「『偶然』はどのようにあなたをつくるのか」
ブライアン・クラース 柴田裕之訳
東洋経済 2025
すでに他界した父親は京都の人間だった。
上記の本によると、原爆は当初、京都に投下される予定だった。しかし過去、京都に旅行した経験がある人物の意見により、場所が変更されたそうだ。
もしこの変更がなかったら、ぼくは今ここには存在していなかった。
確実に。
てことはなにか。
ぼくという存在は、広島の方々の犠牲の上に成立しているのか。あるいはその、しらないオッサンの個人的好みの上に。
序盤のフックとしてはちょっと強烈すぎた。さらに著者は、衝撃的な自身の出自を、たたみかけるように語る。
☆
この本には「たられば」の話がたくさん出てくる。
「たられば」の話をしても仕方ないとはよく耳にするが、そんなことはない。「たられば」の話こそ、私達がどんな世界で暮らしているのか、その実態に思いをはせる一番わかりやすいきっかけになるからである。
内容は一言で言えば、カオス・複雑系の本なのだが、数式は出てこない(正しくは1カ所だけ出てくる。でもこれは、数式というより挿絵だ。話の中でもそういう扱いなのでご安心を)。
物語は人が世界を捉える「窓」である。この本自体が物語であると著者も書いている。
ぼくが、物語を書くのが好きで、「ランダム」に出た易の卦や、「ランダム」に引かれたルノルマンカードの列が読めるのは、人に備わったこの能力、というより、性分、というより、おそらくはたったひとつの、この「窓」のおかげである。
☆
最近の調査によると、日本人の幸福度は、調査した国の中では、「子供の精神的幸福度」がワースト2位、総合順位は先進国(G7)の中ではずっと最下位だそうだ(全体の中の総合順位は141カ国中 61位「世界幸福度報告書 2026(World Happiness Report 2026))。
設問が適切でないのだろうか?
それとも評価の仕方に問題があるのか?
もしそのどちらでもなかったとしたら、ぼくらが信奉している物語が、どこか狂っているにちがいない。
※タイトル前半は帯のアオリ文をパクりました。
