フェッセンデンの宇宙 | ぼくは占い師じゃない

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易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press

JR高架下のブックオフの出入口近くで、「フェッセンデンの宇宙」という文字を見かけた。
ああ、あれだな、と思ってなんとなく手に取って中を見る。
ああ、やっぱりあれだ、と思って本をもとに戻し店を出る。
開店時間から間もない、晴れた日曜日の朝。
人通りは少ない。
青空の下を歩く心地よさも感じてはいた。
だけど気持ちは、「フェッセンデンの宇宙」というタイトルにへばりついたままだった。
家への道を途中まで歩いて、歩いて来た道を振り返る。
高架下にもどって、本を買う。

ブックオフ

【河出書房新社のホームページより。現在は文庫版が出ている】

ハミルトンの短編集で日本で独自に編まれたものだということを解説で知る。
邦訳された短編集はこれでわずか三冊目だということも。

一冊目「フェッセンデンの宇宙(早川版)」
二冊目「星々の轟き(青心社)」
三冊目「フェッセンデンの宇宙(河出書房新社)」

一冊目と三冊目はタイトルが同じだが、別物である。
解説によれば、それぞれ別の視点で編まれたものでダブりは四編のみ。その四編も含めて三冊目の河出書房新社版ではすべて新訳ということだった。

昔、主に海外作品のSFファンだった頃、「星々の轟き」は読んだ記憶がある。今となっては内容はほとんど覚えていない。太陽系の惑星ごとどこかへ避難するようなメチャクチャな話があったかな……というようなことをかすかに覚えている程度だ。その「星々の轟き」を読んだ当時、「フェッセンデンの宇宙(早川版)」はすでに入手不可能だった。

最初に「フェッセンデンの宇宙」を知ったのは、文芸春秋の増刊で「文芸春秋デラックス—宇宙SFの時代」という雑誌だった。
本は当時のぼくにとっては高額なものだったので「宇宙SFの時代」も繰り返し眺めていた。
その中に、小松左京親子がAPPLEⅡのキャラクタ画面でスタートレックゲームに興じる記事など共に、スタジオぬえのイラストでさまざまなSFガジェットを紹介するコーナーがあって、そこで、フェッセンデンという物理学者が創造した箱庭宇宙として「フェッセンデンの宇宙」は紹介されていた。

文春

【「エドガー・ライス・バローズのSF冒険世界へようこそ(http://www.princess.ne.jp/~erb/bunshun_delux.html)より】

ミニチュアの本物の銀河系は、銀河鉄道999でもメーテルの手の中で浮かんでいたのを見たおぼえがある。
映画「メン・イン・ブラック」でも小さな球に入った銀河系が出てきた。
そんなふうに小さく凝縮されたものが昔から好きで、プラモデルもよく造ったし、博物館などに行くと展示から知識を得るというよりも、模型そのものに見入ってしまうようなところがあって『あの模型すごかったな』で終わってしまうこともしばしばだった。
もちろんぜんぜん詳しくはないが盆栽も好きだ。買ってきた盆栽は全部枯らしてしまったけれど。
赤ちゃんも(子供はいないが最近甥っ子ができた。かわいい)、般若心経も、小さくまとまったものはみんな好きだ。

そんなわけで「宇宙SFの時代」で「フェッセンデンの宇宙」のイラストを見た時から、その短編を読みたかったのだが、絶版で簡単に手に入らなかったこともあってずっと読めずにいた。

別に大層な理由もないのだが、そのうち、SFはもとより物語そのものを読むということからもすっかり遠ざかってしまって、そのまま年を食っていった。
それでやっと……30年越しということになるのだろうか、やっと読むことができた。

もしぼくがこのハミルトンのお話のようにホンモノの「フェッセンデンの宇宙」を見せられたとしても、自分の住むこの宇宙が、誰かに創られたものかも……
と思い煩うことはないだろうと思う。

理屈をいえば、この宇宙が誰かに創られたものだとしたら、その誰かがいる宇宙も別の誰かが創ったものかもしれないし、「フェッセンデンの宇宙」の中にも、フェッセンデンのように「宇宙」を創った者がいるかもしれず、さらにその「宇宙」の中にも……
という具合にたちまち上にも下にも無限の入れ子にとらわれることになる。
もし入れ子が連鎖的であるなら、連鎖のうちのどれかの宇宙が滅びれば、それより「下」の宇宙は存在できなくなる。
そしてもし、上にも下にも「無限」なら、ぼくたちの「上」の宇宙の中には何らかの要因で滅びる宇宙が必ず含まれているはずであり、そうなると、いまこうしてここにぼくたちがいることと矛盾する……

しかし、いちいちそんなことを論じるのは野暮もいいところだろう。寓話ととらえることもできるし、古典ではあるが、純粋にストーリーを楽しんでもいい。
短編集だからお話は「フェッセンデンの宇宙」だけではない。個人的には物語を読む楽しさを久しぶりに味わわせてもらって、大変に幸せな気分になれた。

最後にひとつだけつけ加えるとしたら……

そうですね、この河出書房新社流の懐石弁当はお酒のつまみにもなるということでしょうか。
よろしければ是非ご賞味ください。

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「フェッセンデンの宇宙(河出書房新社版)」

目次

フェッセンデンの宇宙
風の子供
向こうはどんなところだい?
帰ってきた男
凶運の彗星
追放者
翼を持つ男
太陽の炎
夢見る者の世界