昨年の冬至、12月21日の朝。
いつものように午前7時過ぎに起きたら、空が金色でとてもきれいでした。
写真でも撮ろうと思ってケータイを取り出したら、おあつらえむきに飛行機が雲を引きながら空を横切っていきます。
ベランダに出てシャッターを切って、
フレーミングが気に食わないので、もう一枚。
リビングにひっこんでとれた絵を見てみると、飛行機雲といっしょになんだか発光体様のものが写り込んでいました。
肉眼ではぜんぜん気づきませんでしたが星かなにかかなあ、と、もういちど同じところから写真を撮りました。
最初の二枚を撮ってから3分ほどたっていますが、その間に陽は少し高くなり飛行機雲は消えています。
発光体様のものはやっぱり消えてるかな……と思ったのですが、写真をよーくみてみると右の方に「移動」して、フェードアウトしていくように薄く写っていました。
もちろん肉眼ではなにもわかりませんでした。
なんだろうなあ。これ。
かみさんに見せたら、
「レンズのゴミ」
だって。
☆
なんだろう、なんだろうといっていないで、易にきいてみることにします。
「賁」の五。
おっと、かみさんのいうとおりかも。
易卦の観方にはおおきく分けて、辞占(卦爻辞で占う)、象占(卦爻のカタチを観る)、八卦占(八卦の意味から占う)などがありまして、たいがいそれらの複合で判断しますが、まずはなにはともあれ、卦全体の意味を観なければなりません。
「賁」は、かざり、身にまとうもの、アクセサリーなどの意ですが、そのままでは回答になっていません。
ということで、そこから少しイメージを働かせて身体(本体)にくっつくもの、と、観たわけです。
下卦の離にも同様の意味がありますが、離には付着という意味もあります。
総じて観ると、ちゃらちゃらまとわりつく感じ。
でまあ、レンズについた(付着した)ゴミ、ということになるわけです。
なあんだ、で終わりでもいいんですが、もう少しつっこんで観てみます。手前味噌で恐縮ですが、拙作ハンドブック「賁」の卦辞をみてみます。
「路はひらけるが、飾りすぎや大事はさける。」
適度な飾りはいいけど、やりすぎはNGだ、と。
こういうブログなどで、やれUFOだなんだなどと騒がないこと、と、易は言っているようにも思えます。
八卦の意味を観ます。
この観方はよく紛失占とか、射覆(「せきふ」。易による当てっこゲーム)などで使います。
上卦は艮で、静止、「動かないもの」。
下卦は離で、付着、「くっついたもの」。
レンズについたホコリってことでしょう。
五爻変ですから、上卦艮は巽になります。
巽は風ですから、風で飛んできたホコリとも観えます。
巽には「伏入」=そっと入り込む、という意味も。
まあ、夢のないことです。
実体はともかく、易のカミサマはそういう意見。
とはいえ、画面上を動いているようにも見えるし、心情的には、ホコリよりも、なんかもう少し夢のあるものと思いたいところ。
視角的には、けっこう大きそうですので、ひょっとしたら空で飛行しているものではなくて、もっと手前にあるオーブみたいなものだったのかもしれません。
みなさんはどう判断されるでしょうか。
☆
PS.
ちなみに、賁の五の爻辞は、
「丘や園を飾る。引き出物は質素だが、飾りすぎず、かえってとがめられることなく、よろしい。」
「丘や園」は今回の文脈では、広大なフィールド=インターネットと観ます。
「丘や園を飾る。」=すなわちインターネットに記事をアップロードすること、というわけです。
「引き出物」はブログの読者が得るもの、お持ち帰りになるものです。
「質素」なわけですから、読んだ人もまあたいして得るものもなかろうと。
「飾りすぎず、かえってとがめられることなく、よろしい。」
……というのは……
これじゃ自画自賛になっちゃいますね。
失礼しました。



