地味連載の続きお届けいたします。
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■ 闇色のイバラ ◇26 ■
だからこのとき本当は
祈るような気持ちだった。
『 私、七歳の時に魔法使いさまに拾われたのですよね? 』
攫って来たのではない。この人は自分を保護してくれたのだ。
そう受け取れる答えならばどんなものでもキョーコは良かった。
苦笑を浮かべるでもいい。何を言っているのかと優しく頭を撫でられるのでもいい。
人差し指でおでこをツンと指されたっていい。
ならば王子だって納得せざるを得ないだろう。
そしたらまだ塔に居られる。
なぜなら自分は両親が迎えに来るまでここに居ていいと魔法使いに言われていたのだから。
けれど……
『 それは、光…とやらに言われたのか?
その男の言葉を信じたのか 』
『 違う!私が聞きたかったのはそんな言葉じゃない! 』
キョーコの目にじわり…と涙が滲んだ。
『 じゃあ、俺がどう答えれば納得するっていうんだ、君は! 』
『 だったら教えてください!!魔法使いさまは私を攫って来たのですか?ずっと私に嘘をついていたのですか!?ずっと私を騙していたのですか?! 』
――――――― 何を言う!嘘をついていたのは君だろう!?
……そう、指摘された方がどれだけ救われただろう……。
なのに魔法使いさまは私が欲しい言葉は一つとしてくれなかった。
『 そうだ……と言えば、満足するか?君は 』
『 ……っ……いや、です。魔法使いさま… 』
『 魔法使いなんかじゃない。俺は、闇の遣いだ。
……俺はこれさえあればいい。今度そいつが来たら…ここから出ていけ 』
ふた粒、み粒と涙が伝う。
「 ……っ……うっ……くっ……っっ… 」
自分はこれからどこへ行けばいいのだろう。
10年間過ごした塔へ戻ることは出来ず。
自分を迎えに来てもくれない両親の元へ帰ることも出来ない。
途方もない寂しさがキョーコを満たした。
「 キョーコ。そんなに思い詰める必要は無いだろう? 」
「 ……でも、ごめんなさい、光さま。私、やっぱり…… 」
「 キョーコ…… 」
「 せっかく探して下さったのに、本当に…すみません…… 」
会えない。
会えるわけがない。
どんなに懐かしく思える両親であっても。
いやだからこそ
もしいまどうして戻って来たんだと言われたら、心が粉々になってしまう。
涙がとめどなく溢れた。
哀しみが一気にキョーコを襲う。
そんな彼女を見つめていた光が一つの案を提示した。
「 だったらキョーコ。俺の城へ来るか? 」
「 …………え? 」
「 なっ!!王子!!あなたはまた勝手に! 」
「 わめくな、椹 」
「 わめきもします!あなた、第一王子だって自覚はあるんですか?!こんな…こんな年頃のお嬢さんを城へ迎えたりしたら…… 」
そのとき光は椹が飲み込んだ言葉を理解していた。
教育係を兼ねた従者、椹が言いたいことはもちろん判る。
斧で切られたキョーコの髪はお世辞にも整っているとは言えず
塔の窓から強風に吹かれて放り出され、イバラの上に落ちたせいであちこち傷だらけで服はボロボロ。
加えて泣きはらした顔ではさすがに冗談でも見目良いお嬢さんとは言えなかった。
だが光は自信たっぷりに微笑んだ。
「 椹。心配せずとも年頃の女性ならちょっと着飾れば誰でも美しく変身できる。キョーコならなおさらだ。そう思わないか? 」
「 …う………うぅむ… 」
「 それに、キョーコがお茶を淹れる所を見たらきっと椹の目の色は変わると思う 」
「 なんですと? 」
「 聞いて驚け!キョーコは式典で披露されるお茶の手順を一つも間違えずに淹れることが出来るんだ 」
「 ……ほぅ?それは本当ですか? 」
「 本当だとも!実際目の当たりにして俺も驚いたんだ。それに、食事の仕方も美しくマナーも心得ていたし、加えてキョーコ手製の料理もとても美味しかったんだ 」
「 待ってください、光さま。お茶は別に特別なことでもなんでもないんです。だってそれは子供の頃から何度もやっていたことですから… 」
「 何度も?!それはどのぐらいの頻度で? 」
「 え?…えっと、月に一回以上は… 」
「 それは凄い!だとしたら師範級の腕前ぐらいはありそうだ。もしそうならどこへ出しても自慢できますね、王子! 」
「 だろ?!椹もそう思うだろう! 」
「 思います。ぜひ!是非それを一度見せて頂きたい! 」
「 あ…の…そんな大層なものじゃ… 」
「 何を仰る!いまどき伝統作法でお茶を淹れられるお嬢さんは珍しいんですよ。それこそあなた、どこへ行っても堂々と胸を張れます!もっと自信を持って! 」
その瞬間、キョーコの心に鋭い閃きが響いた。
「 …………どこへ…行っても…? 」
作法を重んじる魔法使いさまは、特に昔ながらの礼儀作法に重きを置いた。
お茶に限らずあらゆる作法のすべては余すことなく魔法使いが教えてくれたことだった。
――――――― キョーコ…
礼儀作法はとても大事だ。
知らないよりは知っておいた方がいい。知っていれば恥をかくことも無いからね。
知っていれば恥はかかない。
魔法使いさまは何かを自分に教えてくれる前に必ずそう説いていた。
だから、自分に物事を教えてくれる理由はそれなのだとキョーコは思い込んでいた。
だが考えてみればおかしなことではないか。
本来自分は両親が迎えに来てくれなければ塔を出ることは叶わなかった。
人前に出る機会が無いのなら恥をかくことすらあるはずも無いこと。
キョーコの心に更なる哀しみが襲い掛かった。
…――――――― 違ったんだ…。
もしかしたら魔法使いさまは最初から
いつか、私を手放す気でいたのかも知れない。
そのとき、せめて私が恥をかかぬように…と配慮して色々なことを教えてくれていたのだとしたら……。
両親が迎えに来なくても
いつかここから出て行けと、私に言うつもりだったのかも知れない。
もしそうだとしたら
出て行けと言ったあの言葉は偽りのない本心だったことになる。
「 ……っ……っっ… 」
知らず涙が溢れる。
魔法使いのことを考えれば考えるほど胸が苦しくなってゆく。
――――――― それまではここにおいで。キョーコ…
初めて名前を呼ばれたあの時
嬉しくて仕方が無かった。
――――――― 君の髪に魔法をかけるよ
初めて術を見せてくれた時は楽しくて、ワクワクした。
『 わぁ、本当に髪が伸びた!魔法使いさま、すごい! 』
『 だから、そういう魔法なんだよ 』
振り返ってみれば、まるで幻のように過ぎ去ってしまった優しい時間。
いつの間にか親より長くそばに居てくれた魔法使いさま。
涙がぽたぽたと流れ出て、キョーコの頬を幾度も伝った。
何も言わずにその様を見ていた光は眉をひそめ、二歩キョーコに近づいた。
彼女の額に王子の唇が強く触れて
驚いて肩を縮めたキョーコは慌てて一歩を退き、右手で額をかばいながら思いきり強く顔を振った。
「 何をするんですか、光さま! 」
「 ……ごめん。嫌だった? 」
「 嫌とかじゃなくて…… 」
「 泣いている君が可哀想で思わず…… 」
いまだ判らぬこの行為。
何故するのかがキョーコにはまるで判らない。
心の奥で苛立ちながらキョーコは糾弾するように口を開いた。
「 可哀想だとするのですか? 」
「 えっ?!いや、そういう時もあるけど、でもいま俺がしたのはそうじゃなくて… 」
「 そうじゃないなら何故? 」
「 ……それ、敢えて聞く?……さっき、君の両親もしていただろう? 」
「 だから? 」
真顔で問い返され、光は照れながら握った右手を口元に運んだ。
「 だから、俺、言ったじゃないか。君の両親は愛し合っているんだって。それを信じろって 」
「 ……だから? 」
「 キョーコ。そんな真顔で責めないで欲しい。
だからつまり…俺は、君を愛おしく思っているってことだよ 」
「 ……?……愛おしく?…思うと、これをするんですか?だってこれ、おまじないでしょう? 」
「 う…おまじない、と言われればそうかも知れない。
けど大概にしてこれは、愛してる…という意味になる 」
「 え……? 」
……愛して……る?
キョーコの目が人一倍大きく見開かれ
彼女の脳裏に懐かしい思い出がよみがえる。
浮かぶ魔法使いは今と変わらぬ姿かたちだった。
『 判った。起きる。起きるから耳元で騒がないでくれ…… 』
『 ふふっ。おはようございます、魔法使いさま 』
『 …ん。おはよう、キョーコ 』
『 行って来るね 』
『 はい、いってらっしゃい! 』
『 ただいま、キョーコ 』
『 おかえりなさい、魔法使いさま 』
『 おやすみ、今夜もいい夢を… 』
日々繰り返された言葉と、幾度も触れた優しい唇。
されて、返して…。されて、返して……。
それは何ものにも代えがたい大切な温もり。
……では、あれは?
最後の最後にしてくれた
あの行為の意味は……?
『 ……ど、して…魔法使い、さま。
どうして会ったばかりの人を信じなければならないの!!!どうして信じさせてくれないの…!!魔法使いさま!!! 』
『 ……キョーコ… 』
自分に背を向けたはずの彼の、優しい声が聞こえた。
囁くように私の名を呼んだあと、額に灯った微かな熱。
……――――――― ど、して?……どうして、魔法使いさま…
どうして今これをするの?
これは一体何なのですか?
これには一体どんな意味が……
『 俺が君に答えを教えるのは簡単だけどそれは少しも君の為にはならない。考えて、考えて、とにかく一生懸命考えて、それでも判らなかったらそのとき俺に聞けばいい 』
……もしかしたら……
あれは、答えだったのだろうか。
なぜ信じさせてくれないのか、と叫んだ自分への
あれが魔法使いからの応えだったとしたら……
――――――― 愛してるから…
キョーコ、君を愛しているから ――――――― …
「 ……っっ……魔法、使い…さま…… 」
塔から落ちゆく刹那の中で
聞き慣れた声を聞いた。
『 ダメだ、イバラッ!!頼むっ!!! 』
『 イバラのおかげで助かったな 』
イバラのおかげで……。
「 魔法使い、さま…。わ、たし…… 」
…――――――― 帰りたい…
魔法使いさまのところへ帰りたい。
両親とはもう一生会えなくても構わないから、魔法使いさまの元へ帰りたい。
涙で滲んだ視界を拭い、キョーコは鋭く踵を返した。
「 キョーコ…? 」
「 光さま、すみません。馬をお借りしてもいいですか? 」
「 なにする… 」
「 私、魔法使いさまの所へ帰ります 」
「 な…なにを言ってるんだ、キョーコ!! 」
「 ダメなんです!!私、本当のことを確かめるまではどこへも行けない 」
「 本当のこと?真実は判り切ってる!!
あれは君を攫って来た闇の遣いじゃないか!それはもう君も知っている事だろう!! 」
「 分かってます!わかっていますけれど… 」
だってそれは、あの人がそう認めていたのだから
確かに真実なのだろうと思う。
だけど、二人で過ごしたあの10年。
あれだって本当のこと。
「 でもお嬢さんは馬の乗り方が判らんでしょう? 」
「 いえ、ここまで連れて来て頂くあいだに見て覚えましたから大丈夫です 」
言いながらキョーコはひらり…と馬に跨った。
「 キョーコ!!戻っても無駄だ。君は闇の遣いには会えない!
塔の階段は魔物だらけだと自分で言っていただろう。そんな所を登ったりしたら君は魔物に食われてしまう!! 」
判ってる。
そんなことは判ってる。
だけど、それがどんなに険しいイバラの道だと知っていても
それが魔法使いさまへと続くただ一本の道であるなら……
「 ……上ります。どんなことをしても 」
「 キョーコ!! 」
滑り落ちた一粒の涙をぬぐい、前を見据えたキョーコはただ真実を求めて。
出て来たばかりの塔を目指し、ここから一気に駆け出した。
⇒27話 に続く
頑張る女の子は可愛いです♡
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