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GB10買いました。(>_<)



 先日、ギターを買いました。

 買ったのは府庁前の交差点を30mくらい下がった「京町家のギターショップ ライトニン」さん。

 今持ってるのと同じイバニーズのGB10です。

 色違いです。

 ライトニンのサイトで下の現物写真を見て、

 これは一度実物を見てみなくてはと思ったのが運の尽きだ。(>_<)

 ブツはあんまりというか、ほとんど使った形跡のないもの。

 テールピースの金メッキだけが摩耗している感じ。これは、パーツ交換すると思う。

 ブリッジも前回同様、ゴトーのものに変えるでしょう。



 各ねじもサビも来ていないし、ピックアップのカバーなんかもほとんど無傷。

 新品同様という感じの外見のものだ。

Ibanez GB10 (NT) George Benson Signature/Ibanez

価格: ¥ 232,313
Amazon.co.jp


 なんで、同じの買ったかって言うと、色狙いではないんだよ。

 ちょっと新品の音色が気に入らない。

 そうじゃないだろ?って思ってたんだ。

 まぁ、弾いてる本人しか分かんないくらいの違いだけど、こっちの方が好みかもという感じだ。

 GB10の音は、セミアコとフルアコの間くらいの音でやっぱ好みの音だ。

 おまけにレスポールの一回り大きな位の大きさで、軽い。

 難点は、天下のジョージ・ベンソンモデル
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なので、下手ぴが持つのは、まことに恥ずかしくて気が引けると言うことだけだね。(>_<)

 それにしても、ライトニンの兄ちゃんの用意してくれている弦は思いっきりヘビーゲージなので往生します。(>_<)

 以下、購入品の宣伝写真。

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第26回関西AFVの会

 昨日行われた第26回関西AFVの会の模様は、AFVM で順次報告いたします。

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崎山敏也 原発関連ニュース 2012.08.21


崎山敏也 原発関連ニュース 2012.08.21
crescent421 さんが 2012/08/21 に公開
TBSラジオ・Dig 崎山敏也さんの原発関連ニュース&福島報告。

武田邦彦 「原子力規制委、就任予定委員の反社会的活動」 2012.07.26


武田邦彦 「原子力規制委、就任予定委員の反社会的活動」 2012.07.26
crescent421 さんが 2012/07/26 に公開
武田邦彦さんのブログ『原子力規制委員会:就任予定委員の反社会的活動をどう評価するか?』(7月26日)の音声。
ブログリンク → http://takedanet.com/2012/07/post_d74f.html
原子力規制委員会:就任予定委員の反社会的活動をどう評価するか?


(このファイルは記事を音声で解説したものです。クリックするとしばらくして再生します。音が小さいときにはマイクの音量を上げてください。)

日本の大人、親として、今後の原子力の安全について真剣に考えなければならない。その一つが秋に発足すると言われている原子力規制委員会の概念と人選である.これについて「まあまあ、なあなあ」ではまた事故が起こり、子供達が被曝する.

まず、第一に、原子力規制委員会と言われる組織ができるのは、これまで原子力は「原子力委員会」と「原子力安全委員会」の2つがあって、それぞれ「推進」と「規制」を担当し、その事によって日本の原子力の推進と抑制を守ることが国民の合意だったことを確認しなければならない。

しかし、今は事故が起こったあとです。事故が起こったと言うことは「システムは万全だったのか、システムに問題があったのか」というだ。私は「ひ弱で御用学者になった東大教授と、組織的に完璧な防御網を持つ官僚」の組み合わせに原因があり、システムではないと考えている。

あるとき、私がさっぱり改善されない原子力の安全について原子力安全委員長に話しに行ったときだ。「武田先生、周りを官僚に取り囲まれていて身動きがとれないのですよ」と言う。原子力関係者で原子力安全委員会を作っていたことも問題ではあるが、ほとんどの判断が官僚によってなされていたことが最大の問題である。

さらに「勲章」と「老後」の問題がある。東大教授は順調にいけば退官後、適当なところに再就職し、さらに勲章をもらえる.だから55才ぐらいを過ぎると「元気な東大教授」は絶滅する.あとを考えるからだ.だから官僚に逆らって評判を落とすとそれで自分の後半生は終わりである.

残念なことに、わたしは日本の官僚で「原発を安全に動かしたい」ということを第一に考えている人に会ったことはない。「原発は安全の方が良いが、国民はどうせ理解しないから、国民やマスコミが理解する範囲を最優先しなければならない」と確信している.だから「危険だからここを直すべきだ」という意見が出ると、「今更、そんなところを直したら今まで危険だったと言われる」と言うことになり、「非常時の訓練をするべきだ」というと「非常時が起こると勘ぐられる」というアウトローの人がいう類いの反論が来る.

つまり、原子力を安全に進めるためには、
1)ひ弱な御用学者を登用しないこと、
2)安全委員を選ぶときのプロセスを透明にすること、
3)官僚支配の構造を打破すること、
が国民の安全を守ることになる。

でも、福島原発事故の後になっても、このような議論がほとんどなされないまま、原子力規制委員会というのが新しくできることになっている。もし、新しい組織を作るなら、委員長や委員には「ひ弱な御用学者」ではなく、決定過程は「不透明な登用基準」でなく、さらに官僚が主導権を握らない組織にしなければ組織の名前を変えただけになる.

・・・・・・・・・

その点で、委員の候補として上がっている中村佳代子氏が福島で講演し「低線量被曝は問題ない」と発言したと報道されていることを国民として検討しなければならない。

彼女は日本アイソトープ協会に所属し、「低線量被曝(1年1ミリ)の規制」に深く関係している。アイソトープ協会は放射性物質を取り扱うビジネスをしているところで、規制値が厳しい方が取扱量が増えます.だから、今までも1年1ミリを厳しく守ってきた組織だ.

事故が起こらない前には低線量被曝を問題にして日本アイソトープ協会が扱う放射性物質の量を増やして商売をし、事故が起こると「低線量被曝など大丈夫」と豹変したとしたら、「ひ弱」どころか、専門家としての見識が疑われる。

さらに問題なのが「遵法精神」である。原子力の規制で重要なのは、
1)推進の立場で物を考えるのではなく、安全を第一とする、
2)規制と規制の精神を守る、
ということである。そして日本の規制の法規には「被曝はできるだけ減らすこと」と明記してある.原子力規制から言うと「低線量被曝」は避けるべきことなのだ。

もともと、原子力委員会に加えて原子力安全委員会を作ったのは、人間の脳の欠陥(自分が有利になるものが正しいと錯覚する)を補うためである。だから、原子力安全関係の委員は原子力を推進したら名誉を得たり、お金を得たりするのではなく、物理などを専門としているが、原子力には「やや批判的」な人材を登用しなければならない。

原子力を推進する側は理論的合理的に、批判的な人を説得できること、それで始めて原子力の安全が保たれる。その点では、昨日のブログで指摘したように、すでに現在の日本は「困難な問題を正面から議論する勇気と根気」を失っているように見える。「原子力の批判的な学者を使えば、原子力ができなくなる」(安全に自信と説得力がない)ということが原子力安全委員会を有名無実にした一つの原因でもある。

どんなに批判的な人でも、オープンで議論したら、理論的、合理的なものを反対するのは難しい。もしそれが学問的に判断できるものであればなおさらである。

中村さんが具体的に「違法行為(低線量被曝は気にする必要がない)」、「法規で退避を必要とするところに住んでいても良い」などということを教唆したかどうかは講演の詳細が不明だからわからないが、この際、国かご本人が講演の全記録を示し、「違法行為を教唆したり、法律の趣旨に反したりする意図がない」ことを公にしなければならないだろう。

国民は心の底から原子力の実施、福島方面の人の健康を心配しているし、それは事故を起こした日本人、日本の親の責務でもある.

(平成24年7月26日)


武田邦彦

2012.07.21 武田邦彦 「節約」は家庭で、国際社会は「競争」で


2012.07.21 武田邦彦 「節約」は家庭で、国際社会は「競争」で
hiruyan さんが 2012/07/22 に公開
武田教授のブログに、「「節約」は家庭で、国際社会は「競争」で」というコメントが「音声」で上がりましたので、アップしました。
元ブログ
「「節約」は家庭で、国際社会は「競争」で」→http://takedanet.com/2012/07/post_3d34.html
です。
「節約」は家庭で、国際社会は「競争」で

現代の日本では「節約」はオールマイティーでどんな時でも「万能のお札」のように良いこととされているけれども、「節約」は良いことばかりではなく、「両刃の剣」でもあります。
社会や人生には「ジッとしていること」が良いときと、「積極的に攻勢にでないと負けてしまう」ことがあります。生物というのは競争をし、進化を遂げ、一時すら止まっていることはないからです。「生物の業」と言ってもよいので、自然らしい、人間らしいというのはむしろ競争の方がしっくりします。

「ジッとしていても良い環境や時代」には「節約」することが良い場合もあり、たとえば日本でも江戸時代のように鎖国をして外国と関係を絶ち(競争せず)、生産力が低い場合がそれに当たります。それでも江戸時代は飢饉、子供の間引き、短命、辛い毎日など決して今、考えるような良い生活では無かったのです。

ところで、いつの時代でも家庭は競争もなければ生産もする場ではないので、「家庭では贅沢より、節約したほうが幸福になる可能性が高くなる」ということは言えます。「ホッとできる場所」の家庭は競争とは無縁です。

家庭は「愛する家族、長くなじんだ愛用品」に囲まれて穏やかに過ごす空間です。

でも、「節約」を社会に持ち込むと、一般的にはその国は滅びてしまいます。「節約」は「活動量を下げる」ことを意味しますから、それだけ競争力が低下するからです。最近では節電がはやり言葉で、「クーラーの設定温度を高めにする」というのが良いことにように言われますが、もしそれで能率が下がる場合には適切なことではありません。

また「ムダ」と「節約」は違います。「ムダ」というのは同じ活動量で物やエネルギーを減らせることであり、「節約」は活動量を減らす結果になることが多いからです。

ここまで、「節約と人生の幸福、日本の発展」に焦点を当ててきましたが、もう少し深く考えてみましょう。

日本国憲法には基本的人権が明記され、日本国民は一人一人がその人の人生観、思想、信条によって自由に生きることができると定められています。私はこの基本的人権の考え方を支持しています。

「太く短く生きる」、「少しぐらい苦労しても好きなことをして人生を送りたい」、「自分のお金の範囲で法律に触れなければ贅沢もしたい」というようなことは私にはすべて健全な考え方と感じます。

世の中には、真面目一徹で模範的な人もおられますが、少し抜けているけれど人柄が良いとか、変人だけれど何かに夢中という人もいて良いのではないかと思うからです。「いても良い」というよりも、そんなことを考えること自体が傲慢で、いろいろな人の人生を自分の価値判断で「良い悪い」と決めること自体が傲慢なように感じられるからです。

今から20年ほど前、主として官僚などが中心となって「日本国民は節約が好きだから、それを狙って金儲けをしよう」という計画が芽生え、「ゴミゼロ」、「CO2削減」、「節電」などと言う世界でも希で、科学的原理に反する運動が展開され、ずいぶん多くの税金を取られました。

そして社会に吹き荒れた「節約ブーム」のために、経済成長は低迷し、中小企業は四苦八苦の状態になり、道路の改善が遅くなって小学生が交通事故にあい、山野の対策も遅れて豪雨禍に苦しんでいます。まさに「積極的にでて発展していかなければならない」というところまで制限が行き渡っている状態です。

夏のクーラーにしても、「つける方がイヤだ」という方が多いのは当然です。その人もその人なりの「信条」や「体調」があるからです。でも、それはあくまで個人の思想信条の自由であり、他人に自分が良いと思うことを押しつけるような社会はそのうち、自分自身がイヤなことを押しつけられる事にもなります。

ちょうど良いタイミングなので、「家庭では節約、社会は積極的に」という方針に切り替えれば、日本人の活力と個人の強さは格別なので、自由に個人がその想像力を発揮すれが明るい日本ができると思います。

「節電」、「ゴミ減量」、「CO2削減」などを日本社会全体で強制するようなことは止めて、全体としては日本社会を発展させ、お金の流通を増やして少し生活を楽にし、会社の収益を上げて前向きに赤字国債や年金問題などを解決する方が良いと考えています。

(平成24年7月21日)

武田邦彦

パックインニュース 2012.09.08


パックインニュース 2012.09.08
山田野 案山子 さんが 2012/09/14 に公開
においのする原子力規制委員会人事 国会承認なしで首相が決める
日本は数年で核ごみだらけの国になるのをご存じですか
森本防衛相就任前の発言「原発は抑止力」って何だ
地方議員70人「緑の党」の話
沖縄オスプレイ反対で9日に集会
民主、自民の代表選と維新の会で選挙ですか?

愛川欽也 山田厚史 マエキタミヤコ 今井一 すぐろ奈緒 横尾和博

日本の尖閣国有化にブチ切れた中国 冷静だった市民はどこへ? 姫田 小夏

神保哲生 「使用済み核燃料の直接処分」 2012.08.14


神保哲生 「使用済み核燃料の直接処分」 2012.08.14
crescent421 さんが 2012/08/14 に公開
TBSラジオ・Dig
神保哲生さんのニュース解説。

中国の都市中間層から生まれた暴力や略奪への批判。 現代ビジネス

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2012.07.20 武田邦彦 正しい電気供給量と電気料金(2)適切な電気料金


2012.07.20 武田邦彦 正しい電気供給量と電気料金(2)適切な電気料金
hiruyan さんが 2012/07/20 に公開
武田教授のブログに、「正しい電気供給量と電気料金(2) 適切な電気料金」というコメントが「音声」で上がりましたので、アップしました。
元ブログ
「正しい電気供給量と電気料金(2) 適切な電気料金」→http://takedanet.com/2012/07/post_ccc8.html
です。
正しい電気供給量と電気料金(2) 適切な電気料金




外国からも電気が輸入され、公正取引委員会が監視し、正当な競争が行われていたら、電気料金は公平な競争のもとで自然に決定されますので「適切な電気料金」などを議論しなくても良いのですが、日本は島国で外国からの電気の輸入はできず、独占的環境で電気が供給されていますので、適切な電気料金を決めなければなりません。

これまで政府と電力会社で電気料金を決めてきたのですが、これは「仲間内」の協議のようなもので、政府(官僚や政治家)も電力会社も電気料金が高い方が良いので、少しずつ高くなっていきました。そこで、今回、原発事故をきっかけにして日本の電気料金が奇妙な規則(コストで売値を決める)によって決まっていることも知られるようになりました。

自由な社会で「競争がなく、コストがかかったらそれで売れる」というような商品はもともとないのですが、電力はその特殊なケースです。従って「原発を止めると石油を買わなければならないから」というようなことで電気料金を決めると「コストがかかればそれだけ高くなる」という罠にはまってしまいます。

これを防ぐためには類似の産業を比較対象とすることで、たとえば鉄鋼業と電力業を比較します。

最終製品を見ると鉄鋼業は鉄、電力業は電気ですから全く別ものですが、製造方法はほとんど同じです。鉄鋼業は石炭を買ってきて溶鉱炉で燃やして鉄を作ります。この場合、原料となる鉄鉱石から鉄になる「物質の流れ」は「賃加工」としてみれば考えなくても良いものです。

これに対して電力は同じく石炭を買ってきて発電所で燃やして電気を作ります。だから、コスト構成は鉄鋼ときわめて類似しています。日本の鉄鋼は約9000万トン生産し、その約4割を輸出していますが、輸出競争力は充分です。

従って、鉄鋼が国際価格で商売をしているので、電力も国際価格で販売できるというのがこの場合の基準になります。従って、日本の家庭用電力料金は国際価格の2倍です。また、原発をやるかどうかは国際価格には関係がありませんし、原発の廃炉、安全性や廃棄物を含めてのコストであることも当然のことです。

従って、「適正な電力料金は国際競争力のあるものであり、それは現在の2分の1程度」というところから出発する必要があります。

原発の廃止に伴って電力料金が上がるという計算がありますが、内容を見てみると「コスト」からスタートしています。コストからスタートすると、日本の電力会社のように、設備の発注は市場価格の2倍で、燃料の買い付けも市場の2倍でというような放漫経営ですから、高いコストがかかっています。

産業界に少しでも身を置いた人ならわかりますが、時として「そんなコストで本当にできるの?!」ということが起こるのですが、なんとか頑張っているうちに数年前には考えられないほど安く製造できるようになるものです。日本の鉄鋼が世界に通用するのは、そのような厳しい競争環境を切り抜けてきたことによります。

このように鉄鋼生産などから「基本的に適正な電力料金」をまず決めて、それからスタートしないと電力料金が高く、それは日本の発展に大きな阻害要因になるでしょう。この問題を抜本的に解決するのは「適正な競争環境」であることは、先日アップした「正しい電力供給量」でも同じ事が言えます。

(平成24年7月20日)

武田邦彦