遠いデザイン14-2
2001年 春
JAの店内に入ると、窓口には珍しく順番待ちの客の列ができていた。亮子を呼びだしてもらおうと最後尾についた七瀬は、何気なく眺めていた共済部の職場でコピー機を動かしている女性に目が止まった。以前、メディア通信社に保険の営業にきていて、居合わせた自分と名刺交換した女性に違いなかった。
窓口のカウンターにもたれかかるようにして背中を丸めた老女は、いまだに立ち去りそうな気配がない。深い皺が刻まれた手の甲には薄墨を散らしたような染みが点々と付いている。印鑑が必要なことがやっとわかったのか、巾着袋の中をまたまさぐりはじめる。
七瀬は列を離れ、フロアを仕切る開閉板を押して共済部の職場へ入っていった。少々抵抗があったが、順番を待つよりその女性職員にポジの返却を頼んだほうが早いと思ったからだ。しかし、彼女は七瀬に気づかず、職場の奥の方へとユニホームの背中を遠ざけていく。
声をかけようとしたが名前が出てこなかった。早足で追いかけて休憩室の前まできた時、開いたドアからテーブル席に背を向けて座っている女が見えた。顔をうつむけ、肩をわずかに動かして何か書きものをしているようだった。七瀬にはそれがすぐに亮子だとわかった。
彼は軽く会釈をして中に入った。そして女の横にきて「川奈さん」と小さく呼びかけてみた。彼女は動かない。自分の紺色のジャケットの袖が目の端に留まっていてもいいはずなのに。
七瀬はためらいながら、もう一度、その名前を口にした。白く細い首がゆっくりと回った。その瞬間、あっ、と言葉にならない声を発して、亮子が跳ね返るように椅子から立ち上がった。床を擦る座脚が音を立てた。
亮子の顔がみるみる紅潮していくのが七瀬にもわかった。室内にいた職員たちがいっせいに二人の方をふりかえった。驚いて声が出ない七瀬の前で、亮子の笑顔がゆっくりとふくらんでいった。
遠いデザインとは、遺伝子の設計図のこと。
13年前の2001年が舞台。
中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから、
コピーを前みたいに書けなくなったので、
その手慰みのつもりで書いています。