『引きこもり令嬢は話のわかる聖獣番』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!

一迅社文庫アイリス5月刊の発売日までもう少し!
ということで、今月も試し読みを実施いたしますо(ж>▽<)y ☆

新刊の試し読みは……
『引きこもり令嬢は話のわかる聖獣番』

著:山田桐子 絵:まち

★STORY★
「倒れた母のためには金がいる。だから王宮に出仕してくれ!」 
ある日、そう父に言われた伯爵令嬢のミュリエルは、断固拒否した。なにせ彼女は、人づきあいが苦手で本ばかりを呼んでいる引きこもり。王宮で働くなんてムリ! と思っていたけれど、父が提案したのは図書館司書。そこでなら働けるかもしれないと、早速ミュリエルは面接に向かうが、そこにいたのは――。 
引きこもり令嬢と聖獣騎士団長の聖獣ラブコメディ!

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 ノルト伯爵家での大騒ぎから、過ぎること数日。

「いやぁ、なかなか人気の職なんですけどね。相性というものが大事らしくて。希望者は多いのに未だに決まらないんですよ」

 ミュリエルは一人、王宮に足を踏み入れていた。緊張に強張る顔を、引きつってはいるもののなんとか笑みと呼べる形に固定し、先を行く案内係のあとに続き歩を進めている。
 案内係は気さくで、ミュリエルを見た時にも値踏みするような目を向けてこなかったし、ごくごく普通の笑顔で応対してくれた。そのためミュリエルも、面接前の時点で緊張が限界を振り切らずにすんでいたのだが。
 先の発言が引っかかり、懸命に張りつけている引きつり笑いがどんどん不気味になる。どうやら職場には気難しい人物がいるらしい。

(怖い。帰りたい。で、でも駄目。お母様が……)

 考えただけで気が遠くなるミュリエルだったが、パッと頭に物語の一節が浮かんだことでギリギリ持ちこたえた。

(そ、そうよ! 彼の偉大なる冒険家も「身を捨ててこそ浮かぶ海もある」って海賊船に囚われた絶体絶命のピンチから、自ら海に身を投げることで活路を見出したじゃない!)

 ミュリエルが自らを鼓舞するために引き合いに出した冒険家は、実在の人物ではない。創作小説に登場する、ワイルドで無謀な青年冒険家だ。

(そ、それに、なんと言っても、この日のために傾向と対策だってちゃんと立ててきたわ!)

 周りから指摘が入る余地があれば、よほど重要なのは空想の人物の架空の冒険で言われた信憑性の薄い格言ではなく、その事前準備だと言っただろう。
 だがその準備もミュリエルの思いつきではなく弟のリュカエルの入れ知恵で、一応世話を焼く辺り彼なりに姉を心配しているらしい。
 弟の的確な指示のもと、対人関係を苦手としている自覚が重々あるミュリエルは、当日のやりとりを何度も思い描き、考えに考え抜いた幾通りもの受け答えを紙に書き出し、さらには何度も何度も復唱してまるまる暗記までしてきた。
 一つのことにのめりこむ集中力については、良くも悪くも定評がある。紙の上での準備は完璧だった。

(やるだけのことはやったわ。だって司書になれなかったらお金で買われる不幸な結婚が待っているのだもの。その先にあるのは、死。私はお母様のためにも自分のためにも、絶対に司書になってみせるわ!)

 父親の苦し紛れの口から出まかせをすべて信じ込んだミュリエルは、未だかつてないほどの根性を現時点ですでに見せていた。

「いつもは出払っているんですが、面接のためにこちらの部屋にいらっしゃいますので」

 また自分の世界に旅立っていた間に、目的の場所に到着していたらしい。ミュリエルは固く握りしめた両手が白く冷たくなっているのも無自覚のまま、案内されるに任せてとうとう一つの扉の前に立った。
 入室の許可をとる明るい案内係の声に、一瞬にして頭が真っ白になる。それでもミュリエルはギュッと目を閉じて己を奮い立たせた。

(懸命に練習した時間は嘘をつかないわ。今日の私は今までの私とは違うのよ。気絶したって口が勝手に動くくらい練習したんだから!)

 心臓は爆音をたてているし息も浅くしかできない。逃げ出したくなる足を叱咤して目を伏せ気味にし、扉が開き切るのを待つ。
 案内係は健闘を祈ると笑顔で拳を握ったあとミュリエルを室内に通し、あっさりとその場から去って行った。パタンと閉まった扉に、もはや退路はない。

「きょ、今日はお時間をいただき、ありがとうございます。ミュリエル・ノルトと申します」

 気づかぬうちに喉がカラカラになっていて、出だしから失敗してしまった。だがそれでもちゃんと挨拶はできた。スカートをつまんで膝を軽く折って礼をしたミュリエルは、そこではじめて視線を上げ、そしてピシリと固まった。

(な、な、な、なんという想定外のイケメン……っ!!)

 視線を上げた先にはイケメンがいた。それも物語のヒーローを張れるほどの、強烈なイケメンが。
 さらりとした髪は黒。少し長めの前髪の向こうから、こちらを射貫く瞳は紫。白シャツに黒いベストという出で立ちで飾り気がない分、服の上からでも均整のとれた鍛えられた体つきがよくわかる。
 涼やかな切れ長の目、キリリとあがった眉、すっと通った鼻梁とやや薄い唇は、硬質でいて完璧なまでに美しい。誰がどの角度から見ても絶世の美丈夫、なのだが……。
 そんな筆舌に尽くし難いイケメン具合よりも、目の前の人物にはもっと言及したい点がある。

(な、なぜなのっ。なんだか、壮絶に……い、色っぽい、わ……)

 窓から入る爽やかな午前の日差しを受けているはずの眼前の人物からは、真昼の雰囲気とは一線を画す、眩暈がするほどの気怠い色気が立ちのぼっている。
 ミュリエルは小刻みに震えだした。素敵すぎて胸が苦しい。
 突然の息苦しさを緩和させようと、深く息を吸う。するとなぜか甘い香りに鼻孔をくすぐられた。お砂糖もミルクもたっぷり入れた紅茶のように優しく、それでいて咲き誇る大輪の薔薇のように痺れる、そんな甘い香りだ。
 視覚からも嗅覚からも過剰な刺激を受けたミュリエルの思考は、脇道に入るとそのまま振り向かずに突き進んでいく。

(こ、これはアレだわ。物語のヒーローはヒーローでも、夢溢れる乙女の読み物に出てくる正統派ヒーローじゃなくて……。そ、そう! 酸いも甘いも嚙みわけたお姉様方が、刺激的なものをお求めになって読む大人の物語……。それに出てくるヒーローだわ。私にはまだ、早すぎる……!)

 ストイックな物腰から放たれる大人の男の色気は、ミュリエルのような夢見る乙女には刺激が強い。それはまるで、読んでみたら過激な内容だったため慌てて閉じ、以来本棚に並べることもできずに鍵つきの引き出しの奥にしまったままの、あの本のように。

「サイラス・エイカーだ。ミュリエル・ノルト嬢、今日はよく来てくれた。そちらのソファにかけてくれ」

 色気に満ちた人物は、声も甘い。耳から滑り込んで内臓で響いた声は官能的で、それがとどめとなった。

(もう、無理、ですっ!!)

 視覚、嗅覚、聴覚を侵されたミュリエルはこの瞬間、白目をむいて気絶した。のだが。希望はついえてはいなかった。
 気絶したと同時に薄くあいた口から旅立っていった魂が、かろうじて細い尾を繋げ、微かな意識を残していたのだ。魂は心に刻まれた直近の記憶を反芻する。

(……お母様、お金、司書、不採用、結婚、不幸、突然の……死)

 ミュリエルの口が魂を飲み込む。気絶している場合ではない。幸い、執務机からこちらに移動途中だったサイラスに一瞬の気絶は見とがめられていなかった。
 だが、現状を打開したわけではない。ソファに座って面と向かえば先程の二の舞は必至。
 何か、何かこのピンチを切り抜ける画期的な案はないのか。ミュリエルの視線に思考がいつもの何倍もの速さで仕事をする。

(……そうだわ!)

 ミュリエルはキラリと瞳を光らせると、窓の外に見える木々の葉に視線を合わせた。

(遠くを見る目で近くを見れば焦点が合わなくて、ぼやけて見えるわよね。驚異的な色気を発するイケメンも、見え方が曖昧になければきっと大丈夫なはず!)

 年齢制限の必要な刺激物には自主規制を。阿保なことを全力で実行するミュリエルに、適正な突っ込みを入れてくれる家族は今は近くにいない。

(そもそも大人の階段をのぼった先で見ることが許されるヒーローを、私みたいな小娘が正視するなんて、そんなのはしちゃいけないことなのよ!)

 完全にサイラスを刺激的な本のヒーロー扱いにしたミュリエルは、葉に合わせた焦点をずらさないようにそっと正面に顔を向けた。

(イケる。イケるわよ、ミュリエル! あ、あとはソファに座りさえすれば……)

 ぼんやりする視界でソファを捉え、なんとか座る。向かいに揺れる人影も確認して、ひとまずミュリエルは息をついた。鼻呼吸ではなく口呼吸をする辺りもぬかりはない。

「どうやら君は平気のようだな」
「えっ?」

 不意な一言に、ミュリエルは思わず素の状態で聞き返してしまった。しかしサイラスの方は気に留めた様子はない。

「言いにくいのだが……。ご婦人の多くが私と相対すると体調を崩してしまうのだ。ひどくぼんやりとしてしまったり、軽い眩暈を覚えたり」

 それどころか言いにくそうに語る声は、固さが和らいでどこか柔らかい。ふわりと溶けるように流れ出た色気に、ミュリエルは息を詰めた。

(うっ。視界が曖昧になったおかげで即気絶は免れても、結局、漂う色気はありありと感じるわ……。それに、今言っていたのって、やっぱり……)

 サイラスが困った様にため息をつく。その様はやはり妙に艶めかしかった。

(やっぱり、みなさん、この壮絶な色気にあてられているのでは……?)

 現時点で声に出して確かめる勇気はないが、この予想は間違っていないはずだ。

「君は先程から私としっかりと目を合わせているし、平気なのだろう?」

 サイラスが声に嬉しさを滲ませるが、実のところ彼女とて速攻で気絶した口だ。現在は焦点をずらすことで直視を避け、正気を保っている。
 そしてここまで話を聞いて、ミュリエルは絶望した。

(むしろ気絶が正解だったわ!)


~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~