こんにちはガリッポです。
まず続報から
ブッフシュテッターの修理を終えたところまでお知らせしましたが、別のブッフシュテッターを使っているお客さんのメンテナンスをしました。
弾き比べてみると音がちょっと違いました。
お客さんのものの方が響きが豊かで音が自由に出やすくなっていました。今回修理したものは遺品として長年使われていなかったものです。やはり古い楽器でも日常的に使用していると音が出やすくなっているようです。作られたのは1760年代で少し古くモデルや個性ははっきりしていますが、一つ一つのディティールはちょっとずつ違います。同じ作者でも音が全く同じということはありません。そちらは私が10年以上前にフルレストアしたもです。二つも同時にあるなんてこともめったにありませんがこれは社長の趣味で、品ぞろえに偏りがあります。
だからお店に売っている楽器というのはお客さんが使っているものよりは鳴りが良くないという事ですね。私が褒めていてもたいしたことがないと思われるかもしれません。
次はガイゼンホフのほうです。
プロのベテランの演奏者が試奏しました。
自分で弾いた時と印象は変わりません。とても美しい音で、耳障りな無神経な嫌な音は一切ありません。とても上品な音です。以前修理前に同じ楽器を試したことがありその時も気に入っていたそうですが、今回の修理ではるかに良くなったそうです。
暗く澄んだ清らかな音で伸び伸びと窮屈さが無く枯れた味も随所に感じます。
鳴るとか鳴らないとかそんな低次元の話をしていたのがバカみたいに思えるほど美しい音です。芸術というのは機械のように性能を競う合うのではなく、美しさに感動できるかという事だと気づかされました。美しさは感じるか感じないかの差であり、感じない人を理屈で説得することはできません。ベテランの演奏を聴いているとヴァイオリンというのはこの世のものとは思えない美しい音を醸し出すことができるものだと実感できる夢のような時間でした。
個人的にはヴィヨームでもこのような美しい音ではありませんでした。
ウィーンのイメージにもぴったり合うものですが、モーツァルト~ベートーヴェンの時代にはバロック楽器が主流で、モダン楽器も普及しておらず、弦も裸のガット弦です。当時の音ではないですね。
世の中は強いものが勝ち残って、美しいものははかないものです。このような美しさが分かる人が世の中から少なくなってきているようです。
一方でおそらくオンラインショップで1万円位で売られているヴァイオリンも持ち込まれました。アメリカで買ったもので弾けるようにしてほしいという依頼でした。
駒のカーブや高さが正しくないとまともに演奏することができないからです。
下手すると弦の方が値段が高くなってしまうようなヴァイオリンです。
弦もアマゾンを見るとセットで1000円もしないようなものがあります。弦も楽器も中国から来ているのは明白です。
穏やかな音のするピラストロのヴィオリーノに交換してもまだ、チープなスチール弦のような音がしました。音が出るか出ないかで言えば音は出ます。指で弦を抑えることで音程の違いを生み出せます。つまり、音楽を演奏できます。ちょっとの手直しで実用的に機能します。同様の楽器がオンラインショップでは4つ以上の星がついているのも、ヴァイオリンとして使用ができるだけで満足しているのでしょう。クラシックのヴァイオリンの難曲に挑戦するのではなく、歌の代わりにメロディーを弾けるくらい気軽にヴァイオリンを楽しむのももちろん良いことだと思います。
音を聞いていると耳障りな酷い音がしています。でも電子機器のようにスイッチが入らないとか誤作動するとかパワーが不足して止まってしまうとかそんなことはありません。ガイゼンホフとは対極に位置するものですが、それで満足している人が多くいるというわけです。木の板に弦を張って馬の毛を張って松脂を付けた弓で擦ったらギコギコと音がする、起きるだろうなという当然の結果です。それがガイゼンホフでは奇跡が起きます。それがオールド楽器のミラクルです。
多くの楽器はこれらの中間に位置します。
1000万円は高価な楽器ですがそれより高価なものでもここまでではないものが多くあることでしょう。イタリア製なら少なくとも5000万円~1億円は必要でしょう。この例のように値段なんていうのはすべて嘘で高い楽器と安い楽器にまったく音の違いがないという事はありません。
しかし測定値のようなものではないので美しさが分からないなら違いも分かりません、値段が高いだけの楽器も存在するという事も事実です。本当にその値段の価値があるかどうか見極める必要があると思います。イタリアのモダン楽器の1000万円とは格が違うと私は思いますが、世の中にそれを知っている人が少なく自慢もできません。
盗難事件が起きていますので、そもそもあまり高価な楽器の自慢はしない方が良いと思いますよ。自宅でパーティを開いて見せびらかして海外に行く休暇も自慢していると犯人にすべて教えるようなものです。SNSでもそうです。
そうは言ってもヴァイオリン職人が良いと思う楽器は、演奏家にはピントがずれているようです。そういうお叱りもあるんでしょうけどもそういうのはもういいです。強制はしないので好きなものを選んでください。
ここから本題です。
ピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンが完成しました。
おさらいしておくとグァルネリ家には5人職人がいました。
二コラ・アマティの弟子の初代はアンドレアです。アンドレアには二人の息子がいてピエトロとジュゼッペです。さらにジュゼッペには二人の息子がいてピエトロとジュゼッペです。これが紛らわしいですね。
グァルネリ家で一番有名なのは3世代目のジュゼッペで区別するために「デルジェス」と呼ばれます。それに対して父親のジュゼッペはフィリウスアンドレアと呼ばれます。
二人のピエトロは伯父と甥の関係になります。
伯父の方はクレモナからマントヴァに移ったので「マントヴァのピエトロ」や英語読みで「マントゥアのピーター」と呼ばれます。
甥の方はベネツィアに移ったので「ベネツィアのピエトロ」「ベニスのピーター」と呼ばれます。
作風で言うとアンドレアのヴァイオリンはアマティの小型のモデルで仕事が粗いのが特徴です。二人の息子が代わりに作ったものもあるようです。
アンドレアの息子のうちピエトロは丸みのあるとても美しい楽器を作った人でアーチが高くぷっくらと膨らんでいるのも特徴です。アマティやストラディバリ、デルジェスなどもアーチの高さは様々で膨らんだものもあります。しかしピエトロは決まってぷっくりと膨らんだものを作っていて、ベネツィアの方も同様です。
ベネツィアのピエトロは形が独特です。アマティ以来の調和やバランスは無く部分部分がマッチしていません。チェロくらい大きくなると異様です。ベネツィア派の特徴もあります。スクロールには父の特徴がありますが、デルジェスの影響は全く感じません。
ジュゼッペも高いアーチが基本だと思います。
スクロールの仕上げが甘くノミの跡が残っていることが多くあります、晩年は息子の楽器のスクロールを作っていて1730年代のデルジェスにはジュゼッペのものと思われるスクロールのものが見られます。独特なセンスで美しいものを作ろうというのとはちょっと違う感じです。
デルジェスはストラディバリやベルゴンツィなどの影響を受けた部分とアマティ以来のグァルネリ家の伝統とミックスされています。マジーニなどブレシア派を真似てフラットなアーチにしたなどと記述もありますが、アーチの作りには父と共通する法則が私はあるように思います。仕事が粗く大胆であることは有名ですが、そのようなバックグラウンドがあるため、後の時代の単に雑に作られたものとは違うように思います。アーチも言われているほどフラットなものばかりではありません。これも後の時代に誇張されたものでしょう。
私はアンドレア以外の4人のモデルでヴァイオリンを作ったことがあります。
ストラディバリとデルジェスは定番ですが、それに次ぐものとして私が目を付けたのが伯父のピエトロです。
当時のクレモナ派ではアマティ、ストラディバリに次ぐ美しい楽器で丸みを帯びています。グァルネリ家でも一番腕が良くグァルネリ家の楽器製作の中核でマントヴァ宮廷の楽器製作者としても認められました。
これは私の珍しい視点でデルジェスの不可解な点を理解するのにも知ることは役に立ちます。
私がストラディバリを理解するのにアマティを研究するのも同じことです。しかし弦楽器製作界ではストラディバリやデルジェスはそれまでのものとは違う画期的な発明だと考えられているので、それ以前のものはいわば旧来の悪い特徴と考えられ学ぼうとはされてきませんでした。
高く膨らんだアーチは面白いものですが、日ごろからオールド楽器に接していると魅力的な外観や音のものがあり作ってみたいと思うものです。高いアーチの楽器はイタリアでは1600年代にどうも流行したようです。アマティ自身よりもその弟子やその時代の人たちによってさらに強調されました。それより前の楽器はそんなにアーチは高くなかったようです。つまり平らなアーチは発明でも何でもないのです。
アマティを基本にしながらも独自の癖が加わったシュタイナーもその一人です。シュタイナー以降ドイツ語圏で1700年代に高いアーチの楽器が多く作られました。
高いアーチの楽器の音は様々で窮屈でこじんまりとした室内楽用と形容されるものがあります。しかしそれはすべてではなく、音はいろいろです。
現代では全く作る人がいないので新品でどんな音か作り方も誰もわかりません。
そのなかでピエトロのモデルの良い所はデルジェスのものに近い所です。逆ですね、デルジェスがピエトロに近いのです。これも不思議で父のジュゼッペよりもピエトロの方が構造の意味で近いと思います。美的にはデルジェスの癖があり上下の丸みがなく真っ平らになりコーナーも小さくなっています。ですからピエトロでも「ほぼガルネリモデル」です。アマティ型のものよりも高いアーチにした時にゆったりとしたふくらみにすることができます。
完成しました。
裏板は板目板といって木材の取り方が柾目板と90度違います。この方が板は柔軟性があり柔らかいと思います。
このようにぷっくらと膨らんだアーチは現在では作られることはありません。本当のオールド楽器でも表板は弦の圧力で押され作られた当初よりも低くなっていると思われます。ストラディバリでも結構な高さのものが少なくなかったはずです。新品の時の状態を再現したので実物よりもさらに高くなっています。
現代の楽器製作ではセオリー(理論)があって正しいヴァイオリンというのが決まっています。その通りきちんと作るとコストがかかるので値段が高くなります。弦楽器店に卸す場合には価格が安いことが求められます。したがってセオリー通りまじめに作られていない楽器が多くなります。現代のクレモナでも安い楽器が求められアメリカやアジアなどに輸出されています。末端価格は皆さんの知る通りです。マエストロも細かいことにはこだわらず大雑把に速く作ることを教えます。この教えを聞くと「これがイタリア流だ」と私も初めは思いました。しかし雑に作られた楽器はどこの国でもいくらでもありふれています。
これはマルクノイキルヒェンの戦前の上級品です。ガルネリモデルだと分かりますか?
とはいっても寸法は全くデルジェスとは違い大型です。ヴィヨームなどのガルネリモデルに似ています。
木材は上等なもので安物とは違うことがわかります。ニスは柔らかいオイルニスです。安価な楽器にはラッカーが用いられました。
クラックと呼ばれるひび割れが生じているのもラッカーではなくこの種類のオイルニスの症状です。この場所のように体温や湿気が伝わる場所で出やすいものです。一枚の裏板に合わせて横板も一枚で続いています。
この楽器にはラベルは貼られておらずアメリカなどに輸出され、販売業者のラベルが貼られて売られたりしました。お好きなラベルを貼って売ってくださいというわけです。
値段は現在では6000ユーロくらい(約100万円)はします。
マルクノイキルヒェンでも当時のセオリーが知られていましたが、安い楽器が求められるので多くは安価な量産品でした。グレードは様々で値段も様々でした。
私がクオリティを見て値段を決めるというのは、このグレードのことを言っています。クオリティが高く教科書通り作られているものは値段が高く、粗雑で手抜きで作られているものは値段が安いという事です。材料や製法にも細かくグレードがあります。これを見極めるのは難しく、弓の場合には同じメーカーの細かいグレードの違いがわかりません。
この前のイタリアのペッラカーニではクオリティのグレードが低いのに値段が800万円もするのでおかしいと言っています。
現実はこのように品定めをするので「天才」とか「巨匠」とかそのような概念とはかけ離れているのです。
じゃあセオリー通りきちんと作られた楽器の音が良いのでしょうか?
音は個人の感じ方の問題ですから良いとも悪いとも言うことはできません。しいて言うなら「セオリー通りきちんと作られた楽器のような音」がするという事です。それに対して低クオリティの楽器は一か八かで音の法則性などは分かりません。その音をすべての人が絶対に悪いと感じるとは言えません。私が安物の音だと思ってもそれを気に入って絶賛する人を「あなたは間違っている」と強制できません。
私が問題にしているのはこのセオリー通りの楽器の音とオールド楽器の音がかけ離れているのではないかという事です。つまり現代の弦楽器職人はオールド楽器にできるだけ似た音のものを作ろうというのではなく、理屈でこのように作ると音が良いと信じられているセオリーに忠実に作ろうとというものなのです。
その結果造られたものも、なぜか一台一台、作る一人一人によって音が違います。その中で弾き比べて誰が音が良いかと競い合っています。買う人もどれが良いか選んで買うことになります。
このとき
比べる中にオールド楽器が入っていない のです。
それに対してオールド楽器は現代のセオリーからは逸脱したものが少なくありません。職人はセオリーの方を正しいと信じて古い楽器をそのまま学ぶことはしないのです。
製造コストの問題で現代のセオリーできちんと作られた楽器さえもビジネスとしては成立しないため全体の中では少ないものです。しかし、ヴァイオリン製作学校や工房で私たちはそれを学びます。このためセオリー通り作られた楽器は私たちにとってはさほど珍しいものではありません。自分や周りの人たちが作っているので音もだいたいわかっています。20世紀の偉い有名な職人のものがまさに教科書です。教え子たちのものでも音は変わりません。忠実に作れなければ音にもばらつきが大きくなり、さほど腕の良くない弟子の作ったもののほうがよく鳴ったりしてもおかしくありません。
このマルクノイキルヒェンのヴァイオリンを弾いてみるといかにもセオリー通りの楽器の音だなと思います。荒々しい音ではなく鋭いものではありません。上品で上質な方です。でもオールド楽器の感じではないです。言葉では説明できません、弾いたり聞いたりしててみるしかないです。
現代では板が厚めであるのが正しいと信じられていることもあり、重くて底から鳴るような感じではなく楽器の一部だけが振動しているような印象を受けます。それでも100年以上経っているので2000年以降に造られた同様のものに比べると音に落ち着きが増し低音もボリューム感が出て音も出やすくなっています。でもキャラクターとしては明るくオールド楽器ぽさは感じません。この楽器に関しては特別よく鳴るという感じではなく、地道に改善しているなというくらいです。ですから教科書通り作られた新作楽器よりは何段階もレベルアップしています。
それに対して私の出来たてホヤホヤのヴァイオリンを弾いてみると、暗くて柔らかい音です。ギーッとはっきり角のある音ではなくボワッと響くような感じです。高いアーチのオールド楽器では細く尖った音のものがよくありましたがそんな様子はありません。
音色の暗さや音の柔らかさなど、最近試した楽器の中ではガイゼンホフに一番似ています。普段からオールド楽器を弾くことが多いので私にとってはそれがごく普通の音です。
新作楽器は鳴らないということを言っていますが、できて数日とは思えないくらいは鳴っています。ガイゼンホフを100とすると80はあるでしょう。70年以上前のペッラカーニよりはオールド楽器のように底から鳴っています。
これは奇跡的なことで私が20年以上やってきたことの成果です。
面白いのは現代では間違っているとされ誰も作らないような高いアーチにストラドやガルネリ以外のモデル、ヴァイオリン製作学校なら先生に怒られるような薄い板でオールド楽器に慣れている者からするとごくまともな音がするのです。
専門家のセオリーから外れためちゃくちゃな方法で作ったら変な音になるはずですがむしろ至極真っ当な音がするのです。これがとても面白いことです。
一方で不思議なことがあります。
ガイゼンホフはそれまでのシュタイナー型の楽器作りを辞めてモダン楽器風に作風を変えて行ってその音になったのに対して、私は現代の楽器製作を辞めて1600年代の作風を目指して似たような性格の音になっている点です。
ガイゼンホフはストラディバリと同じで近代や現代に比べるとやや高いくらいのアーチです。それよりもっと高いアーチで作って同じような性格の音になったのです。つまり
アーチの高さによる音の特徴というのは無い みたいです。
ストラド風の楽器作りも革命的な進化ではなく作者や楽器ごとの音のばらつきの範囲内のなのかもしれません。
この楽器が200年以上経つともっと個性の強い味の濃い音になるのかもしれません。
ただ現時点では当たり外れが多く個性豊かなオールド楽器の中では優等生的な感じです。
高いアーチのオールド楽器で感じる癖や窮屈さみたいなものが全然ないのです。癖もないので特に演奏上扱いにくいという事も無いでしょう。もちろんフラットなものや板の厚いものを弾くのに特化した弾き方を身に着けた人には扱いにくいかもしれません。
高いアーチの楽器をいくつも作ってきて、ごく真っ当な音のものを作れるようになったという事ですね。以前からそうだったのかもしれませんが、改めてそうなっていることが確認できました。
理屈で私も高いアーチは音量が無いと初め学んだので、どうしてもそのことが気になっていました。今回のものは私の作ったものの中でも鳴りが良く音量がある方です。
ストラド型でももっと全然鳴らないものがありました。これも不思議で鳴る楽器は初めから違うのでしょうか?
これで
音量とアーチの高さは関係ない というくらいのことが言えるのかなと思います。200年以上信じられてきた知識がひっくり変わるヴァイオリン界ならノーベル賞ものの発見です。
作り方がこれまでと変わって来た点は、この何年間の間にアマティやフィリウスアンドレアなど多くのオールドらしい楽器を見てきました。それがアーチの造形の違いになっていることはあると思います。バスバーはやや小ぶりにしました。
そうではなくてたまたま材質やいろいろな部分の組み合わせで結果的にこの音になったのかもしれません。裏板は柔らかい板目板です。つまりもともと作者それぞれに独特の音があり、私の場合にはこれくらいやってちょうど良いという事です。同じことを別の人がやれば全く違う音になるでしょう。
作りの特徴で法則性は見いだせないので弾いてみないと分からない という事です。
もっと個性的でもっと濃い味のものが作りたいというのもありますけども、ガイゼンホフと比べて違和感がないというのは現代の楽器の中ではとりわけ個性的で濃い味の楽器でしょう。これ以上の成功は無いと思います。
もちろんお客さんにしてみれば弾き比べて一番音量のある楽器を買うという基準でもっと荒々しい音のものがあり選ばれません。私の出来立ての新品にしては鳴る方だといっているだけで、ただ弾き比べて他を圧倒するものではありません。しかしペッラカーニやマルクノイキルヒェンの教科書通りのものと比べれば鳴らないという感じはしないと思います。そこまで新作は絶対ダメという感じでも無いです。今後鳴りはよくなるばかりです。
さてこのヴァイオリンですけども1月中旬以降日本に持って帰り注文主に引き渡します。
ユーロ高で割高なのでお薦めはしにくいですが製作依頼を考えている人は相談してください。
条件があった方には試奏する機会を設けられればと思います。
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