「あまちゃん」について今さら語る④ | 不況になると口紅が売れる

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たまにテレビで秋元康を見ようもんなら、

「あ、この人、太巻に似てる」

と感じてしまう今日この頃である。


どうも、虚構と現実が交錯している。しかも心地よく。
そう、「あまちゃん」のテーマの一つは、「虚構」と「現実」との往来である。

本作における虚構と現実との関係には、いくつかのフェイズがある。


第一に本作は、「現実をモデルとしたフィクション」ということ。

大向美咲さんという美人海女が小袖に実在するが、彼女が本作のモデルだそうだ。

また、アメ女から地方CMまで、いかにもそれらしきものが次々と登場するが、

これらはいずれも「現実を模倣した虚構」である。

なお「大向」さんは、ドラマで大吉の名字に使用し、レスペクトを表明している。


第二に、「現実なんか虚構に満ちている」という物語の中での批判だ。

ドラマでは再三、「東京」や「アイドル」、「バブル時代」の虚くささが暴露される。

「東京なんか田舎者の集まり」だし、80年代のアイドルなんて、口パクで歌っていたし、

芸能人のボランティアなんかどうせ売名行為だ…という名言もあった。


しかし次に示されるのは、そうはいっても「虚構あっての現実だろ?」という観点だ。

どんなときだって歌や踊りが人を元気にするとアキは語るし、

海女クラブの主題歌は「いつでも夢を」だ。

物語の要所に現れる若いころの春子(虚構)が、現実の人々に何かと影響を与え、

最後には、デビュー当時の音痴を克服することで、鈴鹿ひろ美は虚構から脱皮する。


さらには「虚構の中の虚構」という存在である。

「潮騒のメモリー」「暦の上ではディセンバー」「地元に帰ろう」などの劇中曲、

映画「潮騒のメモリー」、教育番組「見つけてこわそう」といった劇中劇。

テレビCM「バイク買い取るゾウ」、主書「太いものには巻かれろ」なんてのもあった。

これらが有効なコンテンツとして、ストーリーに花を添えた。

暮の紅白には「潮騒のメモリーズ」「GMT」に加え、

鈴鹿さんと春子さんによるユニットも見てみたいもんだ。


そして最後に「虚構の現実化」という現象を挙げることができる。

地元では、廃れていた「南部ダイバー」(種市高校)が復活し、

震災で崩壊した「海女センター」も再建が決定した。

NHKがリアルGMT48を結成、地域PRに乗り出している。

ジョージ・クルーニーのラテアート(花巻さんによる)をつくつてネットにアップする人だの、

その他、コスプレだの関連グッズだのは、もはやここに書ききれないほど。


「アマノミクス」の岩手県内への経済効果は33億円、とかいう報道が出回っている。

だが虚構のもたらす効果とは、いわゆる「金融機関の試算」では弾きだせないものがある。
例えば、次のような虚構の「効果」をどう捉えるか、である。


・虚構がクリエーターや技術者の想像力を刺激する効果
・虚構を社会が共有(許容)することで、むしろ幸福でいられる効果
・虚構の世界観を追体験する楽しみを形成する効果
・虚構の登場人物が社会意識のシンボルを形成する効果
・虚構に登場した職業・趣味がブームになる効果
・虚構(理想像)に近づくために現実を成長・発展させる効果
・虚構の先行認知を活用する広報効果
・虚構が異文化交流や異世代交流に貢献する効果


「あまロス」症候群とは、こうした効果が目前から消えてしまう悲しみと恐怖?を呼ぶのかもしれない。

さて、「あまちゃん」で出てこなかったシーンがいくつかある、と述べた。

実は「祖霊との対話」というシーンが、出てこない。

なつばっぱが仏壇に飾る写真は、生きている忠兵衛さんである。

岩手であれば、久慈であれば、震災直後であれば、当然出てくるはずのシーン。
あの世との対話。

もしかすると「三途の河のマーメイド」という歌詞の意味するところは、そんなことだったのかもね?

死者というバーチャルもまた、現実世界の想像力や活力に貢献する。



あ、それからユイちゃんの彼氏「ハゼ・ヘンドリックス」。

これも、出てこなかった。

ぜひ見たかったなあ~。