旅道具 | ぼくは占い師じゃない

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易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press

思うに、旅には二種類ある。

ひとつは物理的、空間的な旅で、
まあ、いわゆる「旅」。
旅行というやつもこれに入る。
ひょっとしたら仕事でいく旅、出張も。

もうひとつは時間的な旅で、

物理的、空間的な旅は、
場合によっては自分の意志で、
いかないで済ませることができるかもしれないが、
時間的な旅は、そうはいかない。

日一日と、もれなくみんな、
いやおうなく旅をしている。
あなたもわたしも。
生きている限りは。

がさがさした、
うす茶色い箱に入った、
ちょっとしゃれたノートがある。

以前にこのブログでもちらりと出した、
トラベラーズノートブック

中に入っていた紙からの引用。

「使い込むほどに味と風合いが高まる革素材のカバーと、
書きやすさに徹したシンプルなノート。
手にとって旅に出たくなる。そんなノートを目指しました。
旅の途中、ふと立ち寄ったカフェで、
感じたこと思いついたことを気ままに書き留めてください。
それがあなたにとって貴重な財産になるはずです。
また、このノートを携えて歩くことで
日常を旅するような気持ちで過ごしてみてください。
毎日見ている景色の中に新しい顔を見つけられるかもしれません。
(後略)」

メーカのキャッチなので、
そこのところは差っぴいてとらえなければならないのだろうが、
それでもこんなことを書かれると、つい買ってしまうのである。
「つい買ってしまう」
という値段でもないのだが。


とらべる1


使い始めてからもう5ヶ月ちかくになる。
これがなかなか使い勝手がいい。
それまでは「ほぼ日手帳」を使っていたが、
モーニングページ のようなことをやっていると、
決め打ちの1日見開き2ページだと、
使い方が合わなくなってくる。
書かない日もあるし、
ちょっと多めに書く日もある。
そうなると別にノートが必要になる。
そのうちほぼ日手帳から、
この、別に用意したノートにのりかえてしまった。

リフィルノートは、
だいたい月に一冊の割合で使い切ってしまうが、
リフィルを別に綴じておく専用のバインダもある。

リフィルは薄っぺらい。
だから、革カバーにリフィルをセットしても、
ずいぶん余裕ができる。
これはパスポートやらチケットやら、
いろんなものをはさむようにできている
とこうことらしい。

最初はノートをしばるゴムバンドに
太極図のビーズをつけたり、
スピンの皮ひもに
ワイルーロの実をつけたりしていたが、
そういうものは全部取っ払ってしまった。

もともとついていた、
リフィルをはさむゴムバンドを
カバーにとめる金具も外して
いまはただゴムをしばっただけの状態になっている。

とらべる3

厚みに余裕があるところで、
いつも13月の暦の手帳をはさみこんで使っている。
スケジュールとか日記はすべて13月の手帳に。
トラベラーズノートのリフィルの方は、
毎日のライティングに。

13月の暦の手帳 は、
別名、時間旅行のパスポートともいうらしいから、
まあ、ちょうどいいといえばちょうどいい。

とらべる2

最近時間は円環のようなものではないだろうかと、
すこしまじめに考えている。

学校で習ったのは数直線で、
それも多分限りがある数直線で、
それだと、端まで旅してしまった人は、
その先どこへもいけなくなってしまうか、
もし「下」というものがあるのだとすれば、
「下」へ落っこちていってしまうしかない。

これが円ならば、
人は必要ならその上をいつまでも歩き続けることができる。
さらにもし、円でなく螺旋なら、
一見もとのところへもどったようにみえても、
そこは最初に歩き始めた地点より
少々ながめが変わっているに違いない。

そんなふうにして、
ぼくたちの目に入る視野は、
わずかづつではあるが広くなっていくのである。
その円の上には不要なものはない。
その円の上にははじまりも終わりもない。

そんなふうにして、
ぼくたちは時間という円環の上を歩いていく。