不況になると口紅が売れる -8ページ目

不況になると口紅が売れる

~遊びゴコロで、世界を救おう!~

日本は、いうなれば見立ての国でもあります。(なんか、松岡正剛みたいだけど、許して!)

「古事記」において、イザナギとイザナミが「天の御柱」を見立てて、「八尋殿」を建てたという記述があります。

古墳時代に多産された埴輪は、死者の見立てともいわれています。
今日でも祖霊の住処として墓を見立て、さらにその墓を仏壇で見立てながら、わたしたちは先祖とのつながりを保ち続けてきています。

神の依り代やご神木などは、そこに神が降臨した場所という設定です。
人や物に降臨すれば、それらは「よりまし」となります。
奥宮、摂社、末社と祭りの際に担ぎ出される御神輿、神棚、お守り…などは、すべて神の御神体の見立てです。
ついでにいうと、祭の山車は、神の魂が宿る山の見立てです。
こうした祭礼用の造り物を偽物とわかっていても偽物とみなさない態度こそが、見立ての精神といえるでしょう。

「市場」の原型である「市庭」もそうです。
河原や人里離れた何もない場所に「神が降臨した」という設定で、多数の人が集まるアドホックな商業空間を創りだしたのです。
神がおわします関係で、押し売りや強盗、さらには時の権力の介入を拒否しました。
「無縁」というのは、そういう意味です。

日本庭園には「借景」という概念があります。
もっと別の広い空間や、絵画・文学を見立てた風景を、より簡素な仕掛けで表現したものです。
龍安寺や大徳寺などの枯山水石庭が有名どころです。
日本の庭文化では、石組みの工夫によって荒磯やせせらぎ、沼地、山、谷などを表現する慣わしがあり、これを「石を立てる」という言い方をします。
平安末期に著された日本最古の庭園書「作庭記」においては、石組に用いる自然石が、その形(表情)に基づいた意味を有する点が示されています。
遣水(やりみず)の石、野筋の石、三導仏の石など。
これがのちに多様化・分散化し(かぶいたわけです)、単なる石にとんでもない役柄を与える庭園文化を展開させることとなります。



古典落語に「長屋の花見」という噺があります。

貧乏長屋の連中が花見を計画しますが、何せお金がない。
そこで、番茶を酒、毛氈(もうせん)をムシロ、大根をかまぼこ、沢庵を卵焼きに見立てて花見をする場面が出てきます。
貧乏人が無理して背伸びしているところに滑稽さを感じる噺となっていますが、故・立川談志さんはむしろこうしたやせ我慢の精神を讃え「食わないで腹一杯になる」「酒飲まないで酔える」ことこそ文化である、と語っています。
談志師匠はこの行為を「つもり」と称し、文明も人生も「つもり」がないとダメ、といった意味深な指摘をされています。

文明も人生も、十全に満足できる状態のほうが少ないはずです。
その際に、足りないからといって諦めるとか、足りないものを無理やり調達しにいくとかではなく、足りないものを他の何かで代用し、足りない要素を想像力で補う、という方法があります。

私たち日本人はこれを「見立て」という概念で表してきました。

見立てとは「ある物の様子から、別のものの様子を見て取ること」「何かを、別の何かでなぞらえる方法」という定義になります。
「現実の場に存在しないはずのものを、何かを媒介にして感知する行為」とも言えるでしょう。

「存在しないけど存在するってことにしておく」ということは、他の感覚でないものを補完する行為ともつながります。
実はヒトの感覚は、入力のなかった他の感覚を補完しながら知覚し、脳が解釈しようとする傾向があります。
これを「感覚間相互作用=クロスモダリティ」と呼びますが、いま非常に注目されている概念のひとつです。

例えば、空調機器の送風音は、人の冷感を誘発させるといわれます。
風鈴の音色や瀑浴で涼しさを感じていた日本人伝統の感覚も同様です。
これは、聴覚と触感(体性感覚)によるクロスモダリティのケースです。
われわれは本来、「音」で涼しさを感じることができるということなのです。

消費者に過剰さを提供するよりも、むしろ欠落を補完してもらったほうが、よほど賢いし美しいと思いませんか?



この国の人々は、もとからの地場の神様のほうがいいに決まってますから、放っておくと以前の土着文化へと後戻りをはじめます。
支配神を建前上はテキトーに祀り上げながら、それまでの人々の生活と信仰は実質的に維持するというやり方です。
こうして、支配神の実質的な権力は弱体化していきますが、それじゃいかんということで年に一度は祭りでもやって、支配神を奉る儀式で帳尻をあわせるわけです。

古くは「弥生文化」や「大和朝廷」、そして「仏教」、武家政権の度重なる交代、最近(?)では、明治の近代化や米国による戦後民主主義なども、同じ命運を辿ることになりました。
 
そこで、
「A」支配神=共通文化=建前=モダン
「B」被支配神=民俗文化=本音=ヴァナキュラー
…と対比させると、わかりやすくなります。

「A」      「B」
支配神    被支配神
共通文化   民俗文化
建前    本音
モダン   ヴァナキュラー
意識   無意識
顕教   密教
音      訓
標準語    方言
公     私
弥生   縄文
中央    地方
不易   流行
世界   趣向
西暦     元号


日本文化の特性のひとつは、Aを尊び、招き入れて国家のスタンダードとしながらも(独自の新しもの好き精神で)、Aのフレームの中でBがどんどん発現していく点にあります。

AがBを支配してしまえば、Bはこの世から消えていくのが歴史の法則というものです。
西欧的感覚でも、中国でも、上記の表は「二項対立」とみなされるわけです。
しかし日本では、AとBとを対立関係に置くことはしませんでした。
Bの側がAをフォーマットとしながら、自由かつ多様に自分らしさを展開していく道を選びました。
だからこそ「ひらがな」から「あんかけ焼きそば」に至るまで、このような形で生み出されてきたわけです。

このように、公式ルールに則った自由演技のパワーが日本社会の原動力になってきました。
そしてまた、「かぶき」ということも似たようなダイナミズムなのではないかと考えています。

だから「グローバルスタンダード」を字義通り受け入れようとする人たちに対しては、警戒心というよりも幼稚さを感じてしまうのです。
 日本は各地にさまざまな神がおわします国ですが、なんと1930年ころに「テニスの神様」が創られた、という記録が残っています。

 日本庭球協会が祀る神様をあれこれ悩んだ末、茨城県日立市の泉神社に祀られる「天速玉命(あめのはやたまのみこと)」をついに発見します。
 天速玉命は、清らかな泉を産み出す霊玉の神霊で、なんと紀元前42年に鎮祀されたといわれる由緒ある神様です。
 ただし庭球協会は、たまたまその名称がぴったりなことから、「テニスの神様」として神棚に祀ったとのことです。
 どうしてこんなに勝手なことが(笑)、許されるのでしょうか?

 日本は多神教であり、神仏習合であり、汎神論的アニミズムが色濃く残る国です。
 あらゆる有難い存在を、「カミ」という名の下に位置づけてきました。
 その結果、多様なご利益を持った小さな神々があちらこちらで創られ、祀られます。
 人々のその場その場のニーズで、神々の機能が変わっていくのです。
 ご利益は、病気平癒、無病息災、家内安全、子孫繁栄、商売繁盛、五穀豊穣…から工事安全、交通安全、入試合格、恋愛成就、さらに最近では「断酒祈願」「資産運用」「スポーツ上達」「頭髪安全」「宝くじ当選」といった、罰当り系の寺社までが登場してきました。
 
 建前の公式ルールに一見従順でありながら、実質的には自分(たち)なりに好き勝手なことをしでかしてしまうわが国の文化は、かなり根深いものがあるようです。
 「古事記」「日本書紀」に登場する海幸彦(ホデリ)は、弟の山幸彦(ホオリ)との戦いに敗れたあと、殺されたり追放されたりしたわけではありません。
 自らが負けた様子を未来永劫演じ続けることで服従を示し、この国に居残る道をたどります。
 自らは神の立場を追われ、なんと、新たな神を悦ばせるような役割を担うのです。

 折口信夫は、支配神と被支配神とのインタラクションこそが、日本文化の古層にあるといった指摘をしています。
 この葦原中国は「国譲り」によって、海外からやってきた支配勢力の神々たちに正統な手続き(実は力づく)で支配された、とされます。
 支配された側の古い神様は退治されたり駆逐されたりもしましたが、その一部はしぶとく生き残ります。
 彼らはどうなったかというと、支配神を愉しませるトリックスター(道化)の役割を担うことになります。
 支配神に従うようなふりをして、実は「まつろわぬ」立場を貫いたのです。
 具体的には、司祭や芸能民としてサバイバルしていったのではないかと思います。
 俳優(わざおぎ)の原点は恐らくここにあります。

 支配神をテキトーに祀り上げながら、それまでの人々の生活と信仰は実質的に維持するような役割です。
 買収された中小企業の経営者が、新社長を迎えつつも、現場のやり方を維持するような企てを図るケースと似ているかもしれませんね。


かぶく」という言葉があります。

この今日的な意味とは「共通プラットフォームの中での独自表現パワー」と捉えてみたいと思います。
本来のスタンダードな形を心得た上で、それをあえて崩すところに美意識や快感を覚えるわけです。
「かぶく」の本質は「枠組み(フレーム)を遵守したうえで、自由・多様な表現を追求する」ということではないでしょうか。

兜というと、戦場で頭部を保護する武具のはずですが、実のところ戦国時代におけるいわゆる「当世兜」は、その形状によって自己表現をする武士のおしゃれアイテムでした。
「愛」の字を飾った直江兼続の兜が話題になったこともありましたが、それなどはまだまだノーマルなデザインでした。一部のトンデモ兜の例を挙げてみます。

・伊達成実→ムカデ兜
・加藤嘉明→イカ兜
・黒田長政→水牛兜
・藤堂高虎→トンボ兜
・森蘭丸→南無阿弥陀仏兜
・加藤清正→スケルトン兜
・蒲生氏郷→ツバメ兜
・松平直政→キジ兜

…戦国武将たちはほかにも、カニ、ホタテ、エビ、サザエ、ウサギ、ナマズ、ナス、チョウ、クマなど、自由奔放なアドリブ系の兜に魅入られていたようです。
古代ローマのグラディエーター(剣闘士)のような機能的な兜とか、頭の上から槍が発射されるような攻撃的な兜とか、そういう方向に逸脱するのはルール違反だったようで(やろうと思えばやれたんでしょうけど)、あくまで装飾的な差異で競争するようなところがありました。
フレームは、遵守したんですね。




1980年代に「女子高制服図鑑」みたいなものがブームになったりしましたが、制服オシャレみたいなものも、かぶきの一種ですね。
漫画家の杉浦日向子氏が、泉麻人氏との対談でこんなことを述べています。
「よく、校則が厳しい学校がありますね。その校則の中でうまく工夫して女子高生がそれなりにオシャレしています。ディテールにこだわるわけですが、それが江戸のオシャレに近いような気がします。」

「制服」はいまや、クール(キュート)ジャパンを象徴するファッションのようなことになっていて、「なんちゃって制服ショップ」は国内のみならず、海外でも続々と展開されているほどです。
男性向け制服ショップ、というのも現れました。
ただこれは、制服を着て皆同じだから安心ということではなく、制服という皆が参加できるプラットフォームを基盤にし、同じ土俵のうえで独自の個性を追求する遊びなのです。


これはかつて、数字の組み合わせだけでコミュニケーションを成立させたポケベル会話、キーボードの記号の組み合わせによって意志や感情を表現した顔文字、自ら入力することで携帯電話の着信音をオリジナルにしていった着メロ…など、いわゆる女子高生によるデジタル交流作法とも共通するものがあります。

制服同様、厳しい「縛り」がある中で、自分たちなりの表現を見出す面白さの追求です。プリクラの修正機能なんかもまた、その一部とみなしてよいかもしれません。

「ヘタウマ」「きもかわ」「ゆるキャラ」が許容されるのも、この「かぶき」の精神と通じるものがあると思われます。
「上手」「かわいい」「カッコいい」のスタンダードな像がなんとなく共有されていますが、そのままでは個性も面白みもありません。
そのスタンダードをあえてださく、きもく、ゆるく崩し、自由にかぶいた表現こそが愛されるというわけです。

与えられたフレームを甘受しながら、その中で多様な個性を発揮しようとする試みが「かぶく」精神といえましょう。

今日のマーケティングとは要するに、消費者の「かぶく」精神と創造力を射程に入れるということです。
企業が提示すべきなのは、自社製品や事業領域に沿った「楽しいフレーム」「皆が参加できる縛り」です。
コンテストなどを仕掛けなくても、動画サイトなんかでファンが勝手にやってくれる時代ですから、お題の出し方次第では、大きなリターンとなりえます。