『王子様の訳あり会計士』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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こんにちは!

本日から9月4日発売のアイリスNEOの試し読みをお届けしますアップ

試し読み第1弾は……
『王子様の訳あり会計士 なりすまし令嬢は処刑回避のため円満退職したい!』

著:小津カヲル 絵:iyutani

★STORY★
王都の庶民納税課で働く会計士コレット。彼女は上司から左遷を言い渡され、人嫌いと噂のラディス王子の私財会計係になることに!期間限定でしぶしぶ引き受けたものの、悪魔のような笑みを浮かべた王子から十年前、城に忍び込んだ子どもを捜していると聞き――。それって私ですよね? まさか、見つかったら処刑ですか!? 死にたくないので絶対にバレないうちに、王子の会計係はやめてみせます!! 
秘密を抱える会計士とこじらせ堅物王子のお仕事ラブファンタジー!

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準備を終えてしばらくすると、顔見知りの護衛が迎えにきた。彼に連れられて、私は待ち合わせ場所へ向かう。同時にアデルさんたちは、殿下の就寝の支度を手伝う振りをする名目、つまりアリバイ工作として殿下の部屋に向かった。
 しばらく暗い廊下を進むと、使用人たちが使っているという通用門にやってきた。そこには既に、無地で簡素なシャツにベストを組み合わせ、商人がよく好むマント風コートを羽織った殿下が待っていた。その横には、同じく普段の華やかさを抑えた、執事風なヴィンセント様も。

「時間だ、急ごう」

 私を見ると、殿下はそう言って門をくぐった。
 殿下と護衛を先頭に、私とヴィンセント様が続く。夜も遅いが、視察団を迎えた領主館は、使用人たちの行き来が絶えない。きっと明日の朝の準備のために、人の入れ替えがありかえって目立たない。とはいえこちらは初めてのことでビクビクしているというのに、殿下たちは慣れた様子だ。今までも、こうして密かに行動することがあったのだろう。だとしたら、なんて王子様だ……。

「あそこが、熊の子亭か」

 王城と違って、通用門をくぐると細い路地が続き、そこをしばらく歩くとすぐに街に出た。繁華街のようで、いくつもの酒場や宿屋が軒を連ね、人で賑わっていた。
 お店を前に、殿下は足を止めて護衛に指示を出す。それを受けて護衛は店の入り口が見張れる向かいの酒場に入る。それを確認してから、殿下は私に向き直る。

「コレット、仮の名は覚えたか?」

 目の前の殿下はたしか。

「ロイドさん? ですか」
「疑問形にするな、それでこっちは?」

 ヴィンセント様を指差すので、「彼はヴィクターです」と答えると、頷く。

「俺は小さな商店の三男、コレットとは結婚を誓い合った仲だ。コレットはそこの下働きで、家からは結婚を反対されているため、隣国へ逃れて一緒になることを希望。ヴィクターは幼なじみの使用人、協力者だ。頭に入ったか?」
「……なんとなく」
「あくまでも設定だ。コレットは喋らなくてもいい、俺の言うことに頷き肯定するように」

 わお、殿下の「俺」呼称は、元から滲み出る俺様度がさらに増して、とても小さな商店の三男には見えない。だがそれを指摘してしまうと、話が長くなるに決まっているので、頷いて肯定しておく。
 ふと殿下から手を差し出されて、なんだろうと首を傾げる。
 ああお金の袋を出せと言われているのだと気づき、ポシェットをまさぐるとその手を取られた。

「早くしろ」
「わあっ」

 しっかりと手を握られて、しかも指をからませる手つなぎ。驚いている間に引っ張られて、酒場の扉をくぐった。後ろからついてくるヴィンセント様が、苦笑いを浮かべている。
 殿下が店主に何か言伝をすると、しばらく後に奥に通された。恐らく、この店も分かった上で場所を提供しているのではないだろうか。交易が盛んになってきている隣国とはいえ、密入国はかなりの額の罰金刑。場合によっては牢屋行きだったはず。
 案内された先は、王都のカフェとは程遠い、薄汚れた個室。というより衝立と柱を利用して隔てられたにすぎない狭い空間だった。そこでは既に、一人の男が酒を飲んでいた。

「約束の時間通りだな、いいだろう座ってくれ」

 意外と若いその男は、私と殿下を向かいに座らせた。そして連れてきた店主に、酒を追加で出すよう伝えて、殿下……いや、ロイドに勧めた。後ろに立つヴィクターをちらりと見やり、慣れているのか特段彼について何も言わずにいた。
 ロイドは出された酒を一口だけ飲み、早速だが……と話を切り出す。

「彼女と二人で、ベルゼ王国に入りたい。いくら出せば都合つけてもらえる?」
「おいおい、単刀直入だな。あんたの身なりじゃ、世間知らずの坊ちゃんか……まあいい、きっちり金を払ってくれりゃあ仕事はする。だがこっちも命がけだ、一人金貨二十枚でなら引き受けてもいい」
「足元を見るつもりか? こちらでも下調べくらいはしてある。金貨十枚が相場だろう」

 ロイドがそう言うと、男は悪びれる様子もなく、酒をあおると杯を机に音を立てながら置いた。

「取り締まりが厳しくなっているのを知らねえのか? その程度の覚悟なら、話はここまでだ」
「いや、待て。二十枚は用意するその代わり……」

 言いかけたロイドを制して、私は口を挟む。

「二十枚で納得しちゃ駄目よロイドさん! 仲介業者のあなたもよ、とんでもない暴利だわ、二人で四十枚も取るなんて。私たちには、金貨十二枚が精いっぱいです!」

 そう交渉をすると、横に座るロイドが目をひんむいてこっちを睨む。
 いや、値段交渉は話を長引かせる手でしょうが。二十枚言い値で出したらそこで話は終了ですよ!
 そう心の中で突っ込んでいると、声を出して笑ったのは、仲介業者の彼の方だった。

「なんだ、幼顔の恋人の方が、よほどしっかりしているじゃねえか」
「向こうに行っても、生きていくには何かと入り用ですので、無一文になったら意味がありません」
「いいだろう、こういう強かな女は嫌いじゃない。金貨十八枚で手を打ってやる」
「十八枚ですって? そんなしみったれた値引きでは、男が廃りますよ。十三枚でお願いします」
「いいや、それじゃ経費にもなりゃしねえ。十七枚だ。あんたその髪と瞳の色、ベルゼ王国の方の血を引いているんじゃないのか? 向こうに伝手がある奴に、これ以上はまけられねえ」
「いいえ、私は純粋にフェアリス王国の者です、まあ容姿で誤魔化しようがあるので助かりますけど。だから十四枚で」
「あんたぐらい口が立てば、どんな商売だって何とかならあ、よし一人十五枚で手を打ってやる。その代わり、ここの酒代全額出せよ」
「ええぇ? どれくらい飲み食いしたかにもよります!」
「ケチ臭いこと言うなよ、ここに並んだ分しか頼んでないって」
「分かりました、じゃあ交渉成立で!」

 気持ちよく交渉を終えて大満足で横を向くと、なぜか頬をひくつかせるロイド……いや、殿下が。

「か……勝手に決めてしまいましたが、どうでしょうロイドさん?」

 殿下が目を伏せ、小さくため息をつく。そして、

「いい、その値で頼もう」

 すると仲介人の男が大笑いをする。私たちを見比べて、ひいひいと苦しそうだ。

「いい女捕まえたじゃねえか。あんたは顔がいいから、行く先々で女が声かけてくるだろうけど、その手の女は金がかかるばかりだ、だがあんたの恋人とならどこ行っても生きていける。このまま尻に敷かれておくんだな」

 なんだか気に入ってくれたみたいなので、勧められるままにお酒をいただく。
 ちょろちょろと舐めながら、出された料理にも口をつける。味付けは塩辛いものばかりだから、酒飲み用だ。そうしている間に、殿下も必要なことを聞き出すことにしたようだ。
 向こうに行くための心づもりという前提で、こういった依頼はどれくらいの頻度なのかとか、やはり水が合わず戻ってくる者はいるのかとか、そういったこと。それから密入国に失敗したことはないのかなど。
 だが男は国境を渡らせる手段に自信をのぞかせるものの、客たちのその後には関心がないようだった。それは金儲けとしか考えていないことの表れのような気がしてならない。
そうしてひとしきり聞き取りを終えて、ここの酒代と前金の金貨十五枚を渡す。すると男は決行の日時と待ち合わせの場所を告げて夜の街に消えていった。

 静かになった個室で、不機嫌そうな殿下と、笑いを堪えるように口元を手で覆うヴィンセント様、それからつまみをちびちびと口にする私が残されているわけで。

「お前には喋らなくていいと、言ったはずだったが」

 ……ええと、説教開始の鐘(ゴング)が鳴ったようです。

~~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~~~