不況になると口紅が売れる -31ページ目

不況になると口紅が売れる

~遊びゴコロで、世界を救おう!~

たまにテレビで秋元康を見ようもんなら、

「あ、この人、太巻に似てる」

と感じてしまう今日この頃である。


どうも、虚構と現実が交錯している。しかも心地よく。
そう、「あまちゃん」のテーマの一つは、「虚構」と「現実」との往来である。

本作における虚構と現実との関係には、いくつかのフェイズがある。


第一に本作は、「現実をモデルとしたフィクション」ということ。

大向美咲さんという美人海女が小袖に実在するが、彼女が本作のモデルだそうだ。

また、アメ女から地方CMまで、いかにもそれらしきものが次々と登場するが、

これらはいずれも「現実を模倣した虚構」である。

なお「大向」さんは、ドラマで大吉の名字に使用し、レスペクトを表明している。


第二に、「現実なんか虚構に満ちている」という物語の中での批判だ。

ドラマでは再三、「東京」や「アイドル」、「バブル時代」の虚くささが暴露される。

「東京なんか田舎者の集まり」だし、80年代のアイドルなんて、口パクで歌っていたし、

芸能人のボランティアなんかどうせ売名行為だ…という名言もあった。


しかし次に示されるのは、そうはいっても「虚構あっての現実だろ?」という観点だ。

どんなときだって歌や踊りが人を元気にするとアキは語るし、

海女クラブの主題歌は「いつでも夢を」だ。

物語の要所に現れる若いころの春子(虚構)が、現実の人々に何かと影響を与え、

最後には、デビュー当時の音痴を克服することで、鈴鹿ひろ美は虚構から脱皮する。


さらには「虚構の中の虚構」という存在である。

「潮騒のメモリー」「暦の上ではディセンバー」「地元に帰ろう」などの劇中曲、

映画「潮騒のメモリー」、教育番組「見つけてこわそう」といった劇中劇。

テレビCM「バイク買い取るゾウ」、主書「太いものには巻かれろ」なんてのもあった。

これらが有効なコンテンツとして、ストーリーに花を添えた。

暮の紅白には「潮騒のメモリーズ」「GMT」に加え、

鈴鹿さんと春子さんによるユニットも見てみたいもんだ。


そして最後に「虚構の現実化」という現象を挙げることができる。

地元では、廃れていた「南部ダイバー」(種市高校)が復活し、

震災で崩壊した「海女センター」も再建が決定した。

NHKがリアルGMT48を結成、地域PRに乗り出している。

ジョージ・クルーニーのラテアート(花巻さんによる)をつくつてネットにアップする人だの、

その他、コスプレだの関連グッズだのは、もはやここに書ききれないほど。


「アマノミクス」の岩手県内への経済効果は33億円、とかいう報道が出回っている。

だが虚構のもたらす効果とは、いわゆる「金融機関の試算」では弾きだせないものがある。
例えば、次のような虚構の「効果」をどう捉えるか、である。


・虚構がクリエーターや技術者の想像力を刺激する効果
・虚構を社会が共有(許容)することで、むしろ幸福でいられる効果
・虚構の世界観を追体験する楽しみを形成する効果
・虚構の登場人物が社会意識のシンボルを形成する効果
・虚構に登場した職業・趣味がブームになる効果
・虚構(理想像)に近づくために現実を成長・発展させる効果
・虚構の先行認知を活用する広報効果
・虚構が異文化交流や異世代交流に貢献する効果


「あまロス」症候群とは、こうした効果が目前から消えてしまう悲しみと恐怖?を呼ぶのかもしれない。

さて、「あまちゃん」で出てこなかったシーンがいくつかある、と述べた。

実は「祖霊との対話」というシーンが、出てこない。

なつばっぱが仏壇に飾る写真は、生きている忠兵衛さんである。

岩手であれば、久慈であれば、震災直後であれば、当然出てくるはずのシーン。
あの世との対話。

もしかすると「三途の河のマーメイド」という歌詞の意味するところは、そんなことだったのかもね?

死者というバーチャルもまた、現実世界の想像力や活力に貢献する。



あ、それからユイちゃんの彼氏「ハゼ・ヘンドリックス」。

これも、出てこなかった。

ぜひ見たかったなあ~。


「あまちゃん」の中で描かれなかったシーンが3つある。


ひとつは「津波」のシーン。

そして、北三陸に来る前の東京での「いじめ」のシーン。

さらには、主人公のアキが目標に向かって努力するシーンである。


本来、主人公は困難に出会い、

努力して成長し、以前の自分を克服する、

というのが「物語」のお決まりのパターンである。

しかし、アキは自らそうした努力をしないばかりか、

むしろ「変わんねーなー」がこの話の中では褒め言葉になっている。


こうした「成長しない主人公」を肯定する眼差しは、

あの名作「木更津キャッツアイ」でも示されていたが、

宮藤作品に対する共感のひとつの要素になっていると思う。


プロになるために努力~成長する必要なんかない。

アキはユイの付き添いのような心づもりで東京に出、

アイドル養成の場(GMT)の一員となり、最終的には

偶然やコネクションの力で映画の主演の座を勝ち取ることになる。

もちろんそれなりの苦労はするものの、

アイドル目指して強烈な努力や勉強をした、という形跡は見えない。

天然のアキちゃんのままがいい、というのが視聴者を含めた評価なのだ。


しかし、この物語の中でただひとり、努力を続けた人物がいる。

それが、鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)である。

今日放映されたチャリティコンサートのシーン。

音痴と目されていた鈴鹿は、見事に「潮騒のメモリー」を歌い切る。

しかも、歌詞の中で問題とされていた「三途の川の」を

「三代前から」に言いかえるという離れ業を伴っての歌唱である。


プロになるために努力~成長する必要はない。

才能や時の運、さらにはコネなんかがものを言うのが現実の世界だ。

だが、プロになったら努力しなければならない。

イチローも羽生さんも似たようなことを言っている。

「ルーチンワークを続けられる能力」こそが、今の自分をつくっている、と。


スモールジャパン発想は、頑張らずにマイペースで行こうよ、というものだ。

「自分の好きな世界」にいられるのであれば、特に努力して成長することもない、

という、ある意味「あまちゃん」的考え方である。

だが、好きな世界にいようと思ったら、逆に本気出してやったらんと

そこにとどまることもできない、と鈴鹿さんは言いたかったのかもしれない。


能年玲奈さんが「あまちゃん2」を演りたい、

と言っているのは、どうもそんなところに理由があるのではないか、

とか思ったりして、である。