新人って聞いてたけど、なかなかいけてるじゃない。なあ、七瀬ちゃんも、そう思うだろう。なかなかのもんだって。いったいどんな仕掛けよ、これは?」
「シ・カ・ケ?」
モデルの女は一字ずつ小声で切って、眉をひそめた。
「いや、てっきり、もうどこかで経験ずみだと思ってさ。とにかくグッドよ、グッド。午後もその調子で頼むよ」
女につかみどころのないものを感じたのか、小田嶋の語尾が尻すぼみになる。モデルは顔を動かし、カメラのレンズが窄まるように、今度は七瀬の目に焦点を合わせた。
「モデルの経験なんてひと月もないわ。一日がかりの撮影だって、今日が初めてなんだから。でも、そう、シカケね。なぜ、そう言われるのか、わかる気がする…」
「どうしてなのさ?」
小田嶋が問い返した。
「私は、もともと双子だったの。でも、幼いときに、その片割れ、そう姉だった子を亡くしたのね」
七瀬も小田嶋も一瞬、意味がわからず口を閉ざした。撮影のことを気づかって、小田嶋がこの風変わりな女を好意的に受け入れようとしているのを七瀬はわかっていたが、二人とも女との接点を見つけられずにいる。
「水死したのよ。近くの川で溺れたの……。発見されたときには、水の底に沈んでいて、手遅れだった……」
ランチが運ばれてきた。女はナイフとフォークを手にしながらも、その奇怪な話を止めなかった。
「でも、その時の記憶って、ぜんぜん、残ってないのよね。姉がどんな顔で、どんな性格だったとかも」
「幼すぎて、覚えていなかったんだろう?」
七瀬が無難にまとめる。
「その姉きの、片割れとやらが生きていれば、双子の美人モデルってことで、今ごろ評判とれたかも」
小田嶋が追いかけるようにいって、引きつりぎみの笑顔を見せる。
モデルの声が気になるのか、背中合わせに座っている林田が、さっきから何度も後ろを振り返っている。
歳のわりには低くて抑揚のないモデルの声は、テープレコーダーから流れてくるようで感情の起伏が読みとりにくい。室温が高いため、冷水入りのコップが汗を
かいて厚紙のコースターが緩んでくる。脂で白く濁った冷水を飲みほしたマネージャーが、またカチカチという耳障りな音をまき散らしながら肉料理を切り分け
はじめる。
「そうね、七瀬さんがいうように、私、幼すぎたのね。悲しかった記憶が飛んでいるの。でも、私の半分がこの世からなくなってしまったことで、私はとても軽くなれたのよ」
女の目は虚ろな、それでいて何かをはっきりと凝視しているような光を帯びている。
「でも、モデルの仕事をはじめるようになってから、ときどき私に近づいてくる、もう一人の女の存在をはっきりと感じるようになったの」
こいつは、白痴か?
そう思ったと瞬間、テーブルの下で動いた小田嶋のつま先が七瀬の踵を小突く。七瀬も軽く小突き返した。
林田たちのテーブルには、すでに食後のコーヒーが点々と染みが飛び散ったランチョンマットの上に運ばれていたが、七瀬たちの席ではまだモデルのおしゃべりが続いている。時折、思い出したように口元に運ばれる肉片が女の食道を通る時、小さな喉ぼとけがその在りかを示した。
「バーターよ、バーター。こんどは私が質問する番でしょう?」
バーター~交換~を強調して、モデルの女は、入ってまだ日が浅い広告業界のことを知りたがった。店内が混み始め、とっくに食事を終えていた林田たちが見かねたように椅子から立ち上がった。
続く
遠いデザインとは…中年男が若い女性に憧れる、よくあるテーマの小説。
この歳になると。そんなことしか書けませんので…。
地域の産業支援を本格的にやりだしてから.
コピーを以前みたいに書かねくなったので、その手慰みのために。