「静寂の技法」
ジャスティン・ゾルン
リー・マルツ
柴田裕之訳
東洋経済 2023
著者らの定義によれば、静寂とは音がしないことではなく、騒音がないことである。
それはそうかもしれないと思う。
岩にしみいる蝉の声は聞こえる。
蛙が池に飛び込む音だって。
しかしそこは静寂で満たされている。
なにを騒音とするかは人によって異なる。
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どうもこの本は、ぼくなんかより、現役バリバリで忙しさの絶頂にあるような、働き盛りの人が読んだ方がいいのではないかと、読み始めの頃はそう思っていた。
それはそうだと思う。しかし……
じゃあ、現役をとっくに退いた、ぼくのような人には必要ないかといえば、読み進めていくと、やっぱりそうでもない。
騒音と呼ばれるものはひとつの種類だけではないからである。
聴覚騒音と内部騒音と情報騒音だ。
リタイアして、親もとうにおらず、人付き合いもなければ、物理環境的外部騒音はミニマムになる。
ではそうなると静かかといえば、今度は内部騒音が大きくなる。病気。将来。加齢……etctec……と、それにともなう情報騒音。
☆
この本には様々な処方箋が紹介されているが、根幹にあるキーポイントは「影響の輪」。
ぼくはずいぶん昔にスティーブン・コヴィの「7つの習慣」で知ったコンセプトだが、元ネタは数千年前からあるらしい。
自分がコントロールできるものとできないものを峻別する。
たとえば、オノレの寿命や自分以外の人の発言などは、明らかにこの輪の外側にある。気にしても仕方がない。気にしても詮のないことを気にし出すとそれが内部騒音になる。
反対に、自分が何を気にするかとか、何を言うかとか、SNSをやるかやらないかは、完全に輪の内側にある。SNSをやめてからずいぶんたつが、そうしたのは情報騒音をミニマムにするためだ。
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さらに読み進めていくと、「静寂の技法」というより、ぼくたちが今いる社会がいかに病んでいるかのレポートを読んでいるような気分になってくる。
タイトルは子供の頃に読んだ筒井康隆氏の短編から借用した。
当時はおもしろいSFだと思ったが、今となってはシャレにならない寓話である。
