禅絡 | ぼくは占い師じゃない

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易経という中国の古典、ウラナイの書を使いやすく再解釈して私家版・易経をつくろう! というブログ……だったんですが、最近はネタ切れで迷走中。

きっかけは、久しぶりになんとなく描き始めたゼンタングルだった。

ゼンタングルはタイルと呼ばれる小さな画用紙にパターン (規則的な模様)を組み合わせて描き込んでいくアートである。

パターンは歳時記の季語のようなもので、非個人的な資産といっていいと思う。俳句は詠めないけれど。

季語とちがって、ひとつのタイルに描けるパターンの数にきまりはないが、これを俳句のように、ひとつのパターンだけをつかって描くタングルを、モノタングルという。

モノタングル集みたいなものを作れないかな、と思った。

   ☆

最初に知った公式パターンは100ある(「はじめてのゼンタングル」参照→)。
時とともに更新されたり、追加されたりする。
たぶんそんなに厳密なものではなく、これが公式だよね、というお約束みたいなもので、ゆるくくくられたカテゴリなのだろう。そうだとしたら、そんなところも季語のようだ。

その100パターンのモノタングルを描いてみようと思った。

ゼンタングルを知って10年以上になるが、まだ描いたことのないパターンもある。

100枚のタイルが必要になるが、家にある分だけでは足りないので、高くなるが、USから取り寄せた。
最新版のホワイトタイルは、パッケージも新しくなって、パッケージの裏には、感謝で始まり感謝で終わるゼンタングル・メソッドのシンプルな説明があった。
届いたタイルの裏にあるコメント用のラインは、昔は2本だったが、3本に増えていた。

   ☆

人間複合体の存在レベルは概ね3つに分けるとわかりやすい気がする。もちろん、どこかに線が引いてあるわけではなくて、そういうモデル。

通常自分だと思っている個人的なレベル。
普遍的で非個人的なレベル。
個人的なレベルと非個人的なレベルの仲立ちになるレベル。

ゼンタングルでいうと、共有資産のような公式パターンは非個人的なレベルに相当する。

描いたモノタングルには、文章や言葉をつけようと思っているが、これが個人的な日常レベル。

パターンにはそれぞれユニークな名称がつけられているが、この名称と、描かれたタングルのイメージそのものが、個人的なレベルと非個人的なレベルの仲立ちをする。

そんな理屈があるわけではないが、そんなふうに想像しつつ、モノタングルを描いてみる。




瓶に入っているのは「Fengle」というパターン(かなりアレンジになってしまっている)だが、このイメージには「酒を醸造(つく)る」という文章を当ててみた。

ほとんどイラストになってしまっていて、こうなると、モノタングルというより、ZIA(Zentangle Inspaired Art)だが、こんなカードみたいなものが100枚あれば、オラクル・カードのデッキのようなものができるのではないか……と思っている。

オラクル・カードなら、たとえば「酒を醸造(つく)る」という文言は、「丹精込めて作り上げたなにか」とか、「好きなことに没頭する」といったような意味になるかもしれない。どう読むかは質問の内容によるし、占者の自由でもある。

……にしても、先は長い。

まず100枚描かなければならない。
カードにするのはコストがかかりすぎて無理だろう。
冊子にするにしても、それなりに手間はかかる。

それ以前に、まず自分で使ってみて、曲がりなりにも、テストしてみなければならない。

放り出さずに続けたとして、また1年くらいかかるのだろうか。

PS.
全てではありませんが、描いたタングルは、ときどきpxivに載せています。
そうでもしないと続かないからです。
ご笑覧いただければ幸いです。
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