10月号の「将棋世界」で、勝又六段が羽生マジックの秘密を分析している。
脳生理学の教授や、情報社会予言オヤジなどの素人分析と違って、さすがプロの眼、という感じである。
この「将棋世界」は永久保存版だ。すぐに書店に走ろう。
中でも「考える野獣」は勝又オリジナルかどうかわからないが、羽生将棋の本質を衝いた見事な言葉だと思う。
佐藤康光も同じように「野獣」といわれたが、結局どこかの局面で野獣モードになれる男だけが、羽生世代の中で生き残れたのだともいえる。
アマチュアでも、終盤になると野獣になるタイプは、いる。
かつての小池重明なんかはそんな感じで、序盤眠っていて局面が最悪になるが、途中から眼が覚めて野獣化し、逆転勝ちするのが得意だった。
ただしプロの将棋の場合、最近は序盤からの(例の6五角など)野獣化が始まっている。「研究者」や「理論家」や「天才」や「ゲーマー」が、どこかで一匹の野獣に変身するのである。
「未開のジャングルで行われる野戦」で役に立つのは、記憶力や知識や、冷静な分析力なんぞではない。
この野獣精神の有無は、将棋というものを本質的にどう見るか、に関わっているように思う。
達人戦で先日優勝した島朗九段なんかは、一般には理論派と目されているけれど、実は自らが野獣化できるところに、将棋の最大の面白みを感じているひとりではないかな。
奨励会というのはつまり、技術というより、野獣精神育成の場ともいえるだろう。
あ、そういえば、野獣流(泉正樹七段)、という人もいたっけ(笑)。
泉七段が「アマチュアを指導するときは駒落ちしか指さない」と言っているのは、平手では、対局中の野獣精神が伝わらないからではないだろうか。
ちなみに泉七段は、「みなとの湯」を愛する浦和の星である。頑張ってもらいたい。
いつか羽生さんに倣って、「野獣の一手」を指してみたいもんだ。
ま、今でも「野良猫のような手」は指せないことはないんだが…。