たまにテレビで秋元康を見ようもんなら、
「あ、この人、太巻に似てる」
と感じてしまう今日この頃である。
どうも、虚構と現実が交錯している。しかも心地よく。
そう、「あまちゃん」のテーマの一つは、「虚構」と「現実」との往来である。
本作における虚構と現実との関係には、いくつかのフェイズがある。
第一に本作は、「現実をモデルとしたフィクション」ということ。
大向美咲さんという美人海女が小袖に実在するが、彼女が本作のモデルだそうだ。
また、アメ女から地方CMまで、いかにもそれらしきものが次々と登場するが、
これらはいずれも「現実を模倣した虚構」である。
なお「大向」さんは、ドラマで大吉の名字に使用し、レスペクトを表明している。
第二に、「現実なんか虚構に満ちている」という物語の中での批判だ。
ドラマでは再三、「東京」や「アイドル」、「バブル時代」の虚くささが暴露される。
「東京なんか田舎者の集まり」だし、80年代のアイドルなんて、口パクで歌っていたし、
芸能人のボランティアなんかどうせ売名行為だ…という名言もあった。
しかし次に示されるのは、そうはいっても「虚構あっての現実だろ?」という観点だ。
どんなときだって歌や踊りが人を元気にするとアキは語るし、
海女クラブの主題歌は「いつでも夢を」だ。
物語の要所に現れる若いころの春子(虚構)が、現実の人々に何かと影響を与え、
最後には、デビュー当時の音痴を克服することで、鈴鹿ひろ美は虚構から脱皮する。
さらには「虚構の中の虚構」という存在である。
「潮騒のメモリー」「暦の上ではディセンバー」「地元に帰ろう」などの劇中曲、
映画「潮騒のメモリー」、教育番組「見つけてこわそう」といった劇中劇。
テレビCM「バイク買い取るゾウ」、主書「太いものには巻かれろ」なんてのもあった。
これらが有効なコンテンツとして、ストーリーに花を添えた。
暮の紅白には「潮騒のメモリーズ」「GMT」に加え、
鈴鹿さんと春子さんによるユニットも見てみたいもんだ。
そして最後に「虚構の現実化」という現象を挙げることができる。
地元では、廃れていた「南部ダイバー」(種市高校)が復活し、
震災で崩壊した「海女センター」も再建が決定した。
NHKがリアルGMT48を結成、地域PRに乗り出している。
ジョージ・クルーニーのラテアート(花巻さんによる)をつくつてネットにアップする人だの、
その他、コスプレだの関連グッズだのは、もはやここに書ききれないほど。
「アマノミクス」の岩手県内への経済効果は33億円、とかいう報道が出回っている。
だが虚構のもたらす効果とは、いわゆる「金融機関の試算」では弾きだせないものがある。
例えば、次のような虚構の「効果」をどう捉えるか、である。
・虚構がクリエーターや技術者の想像力を刺激する効果
・虚構を社会が共有(許容)することで、むしろ幸福でいられる効果
・虚構の世界観を追体験する楽しみを形成する効果
・虚構の登場人物が社会意識のシンボルを形成する効果
・虚構に登場した職業・趣味がブームになる効果
・虚構(理想像)に近づくために現実を成長・発展させる効果
・虚構の先行認知を活用する広報効果
・虚構が異文化交流や異世代交流に貢献する効果
「あまロス」症候群とは、こうした効果が目前から消えてしまう悲しみと恐怖?を呼ぶのかもしれない。
さて、「あまちゃん」で出てこなかったシーンがいくつかある、と述べた。
実は「祖霊との対話」というシーンが、出てこない。
なつばっぱが仏壇に飾る写真は、生きている忠兵衛さんである。
岩手であれば、久慈であれば、震災直後であれば、当然出てくるはずのシーン。
あの世との対話。
もしかすると「三途の河のマーメイド」という歌詞の意味するところは、そんなことだったのかもね?
死者というバーチャルもまた、現実世界の想像力や活力に貢献する。
あ、それからユイちゃんの彼氏「ハゼ・ヘンドリックス」。
これも、出てこなかった。
ぜひ見たかったなあ~。
「あまちゃん」の中で描かれなかったシーンが3つある。
ひとつは「津波」のシーン。
そして、北三陸に来る前の東京での「いじめ」のシーン。
さらには、主人公のアキが目標に向かって努力するシーンである。
本来、主人公は困難に出会い、
努力して成長し、以前の自分を克服する、
というのが「物語」のお決まりのパターンである。
しかし、アキは自らそうした努力をしないばかりか、
むしろ「変わんねーなー」がこの話の中では褒め言葉になっている。
こうした「成長しない主人公」を肯定する眼差しは、
あの名作「木更津キャッツアイ」でも示されていたが、
宮藤作品に対する共感のひとつの要素になっていると思う。
プロになるために努力~成長する必要なんかない。
アキはユイの付き添いのような心づもりで東京に出、
アイドル養成の場(GMT)の一員となり、最終的には
偶然やコネクションの力で映画の主演の座を勝ち取ることになる。
もちろんそれなりの苦労はするものの、
アイドル目指して強烈な努力や勉強をした、という形跡は見えない。
天然のアキちゃんのままがいい、というのが視聴者を含めた評価なのだ。
しかし、この物語の中でただひとり、努力を続けた人物がいる。
それが、鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)である。
今日放映されたチャリティコンサートのシーン。
音痴と目されていた鈴鹿は、見事に「潮騒のメモリー」を歌い切る。
しかも、歌詞の中で問題とされていた「三途の川の」を
「三代前から」に言いかえるという離れ業を伴っての歌唱である。
プロになるために努力~成長する必要はない。
才能や時の運、さらにはコネなんかがものを言うのが現実の世界だ。
だが、プロになったら努力しなければならない。
イチローも羽生さんも似たようなことを言っている。
「ルーチンワークを続けられる能力」こそが、今の自分をつくっている、と。
スモールジャパン発想は、頑張らずにマイペースで行こうよ、というものだ。
「自分の好きな世界」にいられるのであれば、特に努力して成長することもない、
という、ある意味「あまちゃん」的考え方である。
だが、好きな世界にいようと思ったら、逆に本気出してやったらんと
そこにとどまることもできない、と鈴鹿さんは言いたかったのかもしれない。
能年玲奈さんが「あまちゃん2」を演りたい、
と言っているのは、どうもそんなところに理由があるのではないか、
とか思ったりして、である。