現代パラレル蓮キョの続きをお届けします。
■ つみこいびと ◇3 ■
時間なんてものは瞬く間に過ぎ去る。
今日、社さんが復帰した。
その間ラブミービルから呼び出されることはなく、俺自身があの子と再会できるための画策をする暇もなく。
俺が代理で行った修理案件の引継ぎも朝のひとときで済んでしまって、これで完全に可能性は断たれた…と思った。
「 敦賀くん、村雨くん、今日はよろしくお願いします! 」
「「 お願いします 」」
その日の午後、俺は月間予定表の通りに緒方が担当している大エレベーター保守点検員の一人として、村雨と一緒に別地区に出向いた。
定員数が大きめのものや頻繁に稼働するエレベーターは特に消耗が激しく、必然的に交換部品が多くなる。特に大きなカゴの場合は部品自体が大きかったり重かったりするので、複数名が肩を寄せ合い集合点検を行うのだ。
その際、近隣区域同士で助け合うのは暗黙の了解となっていた。
「 今日、社さんが出社してきてくれて助かったよね。いくら午後からだって言っても人手不足じゃきっと敦賀くん、こっちに来られなかったと思うし 」
「 確かに、俺もそう思う。点検が一日遅れるだけでしわ寄せが半端ないから来られて良かったよ 」
「 んじゃ、パパっとやっちゃおうぜ。終了時間は何時にしとく? 」
「 それ、一応夕方5時までってことで連絡してあるからそれにしといて 」
「 りょーかい 」
「 作業点検に入るよ。エレベーター止めまーす 」
「「 OK 」」
「 あーすみません!ちょっと、ちょっと待って!! 」
「「「 え? 」」」
3人で点検作業に入ろうとした矢先、一般の人から声がかかって俺たちは一斉に顔を上げた。担当者の緒方がそれに応じた。
「 点検前にそのエレベーター、もう一回だけ使わせてくれる? 」
「 すみません。事前にお知らせしていた通り、今日は午後一から保守点検ということでエレベーターはいま止めてしまいましたので… 」
「 あー、だったらもう一回スイッチ入れてよ。いま止めたばっかりなら平気でしょ?それが使えないと俺、12階まで階段なんだよ。かわいそうでしょ?大変そうでしょ~?なんとか頼むよ~ 」
「 申し訳ありません。規則ですし、安全上の確認が取れるまでは動かすことが出来ないんです 」
「 はぁ?なに、ダメなの?こっちは丁寧に頭下げて頼んでんのに?!だっていま止めたばっかなんでしょ?点検作業だってまだ何にもしていないんでしょ?だったらいいじゃん、一回ぐらい!さっきまで動いていたんだから平気だって!ね? 」
「 ……申し訳ありません 」
「 あーくそ!!なんでだよ!融通利かねーな!乗せてくれよ!! 」
「 申し訳ありませんが出来ません 」
「 くっそ!だいたいなんでこんな昼間にやるんだよ!他人に迷惑かけてんじゃねーよ。いっそ夜中にやってくれよ! 」
「 重ね重ね申し訳ありません 」
「 …っ!なんだよ、ケチくせーな!!! 」
「 ンだと? 」
「 バカ、やめろ、村雨! 」
「 ちっ!もういいよ、頼まねーわ!!そんな態度だからアンタらの会社、業績不振なんだよ! 」
「「「 ……っっっ!!! 」」」
エレベーターの保守点検をしていると、自分の仕事に嫌気がさすことは割とある。
なぜならこんな風に、エレベーターを止めていると結構な文句を吐かれることがそれこそ数えきれないほどあるからだ。
安全のためにしていることなのに理解が得られないのは案外苦痛で、しかも文句を言っていく人の中には罵詈雑言を平気で浴びせる奴もいる。
そんなとき、昇降機等検査員は自分の仕事に対する情熱を一気に失うのだ。
過去に離職していった人の中にはそれが理由の人もいて、正直、この仕事をしている間は常にその考えが頭をよぎる。
握りこぶしを作った村雨が面白くなさそうに舌打ちをした。
「 ほんと、面白くない仕事だよな!なんで俺こんな仕事を選んだんだって時々思うぜ 」
「 嘆くな、村雨。そんなの俺だって同じだよ 」
「 ほんと、ほんと。こっちは少しのミスもしないように気を配って頑張っているのに、その横で文句を吐かれる苦痛ったらないよね。僕はマゾじゃないんだからね! 」
「 緒方、それマジ、点検員あるある 」
「 だよね!? 」
そもそもエレベーターの修理や点検というのは誰にもできるものではない。
この仕事は指定の講習を受講して試験をパスし、国土交通大臣の登録を受けねばならない。そのあと国土交通省地方整備局が発行する検査員資格者証を手にして初めて従事できる仕事なのだ。
…が、そもそもその講習を受講するためには所定の大学課程を履修し、卒業したものでなければ受講資格さえ得られない。この仕事は意外にも壁の高い有資格職なのである。
「 あー、いっそ転職してぇな~ 」
「 なんだ、まさかアテでもあるのか? 」
「 ねぇよ。けど転職してぇはしょっちゅう思うわ。敦賀はそう思わないのか? 」
「 ……そうだな。今より条件が良くなるなら転職したい、とは考える 」
「 だろ 」
ところで、日本ではコースターや観覧車なども昇降機とされているのを知っているだろうか。
つまりエレベーターやエスカレーターなどの点検員は、遊園地にあるコースターや観覧車などの点検員としても活躍することができるのだ。
事実、過去に退職していった何人かはそっちに転職したらしいという噂があって、正直とても羨ましいと思った。
なぜならそちらは狭き門。希望する誰もが転職できるとは限らない職場だからだ。
「 せーめーてー、彼女でもいれば張り合いが出るんだけどよー。それすらいないからよー 」
点検作業を続けながら俺たちはこっそりと雑談を続けていた。複数で作業することの最大のメリットは互いに愚痴を言い合えることだ。
もちろん、一般人には聞こえない作業場所に移動したときだけ口を開く。
「 判るよ、村雨くん。僕なんか仕事をしながらいっつも思う。あー、ここで素敵なハプニングが起きないかなーって 」
「 なんだ、素敵なハプニングって 」
「 例えばだよ!?たとえばいま、髪飾りがコロコロ~って転がってきて、いきなり僕の手に落ちるんだ 」
「 はぁ? 」
「 それで? 」
「 それで、外に出るとかわいい女の子が困った顔で探し物をしているんだよ。で、拾ってあげたそれを僕が差し出した瞬間、笑顔を見せてくれて、二人は一瞬で… 」
「 恋に落ちるってか?漫画か、あほか! 」
「 むうっ!馬鹿にしたね、村雨くん!言っておくけどね、恋って言うのは3つのingが揃うと生まれるって言われているんだからね! 」
「 なんだ、それ。教えてみろよ 」
「 フィーリング、タイミング、ハプニングだよ!!いつかこういう素敵ハプニングが起きて、突然、燃えるような恋が生まれるかもしれないだろ。ねっ!?敦賀くん! 」
「 ……うーん、賛同してあげたい気もするけど、それは都合よすぎる気もする 」
「 なっ…そんな顔をしているくせに、敦賀くんまでそんなこと言うの?!ひどいよ! 」
「 ちょっと待て。顔は関係ないだろ? 」
「 あるよ!だってもし敦賀くんにこういうことがあったら一瞬で恋人が出来ると思うもん! 」
「 そんな都合のいいことあるわけないだろ 」
そんなことを言いながら俺は先週の出来事をふと思い出していた。
苦笑を浮かべながら緒方の背中をポンと叩いたのは、社さんが復帰する前にもう一度なにかトラブルでもあればいいのに…と自分が考えていたことを思い出したからだった。
そのとき唐突に俺の携帯が震えた。
着信を確認すると社さんからで、珍しいこともあるものだな、と考えながら通話を受けた。
「 はい、敦賀で…… 」
『 蓮っっっ!!!お前、俺が居ない間に何をやらかした?!! 』
「 はい? 」
電話向こうの社さんはインフルエンザ快復直後なのが嘘のようにおよそらしからぬ大声だった。
言われた意味が解らず俺は思わず作業の手を止め、耳を傾けた。
「 え?…なんのことですか、社さん 」
『 なんのことですか?だと。おっ前、いますぐラブミービルに来いっ! 』
「 は??え?え? 」
やばい。ちゃんとやったつもりでいたのに、ひょっとしたら俺、何かをやらかしていたのか?
「 …敦賀くん、いいよ、こっちはもう。二人でもあと1時間ぐらいで撤収できると思うから。行って? 」
「 そうだよ、行け! 」
「 悪い!ごめんな 」
自分が持って来た工具だけを手早くまとめ、急いで車両に戻った。
社さんの剣幕がすさまじかっただけに、それが緒方の言う素敵ハプニングだなんて予想も出来ず、俺は慌ててラブミービルに向かった。
⇒つみこいびと◇4 に続く
実際に文句を言われている現場を目撃したことがきっかけで生まれた物語。
⇒つみこいびと◇3・拍手
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