HNの「世阿弥」には、あまり深い意味はない。
投稿をしようと思った矢先にたまたま世阿弥に関する本を読んでいたので、これでいいかと浅墓にネーミングしただけである。
しかし、将棋の歴史を調べていた際に、初代名人・大橋宗桂の家系が芸能と結びついていたということを知り、この名称は無意味でもないかなあ、と思い直した。
確かに宗桂は、将棋を一種の「芸能」として捉えていた人だと思う。
だからこそ、エンターテインメントである詰将棋に力を注いだのではないか。
名称といえば、本サイトが「詰将棋パラダイス」を名乗るようになった経緯について、管理人のエモン氏がブログに書いている。
「携帯サイトでこんなことやりたいんだけど名前貸して」的な企画書を出したところ、水上CEOから「よくわからないけどまあいいよ」という電話を貰い、スタートに漕ぎつけたとのことだ。
普通、よくわからないことは「NO」が基本だろうけど、それをどこの馬の骨かわからぬ相手にあっさり許すところに詰パラの懐の深さ?があった、ということだろうか。
さらには、本誌webサイトからもリンクを貼ってもらったりして初動につながったと聞く。
そして初期の頃には、須藤さんも作品を提供している。
しかしのちのち、このスマホ詰パラから数々の作家が誕生し、詰将棋の裾野を大きく広げることになったわけだし、70万ユーザーの一部が本誌定期購入者に発展していったのだから、この名前貸しはCEOの絶妙手なのであった。
スマホ詰パラの中で、誰がどんなHNを名乗っているかについては無頓着な方だが、一番注目してきた作家といえばやはり「名無し名人」(現「大橋宗角」)氏かも知れない。
中合がポコポコ出てくる「飛び出す飛角」(NO.1341)でいきなりブレークしたような気もするが、ちょっとこの人は才能が違うな、と思っていた。
のちに『スマホ詰パラ好作選』のアンソロジーでも知られる看寿賞作家・武島広秋氏である。
この年のある日、電車の中で「スマホ詰パラ」の問題を解いているオジサンを発見し、思わずその画面をガン見してしまった。
パズドラでもモンストでもない、スマホ詰パラユーザーとの偶然の遭遇である。
しかしそのオジサン、飛車の「不成」がわからず、可能性のある全手を試すがダメ…首をひねりながらチャレンジする姿が愛らしかった。
「ならずですよ、ならず…」と声を掛けようとも思ったが…そこはさすがに耐えた(笑)。
しかしまさかついにこんな日が来るとは思わず、ひたすら感慨深かったのを憶えている。
先日のツイッターで、kisy師匠がやはり電車内で隣に座った人がスマホ詰パラ解答中だったところに遭遇し、声を掛けようかどうしようか迷ったようなことを書いていたが、嬉しいやら気恥ずかしいやら誇らしいやら、複雑な気持ちについてはよくわかる。
2013年12月まで掲載された世阿弥92作への総解答者数が20万近くとなるとともに、総コメント数が3000を超えた。
▲NO.3226「形状記憶銀冠」2013.12.13掲載
