地味連載の続きお届けいたします。
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■ 闇色のイバラ ◇27 ■
朝出て来たばかりだというのに、こんなにも懐かしいと焦がれる想いは一体どこから来るのだろう。
馬上でキョーコは流れ落ちる涙を幾度も拭った。
容赦なく頬にぶつかる強い風。
斬新に切られたキョーコの髪がなおも斬新に乱れ踊る。
馬はまるでキョーコの思いを汲むかのように一心不乱に駆けていた。
これが二度目だとは思えないほど基礎に忠実な乗馬姿勢を保ったまま、キョーコは前を見据えた。
「 ……まほ……つかいさま…… 」
胸がひどく痛かった。
なぜ自分は塔を出たりしたのだろうか。
なぜあの人の温もりから離れようとしたのだろう。
……魔法使いさまはいつも優しい人だった。
ベッドの中で泣いている私に気付くと
所在無げな顔をしながら私の部屋の扉を叩き、変な理由をこじつけては自分のベッドへと私を招いた。
――――――― おいで、キョーコ…。今夜は俺と一緒に寝てくれる?
涙を拭ってくれる手は穏やかで
おやすみと頬に触れる唇は優しくて
自分に寄り添ってくれる魔法使いさまの腕の中はどこよりも温かく安心できる場所だった。
「 ……私…ごめ…なさ……っ… 」
思えば、自分の心はとっくの昔に決まっていたのだ。
両親が迎えに来てくれるのを本当に心待ちにしていたのなら、塔を登る第三者の足音を聞いたとき、どうすればいいのかと悩む必要など無かったのだ。
ましてや自分に真実を突き付けた王子に向けて
彼が納得できるような答えを魔法使いさまから得ることが出来れば自分はまだ塔に居られる…と願うはずもなかった。
そう考えた時点でもうとっくに、自分が居たい場所は彼のそばでしかなかったのだ。
それなのに、あの人の想いを何も知らず、言われるままに出て来るなんて……。
譬えて言うなら魔物はイバラの生き物だと思う。
人知の範疇を越えているがゆえ、人から見たら厄介で
だからこそ人は魔物に近づくことを忌み嫌い
彼らと対峙することをひどく恐れる。
『 魔法使いなんかじゃない!あれは闇の遣いだ!!このままここに居たら危険なんだ 』
『 危険なんてありません。魔法使いさまは魔物じゃありません! 』
イバラに花が咲くように
心のある魔物は存在している。その事実を人は見ようとしないのだ。
あの人はそれを熟知していた。
理解していながらそれでも彼は
棘だらけの手で、腕で
出来るだけ私を傷つけないように気を付けながら、私を守ってくれていたのだ。
……仕方が無いのに。
少しぐらい傷つくのは仕方のないことだったのに。
『 本当のこと?真実は判り切ってる!!
あれは、君を攫って来た闇の遣いじゃないか! 』
――――――― 今度そいつが来たら…ここから出ていけ
真実を知ってしまった私を遠ざけようとしたのは彼の優しさ。
だけど、魔法使いさま
あなたが私を育ててくれたあの日々も本当のこと。
そしていまハッキリとこう思う。
私にとって大切なことは、あなたが魔法使いではなかったという事実ではないのだと。
魔の森を駆け抜け、再び戻った塔の下。
地に足を付けたキョーコは自分を守ってくれたイバラの群生に視線を投げ、感謝の念を捧げてから塔を見上げた。
あられもないほど壊れた窓が視界にとまり、塔を登るために必要だった、自分の髪を備えるための金具すら本来あるべき場所に存在していないことを認めた。
つまりあの場所へ戻るには、塔の階段を上るより他に手は無いということ。
幼かったあの頃、魔法使いに言われた言葉が鮮明によみがえり、続け様に王子の言葉がキョーコの脳裏に浮かんで消えた。
『 塔の中には魔物が棲み付いていてね、入ったら君などは頭から食われてしまうよ 』
『 キョーコ!!戻っても無駄だ。君は闇の遣いには会えない!
塔の階段は魔物だらけだと自分で言っていただろう。そんな所を登ったりしたら君は魔物に食われてしまう!! 』
判ってる。これがどんなに無謀なことかは。
だけど自分はもう一度、あの人と会って話がしたいのだ。
そうするにはもう、これしか方法がないのだから。
塔の中で見慣れていたそれと全く同じ、重苦しいほど重厚な扉に近づいたキョーコは、逸る鼓動を携えながら決死の覚悟で腕を伸ばした。
彼女がドアノブに手を掛けようとしたとき、馬の蹄がけたたましく近づき、マントを翻した光が慌てて馬上から飛び降りた。
「 ちょっと待った、キョーコ!! 」
「 光さま?!……っ!! 」
きっと自分を止めに来たに違いない。
キョーコは慌ててドアを開けようとしたが一歩早く王子の手がキョーコの手に重なった。
「 イヤ!止めないで下さい、光さま!! 」
「 違う。止めに来たんじゃないよ。俺も入る 」
「 ……え? 」
「 いくらなんでも本当にキョーコ一人で入ったら魔物に食われて終わりだろ 」
「 ……っ!! 」
「 そんな、睨まなくても良くない?一人より二人の方が心強いだろう?
それに、魔物が居ると判っている場所へ君一人を行かせる訳にはいかない。俺はLME国の王子だから。色々な意味でこのまま放っておくわけにはいかないんだ 」
「 ……そう、ですよね 」
「 キョーコ。ひとつ約束してくれないか? 」
「 え? 」
「 闇の遣いに会って、魔物は魔物だという事を確かめたらそのときは両親の元へ戻ると。
君は人間だ。親と一緒に暮らせることは人として普通の倖せだろう? 」
自分を見下ろす王子の目はまっすぐで、初めて会った時と寸分たがわずその瞳は澄んでいた。
迷いなき問いを受けて、キョーコは微かに笑みを浮かべた。
「 そう…ですよね。私も、そう思っていました 」
「 ……君は、ずっと両親に会いたかったんだろう? 」
「 はい。ずっと会いたかったです 」
昼間はずっと一人きりで、塔から出ることは許されなかった。
「 ……でも、魔法使いさまはいつも、日が暮れる前には必ず塔に戻って来てくれたんです 」
「 ……… 」
「 色んな勉強を教えてくれて、答えが合うといつも頭を撫でて褒めてくれたんです。キョーコは偉いね。頭が良いねって。
いつも面白い話を聞かせてくれたり、新しいおもちゃを買って来てくれたり…。服だって、全部あの人が用意してくれた。それに…… 」
…――――――― 思い出す 古い記憶は 白い花……
「 私が泣いていたら、白い花をカバンいっぱいに摘んできてくれた。そういう人なんです。
私、ずっと父や母には会いたかった 」
そのはずなのに
けれど私は……
「 あんなに会いたかったはずなのに、でも私、10年間、少しも寂しくなかった。魔法使いさまが居てくれたから、少しも寂しくなかったんです!
光さま。私は人じゃないんでしょうか? 」
無垢な瞳を向けられて光もまた微かに笑みを浮かべた。
それが、嘲笑だったのか彼女の言葉を理解してのことだったのかは光自身にも判らなかった。
「 ……急がずとも答えはやがて分かるだろう。とにかく入ろう 」
「 はい 」
ノブを握った光の手が、重厚な扉を押し開いた。
重い音が鈍く立ち、一歩を進んだ光の足元から甲高い靴音が響く。
踏み入った塔の階段は恐ろしいほどの暗闇で、光は扉に手を添えたまま辺りを見回した。
「 わ……真っ暗ですね。どうしよう…… 」
キョーコが続いて扉をくぐったとき、外光に照らされて何かが光った。
無造作に寝転んだランプを見つけた光はそれを難なく拾い上げる。
間もなく重厚な扉は閉ざされ二人の視界を簡単に奪ってしまったが、暗闇の中で二人は灯りを得ていた。
「 心配ない。こんなのがあった 」
「 あ、ランプ。点きますか? 」
「 大丈夫みたいだ、ほら 」
火が灯るとジジジ…と芯が泣いた。
炎が安定するのを待ち、ランプの明かりに慣れたところで螺旋階段を見上げた。
外から見ても遙かに聳える高い塔。何段あるかなど想像できないほど螺旋は幾重にも連なっていた。
上に行くほど空は近いはずなのに、上へ行くほど闇に近づいているような気がした。
「 階段上の入り口は、確か闇の遣いが閉じたと言っていたんだよな? 」
「 はい 」
「 君は鍵の呪文に心当たりは無いのか? 」
「 いえ。必要とする者だけが知っているとしか聞いていません 」
「 ふ…ん。必要…か。一体何を必要とするんだ? 」
ランプを右手に持った光は左手で顎に触れ足元を確かめるように視線を床に落とした。
静まり返った塔の階段はまるで世界から切り離されたような気がする。
ゆっくりと階段を踏みしめた光に続きキョーコも階段を踏みしめた。
「 ごめんなさい。私には何も判りません 」
「 とにかく行ってみよう。これだけ高い塔なんだ。登っている間に何か思いつくかもしれない 」
「 はい、そうですね 」
そう言って二人が螺旋階段を登り始めて数分もしないうちに黒い影がランプを過ぎった。
「 くっ…!!! 」
気付いた時には既に遅く、守る間もなく明かりが消えた。
慌てた光の手元に闇が重なり、王子は役に立たなくなったランプを放ると素早く短剣を引き抜いた。
「 え?光さま? 」
「 だめだ、そのまま俺の後ろに!! 」
「 どうし… 」
「 魔物だ!大丈夫だ、俺が居る。
退け魔物!神の名に触れられるものかっ!! 」
――――――― θεοξ・Φωζ…!!!
唱えた途端、火花が散った。
あの時と同じ確かな手ごたえを感じたが、しかしあの時とは違い魔物は粉々にはならなかった。
不規則に揺らめき、定形を持たぬ闇のもの。
スモークのように漂い様子を伺うさまでたゆたう黒の靄。
やがてそれは低くうねり、人の言葉を紡いだ。
「 ダレ…ダ。何ヲシ ニ…
何ヲサガシニ……キ タ? 」
キョーコと光は同時に目を見開いた。
「 これは…。もしかしてこれが扉の封印? 」
「 ああ、きっとそうだ。魔物が扉の番人なんだ 」
ゴクリ…と光は唾を飲んだ。
答えの分からぬ質問だ。
光には答えようが無かった。
「 ……繰リ返シ問ウ。ナニヲ 何ヲ探シニ オ前ハ 来タ? 」
「 あの、私は魔法使いさまに会いに来たんです!どうか通して頂けませんか? 」
――――――― マ ホ ウ ツ カ イ …?
……デハ ナイ……
「 チガ ウ…… チガウナ…コトバ チガウ
通サナイ オマエラデハナイ…… 」
闇の靄が一気に広がり手当たり次第に辺りを包む。
見えない圧迫感が幾重にも増幅し、キョーコをかばっていた王子めがけて容赦なく襲い掛かった。
「 クッ!!! 」
「 光さま!! 」
「 大丈夫だから……そのまま俺の後ろにいるんだ 」
「 でも…… 」
「 去レ! 去レ! 去ラヌナラ果テヨ!
ココデ果テヨ!!! 」
低いうねりがトーンを上げ、あざ笑うかの如く甲高く耳に障る。
光の後ろで戸惑いながらキョーコはどうすればいいのかと思考を巡らせた。
……どうしよう!どうしよう!
呪文はなに?
塔を登るための解除の呪文。
それが出来なければ魔法使いさまには決して会えない。
『 魔法使いさま? 』
『 うん? 』
『 私も、勉強すれば魔法が使えるようになる? 』
『 …使えるようになりたいの? 』
『 なりたいです!色々なことが一瞬で出来ちゃうなんて素敵でしょ? 』
『 ……うーん。残念だけどキョーコには無理かなぁ 』
『 無理ですか?どうしても?一生懸命頑張っても? 』
『 そうだね、無理だね。どうしても 』
『 それは何故ですか? 』
『 うん。だって君は……… 』
魔法使いさまと違って私は普通の人間だから
私に魔法は使えない、と彼は諭した。
その上で、彼は魔法や奇跡を信じすぎてはいけないと語った。
人は甘えを覚えると、坂道を転がるように怠惰に陥ってしまうから…と。
「 果テヨ! 果テヌナラ喰ラワレテシマエ!! 」
「 …っ…君は逃げるんだ!階段を降りていますぐ外へ!! 」
「 そんなこと、出来るはずがありませんっ!!! 」
知っている。
魔法使いさまが私に教えてくれたことのすべてはこの世の真実。
そんなあなたに会いたくて
ただ会って話がしたいだけなのに。
逢って本当の事を聞きたい。
あなたの本心を尋ねたい。
魔法使いさま。
出て行けと、言ったあれは本心ですか?
毎朝毎晩、私に唇を寄せてくれたあの意味は
最後にしてくれたあのキスの意味は…
それから
いま、私の事を本当はどう思っているのか ―――――――…
それをあなたの口から聞きたいの。
キョーコの胸で想いが一気に弾けた。
いま自分が心の底から望むことは一つだけ。
大きく息を吸い込んで、キョーコは心の限りに願いを叫んだ。
「 ――――――― どうかお願いです!!
お願いだから蓮に逢わせてっ!! 」
瞬間、黒い靄が動きを止めた。
形を持たぬ魔物の靄は、まるでキョーコを見下ろす様に彼女の頭上で拡がった。
⇒28話 に続く
自分的に一番萌えない箇所で切れてしまった…。
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