Das Glasperlenspiel | ぼくは占い師じゃない

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易経という中国の古典、ウラナイの書を使いやすく再解釈して私家版・易経をつくろう! というブログ……だったんですが、最近はネタ切れで迷走中。


garasu


十年もかけて書かれただけあって、読後は、一生どころか二生、三生分くらい生きた気分になる。

本編と、主人公の別の人生を描いた三編の、付録のような物語から成るので正しくは四生だが。

まあ、そんなことはいいか。

二極性と均衡に到ろうとする煩悶。
社会構造のように描かれてはいるが、
それはそのまま個人の内側にもあてはまる。

だれか映画にしてくれないかなあ。

脚本は主人公であるクネヒトとデシニョリを軸に展開するだろう。

そうならざるをえない。

当の「ガラス玉演戯」は数学、音楽、哲学等を統合した一種の普遍言語であり、芸術らしい。
映像化不可能というのはこういうことをいうのだろう。

理想と現実、
学究と日常生活、
聖と俗、
魂と肉。

そして、

易と瞑想。