スローインという技術 | 不況になると口紅が売れる

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 勝又教授の分析を続ける。


 羽生将棋においては「スローイン」という、コントラクトブリッジ的な技術が発揮される場合があるという。

 相手は現在の形勢を今よりも良くすることができない、という局面で、相手に手を渡す、という高度な技術である。

 このスローインがいま、たいへん注目されている。この局面マネジメントテクニックで、相手との距離感や速度を調節する。「流れ」をつくってしまう手法ともいえる。


 われわれ素人は、こんなたいそうな芸など、とてもではないができない。

 局面をより良くする思考法しかできないし、そもそも手を渡すなど、不安が先に立ってしまうのが常だ。


 中原誠が「高度成長の将棋」、谷川浩司が「バブル絶頂の将棋」だとすれば、そういう意味で羽生善治は「低成長時代の将棋」だともいえる。

 これ以上自分から局面を良くすることができない状態もある、ということをわかっているわけだ。一手指しても、明日は良くなるとは限らない状況があるのだ。

 「前進できぬ駒はない」のが中原将棋で、それを正統かつ尖鋭化して継承したのが谷川将棋であろう。

 中原、谷川の強さは素人にもわかるのだが、それだけではない将棋の奥深さを示したのが、このスローインである。

 従ってここには、大山康晴による「戦中戦後の将棋」の要素が組み込まれている。

 指し手にはマイナスの要素もある、という考え方は、人間はミスすることもある、という考え方にも通じる。

 羽生のオールラウンド性とは、その得意戦法の幅広さだけでなく、あらゆる時代の名人の嗅覚を有するオールラウンド性という意味もある、と勝又六段は述べる。

 彼が「銀」が好きなのは、銀には斜め後ろに後退できる器用さがあるからだろう。