2001年 夏
雨雲の下に暗く沈んだ街が車窓を飛び去っていく。まつわりついていた日常の匂いが少しずつ薄らいでいく。七瀬は座席の背もたれを倒してからだを楽にした。ここ数日は仕事が入る気配がなかった。それでも、朝、事務所に立ち寄ったのは鞄を置いて手ぶらになりたかったからだ。その足で新幹線に飛び乗ることに何のためらいもなかった。
大学生になったばかりの七瀬が一人暮らしをはじめたのは国際港がある大きな街だった。住んでいたアパートは市街地を臨む当時まだ開けていない丘陵地帯にあって、電車通学の学生たちは最寄りの私鉄駅で降り、商店街を抜けて大学まで通っていたが、彼はアパートから坂道を下りキャンパスへと向かったものだった。
アパートと駅と大学はそれぞれ等間隔に離れていて、もし地図上に線を引けば、きれいな正三角形を結んだはずだ。高台にあるアパートからは当時まだ大きなマンションがなかった住宅街の先に、大学のグランドやら講堂やらが小さく眺められた。
七瀬は新幹線から私鉄に乗り替え、母校の最寄り駅に降り立った。左手にはなだらかに下る商店街があって、その先にある大学に向かう七瀬とは二回りも年の離れた後輩たちが、通勤の人の流れが一段落した午前の通りに膨らんでいた。ただ、電車通学をしていなかった彼にはその商店街よりも、今、駅の正面に見える坂道の方が懐かしかった。
家電部品の下請け工場や配送トラックの助手、喫茶店のウエイターと、きまって他の街でバイト口を見つけてきた七瀬は、夜、一人この駅前に降り立ち、目の前の坂道を歩いてアパートまで帰ったものだ。
坂道は勾配がきつくなったり、ゆるやかになったり、所々に枝道をつくりながら、当時、彼のアパートがあった高台へと続いていた。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
14年前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。