黒く染めてしまうほうが安価だと思います。ローズウッドにツゲを貼るということも考えられます。それならペグもローズウッドに変えればいいと思います。

また弦楽器の付属品に用いられていない木材を芯に使うことも面白いです。打楽器や木管楽器、ギターなど他の楽器に使われている木材も考えられます。

こればかりやるつもりはありませんが、年に数個くらいなら作ります。
もうちょっと品質と生産効率を高める改善に取り組んでいきたい気持ちもあります。