来週半ばには一迅社文庫アイリス8月刊の発売日です!
ということで、本日は新刊の試し読みをお届けいたします
試し読み第1弾は……
『引きこもり令嬢は話のわかる聖獣番11』

著:山田桐子 絵:まち
★STORY★
聖獣のお世話をする「聖獣番」として働いている伯爵令嬢ミュリエル。冬を越え、春本番になれば色気ダダ漏れなサイラス団長とついに結婚! と聖獣達と盛り上がっていたある日。冬の調査任務から研究に明け暮れている聖獣学者リーンは、寝食も忘れて温室に引きこもっていた。そこへ、ミュリエルはサイラスとともに訪れて――。
引きこもり令嬢と聖獣騎士団長の聖獣ラブコメディ第11弾!
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「それでリーン殿、進捗はどうだろうか。いつにも増して、集中していたようだが」
背もたれから体を離したサイラスとは逆に、リーンは脱力気味に椅子にもたれかかる。それは、聞かれたことが答えにくい者がする仕草だった。
「進捗、ですか。あぁー、どうでしょう……」
ミュリエルはひと言聞いただけで、あら、と思った。こんなに歯切れが悪く、且つ悩ましそうなリーンも珍しい。ミュリエルがそう思ったのだから、サイラスも当然そう受け取っただろう。
「思わしくないのか?」
「いえ、めちゃくちゃ捗ってます。えぇ、捗ってはいるのですが……」
なおもはっきりしないリーンは、腕を組んで唇を曲げている。捗っているのに悩ましげな理由に検討がつかないミュリエルは、大人しく続きを待った。
サイラスとリーンの会話は互いの共通認識のもと、それに見合った速度で展開されることが多い。とはいえ、ついていけなくとも、ミュリエルに必要があれば適宜易しい説明を入れてくれる。そのため今は、黙って聞いているのが賢い選択だ。
「なんと言えばいいのでしょうねぇ……」
明後日の方向を見た糸目は、その間も何かを思い描いているようだった。
「書き留めておきたいことが、多すぎるというか……。どれほど書いても、終わりが見えてこないというか……。そもそも、書けば書くほど、見えてくるし増えていくというか……」
持論や研究について語る時、リーンは大抵早口で大量の情報を流し込んでくる。それが当たり前のため、これほど間延びした話し方はとても珍しい。ただ、ミュリエルにしてみれば聞き取りやすいし考える時間ももらえるため、むしろ得意な会話運びだ。
「これは見ても構わないものだろうか」
「あ、はい。その辺のはどうぞどうぞ」
たったこれだけの会話で何か思うところがあったのか、サイラスはたまたま落ちていた紙の一枚を拾った。ちらっと見えた範囲では、乱雑な文字が書き散らしてあるだけで、たいして重要そうには見えない。
そこから、この二人にしては長い沈黙があった。ただし、この二人が長考を必要とするのなら、それなりの理由があるのだろう。
そう思って、ミュリエルも引き続き大人しくしていたのだが。何やら、リーンの体が微妙にゆらゆらと揺れている。どうやら寝てないツケがきて、急激な睡魔に襲われているらしい。確実に過労のため寝かせてあげたい気もするが、ここで眠るにはあまりに話が中途半端だ。
差し出口をしないと決めていたミュリエルだが、サイラスがいまだ考え込んでいるのなら、リーンの意識を繋ぎ止める役目は己にある。そこで、感じた疑問を素直にぶつけることにした。
「あの、リーン様はここ最近見聞きしたことを、まとめてらっしゃるのですよね? えっと、見えてくるだとか、増えるだとか……、それはいったい、どういうことなのでしょうか?」
現在進行形で何かがおこっているのなら、見えてくるのも増えるのも頷ける。しかし、今は平常時だ。説明が上手なリーンである。そのリーンが「見えてくる」、または「増える」などと表現したことに、ミュリエルは大きく疑問を持っていた。
ミュリエルが問いかけたのはリーンだったが、顔を上げたのはサイラスだった。そして、口を開いたのもサイラスが先になる。
「もしや、黒竜ゾフレフから餞をもらったことに関係しているのだろうか」
「えっ!?」
サイラスはここまで、どこにそんなに読み込む要素があるのかわからない紙を真剣に眺めていた。それを終えてまず発した言葉は、ミュリエルの思ってもみないことだった。つい声を上げてしまい、慌てて口を両手で押さえる。一方リーンは、ゆらゆらと揺れていた体をピタリと止めて薄く笑った。
「団長殿は、相変わらず当たりをつけるのがお上手ですね。たぶん、そういうことなのだと思います」
肯定するリーンの台詞に、ミュリエルの思考は飛ぶ。もし黒竜ゾフレフが関係しているのなら、はじまりは雪が降り積もるなか訪れた国境にある村、ハウッカだ。
当初は谷の調査を目的としていたのに、終わってみれば黒竜と出会い、空へ還る姿を見送るという大きな出来事に立ち会うこととなった。しかし、今話題にあがった餞を受け取る前に、ミュリエルだけが黒竜と対話する時間を持っている。
(な、雪崩に巻き込まれた先で、恐れ多くも私は、氷に捕らわれた黒い竜に「ゾフレフ」、というお名前をご提案して、受け入れていただいたのよね……。離れた場所で私を探す、サイラス様やアトラさん達と、大切な毎日を変わらず続けるために……。そ、それで……)
ゾフレフの力添えによりサイラス達と再会したあとは、ユキノコと虹色の六花、昇るたくさんの星に囲まれて、黒竜とはあっけなさすぎるお別れをした。その際、件の餞をゾフレフから与えられている。受け取れずとも構わない、と悪戯のように。
その言葉にある通り、サイラスやミュリエル、アトラ達にとって餞はパチパチと弾ける光でしかなかった。だが、その場にいた者のなかで唯一リーンだけは、その一片をつかみ取ったらしい。この世のはじまりから終わりまでという途方もない情報のなかの、瞬きにも満たない一片を。
「あの瞬間に理解できたことなど、わずかと呼ぶのも情けない程度のものしかなかったのですが……」
続くリーンの言葉も、当時を振り返って変わりがないものだ。しかし、ぽつりと落とされた呟きは重く響いた。
「理解できなかっただけで、僕のなかには残っているのだと思います。そうでなければ、説明がつかない」
こちらを見ているようで見てない糸目に、ミュリエルはドキリとした。
「書きながら、まとめながら、さらに思い出せるんですよ……」
せっかく正気に戻ったのに、またうっすらと魔境の気配が漂い出したのはなぜだろう。
「僕の人生で、見聞きしたはずのないものまで」
足もとや背中をうすら寒い風がなでていく。
「リ、リ、リーン、様……?」
ミュリエルが引きつり気味に呼びかけると、まるで背後から肩を叩かれたかのようにリーンがビクッと体を跳ねさせた。その動きでモノクルがずれ、パチパチッと糸目が瞬きを繰り返す。
「自宅ではなく、ここに場所を移したのは英断だったらしい」
ため息まじりに零したサイラスを、翠の瞳で不安げに見つめる。すると、静かな面差が一つ頷きを返した。それだけで、ミュリエルの肩に知らずに入っていた力がいくぶん抜ける。
「どうやら、今までとは勝手が違うようだ。リーン殿、悪いが……、これからは朝に夜にと強制的に作業の邪魔をさせてもらおう」
「えぇ、すみません。お手数をおかけしますが、どうやらその方がよさそうです。よろしくお願いします」
なんとなくしょんぼりした声で、リーンがサイラスの提案を受け入れる。糸目学者は返事の合間にも、モノクルを外してレンズを拭き取り、天井に向けて汚れを確かめていた。それでもまだ曇りが残っていたらしく、かけ直さずに手もとへ戻す。それをなんとなく見守るミュリエルに、糸目学者が弱った声で零した。
「要するに僕、現実とそれ以外の境目が曖昧になっちゃってるみたいなんです……」
曇ったままのモノクルを手に持ち、リーンがレンズの向こうの景色を見つめていた。その状態で見る景色は、不明瞭で歪んでいることだろう。意味を吟味するのに少々時間をもらってから、ミュリエルは目を見開いた。
「っ!? えっ! そ、それは……」
己とて、妄想と現実を行ったり来たりする癖がある。だが、境目は常にわかっているし、なんなら逃避を自覚してその境界を踏み越える。しかし、その線が曖昧になり、妄想を現実と感じるようになったのなら、それは異常なことではないのか。
~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~
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