『王子様の訳あり会計士2』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちはあじさい

本日も7月2日発売のアイリスNEOの試し読みをお届けします音譜

試し読み第2弾は……
『王子様の訳あり会計士2 なりすまし令嬢は処刑回避のため円満退職したい!』

著:小津カヲル 絵:iyutani

★STORY★
ひょんなことから第一王子ラディスの私財会計士となった元伯爵令嬢コレット。彼女は王子が十年間捜している少年=変装した自分だとバレないように、円満な早期退職を目指していたのだが……。殿下に付き添った視察先で事件に巻き込まれ、正体を知られてしまった! 身分詐称でこのままだと処刑!? と思ったら、なぜか殿下の恋人役を持ちかけられて?
恋人のフリをするだけなのに、ちょっと距離が近すぎませんか!?
逃げたい会計士とこじらせ堅物王子のお仕事ラブファンタジー第2弾!

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ふと目が覚めたのは、日も昇らない早朝だった。久しぶりにたくさんお酒を飲んだせいか、喉が渇いて部屋を出る。すると暗い廊下の先から、明かりが漏れている。
 そこは殿下の部屋。
 ゆらゆらと揺れる灯りに誘われて近づくと、扉が少しだけ開いていた。そこから冷たい風が、顔に吹き付けた。
 窓が開いているのだろう。そっと扉の隙間をすり抜けるように入ると、明かりは私の仕事机の方に一つ。その先にあるカーテンが揺れていた。
 私は羽織ってきた上着の前を寄せ、扉に向かう。裸足で来てしまったから、大理石を歩くと大層冷たい。
 早朝のこの時間は、かなり冷え込む季節になった。扉を閉めようと手を伸ばすと、庭の向こうから物音がする。驚いて寝台の方を向くと、ちょうど衝立が開いていて、そこがもぬけの殻なのが見て取れた。

「……じゃあ、あの音は殿下?」

 こんな夜明け前に、何の音だろうと気になって庭に出た。日はまだ登っていないが、空は白み始めている。
 庭の奥からは、鈍い何かがぶつかるような、それでいてたまに金属音と、荒い息づかい。垣根の向こうに、誰かがいる。茂みを手で寄せて視界を広げると、その先にいたのはやはり殿下だった。
 でも彼一人ではなく、開けた芝生の上で、殿下とジェストさんが剣を手に睨み合っている。
 ずっと前だけど、訓練生だった頃のレスターの鍛錬を見たことがある。剣を持ち、仲間と並んで型を繰り返すものだった。でも目の前で行われているのは、以前見たそれとはずいぶん様相が違った。
 互いに剣を振り下ろし、鍔を合わせたかと思えば、ジェストさんが足をかけて倒そうとして、それを防ぎながら殿下が空いた方の拳で、逆にジェストさんへ殴りかかっていく。
 なんというか、泥臭く、それでいて二人とも見たこともないくらいに真剣で、汗に濡れて息を切らしていた。
 呆然と茂みの間から眺めていると、ふと殿下と目が合った気がした。
 でも次の瞬間に、殿下が振り払った剣が、ジェストさんの剣を弾いた。そしてそのままジェストさんの手から放れて飛んだ。
 あっ、と思った時には、その剣が私に向かっていて。
 思わず目をぎゅっと閉じることしか出来なくて。

「コレット、大丈夫か!?」

 剣は飛んで来ることなく、代わりに殿下の乱れた息遣いとともに聞こえる声に目を開くと、そこに落ちた二本の剣と、殿下の心配そうな顔。
 あまりの出来事にへなへなと座り込みそうになると、殿下が足と腕で枝が折れそうなくらい植え込みを押しのけて、私を引っ張り上げる。

「わざとだろうジェスト! コレットに何かあったらどうするつもりだ」

 殿下は私を芝生に座らせながら、ジェストさんに文句を言う。でもジェストさんは肩をすくめて、笑うのだ。
 いやいや、笑うところじゃないですよ。

「二人分、強くなりたいからつきあえと言ったのは殿下ですよ」
「それはそうだが……」
「そろそろ私は上がらせてもらいます、殿下」

 そう言うと、ジェストさんは落ちていた剣の一本を拾い鞘に収めて、さっさと茂みを回って出て行ってしまった。
 それを見送ってから、殿下もまた自分の剣を脇に置き、私の前にあぐらをかいて座った。まだ肩で息をしている。それでも、私を気遣うように様子を窺っているのが分かった。

「こんな早くに、どうした?」

 え、そこから?

「ええと……お酒のせいで喉が渇いて。廊下に出たら、殿下の部屋の明かりが見えて」
「お前な、仕事中ではない夜に……」
「だって、明かりが揺れていて、窓が開いているみたいだし、殿下が風邪引くと思って」

 殿下は少しだけ私から視線を外し、小さく何かを呟いてから再び私を見ると。

「コレット……昨夜はしっかり食べて、よく眠れたか?」
「小さな子供じゃありません、お母さんみたいなこと聞かないでください」
「お前がさっき口にしたのと同じだろうが」

 殿下が、困ったような、でも悪戯が成功した子供のような、変な顔をしている。
 私は、座ったまま自分の胸を手で押さえる。まだ、ドキドキしている。自分に向かって剣が飛んで来るなんて初めての経験だし。

「怖い思いをさせて悪かった」

 珍しく、殿下が殊勝だ。

「こっそり覗いた私も悪かったです。でもいつも、あんな鍛錬をしているんですか?」
「ああ、護衛の数を減らしているからな、彼らの負担を軽くするためだ」
「もしかして、前にこっちからヴィンセント様と揃って出てきた時も、鍛錬だったんですか?」
「ああ、あれは……」

 殿下が遠い目をする。

「ヴィンセントは戦闘に向かない。だがそのままでは、いざという時に対応できないのでは困るだろう。だから定期的にしごいている」
「戦闘に向かないって、じゃあいつも携えているあの長剣は飾りですか?」
「あれは私の剣だ。言っただろう、ヴィンセントは鞘として、側に置いていると」
「殿下の剣? どうしてわざわざ……」
「武はデルサルトの領域だ。分を弁えてくれさえすれば、その領域は侵すつもりはなかった」

 そう言いながらも、殿下は自嘲しながら「思うようにはいかなかったが」と付け加えた。
 落ち着いてきたと思っていた胸が、今度はざわざわと波立つ。
 殿下は、自分が鍛えていることは、表沙汰にするつもりがないのだろう。こうして殿下のことを知る度に、不思議な人だと思う。
 すごく分かりにくい、不器用な優しさを持つ人だ。

「殿下は、努力の人ですね。あの時は、木も登れなかったのに」
「情けない姿を思い出させるな、十年も前のことだろう」

 不服そうな殿下に、今度は笑いがこみ上げてしまう。

「お前が言ったのだろう、コレット。出来ないなら、これからいくらでも頑張って練習して、鍛えればいいと。だからそうした」
「私が……?」

 そういえば、そんなような事を言ったかもしれない。だけど、それを馬鹿正直に実行するなんて思わないですよ。だって私は……。

「殿下は、私を恨んでいないんですか?」
「恨む? どうしてコレットを恨まねばならない」
「だって、王宮に変装して忍びこんで、殿下を騙して逃げて、意図してなかったとしても十年、殿下の継承権を脅かして……」

 殿下が手を伸ばして、私の髪を一筋すくった。

「恨んだり怒ったりしたのは、お前にではない。あらぬ噂を流した馬鹿者と、友人として仲良くなろうとした少年を怪我させてしまった己に対してだ」

 殿下が近づき、掬われた髪に唇を寄せられる。髪に感覚なんてないのに、全身にくすぐったさが駆け巡る。
 その感覚に困惑して固まっていると。

「俺からも、いつかお前を見つけたら聞きたいと思っていたことがある」
「……なんですか?」
「あの日、王城に危険を冒してまでやってきた理由を、聞かせてくれ」

 真摯な瞳に見上げられ、私は素直に言うことを躊躇ってしまう。
 この人が動き出したら、確実にすべてが置き換わっていきそうで。そのきっかけを託されている気がして、畏れから逃げ出したくなる。

「たいした理由じゃないです」
「コレット」

 名前を呼ぶだけで、人を思う通りにさせるなんて、ずるい人だ。
「助けて、欲しかったんです。お城の偉い人なら、私の家に蔓延る悪いものを、追い出してくれると……そう信じていました。あの頃はまだ、世間知らずの子供だったから」
「そうか。遅くなったが、聞けてよかった」

 それだけ言うと、殿下は私の髪を離し、立ち上がった。
 昇ってきた朝日が、枝葉の向こうから庭園を照らし始める。その光を背に受けながら、殿下が手を引いて私を立たせると。

「十年待たせたが、その願い、必ず叶えよう」


~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~~~

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