こんにちはガリッポです。
日本ではかつて社会人の常識と考えられていたことが一転して許されなくなっているようです。力を持った偉い人に媚びて取り入って便宜を図ってもらうというやり方です。
弦楽器の業界は楽器の購入に絶大な影響力を持っている先生や教授に媚びて楽器を売るということが「社会人の常識」として行われています。店頭で接客するよりも楽器店の営業マンのメインの仕事です。
高校生がこれから受験する音大の教授にレッスンを受けに行き、教授に薦められる楽器を購入して受験に臨みます。普通に考えたら賄賂ですよね。一般の大学でそんなことをしていたら解雇でしょうけども。
そうでなくても小遣い稼ぎのために先生が転売をしたり、業者からリベートをもらったりしています。業者間で接待合戦もあるかもしれません。偉い立場の人がそんなせこいことをしないとやっていけないという日本の音楽業界の貧しさに切なさを感じます。これはどこの国でも起きえることで楽器店を教授が紹介することを禁止している国もあります。そこまでしないと楽器が売れないという演奏者の少なさもありますね。
このようなことは「社会人の常識」として社会人なら誰もが知っていることでしょう。皆が自分の業界で心当たりがあるということですね。恨みの代償行為としてやり玉に挙げやすい所を攻撃するのではなく、それぞれが自分の業界を改革するために尽力した方が良いと思います。私はそんな大それたことをするよりも、腐敗は悪い商品やサービスが出回る原因になるのですから、良いものを知った人だけが得すれば良いと思います。
話はそれましたが、もちろん中には本当に生徒のために良い楽器を使わせたいという本心で助言している人もいることでしょう。どこの世界でも同じです。
ただし先生が本当に良い楽器や弓と思っても、骨格などの違いもあり生徒にとっては使いづらくて嫌でしょうがないことがあります。音大の先生に薦められた弓を購入し、音大を卒業すると同時に売りに来た人がいます。情熱的な音楽家にはありがちです。
先生の中には生徒本人に選ばせるように仕向ける理解のある人もいます。ぜひ読者で先生をなさっている方、将来先生になる方には気にかけていただきたいです。
そんなこともありますが、セールスマンが「立派な社会人」として職務をしているということも話してきています。
「明るい音」という謎のワードが日本では頻繁に聞かれることでしょう。これは誤解や混乱を招く原因です。明るい音という言葉は日本の弦楽器業界を30年は停滞させていることでしょう。
ユーザーであれば誰しも経験するでしょうが、自分が売ろうとしている製品を何でもかんでも「明るい音」と紹介しています。もはやよくわからない概念となってしまって、何を形容しているのかもわかりません。
食品業界で何でもかんでも「甘い」と言って売ったらどうでしょう、塩味のせんべいで「これは甘いですよ」と売り子が言っていると明らかに嘘であるだけでなく、甘くないお菓子が欲しい人が購入を避けてしまいます。こんなのが知識なんて言うのですから知性を笑ってしまいます。一度嘘をつくとつじつまを合わせるための嘘を重ねる必要になってしまいます。何も信頼性がありません。
「明るい音=良い音ではなく・・」とそんな情報も当ブログ以外でも見識のある人たちに語られるようになってきたことでしょう。
言葉から自由になると楽しみは広がると思います。
板を薄くする修理

申し訳ありませんが、時間が限られた休暇の日本滞在中に修理するということで、ブログの企画として考えていたわけではありません。何が大変かと言えば、目の前の作業をするだけでも難しいのに、それを分かりやすく見せるというのが余計な負担なのです。普段コンピュータを使う仕事はしていません。ユーチューバーなどを見ていても、毎回面白いアイデアを考えて撮影してめんどくさい編集をして、追い詰められて苦しいんじゃないかと思います。このブログでは広告はついていますがそこから私は収入は得ていません。コンピュータの知識のない私が無料でブログを作成するためのものです。
ブログに載せるなら修理を始める前にどういう楽器か写真を撮っておかないといけないのでしょうけども全然やってませんでした。
時間が限られていたので、板の厚みを計測し試しにちょっと弾いてみた後すぐに表板を開けました。
楽器はベルギーの量産品でアンリ・デリルというメーカーの2008年製のヴァイオリンです。同社のものはうちの店でも扱ったことがありある程度は知っています。工場は中国にあって塗装はベルギーでやっているようなことを聞いていたと思います。チェロのネックなどを見ると木材の感じが中国のメイプルのように見えることもありました。胴体は違う感じでした。製品のランクなどによって違うのかもしれません。
ベルギーの楽器製作というのは伝統的にはフランスの影響が強い流派と言えます。量産品にしては品質が高くその意味でフランス的な考え方が多少は残っているようにも思えます。
とはいえフランスの一流のモダン楽器のクオリティや特徴があるとまでは言えず、近代の楽器製作は皆フランスが起源ですからそれよりクオリティが劣れば、ただの普通のヴァイオリンでしかありません。
もともとある程度よくできている楽器なので、板を薄くする余地があるかと実物を手にするまでわかりませんでしたが、厚みを測ってみると1900年以降主流の普通の厚さになっていました。量産品としては現在正しいとされている厚みに正確に加工されているということです。19世紀のフランスのものとは違いますのでその意味でも別物です。

裏板を削るためには指板を外さないといけません。これも上手くいかないと指板が割れてしまうことがあります。幸いにも指板は簡単に外れました。接着面には黄色い接着剤がついていました。接着力はさほど強くないようでした。量産品の場合には木工用ボンドのようなものを使っていて全然取れないものがあります。無理やり剥がそうとして指板が壊れると指板を新しくしないといけません。もっとひどいのはネックの方が壊れることで、継ネックが必要になります。
そういうリスクがあるために修理がどれくらいの日数かかるかはあらかじめわからないのです。それが一番気にしていたことで、ブログの記事にするために用意はしていません。

表板は全体的に0.5mm程度薄くしました。隅っこの削り残しをちょっと削る程度ではなく結構ガッツリ行かないといけませんでした。

裏板は中央付近はそのままで上と下の部分を削りました。

魂柱の来るとこを帯状に残しています。また大きく削ったところと段差ができないようになだらかにしました。
小さなヴァイオリン製作用のカンナではなく、ノミでザクザク削っています。削った量が微量ではないということです。
これがカンナだけでは一度に削れる厚みがが何十分の一ミリで作業が進まず途中で嫌になってしまいます。働いた割には薄くならず薄くしたつもりでも大して薄くなっていません。ノミを使って削る時に手元が狂うことが怖いので豆カンナを多用するのです。ノミを使うのは初心者にはとても難しく、神経を使うので集中力がない人はできません。
現代の職人が豆カンナを多用することも板の厚い楽器が作られる原因の一つです。私のようにギリギリまでノミで削る人は少ないでしょう。オールド楽器ももしかしたらザクザク遠慮なく削っていたのかもしれません。その結果薄すぎる楽器もあります。

表板はバスバーの交換も必要です。


裏板の表面も仕上げた後に剥がしてあったラベルを貼ります。ラベルはうまく剥がせることもありますがそうでない時もあります。持ち主にはラベルが損傷するかもしれないと伝えたところ、無くなっても良いとのことでしたが、量産品でも製造者の真のラベルがあることは出所がはっきりするのであった方が良いと思います。量産品であっても、メーカー名がはっきりしていると後の時代にはどんなものかはっきりします。もちろんハンドメイドの楽器と偽って売るなら別ですが…。
これが高価な作者の偽造ラベルを貼ってしまうとノーラベルと同じことになりますし、メーカーにはそんなつもりは無いのに邪悪なニセモノと扱われてしまいます。

オリジナルの指板を貼り付けてから表板を付けます。ネックの角度を見るためです。指板を削り直し、駒と魂柱を新しくします。

見た目の雰囲気も量産品にしては良い感じですね。

修理後の厚みです。
修理前の厚みも計測しておけばブログのネタとしてもわかりやすかったのですが、そんなことを考える余裕がありませんでした。
気になる音は?
修理前に弾いてみましたが、まったりとしたにぶい音で覇気がなくどんよりとしていました。量産楽器によくあるような荒々しい音はせず、するどいとは正反対の音です。明るいという感じもしません。弦にはラーセンのツィガーヌとE線にピラストロNo.1が張ってありました。
付属部品にはローズウッドが使われ、音にはローズウッドの材質のイメージとも一致しています。ローズウッドは黒檀に比べると柔らかい素材です。ツゲと比べる重く暗い音のイメージです。
修理後は、すぐに低音が強くなったことが分かりました。低音のボリュームが増大しG線の一番低い音から豊かに鳴ることがはっきりわかりました。音色は全体的に暗くなりました。もともと明るいという感じではありませんでしたがさらに暗くなりました。レスポンスが向上し、キリっと切れのある音になりました。ヴァイオリンらしい音ですね。高音は特別柔らかいことはありませんが耳障りというほどではないでしょう。
修理後音色が暗くなってもこもった音にはなっていません、修理前の方がこもった音でした。音の暗さとこもりは別の現象ですね。暗くて抜けが良いということがあり得ます。
本人に楽器を渡した後に感想をいただいても、同じようなことを感じたようです。
それに加えて楽器がよく響くようになったと感じたそうです。D,G線の高いポジションの音が出やすくなったそうです。量産楽器では得にくい高いポジションで弾く意味が感じられるようになったようです。
さらに音程が分かりやすくなったということも言っていました。音程が聞きやすいということもありますし、外れているのがより分かってしまうということでもあります。
依頼主の好みの方向性に音が変わった上にそれ以上のプラスの効果があったようです。私はほっとしました。
板を薄くする効果
板が薄くなると何が変わるのでしょうか?
物理的に考えると低い周波数の振動が多くなったということだと思います。低音が強くなったことにも表れていますし、音色にも影響しています。
低音が振動することで
楽器全体が振動しているような感触が得られます。歌手に例えると腹の底から声が出ているような感じです。楽器が底から響いている感じがします。
したがって音量が増したとかそういう事ではなくて、低い周波数で音圧が増したということです。一方高い方の中音域では減ったために音が暗く感じられたことでしょう。低い周波数で振動していることで弾いている人にはビリビリと振動が伝わってきます。
音が明るいとか暗いというのは私は音色のことを言っています。
弦楽器は音程の音(基音)だけでなく同時に様々な音域の音が出ています、これが音色を作ります。この時低音が勝ったバランスの音を暗い音、高音が勝った音を明るい音と普通は考えます。難しい解釈は要りません。
人によって感じられるかどうかはわかりませんが、私には音が光のように明るく聞こえたり暗く聞こえたりします。中低音に厚みがあれば暖かみを感じます。
低音が勝っているか高音が勝っているかが音色となって表れているのでそこには良いとか悪いとかはありません。ただの物理現象を人間が感じているだけです。
それを音楽として、音楽をするための道具としてどう評価するかは別の問題です。
また音色は好みの問題で、人によってどんな音色が好むかは個人の自由です。
弦楽器の音について音色を重視するかどうかも個人の自由です。
その上でうちではお客さんに「明るい音と暗い音のどちらが好みですか?」と聞くと暗い音のほうが好きと答える人が多いです。私も暗い音に魅力を感じます。
うちの師匠は日本人やアジア人は自分たちとは音の好みが全く違っていて明るい音を好むという知識を持っているようです。私のことは「暗い音を好むはじめての日本人」と言っています。暗い音を好む私は日本人ではおかしいのでしょうか?
特にオールド楽器で暗い音のものが多く、魅力的な音を感じます。
日本でも営業マンはそんな楽器を売るときには「ダークな音」と言うようです。「明るい音=良い音」という嘘をついてきたせいで、暗いという形容詞を使えないのです。ダークは暗いという意味ですから同じことです。なぜ日本語の「暗い」は悪い音で英語の「ダーク」は良い音なのでしょうか?
ファッション用語でも日本語で呼んでいたものを急に英語にすると格好よく聞こえるというのがありますが、間抜けなことに英語を勘違いしていて誤訳していて本国では通じないことがよくあります。
商業というのはそんな知的レベルです。
同じことを英語で言うとカッコいいってそれが知識と呼べるものでしょうか?
根本的に考えてみると歌の発声法についても西洋とは違います。
教会の音楽やオペラと日本の民謡や演歌と違いますが、私はポップミュージックやロックでも同様の違いが未だにあると思います。洋楽のファンの人なら欧米の一流のアーティストの歌唱力が高いと感じているでしょうが、発声法も違うと個人的には思います。英語圏の歌手ははるかに柔らかく声を出しているように聞こえます。日本人でも英語の歌を歌う時は割とそんな感じで遜色ないのに、日本語の歌になると急に硬く感じます。発声法に言語との関連性もあるのでしょうか?一方巻き舌調で日本語の歌を歌うのは全く英語圏の歌唱法とは全く違うように聞こえます。
またリラックスして自宅やお風呂で歌を歌うとうまく歌えているように思えて、人前で歌うとなるとドヘタクソになります。緊張感や恥ずかしさが身体の機能に影響して発声を妨げているようです。
お風呂で気持ちよく歌えるのは部屋の響きもあります。
教会の音楽とお寺のお坊さんでは発声法が違います。教会では音が反響するのでより響かせるような歌い方になり、日本の建物では障子やふすまで壁らしい壁もなく、床も畳で音を吸収するものばかりです。民謡や伝統芸能なども、フワッと響かせるような発声ではなく、はっきりとした声を出すというのが日本の家屋で聞こえやすいということでしょうか?
このようなことも日本人独特の「明るい音」ということになってくるのかもしれません。低音や高音など音域ののバランスではなく、響かない日本の建物で通るはっきりした声が明るい声ということになります。
これが未だに生きているとしたら音の好みは全く違うこともおかしくありません。
明るい音を良しとしている人もいるかもしれませんが、世界では珍しい変わった音の好み、・・・少なくともクラシック音楽の作られた西洋とは違う音の好みということになります。
話を板の厚みに戻すと、板を薄くした結果、楽器が底から響くような感じが得られました。私が厚い板の楽器を弾くと懐かしい感じがします。昔習っていた時に使っていた量産楽器や最初の頃に作っていた楽器を思い出すからです。楽器全体が振動するのではなくて、表板の一部だけが振動している感じがします。
厚い板の楽器ではマリオ・ガッダやその工房のものがありました。
日本の読者の方にも80年代にマリオ・ガッダを当時は80万円ほどで買った人がいて、あまりにも鳴らないので日本人の職人に板を薄くしてもらったという人がいました。A・ガリアーノを使う馴染みのコンサートマスターは同様の楽器を「弦しか振動してない」と言っていました。これは極端な例ですが薄い方が楽器全体が響いている感じがするのです。
ともかく音量があるとか無いとかというよりも、振動する周波数が厚さによって変わるということです。
これは音響工学的な考え方で音楽だけをやってきた人には思いつかない発想かもしれません。録音やオーディオとかの話です。
板を削りながらタッピングをして叩いてみると音の高さが変わっていくことはわかります。厚い時は高い音がして薄くなるほど低い音になることが分かります。しかし音楽家の発想では音程で考えてしまいます。絶対音感があるという職人では叩いた時にこれは何の高さの音か言い当てます。叩いて440HzのAの音になっていると良いと言う人もいます。ですから叩いた時に板が薄いほど低い音になることは皆経験します。
それに対して周波数ごとの音圧でとらえることを「周波数特性」と言いますが、板の厚みについてそのような説明を先輩などから聞いた事がありません。音楽家には無い発想でしょうね。
古い時代ほど録音技術が低く、低音から高音まで幅広い音域で録音することが難しく、再生することも難しかったはずです。昔の蓄音機はレコードプレーヤーの上にラッパのようなものを付けて音を聞こえやすいようにしていました。
電気を使うスピーカーで、最もシンプルなものは、一つのスピーカーユニットで作られています。それを高音用と低音用に口径の違う二つのユニットを組み合わせることでより高い音、より低い音を再生できるようになりました。口径が小さい方が高音再生能力に長け、大きい方が低音再生に長けているからです。さらに高音用中音用低音用の三つユニットを組み合わせた3ウェイスピーカーがあります。音域はさらに広くなります。さらに増やして4ウェイの巨大スピーカーもあります。ただカーオーディオや素人だましの製品ではやたらスピーカーの数を増やしますが口径の大きさに差が無ければ意味がありません。
基本的には低い音から高い音まで均等に出ることがオーディオの世界では高音質ということが言えます。
スマホやパソコンに内蔵のスピーカーで音楽を聴くと低音が出ないために聞いていて耳障りに感じます。ちょっと離れると全く低音が聞こえなくなるので他の人がスピーカーで音を出していると不快です。急に大音量で広告の動画が流れて焦ることがあります。同じようなことは町内放送や選挙カーのような拡声器でも感じます。大型のスピーカーですが、音量を重視する代わりに音域がとても狭いです。音楽を演奏するものではなく人の声が聞こえて、少ない電力でメッセージが理解できればいいからです。これがスタジアムやポピュラー音楽のライブで使われるスピーカーでは音量があるだけではなくずっと音域が広く音楽も聞きやすいだけでなく人の声でも心地良く聞こえます。アンプの出力もはるかに大きいものです。
弦楽器でも同じように広い音域を持っていれば上質で心地良く、透明感のある音に聞こえるかもしれません。拡声器のようにとにかく音量があれば何でも良いと音域が狭ければ美しい音とは違うかもしれません。弦楽器はアコースティックですから弦と弓が擦れて生じるエネルギーは同じでどの音域の音になって表れるかということですから、狭い音域に音を集中させれば音量は最大になるでしょうし、幅広い音域で音が出れば静かな感じがするでしょう。
楽器を選ぶ時に音色を重視するか音量を重視するかも人によって違います。拡声器のような音でも不満が無い人の方が多いのかもしれません。オーディオについても同じことでほとんどの人は音域が狭くても気にせず音楽を楽しんでいます。マニアだけが音域が狭いことを不満に思っています。理屈で考えればコントラバスの音が出なければ本来のオーケストラの音楽を楽しむことができないはずですが、メロディだけでも楽しめないこともないということです。
このように音域が広いことをオーディオの用語では「ワイドレンジ」と言います。しかしヴァイオリンの世界ではそんな用語はありません。何もかも一緒くたにして語っています。音について具体的なことは語らずに値段が高いとか安いとか作者が天才だとか巨匠だとかそんな話をしています。要約すると値段が高い楽器ほど明るい音がするそうです。ボキャブラリーが何も無いですね。
オーディオマニアの世界では皆に共通する「良い音」というのがあるのでしょうか?
あるカリスマスピーカーの製作者は3ウェイや4ウェイのように音域の違うスピーカーユニットを組み合わせた大手メーカーのものは自然な音がしないと言います。継ぎ目ができておかしくなるからです。一つのスピーカーユニットだけでスピーカーを作ったほうが「本当の音」が聞こえると言います。自分自身もギターを弾いていて、自作のスピーカーの音はそれに近いと熱弁します。さすがカリスマ設計者、説得力がありますね。
そのスピーカーの音を聞いた人はガラクタのような古いステレオの冴えない音のようだったと語っています。思い込みの激しいヴァイオリン職人にもありがちな性格です。
それくらい音っていうのは個人差があります。その人が異常に気にする一面についてはそのスピーカーが本物の音に近くでも、他の部分では全く似ても似つかない音になっていることがあり得ます。
またコンサートホールで音を聞く場合と部屋で脇に抱えたギターの音を聞くのでは違います。
ともかく共通理解として音域が広いか狭いかそんなことも何も語られていないのが弦楽器の世界です。共通理解になっていればワンドレンジ系の音だとかナロー系の音だとかそういう分類もできるようになるのです。エレキギターのマニアではオーディオ用語を借用してだいぶ語られる語彙が多いようです。プチオーディオマニアみたいで悪い所を取り入れている感じもします。趣味というのは下手な人がいるものです。
ギターやギターアンプもオーディオ技術とともに進化して来たのでビンテージギターの当時の雰囲気を出すにはナローな特性を持たせるとかそんなこともあるでしょう。
今ではコンピュータで音楽制作をすると作曲から録音まで手掛けることになります。音楽家でも同じようなことが録音用語として語られるようです。
厚めの板のヴァイオリンの方がナロー系で、薄い板の方がワイド系ですね。そんな言い方をするのはこれが初めてです。
板が薄いことには他にもメリットがあって軽さによってレスポンスが向上するということもあり得ます。今回はもともとがにぶい音だったので改善しました。しかし厚い板の楽器でもギャーと鋭い音の楽器がありますから、今回のように薄いものほどするどい音というわけではありません。音の鋭さにはほぼ関係が無いと考えた方が良いでしょう。薄い板でも厚い板でも鋭い音のものがあり、柔らかい音のものがあります。
ともかく物理的には板が薄くなると低い周波数での振動が大きくなるということが言えます。これを人がどう感じるか、音楽にとってどうか、音楽の道具としてどうかは、人それぞれ各自が評価することです。
板を薄くするデメリットは?
板を薄くすることを職人が嫌う理由は何でしょうか?
前回は作業の手間が増えるとか、手元が狂って失敗する恐怖感があるとかそんな話をしました。恐怖感は他にもあります。
楽器が壊れてしまうのではないかという不安です。
売った製品が製造上の欠陥で壊れてしまうと買った人と金銭トラブルになります。頑丈なものを作っておけば壊れにくくなると考えるのは普通でしょう。世の中で高級品と言うと頑丈に分厚くできています。安いものはペラペラでふにゃふにゃです。頑丈で分厚い楽器を作って見た目も美しく「高級品」と大変満足している職人もいるかもしれません。
しかし弦楽器にとっては頑丈すぎるものは音が芳しくないことが少なくありません。華奢に作られバリバリに割れた古い楽器で良い音がして驚くことがあります。このような高級品は楽器のことが何もわかっていません。
一方でハイテク弦が開発され年々強まっている弦の張力に耐えられるか不安があります。衝撃などでも簡単に壊れてしまってはいけません。特に子供用の楽器こそ板を薄く作ったほうが小ささを感じないでワンサイズ大きな楽器のような鳴り方になるでしょう。しかし、楽器の扱いが荒い子供ではすぐに壊してしまうかもしれません。そんなこともあって子供用の楽器はサイズ以上に音が犠牲になっているとも言えます。
ところで、古い楽器が何百年経っても大丈夫なのになんで新しい楽器は板を薄くしたらダメなのかも不思議ですね?
板が薄い楽器は壊れるので作ってはいけないという嘘をつくと、このような矛盾が出てきます。古い木材の方が強度が上がるという次の嘘をつかないといけません。古い木材の方が丈夫なら木造建築は無限ですね。
古い楽器でも本当に板が薄すぎてダメになっているものを研究してどこまでやったらダメなのかを学ぶ必要があると思います。
ただし、もともと弦楽器は西洋のものなので、日本の場合には高温多湿という想定外の環境があります。新しい楽器では不安定で変形などが起きやすいということもあり得ます。ヨーロッパで使うなら板を薄くしても大丈夫だけども日本ではダメということもあるかもしれません。特にネックが下がったり、表板が陥没するなどの変形が考えられます。
今回のヴァイオリンは過去にネックの下がりを直す修理を受けています。当時は板が厚かったですが、それでも起きています。もっと厚くすれば起きないでしょうか?そんなに厚くしたら楽器としての機能、つまり音が犠牲になるでしょう。
なぜ低い周波数の音が出るようになるかと言えば素材としての柔軟性が増して大きな振幅の振動が起きるようになるということです。太鼓の皮や弦の張りが緩くなると同じでしょうか?このことは演奏者の感触としても感じられるかもしれません。弓の硬さに好みがあるように、楽器の柔らかさにも好みがあるかもしれません。楽器が沈み込むような感触もあるでしょうね。チェロでははっきりとあると思います。そういう意味では初心者向きではないかもしれません。
音についても厚い板の楽器と比べると音域が広がることでエネルギーが吸い込まれるような底なし沼のような感じがするかもしれません。
薄い板のオールドやモダン楽器はアマチュアの人がいきなり弾いても鳴らなかったりします。高価な楽器なら自分の演奏が未熟だと考えるでしょうが、現代の職人が作ったものなら楽器が悪いと言われてしまいます。
今回の改造について
板の厚みは振動する周波数、つまり音域が変わると考えています。このことが道具としての使い勝手や音、音楽性にどんな影響があるかはその先のことです。
音色が暗くなるということを今回の依頼者は好ましいと感じたようです。ヨーロッパではそのような音が好まれる傾向があります。しかしこれは好みの問題であり明るい音のほうが好きという人もいるかもしれません。ヨーロッパでもインターナショナルな大都市になるほどヨーロッパ人特有の好みは薄まります。若い人でもそうかもしれません。弦の新製品ではヨーロッパから見て海の向こう(海外)向けの製品のように思えます。
それ以外にも今回の改造では2次的に多くのメリットがあったと思います。
レスポンスが向上し、楽器の響きが増大し、高いポジションが改善し、音程もわかりやすくなりました。弓の使い方を学ぶにも良いでしょう。
明るい音や暗すぎない音が好みであったとしても即座に厚めの板のものが最適というのではなく薄い板の楽器の中で明るい響きの多めのものを探しても良いのではないかと思います。音を明るくするような弦などはいくらでもあります。逆は少ないです。魂柱を駒に近づけることも有効です。しかし現実には薄い板の楽器自体が少ないです。
今回はもともとすごく明かるい音ではないヴァオリンだったのでかなり暗い音になりましたが、すごく明るい音の特徴を持ったヴァイオリンの板を薄くしてもそこまで暗くならないでしょう。暗い音にしたい場合には不十分な効果になってしまいます。
一方音を暗くしたいなら板を薄くする以外の方法では十分な効果は得られないと考えた方が良いでしょう。
最終的には厚すぎず薄すぎなければなんでも良いということです。それが具体的にどれくらいかは職人の経験によります。具体的な数字を言うと数字に固執してしまうので厚めだとか薄めと今後も私の基準で語ることも多いでしょう。
大雑把なイメージとしては板が薄いほど低い音が出やすくなるので、楽器の音域に板の厚みが合っていれば良いと考えてください。多少は音の個性になります、しかしあまりにも厚すぎるとヴァイオリンの音域の音が全く出なくなり、薄すぎてヴァイオリンの音よりも低い音域が振動しても無駄になります。1/2のビオラの弦を張ってビオラにした方が良いかもしれません。
チェロの場合には低音のボリュームが増すので板が薄ければ低音楽器としては魅力的ですが、薄すぎて強い音が出ないということがあります。音色が素敵だけども音が柔らかすぎるということがチェロでは起きます、また高音側が弱くなってしまいます、一長一短です。
小型のビオラでは薄めに作ることでワンサイズ大きなビオラのような効果が得られメリットはさらに多いことでしょう。
子供用の楽器こそ、隅々まで丁寧に薄く作るのが良いのですが、手間暇は変わらないので大人用とほぼ同じ値段になってしまいます。使う年数が限られているので私も作ったことがありません。
最後にオールド楽器の中でも暗いばかりではないものがあります。低音が極端に強い楽器も個性的で魅力的ですが、一般的にはどの音域も均等に出るほうが優秀でしょう。アーチなどの楽器の作りや楽器の健康状態も影響してきます。オールド楽器ばかりを集めた中では明るい音ということです。新作楽器はそれよりもはるかに明るい音がするものが多いです。新しい木材の硬さも低音が出にくい原因です。
オールド楽器ばかりを集めた中で明るい音というのは、新作楽器に比べるとはるかに暗い音で、新しい木材でその音を再現するには極力薄くして暗い音の新作楽器を作らないといけません。
またカーオーディオでもやたらズンズンと低音がうるさい車が通ることがあります。
低音と高音を強めた音をオーディオや録音の用語では「ドンシャリ」と言います。音楽に重要な中音域が抜けているわけですから高音質とは言えません。
度が過ぎるのは一般の人が首を傾げますが、趣味としては下手くそです。
楽器が振動する音域が広いか狭いかという見方も今回しました。板の厚みによって明るい暗いの「音色」が変わるということを説明しましたが、「音域の広さ」と見ることもできるかもしれません。
遠鳴りとの関連性もあります…話は尽きません。