ゴールデンウィーク中に「カブラの冬 第一次世界大戦期のドイツの飢餓と民衆」(藤原辰史、人文書院)という本を読んだわたし(夫)は、食料自給について触発されました。

 

ドイツは第一次大戦中(1915~1918年)に、76万人(当時の全人口の約1.1%)の餓死者を出しました。

ドイツ政府の戦時食料政策のまずさと、イギリスの海上封鎖があいまって、悲惨な状況に陥ったようです。

特に、飼料用のカブラばかり食べていた1916年から1917年にかけての冬が、「カブラの冬」と呼ばれています。

 

「カブラの冬」の食生活を追体験し、日本の食料供給が滞った時の、心の準備をしようと考えました。

 

KK飯(かさ増しご飯)

 

 

Kriegsbrot、Kパンというのは、麦にじゃが芋を混ぜて焼いたパンのことです。

食糧難だった第一次世界大戦中のドイツで食べられていたと、「カブラの冬」に書いてあります。

戦時パンKriegsbrotは、省略されてKパンK-Brotとも呼ばれた。このKパンの原料の一〇パーセントはジャガイモであったが、一九一五年にはジャガイモ混入率二〇パーセント以上のKKパンも開発される。このKとは、戦争KriegのKであるとともに、ジャガイモKartoffelのKも意味した。

しかし先日のブログに書いたように、ドイツの敵であったイギリスは、平気でパン食をじゃが芋食に変えてきた人たちです。

10%か20%のじゃが芋混入で戦争の覚悟などと言ったから、むしろ怒りを買って戦後まで海上封鎖されたのかもしれません。

 

 

今回は、玄米2:押し麦2:さつま芋1を炊いて、日本の農業生産に見合ったかさ増しをしました。

デデ肉(代用豚肉)

 
拙劣な食料政策で豚肉が供給できなくなったドイツでは、デデ肉と呼ばれる代用肉が作られたと「カブラの冬」にあります。

また、一九一五年五月二一日付の『フォアヴェルツ』で、「デデ肉De De Fleisch」という食べ物を試した記者のレポートが掲載された。この記者によると、デデ肉の価格は哺乳類の肉の半額、切った後一週間は新鮮なまま食べられるという。では、どのようにして作られた代用肉なのか。実は、干し鱈の身と豚肉に、スパイスと脂を加えたものであった。

うーん、、、

この記載は、個人的には疑問があるのです。

 

「哺乳類の肉の半額」を豚肉の半額という意味だとすると、干し鱈がかなり安くないと、少なくとも豚肉の半額を下回らないと成立しません。

たとえば干し鱈が豚肉の1/2の値段だとすると、干し鱈100%にしないと、豚肉の半分の値段になりません。

干し鱈が豚肉の1/3の値段だとすると、干し鱈75%・豚肉25%のときに、豚肉の半分の値段になります。

干し鱈が豚肉の1/4の値段だとすると、干し鱈67%・豚肉33%のときに、豚肉の半分の値段になります。

 

しかし、鱈は大西洋の寒い海でとれるので、イギリスを迂回してノルウェーなど中立国から輸入していたと思います。

そんなにべらぼうに安いはずは、ないのです。

現在の日本で、干し塩鱈は100g500円前後もします。

豚肉は100g100円程度なのに、それより安いどころか、5倍も高いです。

水で戻すと2~3倍の重量にふくれるかもしれませんが、それでも豚肉の半額からほど遠いです。

 

 

このフォアヴェルツの記者は、そもそも本当にドイツに行って記事を書いたのでしょうか?

記者が間違った伝聞で書いているか、「カブラの冬」の著者の引用、またはその引用元の引用が写し間違っている?

 

『フォアヴェルツ』は、名前こそドイツ語っぽいですが、アメリカで発行されているユダヤ系アメリカ人のための新聞です。

1897年にニューヨークで発刊され、イディッシュ語(ヘブライ文字で書くドイツ語の一種)で書かれています。

フォアヴェルツ自体のバックナンバーがあれば確かめられたのですが、Webでは見つかりませんでした。

Yiddish – The Forward

 

バックナンバーどころか、Webで「De De Fleisch」を検索しても、全然引っ掛かりません。
ところが、「Dede-Fleisch」で検索すると、1916年3月17日付のドイツ(ポーランド地方)の新聞で、「Das Mischfleisch oder Dede-Fleisch」(ミックス肉、またの名をデデ肉)という記載が見つかりました。

 

Das Mischfleisch oder Dede-Fleisch welches aus Klippfisch und Kartoffeln mit einer Fettwürze besteht, könne auf die verschiedenartigste Meise zubereitet werden. Bei größerem voraus sichtlichen Verbrauch von Mischfleisch würde zur Herstellung im großen eine Spülanlage für Klippfisch geschaffen werden. 

クリップフィッシュとジャガイモに脂肪の調味料を加えた混合肉またはデデ肉は、さまざまな方法で調理できます。混合肉が大量に消費されることが予想される場合は、大規模生産のためにクリップフィッシュのリンスプラントが作成されます.(Google翻訳)

KM_01427_1916_I_065.pdf (umk.pl)

 

干し鱈は、クリップフィッシュ(Klippfisch)、つまり「すすぎシステム」で塩出しが必要な、干し塩鱈と特定できました。

しかし、混入されるのは豚肉ではなく、じゃが芋だったのです!

しかも、匂いを誤魔化すためにスパイスを入れるのではなく、むしろ豚臭さを出すために脂肪――たぶん、ラード――を入れているのです。

(日本でも、貧乏料理で牛肉らしさを出すために、例えばじゃが芋のコロッケに牛脂を入れると思います。)

 

干し鱈もじゃが芋もラードも、常温で保存できます。

この材料なら、ご家庭に冷蔵庫のない第一次世界大戦の頃のドイツでも、「切った後一週間は新鮮なまま食べられる」ということがありえそうです。


価格についてはどうでしょうか?

イギリスの議会で、ベルリンでの食料価格の1914年5月から1915年5月への推移を質問した記録が残っています。

Food-Stuffs In Germany (Retail Prices) - Friday 23 July 1915 - Hansard - UK Parliament

 

このベルリンの食料価格を英国通貨で説明したスパイ報告(?)が正しいとすると、1915年5月の時点で、各食料は次のような価格でした。

・ラード1ポンド 1シリング、4と3/4ペンス ・・・16.75ペンス/ポンド

・豚肉1ポンド 1シリング、5と1/2ペンス ・・・17.50ペンス/ポンド

・じゃが芋7ポンド 5と1/4ペンス ・・・0.75ペンス/ポンド

 

もう少し仮定を加えてみましょう。
・豚臭さを出すためには、ラードが5%くらいは必要でしょう。

・干し鱈は、水戻しする前の1ポンドあたりの価格は豚肉の5倍と仮定します。

・加工費は価格の20%と仮定します。(つまり、材料費が80%)

 

この条件では、干し鱈とラードに豚肉を混ぜて、値段を豚肉の半分にするのは不可能です。

が、干し鱈とラードが高いにしても、安いじゃが芋と混ぜるなら話は簡単です。

 

 デデ肉1ポンドの重量 = ラード0.05ポンド+干し鱈Xポンド+じゃが芋Yポンド

 デデ肉1ポンドの材料価格 = 豚肉1ポンドあたりの価格×半分×80% = ラード0.05ポンドの価格+干し鱈Xポンドの価格+じゃが芋Yポンドの価格

 

この連立方程式を解くと、デデ肉の組成が判明します。

 干し鱈(X)6.3%

 じゃが芋(Y) 88.7%

 ラード 5%

 

大雑把に言うと、じゃが芋9に、干し鱈0.5、ラード0.5を混ぜたものということになります。

 

今回は、じゃが芋9に干し鱈1(実際には味付きおつまみ鱈)を混ぜ、ラードがないので代わりにごま油で焼きました。

 

 

デデ肉を焼いたフライパンを、干ししいたけの出汁と日本酒でデグラッセし、醤油で味付けしてソースを作りました。

 

妻に感想を聞くと、、、

「デデ肉っていわれても、何の肉かわからない」

「美味しくはあるけど。ていうか、これって肉じゃないよね?」

 

デデ肉の作り方と、ドイツ人が嫌がったことについて説明すると、、、

「ラードの代わりに胡麻油だと、豚肉らしさが出る可能性ゼロじゃない?」

「普通に美味しい魚料理だと思う」

 

そりゃそうでしょう。

これ、日本料理では「しんじょ」っていうのです。

 

 

鉄条網(乾燥野菜)

乾燥野菜を、第1次世界大戦中のドイツでは、こう呼んだのだそうです。

「カブラの冬」の工場食堂についての記述(引用)で、こうあります。

一九一六年初頭になって、この兵器工場は、労働者に自前で食事を給するようになりました。それはひどい食べものでした! 鉄条網(「軍隊における」乾燥野菜「の隠語」)、ルタバガ、ジャガイモ、燕麦。

「鉄条網」(Drahtverhau)は、単なる金網ではなく、「有刺鉄線」が付いた軍事用の柵です。

鉄条網が張られた塹壕の中の兵士の食事は、パサパサのパンと乾燥野菜を水で流しこむ、味気ないものだったのかもしれません。

そんなに針を飲むほど食べにくかったのかと、かわいそうな思いがします。

 

今回は、わが家で作った「鉄条網」(干し大根、干しゴボウ、干し長ネギ)を、半日かけて水戻ししてスープにしました。

 

 

わが家は、食糧難になってもおいしい井戸水だけは自給できるのが強みです。

カブラ

本のタイトルに「カブラ」とありますが、正確には「ルタバガ」という、カブに似た植物が食べられていました。

「カブラの冬」でも最初の方でこう断っています。

カブといっても、日本料理で用いられるあのカブではない。和名はカブハボタンもしくはスウェーデンカブ、英語名はルタバガ、スウェーデンが原産地とされるアブラナ科セイヨウアブラナ種の変種である。ジャガイモよりも糖分と脂肪分が多く含まれており、主にロシアと北欧、ドイツでは北部で食用として普及したのであるが、水分が大半を占め、味も悪い。あまり民衆に歓迎されない食物であり、次第に飼料として利用されるようになっていた。

引用させてもらっておいて何ですが、ルタバガがじゃが芋より糖分が多いというのは間違いかもしれません。

ただし日本のカブよりは糖分も脂質も多いようです。

ルタバガ/rutabagas/スウェーデンカブの栄養価と効用:旬の野菜百科 (foodslink.jp) ・・・100gあたり脂質0.16g、炭水化物8.62g

カブ(蕪/かぶ)の栄養価と効能:旬の野菜百科 (foodslink.jp) ・・・100gあたり脂質0.1g、炭水化物4.6g

ジャガイモ/じゃがいも/馬鈴薯の栄養価と効能:旬の野菜百科 (foodslink.jp) ・・・100gあたり脂質0.1g、炭水化物17.6g

 

ただでさえ美味しくないというルタバガを、そればかり食べるというのは苦痛だったことでしょう。

「カブラの冬」によると、いろいろな食べ方を書いた、ルタバガ料理のビラが配布されたようです。

ルタバガスープ、ジャガイモ付きルタバガ、ルタバガ炒め、ルタバガスフレ、ルタバガプディング、ルタバガ団子炒め、ルタバガカツレツ、青キャベツとルタバガ、赤キャベツとルタバガ、白キャベツ付きルタバガスフレ、ロールキャベツのルタバガ詰め、ルタバガサラダ、酢漬けルタバガ、セイヨウネギ付きルタバガ、リンゴ付きルタバガ、ルタバガの詰めもの、煮込みルタバガ団子、ルタバガのピューレ、ルタバガのジャム

 

幸か不幸か、日本ではルタバガは作物としてそう大して定着していません。

日本でルタバガの役目を負わされるのは大根とカブでしょう。

 

今回は、ごく普通のカブを買ってきて、3種類の香の物にしました。

 

 

、、、

 

飯 KK飯(さつま芋ご飯)

 玄米

 押し麦

 さつま芋

 塩

 

汁 鉄条網スープ(干し野菜の味噌汁)

 出汁 昆布

 具 自家製干し野菜(大根、ごぼう、長ネギ)、高野豆腐

 醤 日本海味噌

 

 かぶとかぶ菜の醤油麹漬け

 かぶと人参の糠漬け

 かぶの塩胡椒酢和え

 

菜 焼きデデ肉(鱈じゃが芋しんじょ)

 干し塩鱈

 じゃが芋

 ごま油

 干ししいたけ

 酒

 醤油

 

緑茶

 

 
耐乏生活の覚悟が深まりました。