本日は、軽めの写真コーナーです。
(いつも軽めなんですけどね。)

虫川を渡ると、林道に変わります。
これから山へ向かう「起点」の匂い(雰囲気)がプンプンします。(私だけ?)
駒止めブロックがいいでしょ!
道は、綺麗なんですよ。

1 菅沼 分岐点

分岐点は「ここ」の位置です。

「そのお二人」は、さらに菅沼の奥におられます。
これから「そのお二人」の場所へ向かいます。

① 本来、菅沼へ進む道

本来、写真①へ進むのですが、現在、菅沼に住人はおられません。
途中からは草木が茂り、危険動物が出やすくなっています。
行かないようにお願いします。

② は、迂回林道です。

迂回して、「そのお二人」の場所へ向かいます。

②へ!
さて、写真のモード失敗!
気付きませんでした。
左が塩の道、でも右へ迂回します。
①菅沼方面 良い道ですけど、今は行かない方が良いみたいです。

写真モードに気付かず、ボケた写真をずっと撮っていました。
ただ、見ていただきたいのは、地元の皆さんが周辺を綺麗になさっていること。

少数精鋭の草刈り

2 不動滝の龍神様

不動滝いこいの里(森林公園)

菅沼入口の分岐点から約1分、不動滝いこいの里に到着します。
今井地域の皆さんが、管理してくださっています。

この公園では、珍しい植物や、沢山の種類のトンボを見ることが出来るそうです。

ジオパーク!
今井ジオサイト

それで、不動滝を撮ったのか、といいますと・・・

すいません、取材日は〇〇が痛くて、行けませんでしたー。

申し訳ありませんが、「糸魚川市 不動滝いこいの里」で検索してくださいませ。
とほほ。

高龗の神(たかおかみ の かみ)

水が豊富な今井地域です。
ここにも水の神がおられました。
それにしても良い案内板ですね。
短文、明快!

 
 

みなさま、お疲れ様です!
次回、「そのお二人」が出てまいります。

現在、ここです。
 

おみちよう!

 

最初はヘタな写真から。
お一人烏くん、の図

 

虫川関所

猿くんファミリーの次に関所の跡が出てきます。

今、ここです。
 

虫川は、浅いので、雨量があるときは通行を避けてください。

 
この橋が見えたら、関所跡が近い。
到着です。

関所が廃止されたのは明治2年(1869年)頃。
もう150年前の事です。
昭和の写真を見せていただいた時、周りは「段々畑」「段々田んぼ」でした。
水が豊富。

現在、虫川地区の住人はおられません。
時代が変わって、茂ってしまうのは仕方がないことです。

それでも、先人の足跡を、記憶や記録として何か残してみよう・・・案内板から、西回りの会皆さんの気を感じます。

 

ただ残念なことに、会は解散されましたので、私のブログが、アーカイブとして何かの一助になれば有難い、そんなことが、このブログ開始にも繋がっております。(あらら、カッコつけちゃった。)

関所設置と関所廃止、また再開

虫川関所の設置が1567年とあります。
一方、織田信長の関所廃止が1年後の1568年。

(後に復活するのですが、)関所廃止があっても「虫川の関所」が続いたのは、領主間の牽制機能が必要だったからでは。例えば上杉ー武田とか。

そして、牽制と言いながら通行させる、凄くバランスチックな考え方があるように感じました。
(歴史専門家の方、合ってますか?)

狭い

さて、狭い道が続きます。
行かれる場合は、気を付けてくださいね!

おみちようっ!

 

はじめに、くだらない写真を一つ。

・・・白鳥に見えたのです。
新潟県なので、ビックスワンということで。

「Denkaビックスワン」のデンカ(旧電気化学工業)は、糸魚川市に2工場あります。

さて、本題です。
今井地域の集落から山間部へ入り、いよいよ風景が変わって参ります。

1 まてまての沢

お借りした資料は、昔の「青焼き」印刷で、なかなか読めません。
他の資料も併せて、よく見ると、こんな内容が書いてあるのです。

まてまての沢
  川の上へ突き出した崖の上を通ると、
  化け物が現れて
  通る人に「待て待て」と
  声をかけたという。

声をかけた?????

青焼きの図からすると、虫川の急カーブに「あおり返し」とメモ書きがあり、その近くに「まてまての沢」があるようです。

急カーブで
あおり返しの近く・・・

状況から、ここだと推測しました。下の写真です。

まてまて~と言われてみたい。

危険なエリア?

化け物が、なぜ「待て待て」と声をかけたのでしょう。
そもそも「襲われた」ではなくて、「声をかけた」とあります。

これは何かあるぞ!
と思いましたが、資料には載っていませんでした。
いわゆる不明です。

話は変わって現在ですが、ある意味危険なエリアですわ。

2 現在の危険=猿くんファミリー

実はこのあたり、猿くんファミリーがいるのです。
特徴
⑴ でっかい
⑵ 10頭以上

車で進んでいたら、前方にファミリーがおられました。
遠くから控えめに「プッ」とクラクションを鳴らしたのです。

その瞬間、一斉に全員がこっちを見まして、(私は驚いた)
「はーん、人間かい?しかたないなあ、どいてやるわ。」
みたいなオーラを出してました。

そして、全員が律儀に避けてくれたので、お礼に、通り際に手を振ってみたのです。

彼らは、ゆったり、こっちを見てました。

ただ、怖くて写真を撮れませんでした。
 
現地はこんなシチュエーションですので、ご注意を。
野生は、さすがに危険です。

緊張して写真取れませんでした。
本日の記事は、このあたり
このあたり

Thanks for visiting.
おみちよう!
気を付けて!

日記として、気楽に見ていただけたら、ありがたいです。

ありがたいやき。

失礼しました。・・・でもうまい。

すんだ、チーズ、小倉、全部うまし。

今井地域「中谷内と大谷内」の塩の道ポイント

⑴ 水神社 その2

中谷内と大谷内、読み方は、「なかやち」「おおやち」です。
「やち」って、全国にありまして、探求にはもってこいですね!

(ですけど、私は探求しないんです。はい。自分はスポーツ系なので、あしからず。という見苦しい言い訳でございます。)

それはそうと、
⑴ お借りした地元の資料を見ると、この近くに(仮)水神社その2があります。((仮)水神社その1は、#08に掲載しました。)

⑵ 赤い看板が目印。
  お蕎麦屋さんの方へ向かいます。 

赤い看板は「琴ざわそば」

蕎麦屋さんの裏手に水神社があります。
地元の皆さん、ありがとう!

写真を掲載しませんけれど、左右の土手もきれい

⑵ 六地蔵

琴ざわそばを出発したら、地区名が「中谷内」から「大谷内」に変わります。
大字からすると、蕎麦屋さんも大谷内なんですけど、入り組んでいまして。

それはさておき、お借りした資料によると、中谷地と大谷内の分岐点あたりに、六地蔵がいらっしゃった・・・はずなのです。

でも、道路整備等で今はない。
残念。

でもね、通りかかった地元のお兄さんに聞いたら、近くに標柱がありました。
県道の脇です。
西側です。

県道の脇にありました。

六地蔵がおられたということは、近くにお墓やお寺があっのかな、という直感です。

またまたお借りした資料を見ると、この場所から、山へ向かって「寺尾」という地名があるそうで、「今はもう誰も」住んでおられませんけど、寺尾には西蓮寺というお寺があったらしい・・・
 ※ 古い名曲「今はもう誰も」(アリス)

ところで? あれ? 西蓮寺さん?
わたし、市内の人間なのでピピッと来たのですが、実は、塩の道西廻りの起点である「須沢」の隣、田海地区に「西蓮寺」さんがありまして、例の資料によると、どうやら関連があるようです。
後に出てくるかもしれません。(予告)

⑶ 追伸、関係が無い、つまらん独り言を述べます。

昔、職場のホームページを立ち上げる時に、首都圏の企業さんにhtml作成をお願いしたのです。

担当者が、なんと「中谷内」さんでして・・・

わたし
「お名前が中谷内さんですね。糸魚川には中谷内という地名があるんですよ!」
中谷内さん
「実は、祖母が中谷内出身と聞いてます。仕事のお話を聞いた時、自分の田舎のことだと思いました。」

それを聞いて、えっ?えっ?と思ったワタシ。

一見、ありそうな話ですけれど・・・・・
中谷地の出身で「嫁ぎ先がたまたま千葉の「中谷地」さん」。
?????

そんなことある?
凄い偶然だと思いました。

はてはて、ご縁があって、職場のホームページは形を変えておりますが、今も無事に続いております。(NE●、中谷内さんに感謝です。)

本日の位置も、このあたり。

長文、ありがとうございました。
Thanks for coming over.(coming overって、合ってます?)
とりあえず、おみちよう!

 

日記として、気楽に見ていただけたら、ありがたいです。

ありがたいやき。

失礼しました。・・・でもうまい。

すんだ、チーズ、小倉、全部うまし。

今井地域「中谷内と大谷内」の塩の道ポイント

⑴ 水神社 その2

中谷内と大谷内、読み方は、「なかやち」「おおやち」です。
「やち」って、全国にありまして、探求にはもってこいですね!

(ですけど、私は探求しないんです。はい。自分はスポーツ系なので、あしからず。という見苦しい言い訳でございます。)

それはそうと、
⑴ お借りした地元の資料を見ると、この近くに(仮)水神社その2があります。((仮)水神社その1は、#08に掲載しました。)

⑵ 赤い看板が目印。
  お蕎麦屋さんの方へ向かいます。 

赤い看板は「琴ざわそば」

蕎麦屋さんの裏手に水神社があります。
地元の皆さん、ありがとう!

写真を掲載しませんけれど、左右の土手もきれい

⑵ 六地蔵

琴ざわそばを出発したら、地区名が「中谷内」から「大谷内」に変わります。
大字からすると、蕎麦屋さんも大谷内なんですけど、入り組んでいまして。

それはさておき、お借りした資料によると、中谷地と大谷内の分岐点あたりに、六地蔵がいらっしゃった・・・はずなのです。

でも、道路整備等で今はない。
残念。

でもね、通りかかった地元のお兄さんに聞いたら、近くに標柱がありました。
県道の脇です。
西側です。

県道の脇にありました。

六地蔵がおられたということは、近くにお墓やお寺があっのかな、という直感です。

またまたお借りした資料を見ると、この場所から、山へ向かって「寺尾」という地名があるそうで、「今はもう誰も」住んでおられませんけど、寺尾には西蓮寺というお寺があったらしい・・・
 ※ 古い名曲「今はもう誰も」(アリス)

ところで? あれ? 西蓮寺さん?
わたし、市内の人間なのでピピッと来たのですが、実は、塩の道西廻りの起点である「須沢」の隣、田海地区に「西蓮寺」さんがありまして、例の資料によると、どうやら関連があるようです。
後に出てくるかもしれません。(予告)

⑶ 追伸、関係が無い、つまらん独り言を述べます。

昔、職場のホームページを立ち上げる時に、首都圏の企業さんにhtml作成をお願いしたのです。

担当者が、なんと「中谷内」さんでして・・・

わたし
「お名前が中谷内さんですね。糸魚川には中谷内という地名があるんですよ!」
中谷内さん
「実は、祖母が中谷内出身と聞いてます。仕事のお話を聞いた時、自分の田舎のことだと思いました。」

それを聞いて、えっ?えっ?と思ったワタシ。

一見、ありそうな話ですけれど・・・・・
中谷地の出身で「嫁ぎ先がたまたま千葉の「中谷地」さん」。
?????

そんなことある?
凄い偶然だと思いました。

はてはて、ご縁があって、職場のホームページは形を変えておりますが、今も無事に続いております。(NE●、中谷内さんに感謝です。)

本日の位置も、このあたり。

長文、ありがとうございました。
Thanks for coming over.(coming overって、合ってます?)
とりあえず、おみちよう!