読書日記のようになりつつあるこのブログです。
さて。
「ヴォイニッチ写本の謎」
ゲリー・ケネディ ロブ・チャーチル著
松田和也訳
青土社
2006年(2017年 6刷)
もとはBBCのドキュメンタリー。
こういう本はおもしろい。
なぜって、結論は決まっているからです。
どうせわからない。
刑事コロンボみたいなもので(古くてスミマセン)、コロンボのドラマでは犯人(結論)がわかっているところから始まります。
最初っから犯人がわかってたら、つまらないじゃん、と思われるかもしれませんが、コロンボがどう煮詰めていくかがオモシロイ。
で。ヴォイニッチ写本。
どう煮詰めるかですが、こんな感じ。
(1) 暗号。
(2) 実在する未知の言語。
(3) アウトサイダー・アートかもね。
(4) 偽書でしょ。
(1)は暗号学の基礎の基礎みたいな話から始まります。「サイファ」と「コード」のちがいなど、最低限のことを知っていないと、話についていけなくなるので、しかたありませんが、読んでいくうちに自動的に勉強させられます。
(2)最初その説を唱えた人が、批判を受けてポシャったそうですが、人工言語の可能性は残ります。
個人的に一番オモシロかったのは(3)。
アウトサイダー・アートって言葉は知りませんでした。
粗っぽくひとことでいえば、イッちゃった人がピーク時に描いた、あるいは書いた、絵画なり文章なのですが、その線でいうなら、ホゼ・アグエイアス夫妻のマンダラだって、ユングの赤の書だって、ライトランゲージだって、これに入るんじゃないでしょうか。
(3)の最後では、いわゆる偏頭痛にともなう病理について語られます。ここでいわれているのは、幻視をともなう強い心身症状を引き起こす頭痛で、芥川龍之介が悩まされた閃輝暗点という症状もこれにあたるのでしょう。龍之介の名前は出てきませんが、まあ、病理です。
偏頭痛から派生したイメージが、アウトサイダー・アートのソースになっていることもあるという話でした。
(4)は金儲けや売名のためのインチキ本ということ。
たぶん、コレなんだろうな、という気もします。
手前味噌で恐縮ですが、(3)と(4)の中間みたいな絵が「マギステリウム」という、拙作の絵本の中にもあります。
これを描いたときは、ヴォイニッチ写本のことはアタマにありませんでしたので、とくに似ているわけではありませんが。

【遊星出版「マギステリウム」より。こういうのをジッと見るのは、だいたい男の人です】
著者のひとりが最後に書いていますが、ヴォイニッチという人物自身が、怪しくて、粗野で、礼儀正しくみえるときもあって、一歩違えば実は貴族で、詐欺師でペテン師みたいな稀覯本ブローカーでスパイ……という、かなりヤバい感じなので、あんまり関わりにはなりたくないけど、なかなか魅力的なキャラ。
ナインスゲートのコルソ(ジョニー・デップ)も思い出させますが、イメージ的には、もうちょいエネルギッシュなインチキ親父。
しかしまあ、これだけ多くの人たちが、これだけ長い期間、この写本に関わってるってこと自体、歴史の1ページといえそうです。
事ほど左様にですね……読んでいくにつれ、だんだん写本の内容より、その周辺ドラマの方がオモシロくなってくるという本でもありました。
翻訳ものになれていない方は、カタカナの名前が覚えられなくてメンドクセエとかいわれます。
この本では、おびただしい数の固有名詞が登場しますが、後ろに索引がありますので大丈夫。
ドキュメンタリーもいいけど、こういうのはなあ……
ヴォイニッチ主人公で、誰か映画にしてくれないでしょうか。

【ウィルフィルド・ヴォイニッチの紋章(同書より)】