ライティング・ダウン~素振リノムコウ(その2) | ぼくは占い師じゃない

ぼくは占い師じゃない

易経という中国の古典、ウラナイの書を使いやすく再解釈して私家版・易経をつくろう! というブログ……だったんですが、最近はネタ切れで迷走中。

さて、おじさんの長話の続きである。

とにかく書くことからはじめよう!

というアプローチは、
なにも前回紹介した本、
「魂の文章術」の専売特許でもないらしい。

ちょっと毛色は違うがこんな本もある。

「ずっとやりたかったことを、
やりなさい」
ジュリア・キャメロン
菅 靖彦訳
サンマーク出版

原題は「アーティスト・ウェイ」。

プロの芸術家はもちろんだが、
そうでなくたって、
読んで(そして実行して)ソンはないと思う。

訳者も巻末で同じようなことを書いているが、
創造・創作することははニンゲンの、
基本的な、きわめて自然な活動である
という前提で書かれている。
ていうか(マズいなこのコトバ、
あんまし好きじゃないのに、つい…)、
「前提」ではくて、一冊マルマル「そうでなんである!」
という力強い主張である、といった方があたっているかもしれない。

そんな、創作・創造(アート)なんてオレ(またはアタシ)、
カンケーないもんね~

と言われるかもしれないが、たとえばもし、
楽器を弾くとか、絵を描くとか、
あきらかにソレとわかるアート以外でも、
料理だって、ゴルフだって、散歩だって、
ひょっとしたら洗車だって、
「アート」だったとしたらどうだろう。

極端かもしれないが、その考え方を推し進めれば、
生きて活動すること、そのものがアートってことにならないだろうか。
なにも、「アーティスト」というコトバは、
ハヤリの若いミュージシャンのためだけにあるわけでもないだろう。

この観点から原題をとらえると、
「アーティスト・ウェイ」は
「生きるすべ」という意味にもみえてくる。
生きる……ただ生きるだけではなく、
より自然に生きるすべである。
著者いわく、
その自然な衝動、すなわち、創造性に、
自分で自分にフタをしてしまっている人が多い
……そうだ。
まあ、いわれてみればそうかもしれない。
なにかにつけてチョーシが悪くなるのは、
明らかに自然に生きていない証拠だろう。

この本は、フタをされた「創造性」を回復するプログラム
~具体的な処方箋として書かれた実用書である。
定評のある本らしく、
あちこちの本で、タイトルや作者の名前をみかける。

その内容だが、ストーリーとしては、
12週間のプログラムになっている。
エクササイズの数がとても多いので、
正直いって時間に余裕がないと、
「すべてを」こなすのは、
ちょっとムズカシイかもしれない。

でも大丈夫。

すべてのエクササイズの基本となる、
ふたつの「ツール」というのがあり、
このふたつについては始めから終わりまで
(ひょっとしたらずっと)続けることになっている。
つまりはこのふたつのツールこそ、
この本のエッセンスなのである。

いやそりゃもちろん、他のエクササイズだって、
やったほうがいいに決まっているが、
このふたつを続けるだけでも相当に効果があると思う。
すくなくとも精神のの安定には充分役立つだろう。

ひとつは、
「アーティストデート」と呼ばれているもので、
週に最低でも1、2時間、
自分のために時間を割くというものである。
要は自分を甘やかすわけだ。
「甘やかす」というと、
とたんに眉をひそめる向きもあるかもしれないが、
自分の中のアーティスト、すなわち自然に生きる衝動、
それがしっくりくるというのなら
インナーチャイルドといってもいいかもしれない、
その衝動にしたがってみる、そのような時間をあたえる、
その衝動を解放する、ということである。

詳しくは本を参照してもらえればと思うが、
特段オカネをかける必要はない。
またその時間も長ければいいというものでもない。
きまった方法もない。
ポイントはその時間の「質」である。

もうひとつは、
「モーニングページ」と呼ばれているもので、
これがつまり、「書くこと」である(やっとでてきた)。
これもルールらしいルールはない。
毎朝起きたら、3ページ、なんでもいいから書く。
それだけ。
べつにノートの大きさも決まっているわけではない。
最初のうちは読み返さない。もちろん他人にもみせない。
そんな筆記をやっていることもいわない。

まあ、そうして、ひたすら書くだけなのである。

ぼくの場合は、つづけるために、
ちょっとルールを変えてみた。

ひとつは「書くのは別に朝でなくてもよい」。
その日のうちで時間ができたらいつでもよいということにした。
もうひとつは「別に3ページ以上でもよい」。
ノッてくればわかると思うが、3ページでやめてしまうと、
どうしてもキレの悪いことがある。

とにかくまとめて3ページ以上書く、ということ。
これを1ページずつ分割、
とか、クレジットカードの支払いみたいなことをやってはダメ。
フローが分断されてしまう。
それは3ページ以下複数回書くことであって、
3ページ以上書くことにはならない。

以下は本の受け売りだが、

「続けていると気分が落ち着き、
見る夢はあざやかになり、
シンクロニシティがおきやすくなる」

気分が落ち着くのはわかるが、
残りのふたつはいったいなんだろう。
本の中にもその説明はないが……
たしかにそういうこともあるようだ。

魂の文章術にしても、モーニングページにしても
どことなく、素振りに似ている。

だれに読まれるわけでもない
文章を書き続けることは、
実際にタマが飛んでくるわけではないのに、
見えない何かにむかって、
ひたすらバットをふり続けるあの素振りに、
なんとなく似ている。
たぶんどこかで
瞑想ともつながっているのだろう。

素振りかあ…ひたすら素振りかあ……

カッコよさそうだけど、
ちょっとヘヴィかなあ…

と思われる貴方には以下のような本もある。

「夢は、紙に書くと現実になる!」
ヘンリエッタ・アン・クロウザー
野津智子訳
PHP

この本にもエクササイズがたくさんあるが、
そうしなければならないこと、ではなくて、
書くためのさまざなヒントととらえ、
できそうなものをチョイスして、
気ままにやればいいと思う。

どの本も、文章のうまい/ヘタなど問題にしていない。
高尚なものを書こうとしてはいけない。
ムリにそれをやろうとすると、
吐き出されてくるものは、
際限のないエゴの独白になる。

まあ、なんにしろ「書くこと」には、
思った以上のパワーがある、
ということにつきる。

と、ここまで書いて気づいたのは、
どの本も著者は全部女性。

紹介はまた別の機会にゆずるが、
直観力を伸ばそう、といったテーマの本も何冊が読んだが、
これまた読んだ本すべて著者は女性。

もちろん意図してそういう選び方をしたわけではないのだが……
こりゃまたいったいどういうわけだろうか。

(単にあんたが女好きなだけなんデショ、
というツッコミはなしにしてください(笑))