のび太は「視聴率上げ機を出してよ」「地平線を出して」「鼻でスパゲティを食べられる機械を出してよ」などと、ことあるごとにドラえもんにせがみます。
ドラえもんも「しょうがないなあ~」とか言いながら、結局はのび太くんの要望に応じてしまいます。
ところが最後にのび太は、ひみつ道具に振り回されて大失敗し、手痛いしっぺ返しを受けることになります。
のび太は残念ながら道具を使いこなすだけの真の知恵を持ち合わせておらず、道具の利便性に一方的に頼るから、そういうことになるのです。
しかしこのやりとりは、今日の日本、高度消費社会の姿にほかなりません。
私たちの周囲には「視聴率上げ機」や「鼻でスパゲティ食べられる機械」と同じような、消費者の活力や能力を奪ってしまう危険性を秘めた「過保護商品」「過保護サービス」で満ち溢れているように思います。
特に家電製品は、新製品に買い替えるたび、余計な機能がついて使いにくくなっています。
こうしたおせっかい機能を排除して低価格化する「ジェネリック家電」というジャンルも生まれてきています。
逆に、商品の機能が不完全だからこそ顧客の想像力や愛情(憐憫?)が働き、「補いたい」「完全にしたい」「自分らしいものにしたい」という反響にもつながることがあります。
アップルの初代iPodの裏面は指紋がつきやすい欠点を持っていましたが、そのためユーザーの「磨く」という行為を誘発し、そこから機器に対する愛着が生まれたんだ、という議論もありました。
自動車のマニュアル車がいまだに一部の人たちの間で人気が保ち続けているのも、似たような理由によるものと思われます。
企業と顧客双方の知が共鳴し合うためには、「間」をいかにつくるかにかが大切なポイントなのです。
「東芝」「シャープ」に代表される家電メーカー、「マクドナルド」に代表されるファストフード店の経営がこのところ冴えません。
これらの企業は、どこからも隙のない製品、完璧なサービスの提供を最終目標にしてきたような面があります。
しかし、それで現代の消費者は満足したでしょうか?
むしろ完全無欠は、「優等生」「面白味のない」「退屈な」印象を持たれることもあります。
作る側の自己満足の完璧性----今日の日本製品には、なんとなくそんな部分がないでしょうか?
まあ、隙のない女はモテない、みたいな話ですよ(笑)。
さらにもうひとつ、考えなければいけないテーマがあります。
機械化やコンピュータによる利便性の追求は、私たちの生活を効率的でスマートなものに変えました。
しかし便利になった分、「できなくなった」「味気なくなった」ことも多いはずです。
ワープロソフトのおかげで漢字が書けなくなり、カーナビのおかげで道を憶えなくなり、ケータイのおかげで電話番号を記憶できなくなりました。
Facebookのおかけで友達の名前を憶えなくなった…という人もいるかも?ですね。
高機能・多機能・先回りケアは、社会人としてのリテラシーを低下させていく可能性があります。
完璧をつくるよりも、あえて顧客が入り込む「間を」つくることのほうが、高度なテクニックといえます。
完璧にしようと思えばできるが、あえてそこまで行かず、「寸止め」にしておくこそが、日本の「ものづくり」の本質ではないか、という川口盛之助氏のような指摘もあります。
ユーザーインタフェースも「簡単・便利・使いやすい」だけではない側面、「使い方の工夫」や「習熟」「使う人を選ぶ」といったユーザー側の技術・知恵が入りこむような設計が考慮されるべきです。
むしろ、利用者の工夫次第で使い方が向上する、最終工程に参加する、関与や愛着を示すことができる…といった「間」を持たせておくことのほうが高度なコミュニケーションと捉えるべきでしょう。
のび太はまさに、20世紀の遺物。
こうした消費者観から卒業するマーケティングを目指したいものです。
例えば、「広告」と「広報」という、似て非なる言葉がある。
これらの意味をきちんと峻別して語れる日本人が、どれだけいるだろうか?
文言上、「広く告げる」と「広く報(しら)せる」の違いは大変わかりにくく、実際にはかなり混同されて使われている。
広告はadvertising、広報はpublic relationsの訳。
前者は、企業などが媒体社に広告費を払って自社の宣伝を掲載すること、後者は媒体社に働きかけて、記事やニュースなどの形で報道してもらう行為である。
というわけで、企業によっては「広報部」と「広告(宣伝)部」がライバル意識を持って対立したりしているところもある。
仮に中国のように、public relationsを「公共関係」と訳していたら、両者は同じ土俵に立つ概念ではない、ということが理解できていたのかも知れない。
わが国ではこうした「しっくりこない翻訳語」が幅を利かせて150年が経つ。
実は便利そうに見えるこれらの言葉が、さまざまな非効率や混乱の原因になっているケースもあるように思う。
こうした明治の翻訳語については、近代化の副作用として、きちんと総括してみてもいいのではないだろうか。
最近では「コンプライアンス=法令遵守」や「アントレプレナーシップ=企業家精神」なども誤訳であるといわれる。
マーケティング分野では「買回り品」「知覚品質」「経験価値」なんかもしっくりこない言葉だなあ。頭の中にすっと入ってこない。
「最終消費者の知覚部品重要性」とか、平然と使うんぢゃないよw…(笑)。
「企業広告」も「企業の広告」だと勘違いして使われる例が頻発しているのも、勉強不足だとばかり言いきれない面がある。
しっくりこないもんだから「言葉の解説」そのものがビジネスになったりする。
だが出版社やセミナー屋さんが儲かるだけで、受講者は騙された気になることもしばしば、だ。
まあ、でもこれはカタカナ用語も同じだけどな…。
ただ最近では「カタカナトレンド用語には騙されないぞ」的な免疫も出てきたので、そうでもないか。
むしろ本来の日本語を使った方がしっくり来る、説明しやすい、ということもある。
歴史家の網野善彦は「手形」「切手」「為替」「利子」「株式」などの商業用語を採り上げ、これらの言葉が今日なお生き残っているのは、わが国においては長年にわたって、高度な商業・金融文化が根付いていたからだと指摘している。
現在ではあまり良いイメージではないものの、「接待」や「談合」などもそうした伝統的な商業用語の一部である。
日本の商業及びそこで培われた知識や技術の伝統を、われわれはきちんと捉え直す機会を失ってしまったのだと思う。
まあでも「持ち株会社」ってのは、正しい表現だったのかどうか(笑)?
変な翻訳語を見直す、といったプロジェクトがあっていいのかも知れない。

これらの意味をきちんと峻別して語れる日本人が、どれだけいるだろうか?
文言上、「広く告げる」と「広く報(しら)せる」の違いは大変わかりにくく、実際にはかなり混同されて使われている。
広告はadvertising、広報はpublic relationsの訳。
前者は、企業などが媒体社に広告費を払って自社の宣伝を掲載すること、後者は媒体社に働きかけて、記事やニュースなどの形で報道してもらう行為である。
というわけで、企業によっては「広報部」と「広告(宣伝)部」がライバル意識を持って対立したりしているところもある。
仮に中国のように、public relationsを「公共関係」と訳していたら、両者は同じ土俵に立つ概念ではない、ということが理解できていたのかも知れない。
わが国ではこうした「しっくりこない翻訳語」が幅を利かせて150年が経つ。
実は便利そうに見えるこれらの言葉が、さまざまな非効率や混乱の原因になっているケースもあるように思う。
こうした明治の翻訳語については、近代化の副作用として、きちんと総括してみてもいいのではないだろうか。
最近では「コンプライアンス=法令遵守」や「アントレプレナーシップ=企業家精神」なども誤訳であるといわれる。
マーケティング分野では「買回り品」「知覚品質」「経験価値」なんかもしっくりこない言葉だなあ。頭の中にすっと入ってこない。
「最終消費者の知覚部品重要性」とか、平然と使うんぢゃないよw…(笑)。
「企業広告」も「企業の広告」だと勘違いして使われる例が頻発しているのも、勉強不足だとばかり言いきれない面がある。
しっくりこないもんだから「言葉の解説」そのものがビジネスになったりする。
だが出版社やセミナー屋さんが儲かるだけで、受講者は騙された気になることもしばしば、だ。
まあ、でもこれはカタカナ用語も同じだけどな…。
ただ最近では「カタカナトレンド用語には騙されないぞ」的な免疫も出てきたので、そうでもないか。
むしろ本来の日本語を使った方がしっくり来る、説明しやすい、ということもある。
歴史家の網野善彦は「手形」「切手」「為替」「利子」「株式」などの商業用語を採り上げ、これらの言葉が今日なお生き残っているのは、わが国においては長年にわたって、高度な商業・金融文化が根付いていたからだと指摘している。
現在ではあまり良いイメージではないものの、「接待」や「談合」などもそうした伝統的な商業用語の一部である。
日本の商業及びそこで培われた知識や技術の伝統を、われわれはきちんと捉え直す機会を失ってしまったのだと思う。
まあでも「持ち株会社」ってのは、正しい表現だったのかどうか(笑)?
変な翻訳語を見直す、といったプロジェクトがあっていいのかも知れない。

1769年、江戸のゑびす屋兵助という商人が、ある「先生」の勧めで新ビジネスの展開を試みます。
「嗽石香(そうせきこう)」という歯磨き粉の販売です。
さらにこの先生、商品の広告制作を自ら引き受け、次のようなコピーを書きおろします。
「はみがきの儀、今時の皆様は能くご存知の上なれば、隠すは野暮の至りなり。その穴を詳しく尋ねたてまつれば、房州砂(陶土を水でこした上ずみの細かい粒子)に匂いを入れ、人々のおもひつきにて名を替えるばかりにて、元来下直(値段の安い)の品にてござそうらへども、ひっきょう袋を拵え候の、板行をすり候の、あののものにて、手間代に引け候。…」
…歯磨きなんて言っても、皆さんご存知のように、粗塩に匂いをつけただけの安物に、思いつきで名前をつけただけの代物。それを袋に入れて勿体つけて、利益を稼いでいるわけでございましして…。
とまあ、自らの商品を徹底してこきおろしてしまいます。
普通であれば、商品の良さや効能を訴えようとするところ、全く逆の表現で当時の江戸っ子たちの喝采を得たコピーライターとは、あの平賀源内。
本草学者にしてエレキテルの発明家、西洋絵画や戯作にも通じたマルチクリエーターの先駆けです。
源内はあえて、プッシュ(押す)ではなく、プル(引く)によって興味関心を喚起したわけです。
ちなみに源内は、「土用丑の日」に鰻を食べようという新しい生活提案をしたことでも知られています。
いまでいう「販促記念日」ですね。
新しモノ好きの江戸っ子でしたが、新しいモノへの評価心理に同居する「いかがわしさ」の心理を、源内は見事に逆手に取っています。
しかしこれは単に、江戸の「天才コピーライター」の才能から生まれた芸当ともいえません。
当時の、江戸庶民のツッコミ能力を前提としての「ボケ」だったのです。
源内が意識したのは、「大したことはない」「まがいものっぽい」と言ったとしても、それを額面通り捉えることなく、むしろ面白がって話題にしてくれるだけの心根と教養を備えた人々でした。
つまり「センスの良いツッコミ」の存在を前提とした広告だったのです。
このような文化的コンテクストの力学を利用したというわけです。
この大胆なボケの伝統は、「おしい!広島県」や「うどん県」(香川県)、「桃太郎市」(岡山市)といった地域PRキャンペーンの自虐広告において復活した観があります。
「どうだ、すごいだろう」と自慢するだけの広告は、広告主の自己満足にはなりますが、見る側からすると「ふーん、それで?」で終わりになってしまいます。
web社会の広告では、メッセージ力よりもリアクション形成の力学こそが大事です。
このあたりは、江戸の先達に学びたいところです。
ニューロマーケティングのプラディープは、広告効果を最大化するための4原則を「動き」「新奇性」「誤り」「あいまいさ」であると指摘します。
後半二つは、要するに「つっこまれ所」という意味ですね。
しかし単にボケをかましてスペる芸でもダメです。
「トントントントン日野の2トン」とか、ああいうのではなく…。
つまり、どう突っ込まれるかをある程度計算してボケる、ということです。
その際、ボケよりもツッコミの言葉の側に面白みや創造性を持たせるような、そんな芸なのです。
テレビで正月番組の漫才を見ていて、こんなことを感じましたとさ。

「嗽石香(そうせきこう)」という歯磨き粉の販売です。
さらにこの先生、商品の広告制作を自ら引き受け、次のようなコピーを書きおろします。
「はみがきの儀、今時の皆様は能くご存知の上なれば、隠すは野暮の至りなり。その穴を詳しく尋ねたてまつれば、房州砂(陶土を水でこした上ずみの細かい粒子)に匂いを入れ、人々のおもひつきにて名を替えるばかりにて、元来下直(値段の安い)の品にてござそうらへども、ひっきょう袋を拵え候の、板行をすり候の、あののものにて、手間代に引け候。…」
…歯磨きなんて言っても、皆さんご存知のように、粗塩に匂いをつけただけの安物に、思いつきで名前をつけただけの代物。それを袋に入れて勿体つけて、利益を稼いでいるわけでございましして…。
とまあ、自らの商品を徹底してこきおろしてしまいます。
普通であれば、商品の良さや効能を訴えようとするところ、全く逆の表現で当時の江戸っ子たちの喝采を得たコピーライターとは、あの平賀源内。
本草学者にしてエレキテルの発明家、西洋絵画や戯作にも通じたマルチクリエーターの先駆けです。
源内はあえて、プッシュ(押す)ではなく、プル(引く)によって興味関心を喚起したわけです。
ちなみに源内は、「土用丑の日」に鰻を食べようという新しい生活提案をしたことでも知られています。
いまでいう「販促記念日」ですね。
新しモノ好きの江戸っ子でしたが、新しいモノへの評価心理に同居する「いかがわしさ」の心理を、源内は見事に逆手に取っています。
しかしこれは単に、江戸の「天才コピーライター」の才能から生まれた芸当ともいえません。
当時の、江戸庶民のツッコミ能力を前提としての「ボケ」だったのです。
源内が意識したのは、「大したことはない」「まがいものっぽい」と言ったとしても、それを額面通り捉えることなく、むしろ面白がって話題にしてくれるだけの心根と教養を備えた人々でした。
つまり「センスの良いツッコミ」の存在を前提とした広告だったのです。
このような文化的コンテクストの力学を利用したというわけです。
この大胆なボケの伝統は、「おしい!広島県」や「うどん県」(香川県)、「桃太郎市」(岡山市)といった地域PRキャンペーンの自虐広告において復活した観があります。
「どうだ、すごいだろう」と自慢するだけの広告は、広告主の自己満足にはなりますが、見る側からすると「ふーん、それで?」で終わりになってしまいます。
web社会の広告では、メッセージ力よりもリアクション形成の力学こそが大事です。
このあたりは、江戸の先達に学びたいところです。
ニューロマーケティングのプラディープは、広告効果を最大化するための4原則を「動き」「新奇性」「誤り」「あいまいさ」であると指摘します。
後半二つは、要するに「つっこまれ所」という意味ですね。
しかし単にボケをかましてスペる芸でもダメです。
「トントントントン日野の2トン」とか、ああいうのではなく…。
つまり、どう突っ込まれるかをある程度計算してボケる、ということです。
その際、ボケよりもツッコミの言葉の側に面白みや創造性を持たせるような、そんな芸なのです。
テレビで正月番組の漫才を見ていて、こんなことを感じましたとさ。

東京工業大学ロボット工学研究所の三谷充昭教授らは、利用者のダジャレを誘発するロボット「キクゾー」を開発したと発表した。
これまでにも、ダジャレを話すだけのロボットはあったが、利用者側との対話でダジャレを誘発し、会話を心地よく継続させていくところが画期的という。
キクゾーは、同音異義語及び同音異義語と一字違いの言葉のシソーラス、さらに1930年以降の俗語・流行語などを全て内蔵しているだけではなく、IoT機能を有し、テレビやネット上で話題になっている最新のキーワードについても日々更新、インプットすることができる。
また利用者の日常会話を録音し、本人のボキャブラリーや関心事、見聞履歴などから、適当な話題を見出す機能を備えているという。
中高年男性の多くは、脳の老化対策のために意識的におやじギャグに走ることがわかっている。
おやじギャグを考えている人の脳をスキャンすると、大脳皮質の前頭葉にあるブローカ野が強い反応を示すことも判明しており、ボケ防止にはもってこいの脳トレといえる。
ただしこうしたおやじたちには「周囲の、どう突っ込んでやればよいのやら、どうリアクションをしたらよいのやら、といった困惑した雰囲気を眺めるのが大好き」というひねくれた面もあり、家族や職場はおろか、飲み屋でもまともに聞いてくれないのが現状である。
そこで三谷教授らが取り組んだテーマは「おやじギャグを楽しんでくれる人工知能」。
ユーザーが適切なおやじギャグを発話すると、頭部のランプが緑色に点滅し、やさしく微笑んでくれるという反応を示す。
例えばキクゾーにおいては、このような対話が展開される。
キクゾー「そろそろ寒くなってきました。昨年買い込んだ使い捨てカイロが活躍する時期ですね」
ユーザー「待てばカイロの日和あり、なんちゃって」
キクゾー(緑色ランプ・微笑みながら)「寒くなると肩こりにも悩まされますね」
ユーザー「そうそう、カイロプラクティックにもいきたいよね、なんちゃって」
キクゾー(緑色ランプ・微笑みながら)「カイロプラクティックに行きますか? 何色のシャツを着ていきましょうか?」
ユーザー「赤色、かな?なんちゃって」
三谷教授の調査によると、こうした会話を1日1回、30日間続けた60~70代男性の72%において、脳の機能が活性化する兆候がみられた。
キクゾーは医療機関や介護施設、高齢者のいる家庭だけでなく、「ワンマン経営者のいる中小企業や、中高年客の多い銀座のスナックなどに置いてもらうことも想定している」(三谷教授)という。

これまでにも、ダジャレを話すだけのロボットはあったが、利用者側との対話でダジャレを誘発し、会話を心地よく継続させていくところが画期的という。
キクゾーは、同音異義語及び同音異義語と一字違いの言葉のシソーラス、さらに1930年以降の俗語・流行語などを全て内蔵しているだけではなく、IoT機能を有し、テレビやネット上で話題になっている最新のキーワードについても日々更新、インプットすることができる。
また利用者の日常会話を録音し、本人のボキャブラリーや関心事、見聞履歴などから、適当な話題を見出す機能を備えているという。
中高年男性の多くは、脳の老化対策のために意識的におやじギャグに走ることがわかっている。
おやじギャグを考えている人の脳をスキャンすると、大脳皮質の前頭葉にあるブローカ野が強い反応を示すことも判明しており、ボケ防止にはもってこいの脳トレといえる。
ただしこうしたおやじたちには「周囲の、どう突っ込んでやればよいのやら、どうリアクションをしたらよいのやら、といった困惑した雰囲気を眺めるのが大好き」というひねくれた面もあり、家族や職場はおろか、飲み屋でもまともに聞いてくれないのが現状である。
そこで三谷教授らが取り組んだテーマは「おやじギャグを楽しんでくれる人工知能」。
ユーザーが適切なおやじギャグを発話すると、頭部のランプが緑色に点滅し、やさしく微笑んでくれるという反応を示す。
例えばキクゾーにおいては、このような対話が展開される。
キクゾー「そろそろ寒くなってきました。昨年買い込んだ使い捨てカイロが活躍する時期ですね」
ユーザー「待てばカイロの日和あり、なんちゃって」
キクゾー(緑色ランプ・微笑みながら)「寒くなると肩こりにも悩まされますね」
ユーザー「そうそう、カイロプラクティックにもいきたいよね、なんちゃって」
キクゾー(緑色ランプ・微笑みながら)「カイロプラクティックに行きますか? 何色のシャツを着ていきましょうか?」
ユーザー「赤色、かな?なんちゃって」
三谷教授の調査によると、こうした会話を1日1回、30日間続けた60~70代男性の72%において、脳の機能が活性化する兆候がみられた。
キクゾーは医療機関や介護施設、高齢者のいる家庭だけでなく、「ワンマン経営者のいる中小企業や、中高年客の多い銀座のスナックなどに置いてもらうことも想定している」(三谷教授)という。

駅伝の広告効果というのが凄いらしい。
箱根駅伝で東洋大学が優勝したら、入学者倍率が3年間で2倍になったとか。
(理事長に「ケニアで入試やりましょうか」と冗談で言ったこともあったなあ)
今年はニューイヤー駅伝でも、「走る大工集団」重川材木店さんのような中小企業も頑張っており、なかなかの盛り上がりであった。
ただ、駅伝だと数人の選手を確保しなければならず、企業スポーツとしてもかなりの維持費がかかるはずである。
で、改めてマラソンに着眼することにしたい。
東京マラソンなどでは、出場にスポンサー枠があり、企業PRも可能である。
こうした企業PR専用のマラソンイベントを実施したらどうかと思うのだ。
もちろん実業団のマラソン大会はいくつもあるし、ガチでやるのはもう飽和状態の観あり、だ。
そこで、参加者は基本的に全員コスプレとする大会はどうか。
コスプレと言っても、企業キャラでも商品の擬人化でも何でもいい。
公序良俗に反しない限りどんなコスチュームでもよしとする。
要するに広告表現にしてもらえればよいのだ。
▼アシモのコスプレを、ホンダがちゃんとやるとか(あるいはアシモそのものを走らせるとか…)

テレビ放映はスポンサーも付くだろうけど、そもそも企業から広告費として出場料金を頂戴すれば運営経費も潤う。
「参加エントリー」だけでなく「沿道のぼり」「商品供与」「告知ポスター」「大会パンフ」といったPRチャンスもある。
マラソンゴール近辺には企業ブースを設けて、商品展示や地元見学者との交流会などもできるとかしてもらうとなかなか楽しい。
会社説明会をそこで兼ねるとかすれば、学生から確実に支持を得られるはずだ。特に体育会系!
それに、社員全員で「応援する」という経験の提示も、非常に大事なマネジメント戦術なのだ。
心ある経営者の方であれば、ご理解いただけるであろう。
全国で難しければ、地方都市などではいかがだろうか?
地方紙も広告収入がなかなか厳しいはずなので、こうしたイベントと名刺広告企画(!)とを連動させるなどすれば、面白い展開もあるかも知れない。
▼コスプレは文化だ
箱根駅伝で東洋大学が優勝したら、入学者倍率が3年間で2倍になったとか。
(理事長に「ケニアで入試やりましょうか」と冗談で言ったこともあったなあ)
今年はニューイヤー駅伝でも、「走る大工集団」重川材木店さんのような中小企業も頑張っており、なかなかの盛り上がりであった。
ただ、駅伝だと数人の選手を確保しなければならず、企業スポーツとしてもかなりの維持費がかかるはずである。
で、改めてマラソンに着眼することにしたい。
東京マラソンなどでは、出場にスポンサー枠があり、企業PRも可能である。
こうした企業PR専用のマラソンイベントを実施したらどうかと思うのだ。
もちろん実業団のマラソン大会はいくつもあるし、ガチでやるのはもう飽和状態の観あり、だ。
そこで、参加者は基本的に全員コスプレとする大会はどうか。
コスプレと言っても、企業キャラでも商品の擬人化でも何でもいい。
公序良俗に反しない限りどんなコスチュームでもよしとする。
要するに広告表現にしてもらえればよいのだ。
▼アシモのコスプレを、ホンダがちゃんとやるとか(あるいはアシモそのものを走らせるとか…)

テレビ放映はスポンサーも付くだろうけど、そもそも企業から広告費として出場料金を頂戴すれば運営経費も潤う。
「参加エントリー」だけでなく「沿道のぼり」「商品供与」「告知ポスター」「大会パンフ」といったPRチャンスもある。
マラソンゴール近辺には企業ブースを設けて、商品展示や地元見学者との交流会などもできるとかしてもらうとなかなか楽しい。
会社説明会をそこで兼ねるとかすれば、学生から確実に支持を得られるはずだ。特に体育会系!
それに、社員全員で「応援する」という経験の提示も、非常に大事なマネジメント戦術なのだ。
心ある経営者の方であれば、ご理解いただけるであろう。
全国で難しければ、地方都市などではいかがだろうか?
地方紙も広告収入がなかなか厳しいはずなので、こうしたイベントと名刺広告企画(!)とを連動させるなどすれば、面白い展開もあるかも知れない。
▼コスプレは文化だ