『六花爵(ろっかしゃく)と螺子(ねじ)の帝国2 すべては恋のせいですので。』試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!

11月刊の発売日がもうすぐそこに!!
ということで、今月も試し読みを実施いたします(〃∇〃)

試し読み第1弾は……
『六花爵(ろっかしゃく)と螺子(ねじ)の帝国2 
すべては恋のせいですので。』

六花2
著:糸森環 絵:田倉トヲル

★STORY★
貴族の青年ジーンと体が入れ替わる体質になってしまった元奴隷の少女アオ。それまでの生活から一転、特権階級である《花族》の養女アレクシアとして魔導学院でジーンと片時も離れず過ごすことに…。
そんな中、他校との交流のある野外授業が行われることになり、脱引きこもりを果たしたジーンと参加することになって――!? 
全寮制の学院を舞台に、少女と無自覚天然青年貴族が織りなす逆転学院ラブ第二弾!

~~~~~~~~~~
 
 変な夢を見た。
 自分が人魚姫になって、人間の王子様に恋をするという内容だ。
 けれど王子は結局、美しい人間の娘と結ばれてしまう。とても悲しかった。彼は、どんなに手を伸ばしても届かない太陽のようだ。
 アオは――アレクシアは泣きながら目を覚ました。周囲を見回し、恋しい王子の姿を探す。
 ここはどこだろう? 海底ではなく、がらくたの山のなか?
 アレクシアは戸惑った。猛烈に掃除したくなるくらい雑然とした部屋だ。棚も床も物が溢(あふ)れ返っている。書物に文具に片方だけの靴。しかし今は汚部屋にときめいている場合ではない。

(王子様はどこにいるの)

 夢と現実が一緒くたになっている。冷静に考えられない。
 焦りとともに立ち上がった瞬間、眼鏡(めがね)をかけた青年が本棚の後ろから顔を出した。ふんわりした白銀の髪、星を閉じこめたような銀の瞳。精霊のように美しく、上品な容貌。
 あぁ王子様だ。頭の片隅でそう納得する。彼はアレクシアを見て、目を瞬かせた。

「アレクシア。どうした。なぜ泣いている」

 答えようとして、はっと喉(のど)を押さえる。
 話せない。二本の足と引き換えに、声を失ったのだ。魔女とそういう取引をした。
 王子は、立ち尽くすアレクシアをしげしげと見つめると、眉間に皺(しわ)を寄せ、近づいてきた。

「答えろ。泣く理由はなんだ」
(声を出せないんです)
「なぜ悲しげに私を見る?」
(あなたを失い、私は泡になる運命だからです)
「アレクシア、言ってくれないとわからない。声を聞かせろ」

 王子は、むっとしたまま、アレクシアの頬(ほお)を両手で優しく挟んだ。

「強情だぞ。ほら、返事をしないか」

 小さく首を横に振るも、王子は頬から手を放さない。銀色の瞳を揺らし、眉間の皺を濃くして、顔を覗きこんでくる。

「私とは口をききたくないのか?」
(とんでもないことです)
「もしかして、目が覚めて私の姿が見えなかったから驚いたのか」

 彼は思いついたように言うと、小さく笑った。抑揚はないが、やわらかな声音だった。

「おまえを置いて、消えはしないぞ」
「……本当ですか?」

 やっと声が出た。

「当然だ。だって、その肉体は私のものじゃないか」

 肉体、という怪しい一言のおかげか、瞬時に理性が舞い戻ってくる。
 銀の粉を振りまいたように美しいこの青年は、肉体好きな王子様――ジーンだ。

「死に引き裂かれるまで、片時も離れられるはずがない」

 聞きようによっては大変情熱的な台詞だが、断じて熱愛中などではない。深い事情がある。

「それともおまえは私から離れたいのか」
「いいえ、ジーン様」

 アレクシアの頬を撫(な)でると、ジーンは親指で涙を拭ってくれた。

「なら、もう泣く理由はないな?」

 アレクシアは安心し、素直にこくりとうなずいた。落ち着いたのがわかったのか、ジーンは満足げに眉間の皺を消す。基本的に彼は、眉間ですべてを語る男だ。
 それにしても、こんなに近い距離で見つめられると、恥ずかしくなってくる。

「なぜ急に目を逸らす」
「逸らしてはおりません」
「嘘をつくな。いつからそういう悪いアレクシアになった」
「悪い私になっていますか」
「うん。ただならぬ問題だ」

 叱られてしまったが、正直に「あなたと見つめ合うのが照れ臭いせいです」とは言えない。

「じわじわと頬が赤くなってきている」
「なっておりません」
「おりませんと言われても、実際そうなっている」
(視姦されている気分です、ジーン様!)
「最近、私は不思議な衝動を覚える。妙におまえを撫で回したくなるんだ。なぜだろう」
(私は犬ですか)

 本人に不埒(ふらち)な願望などまったくないということは、わかっている。
 だが残念なことに、彼の発言の八割はみだりがわしい意味に聞こえてしまう。

「会ったばかりのアレクシアは髪もごわごわしていたし、全身から強烈な異臭を放っていたが、今はきれいになった」
「そ、そうでしょうか」

 強烈とまで評され、内心泣きたくなる。以前の自分は、彼が感心するくらい汚かったのか。

「だがまだ身体が薄っぺらいぞ。もっと食べろ。好きなものを料理人に作らせてやる」

 配慮はありがたいが、このあいだまで空腹の状態が当たり前という貧しい生活を送っていたのだ。たくさんの食事は身体が受けつけない。どう断っていいのか、困ったとき。

「ちょっとおまえたち! 先生、どこからつっこんでいいのかわからないんだけど!?」

 突然響いた第三者の声に、アレクシアたちは驚き、同時に振り向いた。

「最近の子って人目をはばからずにいちゃつきすぎ。俺様私様恋人様か? 学院内での不純異性交遊を禁止にしてやらねばなるまい!」

 長椅子に寝そべっていた男性が呻(うめ)くように言って、手足をばたつかせる。ひょろりとした体型、むく犬のような黒髪、目の下には濃い隈(くま)。二十代後半に見えるが、実年齢は知らない。
 彼は、教官のレンズだ。暴れたせいで、片眼鏡(モノクル)がずれてしまっている。
 アレクシアは長椅子に近づき、身を屈めた。レンズの片眼鏡の位置を直してやる。

「独り身の私に見せつけるつもりか? いや、誤解するなよ。妬(ねた)んでいるわけじゃないんだ。先生モテモテだし。研究に集中したいから自分の意思で独身を貫いている。わかるな?」

 彼は上体を起こし、長椅子に座り直すと、足を組んでふんぞり返った。無駄な言い訳をする教官の姿を見つめるうち、意識を覆っていた夢の余韻が消え、現実が舞い戻ってくる。

(そうだった。レンズ先生の研究室で特別授業をしてもらっていたんだった)

 休憩時間に、どうやら居眠りをしてしまったらしい。それで、おかしな夢を見た。
 なにはともあれ最近の若者けしからん、とぶつぶつ文句を言うレンズに笑いかけ、背を伸ばそうとしたとき、左手にはめている指輪が目にとまる。
 飾り部分の蕾(つぼみ)が、いつのまにか開いている。
 急に、全身がざわりとした。羽根で心臓を直接撫で上げられるかのような感覚。
 奇妙な浮遊感に襲われ、ぎゅっと目を瞑(つぶ)る。
 そして、おそるおそる瞼(まぶた)を開くと――。

「……おまえたち、もしかして入れ替わったのか?」

 レンズは複雑そうな表情を浮かべてこちらを見つめた。
 アレクシアは、ゆっくりと視線を巡らせた。もう一人の『アレクシア』が、隣に立っている。
 アレクシアとジーンには、誰にも言えない秘密がある。
 互いの魂が入れ替わってしまうという秘密が。




「ジーン、精霊王召喚術式の研究はすすんでいるか?」

 レンズはもしゃりとした頭を掻きながら、『アレクシア』の身体に入ったジーンに訊(たず)ねた。

「それがなかなか。念のため、確かめてみたのですが、やはり精霊王も『衣替え』をすませたあとらしく、以前の術式はもう使えませんでした」

 ジーンは溜息まじりに答えると、勉強のときに使っていたテーブル椅子のひとつにアレクシアを座らせた。自身も隣の椅子に腰を下ろす。

「まあ、そうだろうなあ。しかしそれでも属性の方向くらいは参考にできるんじゃないか? いちからの構築となると手間だぞ。私が協力したって、いったい何年かかるか――」

 二人は難しい顔をして、会話を続ける。アレクシアは神妙に耳を傾けた。
 本来アレクシアは、ジーンの隣に立てるような身分の者ではない。
 春夏秋冬、精霊が正しい順序の季節をもたらすというこのイーズン国で、最下層とされる『隷民』だ。対してジーンは特権階級の貴人である『花族(かぞく)』。接点などないはずが、ある夜、運命が交差した。彼がおこなっていた精霊王召喚の場に、はからずも乱入してしまったのだ。
 しかもジーンは殺害目的で精霊王を召喚していた。そのせいで精霊王の怒りを買い、逆に殺されかけたのだが、そこでアレクシアはとっさに彼を庇(かば)った。

「しかし何度見ても、おもしろ……いや、興味深い現象だ。身体は同じでも、中身が違うと雰囲気まで変わってくる。今の『ジーン』は温和な印象だし、『アレクシア』は凛々(りり)しいな」

 レンズは顎(あご)を撫でて感嘆した。アレクシアとジーンは示し合わせたように相手を見つめた。


          ~~(続きは本編へ)~~

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