読んではいけない | ぼくは占い師じゃない

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易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press

8月頭に軽井沢に行った。


今となっては、土産を買う相手もいなければ、その必要もない。
じゃ自分に土産でも、と思い、軽井沢ニューアートミュージアムに立ち寄った。

小松美羽女史の銅版画のジグソーパズルを買おうとしたら、高額なのと、気持ち悪いからやめろとかみさんに反対された。
仕方なく、本がならんでいるあたりをウロウロする。

「クラウド・コレクター[手帖版] クラフト・エヴィング商會 ちくま文庫」

こりゃ、読んじゃいけないやつだ、とすぐに思い出した。

結局、自分への土産は買わずに軽井沢を後にした。



自宅に本をためこんでいた頃だから、20年以上前だと思う。

同商會の「どこかにいってしまったものたち」が本棚にあった。

その後、本棚は撤去し、読んだ本はすぐ売るようになってしまうまでの間に、「どこかにいってしまったものたち」は、どこかにいってしまった。


「どこかにいってしまったものたち」は、幻想的な架空の品々を紹介した本だったと思うが、気に入っていたことは覚えている。



趣味でお話を書くようになってからは、原則、他の方の作品は読まないことにしている。これいいな、と思うと、すぐマネしてしまうからである。
まねっこまんじゅう、まめやのこぞう。
クラフト・エヴィング商會の本など、その最たるものだったのだ。

でもやっぱり気になった。

で。

結局、「クラウド・コレクター」を買ってしまうのである。
初めて読んだが、もちろんおもしろい。
一言では説明できない。
ファンタジーであることはまちがいない。

酒と数と瓶とタロットの本である。
酔っ払って注文したから、たぶん酒が酒を呼んだのだろう。
AZOTH(アゾット)という世界の旅行記でもある。
その架空世界には構造がある。

大アルカナの並びに即した構造。
小アルカナはものの見事にオミットされている。
まあ、あれは別物だし。

個人的にはタロットの本だと思っている。



易もタロットも構造(秩序)がある。

易は象徴そのものがバイナリなので、端からバチバチに構造がある。

拙作の……「トモルオン」や「空鏡録」、「マギステリウム」や「聖なる20」もそう。
意図はしていなかったが、構造的になってしまった「夜の石は天に昇り、空ゆく星に会えた」をベースにしているからだ。

でまあ、今、作ろうとしているオラクルカード「のようなもの」(前回ブログ参照)は……
ちょっと、もう、いわゆる「構造」からは離れようかと思っている。

とはいえ、構造・枠組み・秩序を完全に外してしまうと、カオス、つまり、悪い意味での混沌になってしまい、ツールとして成立しなくなるので、インデックスとしての番号だけはふることにした。

この数に意味はない。

純粋に「インデックス」でしかない。



【Purk;一夜の夢。シェヘラザードが語る千一番目の夢。】

上は、描いたばかりの22番目のモノタングル。
「22」は意味ありげだが、意味はない。
スタンプなどを使って活版っぽくナンバリングするところなどに、すでに、まねっこまんじゅうが見え隠れ。

いいや、別に。

気にしない。

世の中、まねっこで成り立ってるんだもんね。

ところで、「すぐそこの遠い場所(晶文社1998、筑摩書房2004)」は、「クラウド・コレクター」の姉妹編とうたわれているAZOTH事典である。

これもついでに買ってしまった。

夜な夜な就寝前にAZOTH事典の頁を繰っているところ。

読み終わる頃にはAZOTHに詳しくなっているにちがいない。
軽井沢よりもね。