昔から卜占が好きだった。
カード、コイン、サイコロ、筮竹、紅茶の残りかす、下駄、本、道行く見知らぬ人の言葉、拾ったモノ……そんな日常的なもの使う、「偶然性」を利用した占術。
最近よく遊んでいるのがルノルマンカードで、初めて使うツールである。出会いはちょっと奇妙で勘違いがきっかけだった。
ときどき立ち寄る書店に、記憶ははっきりしないが、たぶん「ミンキアーテ・タロット」(原書房2023)が置いてあった。でも値段(5000円超)を見て買えずに、二の足を踏んでいた。
その後、やっぱり買ってみようかと思って、同じ書店に行ってみたら、その本は書店から消えていた。縁がなかったということで、しばらくそのままになっていた。この間に、どういうわけか頭の中で、「ミンキアーテ」が「ルノルマン」になってしまっていたのである。
卜占好きなので、やっぱりあれ買ってみようと思って、まちがって買ったのが「秘密のルノルマン・オラクル」(鏡リュウジ 夜間飛行 2014)だった。
結果的にはまちがってなかった。
本腰を入れて使うというよりも、資料として参照してみようと、ブックオフで取り寄せた。試してみると、これがなかなかイイ感じなのである。
そこでやっぱり新品をと思い、「魔法のオラクル・ルノルマンカード」(二見書房2025)を買った。ケイトリン・マシューズという人が、ヴァージニア・リーというプロのアーティストに描かせたデッキである。
もちろん本は読んだ。でも最初からカードだけでなんとなく読めた。時々付属の解説書は見るが、ほどなくして、ほとんど本を見なくても使えるようになった。いろいろ卜占ツールを使ってきたつもりだが、こんなのは初めてだ。
なんでだろう?
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前の記事にも書いたが、占術は統計ではなく世界観だと思っている。
あることが起こる。
起こることは基本、中立だ。占術はそれぞれ独自の世界観に基づいて、起こることの仕組みを説明しようとする。
じゃ、ルノルマン・カードの世界観って?
これがおそらく、一般的な日常そのものなのではないだろうか。だから習うより慣れろで読める。
「秘密のルノルマン」の鏡氏の解説によると、もとは「人生ゲーム」のようなものだったらしい。
発祥は18世紀末とあるが、描かれているシンボルは、時代や宗教に左右されにくいものが多い。
だから現代でも、だれもが日常的に使える卜占ツールとして成立するのかもしれない。
推測だが、当時はカードを使った占術といえばトランプ占いが一般的だったというから、ピケの各札の占術上の意味を、絵として描き込んだのかもしれない。そうすれば意味を覚える必要もなく、カードだけで読める。
同じカードというメディアでも、例えばタロット(大アルカナ)は、その背後にある世界観、もしくは思想がまるで異なることは明白だろう。
平たくいえば、ルノルマンカードの方が、いい意味で俗っぽい。
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卜占好きが高じて、自分でそんなようなツールも作っている。
一番新しいもので、未リリースだがテスト中のNIS(詳しくはこちら→)というツールがある。
NISは占術ではないが、占術と多分にクロスオーバーする。
では、NISに世界観はあるのか。
自分作っておきながら、実はあまり意識したことがなかった。ふりかえってみると、世界観というほどではないが、前提としている背景が、あるにはある。
・偶然には意味がある。または、人は偶然に意味を読み取ろうとする。これはNISというよりは卜占の前提であり、 人が外界を認識するフレームである。
・人には誰でも、その人独自の「内なる書」がある。
そんなものはないという世界観の方には、NISは役に立たないし、そういう方はたぶん見向きもしないだろう。
世の中には様々な占術があるが、特定の占術との相性の多くの部分は、その占術が前提にしている思想や世界観と、利用する人との共鳴が担っているのかもしれない。
追記:
この記事はルノルマンカードのオラクルを参考に書いた。以下が引いたカードである。ご参考まで。
1枚目:35:錨
2枚目:15:熊
3枚目:36:越境(クロッシング)
3枚目はトラディショナルなデッキでは十字架だが、ケイトリン/ヴァージニアのルノルマンカードでは橋が描かれている。特定の宗教を連想させるのを避けるためだ。紳士、淑女のカードも、肌の色が浅黒い人物と白っぽい人物の双方が同梱されており(さらに独自の37番、「占い師」のカードも)、トラディショナルなデッキより、よりジェネリックな構成になっている。
それになんといっても、絵を描いた ヴァージニア・リーは映画の指輪物語のアートワークを担当したアラン・リーの娘さんで、親子で映画製作に携わったそうだ。
