地味連載の続きお届けいたします。
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■ 闇色のイバラ ◇28 ■
――――――― キョーコ。名前はね、呪文なんだよ。
その人を呼ぶ力
想う力
そして時には縛る力にもなり得る。
俺が言ったことなんて、君はもう忘れてしまったかな。
小さな敷地の店の中。
どれほど上玉な女であろうと自身の名を教えたことは一度も無かった。
「 あら。…――――――― それなら私、あなたの名前を頂戴したいわ 」
「 あなた様のお好きな名前でお呼び頂いて結構ですよ 」
魔物にとって名は呪文。
その名を操り縛る呪言。
呼ばせる相手を選ばねばそれは魔物の命に係わる。
人の中には蛇のように執拗でやたらと嫌な空気を纏う女がたまにいて、いかに魔物であろうともそういうのとは会話をするだけで異様に神経がすり減る。
「 ……魔法使いさま?どうかしたんですか? 」
塔に来てまだ間もない頃だというのにキョーコはそういう変化に敏感だった。
「 うん?いや、別にどうってこと無いよ。
あ、お茶を淹れてくれたんだ、ごめん。ちょっとボーっとしていたかな。ありがとう、キョーコ 」
「 ふふっ♡ いいえ、どういたしまして 」
「 ……?…なに? 」
「 えへへ。名前…呼んでもらえるのが嬉しいなぁって思っただけです! 」
魔物が付けた名前だから
キョーコはずっと自分の名前を誰にも呼ばれた事が無かった。
それは俺のせいだって判っていたけど
そんなことも知らずにただ、単純に微笑むこの子のことが哀れなほど可哀想で、同時に守ってやりたいと思わせた。
「 ……俺…も、しばらく呼ばれてないなぁ、名前 」
「 え?魔法使いさまもですか?!誰からも呼ばれていないの? 」
「 ん。まぁ、そもそも名前は呪文になり得るから気軽に人に教えるものじゃないしね 」
「 呪文?魔法と同じ? 」
「 そう。名前はね、その人を呼ぶ力、想う力、時には縛る力にもなり得るものなんだ 」
「 ……縛る? 」
「 …くす。キョーコにはまだちょっと難しいか。ま、だからね、誰かに教える必要が無かったから全然呼ばれてなかったな…ってだけの話 」
「 必要ないんですか?そんなぁ… 」
「 必要ないだろ?今までキョーコ、気付かなかったろ?必要だと思わなかったろ? 」
「 ……う…はい。でも、教えてくれたら私が…… 」
ごにょごにょとくぐもってしまったけれど、先に続いただろう言葉は聞こえた気がした。
そのときキョーコには別に隠す必要も無いか、と思った。
「 蓮 」
「 え? 」
「 俺の名前、蓮っていうんだ。でもキョーコ。俺を名前で呼ばないでもらえる? 」
「 ……ダメ…なんですか? 」
「 うん。そもそも呼ばれ慣れていないし、それにこの名前を口にしたらキョーコがとっても困ることになるから。知っているだけにして? 」
瞼の裏で懐かしい過去に浸り、走馬灯のように消えてゆく優しい思い出。
――――――― キョーコが自分のすぐそばで
扉の番人と対峙しているというのに塔の主である闇の遣いはキョーコが出て行った時からずっと同じ姿勢のままだった。
まるで人形にでもなったかのように壁に背を掛け、床に座り込んだまま。
それはさながら糸の切れた操り人形のように。
キョーコがいなくなった塔の中は何もかもが閑散としていた。
世界の全てから色が落ちたようだった。
「 これでいい… 」
これが一番いい方法だと思ったんだ。
あれは普通の人間だから。
俺とは一緒に暮らせない。
俺にはキョーコが先に死ぬのなんて耐えられない。
だからこのまま一緒にいたら
いつか自分と同じように不老長寿の術をかけてしまうだろう。
そんなことをしたら闇に染まる。
それは自然の摂理に背く行為。
いつか必ず罰が下る。
陽の光の当たらぬ世界。
自分のような真っ黒な闇の住人に、キョーコまでも染まってしまう。
それが、心の底から嫌だと思った。
「 ……キョーコ……君は、いつもとてもいい子だった 」
人として生まれたら
人として生きるべきだ
自分のような後悔をさせてはいけない。
本当にそう思ったんだ。
だけど
だけどね
俺、本当は少しだけ夢を見ていた。
出来ることなら
赦されるのなら
俺がずっと
ずっと君を大事に――――――― …
「 俺、本当に情けないな……。
キョーコのために手放すって決めただろう 」
力がどこにも入らない。
魔力でさえも働かない。
まるで腑抜けた人形だった。
人の気配すら感知できないほど闇の遣いは果てていた。
塔の螺旋階段で、キョーコが必死に戦っていることも知らずに……。
「 ……蓮?……蓮って誰?まさか……闇の遣い? 」
「 そんな驚くほどですか、光さま。もともと魔法使いさまは人だったってあなたが言ったんでしょう。魔法使いさまにだって名前ぐらいありますよ 」
「 それは違う。全然違うって言っただろう!
闇の者と人を同列にしてはいけない。それは全く意味が異なるんだ 」
「 ……意味? 」
驚いて目を見開いた王子と同じく扉の番人も驚いたに違いない。
靄は螺旋階段の中でザワザワと広がり、その群れが、明らかに増えていた。
「 ……レ ン…? 闇ノ遣イ……。
ソレハ マスター……ノ名前 ダ…… 」
「 マスター? オ 呼ビ デス カ 」
「 命令? ナニ デスカ……マ スター…… 」
短剣を構えていた光はキョーコをかばいながら頭上を睨んだ。
「 ……っ!!こいつら、増えている…… 」
この名前を口にしたら自分が困る事になるだろう。
かつて魔法使いが言った意味はこういう事だったのだろうかとキョーコは思った。
強大な力を持つ闇の遣いの名を呟いただけで、こんなにも短時間で小魔物が集うのか、と。
「 ……っ…でも、仕方が無いじゃない、魔法使いさま… 」
神の名を、知りたいと思ったことは一度も無かった。
それにたとえ知っていたとしても自分は
困ったことがあったら
寂しいと思ったら
きっと何度でもあの人の名を呼ぶだろう。
「 ダレ ダ… オ 前 ハ ナゼ知ッテイル…? 」
「 誰 ダ 誰 ダ…… 」
やがて靄はキョーコに近づき、なおも言葉を紡いだ。
耳障りな質問が幾重にも重なる。勢いキョーコも口を開いた。
「 誰って私はただの人間です!! 」
「 ダレ ダ!? ダレダ オ前ハ!! 」
「 ダァレェェェ ダァァァ…… 」
「 オ前ハ オ前ハ……誰ダ…オ前ハ誰ダ!? 」
「 …っ!!私はただの人間です!!魔法使いさまに逢いたいだけの!
ただの人間、キョーコですっ!!!! 」
…――――――― ……っ…っ… キ ョ ー コ …?
扉の番人がキョーコの名を呟いた途端、魔物の断末魔が塔の階段を貫いた。
空気を切り裂き、瞬時に魔が取り払われ螺旋階段はいま日が昇ったかの如く明るさを取り戻す。
空気さえも澄み切って、二人の足元にははっきりとした影まで落ちた。
「 ……な…んだ? 」
あれほどあった圧迫感さえすべて消え失せ、魔の気配の全てが掻き消えた。
何が起こったのかを飲み込めず、二人は顔を見合わせた。
「 闇が、解けた…? 」
ただ、一つだけ分かること。
間違いなくたったいま、扉の門番が消え失せたということ。
信じられない思いでキョーコは目をしばたかせた。
「 どうして? 私、自分の名前を言っただけなのに…… 」
「 …っ…名前。それだ! 」
「 え? 」
王子には判った気がした。
そうだ。考えれば答えは単純だったのだ。
この塔に囚われていたのは彼女本人だったのだから。
「 君の名が扉を開く呪文だったんだ 」
「 私の名前……が? 」
「 きっと……いや、絶対そうだ!」
親しか知らないキョーコの名。
『 キョーコ。扉は閉じたよ。もう呪文でしか開かない 』
『 呪文ですか?それはどんな? 』
『 ん?それを必要とする者だけが知る鍵なんだ 』
この呪文を知り扉を開けられる者は、この世にたった二人しかいなかったのだ。
……おいで……おいで。
最後のチャンスをあげよう。
人の親なら取り戻しにおいで。可愛い我が子を。
本当に愛しているなら暗闇の塔に入っておいで。魔物にも怯まずに。
たとえ石ころのような勇気でも
持ち合わせているならそれを強く振り絞れ
そして呼べ!最愛の名を!!!
……弱虫の
ちっぽけな人間でも
それほどの愛情があるというのなら
返してやるよ
お前の子を ――――――― …
――――――― 聳え立つ 塔は目印
その名を知るのは二人だけ。
彼らの為に作られた最後のチャンス。
使われることは無かったけれども……。
「 ……っ…なんだかなぁ… 」
光は頭を抱えてその場でガクンと膝を折った。
「 光さま?!大丈夫ですか? 」
「 ああ、いや、大丈夫。違う、力が抜けただけだ。気が抜けたというべきか… 」
「 ごめんなさい、私がご迷惑をお掛けしたから… 」
「 いい。俺のことはいいから……行け。キョーコ 」
「 でも… 」
「 大丈夫。今ので扉は開いたはずだ。もう魔物も一匹もいないだろ。俺のことはいいから行け 」
王子の頬に苦笑が浮かんだ。
本当に、なんて奴だと思った。
たとえ少々性格の悪い方法だったとしても
きっとこれが闇の遣いのせめてもの譲歩だったのだろう。
そして……
「 でも光さま、ケガが悪化しているんじゃないですか?さっきだって剣を振り回されていたし、私をかばって新たにどこか… 」
「 ありがとう。でも大丈夫だ、大した傷じゃない。……じゃ、俺は帰ることにするか。遅くなるとまた椹に口やかましく言われるだろうし。
君はもう、一人で平気だな? 」
「 ……はいっ! 」
こんな眩しい笑顔を
純粋無垢な瞳を穢すことなく、あいつはキョーコを育てたんだ。
闇の遣いのくせに。
魔物からも恐れられるような強大な力を持った魔物のくせに…
「 キョーコ 」
「 はい? 」
「 君の魔法使いによろしく伝えてくれ 」
「 あ…はい!ありがとうございます、光さま。必ず伝えますね! 」
二人はここで行き先を分かち
キョーコは夢中で螺旋階段を駆け上った。
⇒29話に続く
萌え♡
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